アーシャの馬鹿もね。
家の前に着くと、今度はシロフィーナの体を洗っていたらしいベリアと、彼女に話しかけているダンヴァロが居た。
大きな魔導具らしきものを手に持っていて、熱心に話し込んでいるようだ。
また何か作ったのだろうか。
皇帝に見込まれるくらいなので、元々相当に腕の良い魔導具士ではあるのだろうけれど、実際、仕事に復帰してからの彼の仕事量とその質は目を見張るものがある。
「何してるの?」
「おう、ナバダの嬢ちゃんか! 丁度良かったぜ!」
上機嫌に振り向いた彼は、横で疲れた顔をしているベルビーニを見た。
「説明してやれ!」
「それは良いんだけど、父ちゃん、これ終わったら本当に寝てよ……? 昨日も徹夜してたでしょ?」
「分かってるよ! テメェはいちいちうっせぇな!」
「ダンヴァロ。ベルビーニはあんたの体を心配してんのよ。懲りないわね本当に」
彼が作るものは確かに有用で素晴らしいものだけれど、その為に命を削るような真似をするのは誰も望んでいないのだ。
ーーーアーシャの馬鹿もね。
今日も、奥義の習得に励んでいるのだろう彼女を思い出して、ナバダはまたちょっと機嫌が悪くなる。
昔からそうなのだ。
命懸けの修行だけではなく、アーシャは常に、ありとあらゆることに本気なのである。
普段の立ち振る舞いから学校の試験、魔術に至るまで、手を抜いているのを見たことがない。
そうして、自分がトップに立つと散々にナバダを煽って来る。
特にナバダの方が明らかに有利な魔術に関しては、勝つと『あらあら、その程度で終わるなんて無様ですこと!』と勝ち誇って来ていた。
魔力量もセンスも、決してナバダには届かないのに、創意工夫でどうにかしてしまうのである。
それに腹が立って、努力した面もある。
アーシャも、礼儀礼節でナバダに負けた時は、本当に悔しそうにこちらを睨んでいた。
あいつの、そうした全てが煩わしかった。
アーシャさえ居なければ、そう、皇帝の妃候補として相手になる奴なんかいないと思っていた。
命懸けだったのだ。
自分とイオの命を背負っていたのだから。
でもきっと、あいつもそうだったのだろう。
皇帝の隣に立つことが、それくらい譲れないことだったのだ。
そんな頃から、アーシャは何も変わっていない。
ナバダは、アーシャが自由時間に休憩を取っているところを見たことがなかった。
いつ目にしても、魔術の修練室にいるか、図書館で授業範囲に全く関係のない勉強をしているか、たまに人といるのを目撃すると相談事を引き受けていた。
そうして『わたくしに任せて下さって大丈夫ですわよ!』と。
何度、聞いただろう。
でも、アーシャの行動は……。
「ナバダの姉ちゃん?」
問いかけられて、ハッとする。
いつの間にか思考に沈んでしまっていたらしい。
「ごめん、ちょっとボーッとしてたわ」
意識をベルビーニに戻すと、彼は手にしていたものに巻いた布を開いていた。
そこにあったのは、一対のダガーだ。
けれど、鍔元に呪玉が埋まっているそれには刃がない。
「これ、何?」
「アーシャの姉ちゃんが使ってる魔剣銃と似たようなヤツだって、父ちゃんは言ってたよ。魔力で刃を作って、飛ばしたり伸ばしたり出来るんだって」
「……これを、あたしに?」
「そう。ベリアの姉ちゃんに持って行ってるのは、まだ小型化出来ない【風輪車】用の【魔導陣内蔵型防御結界器】の試作分らしいよ。シロフィーナが運べる荷物量考えたら乗っけても大丈夫だからって鞍に取り付けたんだ」
本当に、色々考えるものだ。
ナバダはいっそ感心した。
「ありがたいけど……代金は?」
「黒髪の……ああ、陛下に貰ったから良いって」
それくらい莫大な報酬なのか、魔導具さえ作れれば欲がないのか、判断に困るところだ。
けれどナバダは、ありがたく受け取ることにした。
武具や防具は、どれ程質が良くても問題がないのだから。
「また魔獣を狩ったら肉を持っていくわね。他にも困ったことがあったら言って」
「……一番困ってるのは、寝ない父ちゃんの有り余りすぎてるやる気だよ……」
ベルビーニの情けない顔に、ナバダはクスッと笑った。
「なら、あたしが夜になったら言いに行ってあげるわ。そろそろ寝ろってね」
「本当!? 助かるよ!」
パッと顔を輝かせるベルビーニからダガーを受け取り、ナバダは少しだけ試してみた。
魔力を送り込むと、柄から魔力が溢れる。
刃の形を作るのに少しコツが必要だったが、慣れれば便利なものだった。
伸ばしたり縮めたり、投擲の要領で振りながらイメージすると刃を飛ばせる。
さらに、鞭のように魔力の刃を伸ばしたまましならせることも出来た。
「凄いわね、これ。アーシャが魔剣銃を手放さない訳だわ」
おそらくこの投擲のイメージで、アーシャは魔弾を放っているのだろう。
色々な使い方をして遊んでいる内に、ベリアもシロフィーナに魔導具を取り付けるのを了承したようで、一緒に空に浮かんだ彼女が声を張り上げる。
「ナバダ! 軽く撃ってみてくれないか!」
「良いわよ」
小さめの刃を、ピッと防御結界を展開したシロフィーナに向けて放つ。
すると、防御結界の表面と魔力刃が反応して、パチッと弾かれた。
「「……?」」
ナバダとベリアは、その感触にお互いに首を傾げる。
「ねぇ、ちょっと本気で撃ってみて良い?」
「ああ。……多分大丈夫だと思うが」
自分たちが何を感じたのか、よく分かっていないのだろう。
ダンヴァロとベルビーニがキョトンとする前で、ナバダは全力で鋭さを増した魔力刃を再度射出する。
今度は本気で密度を増し、針のような鋭さを纏った魔力刃だったが……防御結界は、先ほどより大きな接触光を放ったものの、やはり傷一つつかなかった。
綻ぶ様子すらない。
「ねぇ、何あれ。シロフィーナの巨体を覆うような防御結界って、あんな硬いわけなくない?」
ナバダがダンヴァロに問いかけると、彼は肩を竦めた。
「内蔵された魔導陣は俺の設計じゃねぇしな。一応、使用する術士の魔力量や適性で防御力が増すようになってるっぽいことは読み取れるが」
「……なるほど」
ナバダは、着地したシロフィーナからヒラリと飛び降りたベリアに、声を掛ける。
「あんた、防御魔術に適性があったのね」
「ああ」
どことなく嬉しそうなベリアは、シロフィーナの首筋をポンポンと叩いてから、ダンヴァロに目を向ける。
「ありがとう! アーシャ様をお守りする力は、私が今最も欲しかった力だ。ナバダの攻撃を防げるのなら、並の魔獣程度であれば、あの方の身にはそよ風すら届かんだろう!」
「気に入ってくれたなら良かったぜ!」
良い笑顔でダンヴァロが親指を立てたところで。
「あら、賑やかですわね!」
と、少し離れたところから声が聞こえた。
「おう、アーシャの嬢ちゃん! 修行は休憩か!?」
「いえ、終わりましたわよ!」
ロウシュと共に現れた彼女のあまりにも軽い受け答えに、ナバダは一瞬聞き逃しそうになった。
「終わった?」
「ええ、習得しましたわ。後は、体を動かしながら使えるようになるだけですわね! 今から、貴女に付き合って貰いますわ!」
ーーー早すぎる。
ナバダが付き合っていた時から、さほど日は経っていない。
顔を見ると、化粧で隠しているが顔色は青白く、目の下の隈も濃い。
「……あんた、ほとんど寝てないでしょう」
「え?」
ナバダは、アーシャの腕を引っ張って家の前に引きずっていく。
多分この女、ロウシュが一緒にいない夜中に、魔力を集中する訓練をしていたのだ。
流石に一人で奥義の発動まではしていない筈だが、また無茶をしたのである。
「ちょっと、何をしますの!?」
「別の意味で死ぬ前に、寝ろ! 寝るまで出てくるな!」
と、ドアを開けて中に突き飛ばした後、バン! と思い切り閉める。
そして、怒りが収まらないまま今度はダンヴァロを睨みつけた。
「あんたも! 今日は絶対寝なさいよ!? 夜見に行って起きてたら気絶させるからね!」
「お、おう……」
こちらの迫力にビビったのか、ダンヴァロがコクコクと頷く。
ーーーどいつもこいつも!
無茶苦茶すればどうにかなる、とでも思っているのだろうか。
結果死なないのは、単に運が良いだけなのである。
それを分かっていない、としか思えなかった。
ベリアも、アーシャの扱いに何かを言いたげだったが、実際ナバダの言っていることが正論だからだろう、特に口は挟まない。
ロウシュは相変わらず、そんなやり取りをおかしげに見つめていたが、ふと片眉を上げた。
「おう、そこの暗殺者」
「何よ」
「面白そうな武器手に入れてんな! 最近暇で体がなまってるから、ちょっと相手しな!」
と、唐突に刀を抜く。
「は?」
「死合うのは勘弁してやるからな! 感謝するこったな!」
カカカ、と笑うロウシュに、ナバダは頭が痛くなってきた。
ーーー意味が! 分かんないのよ!
今の話の流れで、何がどうしてそうなるのか。
けど、結局ナバダはその話を受けることにした。
今の自分のままでは、まだ力は足りない。
基本的に人に稽古をつけない、というロウシュが相手をしてくれるのであれば、それは成長する貴重な機会ではあったから。




