まるであたしが、拗ねてるみたいじゃない。
「イオ」
「どうしたの?」
交易品のチェックを終えた帰り道、弟の姿を見かけたナバダが声を掛けると、彼は薪割りの手を止めてこちらを振り向いた。
魔物使いの才を持つイオは、先日まで小さな魔物を操って村の周囲を警戒する仕事を割り当てられていたのだけれど、『特殊な力に頼り過ぎるのは良くありませんわ』と戻ってきたアーシャに止められたのだ。
今は村の為になることでも、将来的に困ると。
なので、今弟は持ち回りで色々な肉体労働をしていた。
その扱いに不満はないようで、むしろ楽しそうに働いている。
最初は『村を狙った』ということで遠慮がちだった弟だが、〝獣の民〟は気性がさっぱりした者が多く、ナバダ達の事情を知っていたのもあり、今は馴染んでいるようだ。
ーーーだけど。
アーシャが彼を見張の仕事から外したのは、別の意図もあったのだ。
「……アーシャがね」
「うん」
「西の制圧に参加せずに、あんたと一緒に村を出ても良い、と言っていたのよ。……あんたはどうしたい?」
アーシャは、制圧のために最初は『魔性の平原』に近い一部の地域を奪取することを狙っているらしい。
平坦な土地は砦などで強固に守られているが、天然の要害に当たる部分は人の手が入っておらず、獣人であれば隠れたまま踏破出来るという。
ダンヴァロがかつて辿ったルートを利用して村を一つ手に入れ、その上で砦に背後から奇襲をかけたいと。
正直、初動が一番危険な作戦である。
ナバダは、少しでも戦える人間を運んだり数を増やすために、自分の力やイオの魔獣を操る力は必要だと思っていた。
そのつもりで準備をしている最中に、彼女に投げかけられた言葉。
『だって貴女、もうここに居る意味がないでしょう?』
それは、その通りなのだけれど。
だからって、このタイミングで『はいそうですか』と村やアーシャを見捨てて出ていくほど、薄情だと思っているのだろうか。
それともあいつは、ナバダ達がいなくても問題ないと思っているのだろうか。
するとイオはこちらの顔を見て何を感じたのか、軽く息を吐いて、手斧を脇に挟むように腕を組んだ。
「俺は村を出る気はないよ。俺はね」
弟の返事は、意外な程ハッキリとしたものだったので、ナバダは思わずその目を見つめる。
「驚いてるね。『姉さんに任せるよ』って言うと思った?」
イオが軽く笑い、理由を説明してくれる。
「俺はアーシャ様を守りたいと思った。姉さんを守って、俺の命を救ってくれたあの人をね。ベリアもそう思ってるし……あの人も、俺は置いて行けないよ」
その物言いが、ひどく大人びていて、同時に照れ臭そうだったので、ナバダはピンと来た。
「あんた、ベリアに惚れてるの?」
「…………そういうことを、あんまり真っ直ぐ聞かれたくないんだけど」
「あ、ごめん……」
皇帝大好き好き好き愛してると隠しもしないアーシャの側に長いこと居たせいで、その辺の感覚が少し麻痺していた。
赤くなったイオに、少し寂しくなる。
離れていた間に、弟も成長しているのだ。
昔別れたままの、自分の後ろにくっついていた幼い子どもではないし、もう戦う力も持っている。
「姉さんはどうしたいの?」
「あんたの側にいるつもりよ」
せっかく再会出来たのに、危険があると分かっていてイオを置いていく選択肢は、ナバダにはない。
そしてイオが『残る』と言ったことに少しホッとしていると、今度は弟がこちらに呆れた目を向けていることに気付いた。
「何?」
「姉さんも、自分で決めた方が良いよ?」
「え?」
「俺は、姉さんに危ない目に遭って欲しくないと思ってるよ。姉さんが俺にそう思うようにね。でも、姉さんも本音では残りたいって思ってたんだろ?」
内心を見透かされて、今度はナバダが赤くなる番だった。
「……何で分かったのよ」
「そりゃ俺から見たら、姉さんが下手するとベリア以上にアーシャ様に憧れてることなんて、一目瞭然だよ。姉さん、アーシャ様といる時楽しそうだし。居たらずっと目で追ってるでしょ」
「何やらかすか分からないから、見張ってるだけよ」
そう反射的に言い返すと、イオは仕方ないなぁ、とでも言いたげな顔でニヤッと笑う。
「それなら、それで良いけどね」
「何よ」
ナバダがちょっと不機嫌になると、イオが背中を伸ばして空を見上げた。
「自分の心には、素直になった方がいいよ。アーシャ様みたいにね。俺も、姉さんも、もう縛られるものは何もないんだしさ。その鎖を断ち切ってくれたアーシャ様を守りたいと思うのは、全然恥ずかしいことじゃないだろ」
そう言い置いて、イオはまた薪割りに戻った。
「抜けて良い、っていうのはアーシャ様の善意だろうし、気にしなくていいんじゃないかな。また夕食の時にね」
「……ええ」
ナバダは弟に背を向けて歩き出したが、釈然としなかった。
イオの言い方ではまるで。
ーーーあたしが、アーシャに『要らない』って言われて、拗ねてたみたいじゃない。
「……何よ」
もう一度呟いてみたものの、イオの言葉でちょっと心が軽くなっている自分に気付いて、ナバダはますます複雑な気分になった。




