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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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54/72

陛下と女公と宰相と。


 ーーー時間は、アーシャが村に戻る少し前。


「リケロス」

「は」

「楽にせよ」


 窓際から中庭を見下ろしていたアウゴは、泣き伏すミレイアとその背をさするアーシャから静かに視線を外した。


「何か言いたいことがありそうだな」

「……お前も、戯れに人助けをすることがあるのだな」


 どうやらそんなことを意外に思っていたらしい宰相リケロスに、アウゴは薄く笑う。


「戯れ? あれは我には救えぬ者だ。故にアーシャに会わせたに過ぎぬ」

「……」

「民の安らかなるが、アーシャの望み」

「あれは男爵領の生き残りだろう。安らかなる望みの為であれば、滅ぼさぬことが一番だったのではないのか」

「魔導具士の獣人は、アーシャの身を守る武具を我の望み通りに作り出した。故に妻を見殺した者ら、状況を放置した者らを滅ぼす褒美を与えた」


 リケロスは、微かに眉根を寄せる。

 どうやら、何かが気に入らないのだろう。


「言いたいことがあるなら口にせよ、と伝えたが」

「褒美も罰も過剰であると、お前は思わないのか。妻の仇であったとしても、その魔導具士もリボルヴァ公爵令嬢もそこまでは望まぬのではないかと、私は思うが」

「直接手を下した訳ではない。北や東の反逆同様、《罪禍の鏡》によって己が罪を問いかけたに過ぎぬ」


 あの魔術は、害意に反応するのである。

 皇帝たる自身への反逆心、民を、獣人を虐げ傷つけた記憶、虐げる欲望、あるいは差別心。


 彼岸へ渡った者は、己が胸の内に抱いたことへの対価を、その胸より(いで)た行動への反射を、己の命で支払ったに過ぎない。


「他者を虐げたが故に滅んだ。だがアレは、アーシャ同様に獣人の境遇を憂いていた。生き永らえし者は我が民だとアーシャは言うだろう。故に救う……おかしな話ではあるまい」


 ミレイアというあの娘の胸の内に燻るものに、アウゴの言葉は届かない。

 奪い去った者の言葉を聞き入れる程、人の心は情と乖離していないことくらいは、アウゴも把握している。


「……人の心は、お前やあの令嬢ほどに強くはない。行動に表さぬ者の内心までも暴き出し罰を与えるのは、やはり過剰だろう」

「他者に劣悪な感情を抱かぬ程に強くなれば良い。アーシャはそのように振る舞う」


 リケロスは、小さく溜息を吐いた。


「リボルヴァ公爵令嬢の望みは、本当にそこに在るか? ……彼女のみを『人』と思えば、真に清らかなる者以外は残らんぞ」

「それもまた一興」


 別にどれ程民が死に絶えようと、アウゴには特別関心がない。

 

「アーシャが望まぬと口にするのであれば、今後はそうなろう」


 アウゴはアーシャのみが在ればそれで良い。

 生きようと死のうと、救われようとそうでなかろうと、全ては彼女の望みのままだ。


「……お前の想いは、そこにはいらんか」

「我の想い?」


 アウゴは、理解に窮するリケロスに対して小さく首を傾げた。


「我が想いは、そもそもそこに無い。よく知っているだろう、そなたは」


 その問いに対する返答はなく、彼は黙って頭を下げた。


「楽しそうなお話をなさっておられますわね。わたくしも混ぜていただいて宜しくて?」


 そこに、口を挟んでくる者が居た。

 リケロスが弾かれたように頭を上げる。


 いつの間にか、それがそこに立っていたように感じられたのだろう。

 

「入室を赦した覚えはないが」

「許可を求めた覚えもありませんわね」


 ニッコリと笑ったのは、南の大公……フェニカ・チュチェ。


「けれど、始末されなかったということは許可を出したも同然ですわ、皇帝陛下。それにしても、彼にだけはそのような口利きを赦すなど、思わず嫉妬してしまいますわね。……本当に弱いのに」

 

 フェニカがチラリとリケロスを見るのに、アウゴは淡々と告げる。


「リケロス、アーシャの家族、ダンヴァロ、ミレイア、ナバダは我が興味の対象なれば。故にこそ、触れに行くのだろう」


 彼女がどのように動いているか、把握していない訳がない。

 マグナムスとスナピアに接触したのも気づいている。


 そうした者達を、強いから気に入っている、とでも勘違いしていたのだろう。


 フェニカにとっては、強さこそ重要なことであるらしいことは分かっている。

 しかし価値観を、自分に当て嵌めて考える以外の思考がないからこそ『凡俗であり雑魚』なのだと気付いてすらいない。


 自分に並び立つ訳でないのなら、アーシャ以外の者など、アウゴにとっては〝六悪〟であろうと赤子であろうと差はない。


 強さで言えば雑魚は雑魚、知恵で言えば凡俗は凡俗だ。


 故にそれは勘違いなのだが、では何故と問われてもアウゴに答えはない。

 気に入っているから気に入っている、ただそれだけなのである。


 アウゴは、凡俗がどのように思うかに考えが及ばない訳ではなかった。

 考える必要がない程、取るに足りないと感じているだけである。


 その上で、この凡俗が余計なことをせぬように告げた。


「もしそれらに手を出せば、即座に堕ちると知れ」

「ええ。重々承知しておりますわ」

「いつの間に……!」


 そこでようやく驚愕から覚めたらしいリケロスに、フェニカは興を削がれた顔をした。


「そろそろお暇しようと思って、ご挨拶に伺いましたの。それと、皇帝陛下への反逆の意思はございませんので……〝四凶〟の情報をお届けに上がりました」


 彼女の言葉に、アウゴは小さく鼻を鳴らす。

 つまらない余興だ。


「そなたの持つ情報は、既に把握している」

「それはそうでしょうけれど……一応来ておかないと、それを理由に皇帝陛下に『処刑』されては敵いませんもの」


 ふふ、とフェニカが笑う。


「だってわたくしは、アーシャ様の『敵』なのですから」


「……!」


 緊張を見せたリケロスに、彼女は反応を面白がるように眺めた後、さらに言葉を重ねる。


「という訳で、宰相閣下。情報をお渡し致しますわね」

「……〝四凶〟というのは?」

「〝六悪〟は、金化と叡智が産まれた後につけられた呼び名ですの。元々残りのモノらは『孤天の元、双極在り、弐強在り。なべて天下四凶足る』と呼ばれる者達ですのよ。これは情報でしょう?」

「ええ……初めて耳にしますね。他のモノらは、それらの魔性よりも強い……という認識で間違いはありませんか」

「ええ。それをお伝えしに来ましたの。ついでに、皇帝陛下に御許可を頂きたくて」


 彼女は、扇を広げて目を三日月の形に細める。


「ーーーアーシャ様に挑みますわ。宜しくて?」


 それが本題らしい。

 アウゴは、彼女の態度を見て……初めて、僅かにフェニカに興味を覚えた。


 ーーー面白い。


 随分と堂々とした態度だ。

 アーシャに挑むということは、つまり戦闘を自分から仕掛けるということだろう。


 『勝ち目』がないと知りながら、なお正面から挑戦して来るその態度は、アウゴの好むもの。


「是」

「陛下……!?」


 アウゴが許可を出すのに、リケロスが焦った顔をする。

 アーシャはもう正式な婚約者である為、これが南の大公に殺されたとなれば一大事、と思っているのだろうが。


「リケロス。我はアーシャに『二度はない』と告げた。それをアーシャは了解した。二度が起これば、挑戦をやめるだろう」


 命を落とすことだけは認めぬ、と。

 フェニカが彼女の命を取るようなことがあれば、その時はフェニカがアウゴの手によって死に、アーシャが自らの誓いを破ることとなるのだ。


 そして皇都に戻るかもしれない、その可能性を、アウゴはリケロスに示した。


 彼は、こちらの言を理解した上で、内心で葛藤しているようだった。


「ですが……西の件もあります。それに、南もチュチェ女公が失われれば、今以上の混乱が……」


 フェニカがどう仕掛けるのか、リケロスには読めなかったのだろう。

 もし西の大公と手を組んで襲われたら、アーシャの動向次第では多くの民が戦火に巻かれることを危惧している。


「と、言われているが?」

「そんなつまらないことしませんわよ。わたくし、ハルシャが嫌いですもの。そもそも徒党を組むのは弱いからでしょう。そんな弱き者どもの手を取って、何が楽しいんですの?」


 アウゴに促されたからか、フェニカが扇を下ろして口を尖らせる。


「もう一つの懸念は、フェニカが堕ちてもアーシャがいる」


 一応、リケロスが納得しないだろうと思ったので、アウゴはそう答えておく。

 本音は、南部が混乱してどんな境遇の者がどれ程死のうと問題はないのだが……それはそれで、彼の仕事も増えるので受け入れ難いだろう。


 何より、アーシャが悲しむことが分かっているので口にはしない。


「では、わたくしはこれで失礼致しますわね」


 と、現れた時同様に、影のようにフェニカが姿を消した。

 

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