〝六悪〟を倒す方法が知りたいですわ!
「困りましたわね……」
「何が?」
アーシャは、村にいない間に止まっていた仕事を片付け終えて、考え事をしていた。
その独り言が耳に入ったのか、ナバダが手元の書類から顔を上げる。
紙はわりと高価なのだけれど、アーシャもナバダも貴族学校で基礎魔術として習っているので、藁半紙くらいなら素材から錬成出来る。
そのアドバンテージを生かして、今は色々な資料を作成している最中だ。
この村では、読み書きが出来る者が少ないので、教えている最中であり、活用出来るのはまだ先だけれど、あって困るものではないからだ。
「資料に何か不備でもあった?」
「いえ。そういう訳ではありませんけれど」
今考えていた悩み事を相談する相手はナバダではないので、アーシャは別のことを尋ねる。
「そういえば、貴女はいつまでこの村に居ますの?」
「は?」
どうやら尋ねた意味が分からなかったらしいナバダが眉をひそめるのに、アーシャは笑みを浮かべる。
「だって貴女、もうここに居る意味がないでしょう?」
彼女のそもそもの目的は、西の大公からイオを助け出すことだった。
その為に西を攻めるつもりでアーシャと行動を共にしていたけれど、ナバダの目的はもう達成されたのである。
となると、彼女にここに居る意味はないのに、何故戻ってきても居るのか、少し不思議だったのだ。
「イオと一緒に、どこに行くのも自由ですわよ?」
アーシャがそう言葉を重ねると、彼女は何故か絶句し……そして不機嫌そうに答えた。
「あんたみたいな爆弾が居るのが分かってるのに、放り出して、どっか行けってこと? 一人にしたら周りがいい迷惑でしょう」
「まぁ、失礼ですわね! 陛下のお命を狙った貴女より常識は弁えていましてよ!」
「はん! あんたが何を弁えてんのよ。貴族の常識も身の程も弁えてないでしょうが」
「……身の程を弁えてないのがどちらか、今この場で教えて差し上げてもよろしくてよ?」
アーシャが額に青筋を立てて応じると、ナバダが薄笑いを浮かべる。
「やってみなさいよ。皇帝にやったみたいに、今度はあたしが地べたに這いつくばらせてやるわ」
「そうなるのはどちらかしらね……!」
と、お互いに挑発し合っていたところで。
「お、死合いかな? 良いな良いな、そしたら見物しなけりゃな!」
と、入り口からひょい、と姿を見せたのはお師匠様だった。
「お師匠様。人の対立を見れば命を奪い合うと思うのはおやめ下さいな!」
「そうよ。本気でやったらあたしが勝つに決まってるんだから」
「……前言撤回したくなりましたわ!」
まだ煽るナバダに、ガタッと立ち上がったアーシャが本気で魔剣銃を抜いてやろうかと考えていると、お師匠様が顎を撫でてカカカと笑う。
「では、ワシと死合うかな! 雑魚弟子!」
「何でそうなるのか分からないのでお断りしますけれど、丁度いいのでお聞きしたいことがありますわ!」
「何かな?」
軽く首を傾げたお師匠様に、アーシャはニッコリと問いかけた。
「〝六悪〟くらいの相手を、確実に始末出来る方法をご存知ではなくて?」
すると、その言葉を受けて軽く目を細めたお師匠様が……ニィ、と笑みの種類を凶暴なものに変える。
「あると言やぁ、あるかな! だが雑魚弟子にゃ、ちぃと荷が重ぇと思うがな!」
「あら、ご存知ですのね!」
アーシャは、流石お師匠様ですわ! と思いながら、パチンと両手を合わせる。
「ぜひ教えていただきたいですわ!」
「下手しなくてもしくじりゃ死ぬけどな! それでも良いのかな!」
「構いませんわ! わたくしは陛下の御下命で死ねなくなりましたので、死にませんもの!」
「カカカ! 相変わらずとち狂ってるな、雑魚弟子!」
「お師匠様に言われたくありませんわ!」
「あんたらの会話の意味が一個も理解出来ないんだけど!?」
と、そこでナバダが口を挟んできたので、アーシャはそちらに目を向けた。
「何が理解出来ませんの?」
「一から十までよ! 何〝六悪〟を殺す方法って!? しかも知ってる上に死ぬかもしれないってどういうこと!? それで何で中身も聞かずに教えろって言ってんのよ!?」
一体、それらの何が疑問なのだろうか。
アーシャがキョトンとした後にお師匠様を見ると、彼も同じ顔をしてこちらに目を向けていた。
「この姉ちゃんは何を言ってるのかな?」
「あら、お師匠様も分かりませんの?」
「さっぱりだな!」
ということは、やっぱりナバダがよく分からないことを言っているのだろう。
でも、質問されたのでアーシャは一応答えておく。
「〝六悪〟を殺す方法は、〝六悪〟を殺す方法ですわ。魔性の頂点である存在を殺せる方法が存在すれば、今後同等以下の魔性が襲ってきてもどうにでもなるでしょう?」
「……まぁ、それは分かるわ。言わんとすることは」
「そうでしょう? その上で、陛下は〝六悪〟を片手間に始末出来るので、わたくしもそう在らねばなりませんわ!」
「それは全然よく分かんないわね。昔からだけど」
「『死ぬかもしれない』に関しては、お師匠様との修行は常に死にかけでしたので、特に問題はございませんわ!」
「カカカ。雑魚弟子は、小突いただけで死にかけるからな! 魔力は低い、体も弱くてちっこい、武器は珍妙、途中から片目まで見えなくなって、苦労させられたしな!」
そんなお師匠様にムゥ、と頬を膨らませて、アーシャは彼を軽く睨む。
しかし彼はそんな程度では全く堪えないので、ため息を吐いてから、そのままナバダに目を戻す。
「ということですわ」
「何がということなのよ! 全然分かんないわよ!」
せっかく説明したのに、そんな風に怒鳴り返される。
「公爵令嬢が! 手加減も出来ずに殺しかけるようなヤツに師事してんのも! 全員がそれを認めてんのも! どう考えても頭おかしいわよ! あんたガキの頃からそんなことばっかしてたの!?」
「してましたわよ? お父様が『礼節と教養を疎かにしなければ良い』と仰ったので、全部完璧にこなしましてよ。それはご存知でしょう?」
アーシャは貴族学校でも社交界でも、他人に立ち振る舞いで文句を言わせる隙を見せたことなど、一度もない。
だからライバル令嬢達が、容姿に陰口を叩くくらいしか出来なかったのである。
最後まで競ったナバダこそ、それを一番良く知っているだろうに。
「お師匠様がどうしてお師匠様になったのかはよく覚えていませんけれど。『強くなりたい』と願ったら、お父様が何処かから魔剣銃を手に入れて来て、その後に彼が屋敷に現れた、というような経緯だった気が致しますわ! 初日から死にかけましたけれど!」
最初に死にかけた原因は、上手く魔力を操れず、魔剣銃が暴発して練習着に火がついたからだ。
婆やがすぐさま水をかけてくれたので、事なきを得たものの。
魔術すら初歩の初歩しか操ったことのなかったアーシャに、いきなり『使う武器にゃ最初から馴染め』と無茶を言って使わせようとしたのは、お師匠様である。
「何でそれで追い出さないのよ……」
「だって、確実に強くなれますもの。お師匠様は、私が知る限り陛下の次にお強いですわ!」
「カカカ! 利き腕が無くなっちまってから、だいぶ弱くなったけどな!」
「……ちなみに、腕は何でなくなったの?」
「皇帝に挑んだら落とされたな! 剣一本で、ヤツは魔術すら使ってないのに手も足も出なかったな! 死合いの中で死ねるかと思ったのに殺されなくてな! 都に連れて行かれて、お陰で雑魚弟子の面倒を見ることになったな!」
故にワシは死人よ! とあっけらかんと言うお師匠様に、ナバダが頭痛を覚えたようにこめかみを揉む。
「ダメだわ。どれだけ聞いても、あんたらの頭の中身は理解出来ないわ……」
「貴女も暗殺者でしょうに」
「あたしは、やらなきゃ死んでたのよ! 自分から死ぬような目に遭いに行くあんたらより、よっっぽど常識あるわよ! もう良いわ!」
まるで匙を投げたようなナバダの態度をなんとなく不満に思いつつも、アーシャは改めてお師匠様に声を掛ける。
「で、お師匠様。後で〝六悪〟を倒す方法、教えていただけまして?」
「良いかな! どうせ暇だしな!」
お師匠様は軽くそう答えて、またカカカと笑った。




