陛下の世界ですわ!
「この辺りで良いかしら?」
「そうだな。どこに向かって撃ってみるんだ?」
二人で向かったのは、最初にベルビーニを助けた大岩辺りである。
半分に割れた岩の頂上くらいなら、村の者もあまり寄り付かないし、人の被害も出ないだろう。
そう考えて、アーシャは右側のカウル部分に固定された【雷迅式魔導陣内蔵型加速器(レールガンバレル】の持ち手を掴んで、ガシャン、と引っ張る。
するとダンヴァロの設置したホルスター部分に接続されるので、魔剣銃を差し込んでグッと後ろに引くと、固定が外れて持ち上がり、アームと球体関節で【風輪車】と繋がって保持されたまま、自由な方向に銃身を動かせるようになった。
アーシャは、右手で魔剣銃のグリップを、左手でバレルに畳んであったサイドグリップを起こして握る。
丁度、伏せ打ちするのに似た前傾姿勢で取り回せるように調整されていた。
足も固定されているので、静止状態での狙いはブレづらいけれど。
「……これ、機動している時に狙いを定めるのは難しそうですわね」
今はウォルフガングがホバリング状態で静止してくれているけれど、実際の戦闘では動き回るのだ。
しかも操縦しているのがアーシャではないので、呼吸を合わせた連携を覚えなければならないだろう。
狙いを定めた瞬間にウォルフガングが動き出したら、それに合わせて狙撃も遅れてしまうし、巨大な分取り回しに難がある。
彼の動きのクセを覚えて動きの方向を予測出来るようにしておかないと、実戦で使い物にならなそうだ。
「元々そういう用途の武器じゃねーだろ、それ」
「あら、使える力はなるべく多くの状況で使えるようにするのは、当然ではなくて? これを使う時は、よほど危ない状況以外では敵に対して体を正面に向けるよう心がけて貰えまして?」
「努力はする」
ウォルフガングの返事を聞きながら、アーシャは照門と照星を合わせる。
そうして、山の頂上にある木の先端に狙いを定め、魔力を銃身に流し込んだ瞬間……。
「ーーーッ!?」
覗き込んだ右目が、ギュ、と引き絞られるような感覚と共に、世界の情報が脳内に流れ込んできた。
気脈を走る魔力の流れが、シュライグのゴーグルをつけた時のようにハッキリと感じられ、目に映る景色の鮮明さがどんどん増していく。
そうした視覚だけでなく肌感覚や嗅覚、聴覚に至るまでありとあらゆる感覚が、人間の限界を超えて研ぎ澄まされ、アーシャの頭の中に流れ込んで来た。
ーーーこれ、は……!?
どんどん世界の解像度が増していくあまりにも異様な感覚に、アーシャの全身がゾワリと怖気立つ。
極度に集中した時の感覚に似ているが、世界の色や時間の流れはそのままで、ただただ、世界がアーシャの中で明らかになっていく。
全知。
アーシャは感覚の正体を、そう形容した。
世界の全てが手中にあるかのような、桁外れの情報量。
全てが見える。
視線の先の先の先まで。
魔力の流れの知覚と遥か遠くまで見える視覚が混ざり合い、視線が山肌すら貫いて、その先に飛んでいる魔獣の姿が『視え』た。
岩に似た質感の肌を持つ有翼の魔獣……【土石鳥】と呼ばれるそれの獣臭さが、風の流れ一筋一筋の中から拾い上げられる気すらして、アーシャは狙いを変更する。
肌に触れる金属の冷たさが自分からわずかずつ熱を奪って行く様も、引き金に掛ける指先の僅かな位置のズレすらも、どのように修正すれば最適であるか、理解出来ている気がした。
全く外す気がしない。
が、同時に、膨大な情報量がアーシャの許容限界超え、頭の芯から揺さぶるような頭痛に襲われ始める。
時間がない。
そう思いながら、曲射の軌道で狙いを定めて、引き金を絞った。
カシュッ! と軽い音と共に【雷迅式魔導陣内蔵型加速器】の銃身を走った魔弾が放たれ、パチッ、と軽く、雷撃の残滓が光る。
静粛な音に見合わない速度で放たれた、音速を超える弾丸。
それはきちんと狙い通りの軌道を描いて……魔獣の頭部を、狙い違わず貫いた。
パッと頭を離すと、とてつもない情報量が遮断されて、アーシャは深く息を吐く。
「ハッ……ゼェ……!」
解放感からブワッと汗が吹き出し、思わず呼吸が乱れる。
頭がズキズキと痛むのに、片手を頭に添えた。
ーーーとんでもないですわ!
凄まじい体験だった。
ギュ、と目を瞑って体を伏せると、少し焦ったようなウォルフガングが声を掛けて来る。
「おい、アーシャ。どうした?」
「いえ……これは、ちょっと今のわたくしには、あんまり何度も使えないかもしれませんわね……」
先ほどの感覚をアーシャに与えたのが、右目の力なのか、それとも銃身の魔導陣に組み込まれているものなのかは分からないけれど。
ーーーあれは……陛下の世界、ですわ……。
あまりにも鮮明過ぎる世界。
その世界の様子を垣間見たアーシャは、思わず笑みを浮かべた。
きっと、あれは陛下が常に見ている世界の形なのだ。
並の人間であれば一時間と耐え切れずに命を手放すだろう、と確信出来る程の、人智を超えた世界の姿。
あれに比べれば、きっと凡俗の人間など能力に関係なく『何も見ていない』に等しいと感じられるだろう、そんな世界。
ーーー陛下。ありがとうございます……!
アーシャは、今の世界に届かなくてはならない。
陛下と並び立つ為には、あの世界に行かなければならないのだ。
それは途方もない道だけれど。
ーーーわたくしに、陛下の世界を垣間見させてくれるだなんて……!
アーシャを支配していたのは、喜びだった。
陛下に少しでも近づけるのなら、陛下のお側に近づけるのなら、それはアーシャにとって嬉しいこと以外の何物でもなかったから。
感謝を胸に、アーシャはウォルフガングに告げる。
「落ち着きましたわ。仕留めた獲物を持って、戻りましょう。ウォルフ!」
「仕留めた? 何だ、今撃ったの何かに命中したのか?」
「ええ。【土石鳥】を仕留めましたわ。薬や武具の素材として高く売れますわよ!」
アーシャは、おそらく魔獣が墜落しただろう場所をウォルフガングに伝えて、そちらへと向かって貰った。




