なんて素晴らしいんですの!
「何っっっって素晴らしいんですの!?!?!?」
アーシャは、目の前の光景に目をキラキラと輝かせた。
村に帰った後、ダンヴァロに呼ばれて工房に向かい、見せられたのは空飛ぶ乗騎【風輪車】とウォルフガングである。
彼は、体に土や金属を纏う特異魔術によって土人形に変化することが出来るのだ。
そのウォルフガングは、陛下が仰られた通りに【風輪車】を身に纏う訓練を続けていたらしく、魔術を発動すると。
ぎゅるん! と【風輪車】が液体のようにウォルフガングの身に纏わりついて、姿が変化したのだ。
その印象は、金属で出来た二足歩行のクワガタ。
【風輪車】のヘッドが頭の部分にヘルメットのように乗り、操縦席部分とタンデムシートが後ろに向かって伸びている。
飛行用の、前後にあった巨大な呪玉がウォルフガングの両肩部分に移動し、そこからクワガタのアゴのように、両腕を覆った装甲と形成された刃が一体化した腕部が伸びていた。
両足は残りの装甲に足先まで覆われ、四足獣の後ろ足のような逆間接型の着地脚で体を支えている。
「カッコ良いですわ! めちゃくちゃカッコ良いですわぁ~~~!!」
テンションの上がり切ったアーシャに、ついてきていたナバダが呆れた目を向けた。
「あんた、本当にこーゆーの好きね……」
「ナバダ! 貴女にはこのカッコ良さが分からなくて!? 信じられませんわ!」
「凄く虫っぽいとしか思わないわね」
「これだから感性の鈍い人は! このフォルムの美しさが分かりませんの!? ねぇ皆様!」
アーシャが嘆きと共に他の面々を見ると。
「わ、私も、大変良いフォルムだと思います!」
「まぁ……感性は人それぞれだしね」
と、竜騎士ベリアがコクコクと頷き、ナバダの弟イオは少し目を逸らす。
「めちゃくちゃ良いに決まってるよなぁ!!」
「おいらも……ちょっとカッコいいと思うかな」
魔導具士の犬顔獣人ダンヴァロが親指を力強く立てて、その息子のベルビーニも肯定してくれる。
「ほぅら、ご覧になりまして!?」
「好きに思ってたら良いじゃない。別に悪いなんて言ってないでしょう」
ナバダは本当に、こういうところが気に食わないのである。
そもそも華やかなデザインや目新しいものが好ましいアーシャと違い、ナバダは大人しいデザインや実用的なものを好む気質。
ーーーもう! 人が喜んでいる時は一緒に喜ぶものでしてよ!?
そんな風に思いつつ、アーシャはウォルフガングに目を戻した。
「それで、貴方は【風輪車】を纏うと強いんですの!?」
「ああ。正直、ゴーレムと違って羽みたいに動きが軽い。その分力加減が難しいんだけどな。一応飛べるし、お前も乗せれるぜ!」
「まぁ! 乗って良いんですの!?」
アーシャはウキウキと、位置が高くなったシートに乗る為に着地脚に足をかけ、肩の装甲を掴んでひらりとシートに
跨る。
シートと操縦桿周りは特に変わっておらず、ダンヴァロに増設された魔剣銃用のホルスターもそのままだ。
足の間にあった【風輪車】下部の厚みは無くなっており、代わりに見慣れないものが足を置くステップの後ろ辺りに見えた。
「あら、この穴はなんですの?」
「足を曲げて差し込んでみろよ」
ウォルフガングに言われて、筒状の穴に足を差し込むと、グッと軽く締め付けられて足が固定された。
ちょうど、馬の手綱を握って前傾姿勢になっているような姿勢で体が安定する。
「お前、二丁拳銃だろ。足が固定されてりゃ両手離しても危なくねぇかと思ってな」
「確かに! 素晴らしい配慮ですわ、ウォルフ!」
【風輪車】の操縦はウォルフガングの意志で行うことが可能なようで、この状態の時はアーシャが操縦する必要もないらしい。
「私が狙撃手、貴方が近接戦と操縦担当ですのね!」
「そういう事だな」
そうなると、空中戦を行うのがかなり楽になる。
アーシャが喜んでいると、さらにダンヴァロが、工房の中から何か細長いものを持って出てきた。
彼もとても楽しそうにしている。
「コイツも付けるぜ! 一回離れな!」
「それは何ですの?」
シートから降りたアーシャが興味津々で見に行くと、彼は元に戻った【風輪車】の右側面にそれを取り付けた。
どうやらこれも魔導具のようで、長い銃身のように見える。
照星と照尺が備えられており、全長はアーシャが両手を広げた位で、根元の部分に黄色い呪玉が嵌め込まれていた。
が、引き金とグリップに当たる部分がない。
代わりに、末端に何かの銃口を差し込むような部分が開いていた。
「これは何ですの?」
「【雷迅式魔導陣内蔵型加速器】だ!」
ダンヴァロはウキウキとそれのことを説明してくれた。
「お前さんの魔剣銃を差し込んで魔力を流すと、この黄色い呪玉【雷変魔導玉】が起動する。それで引き金を絞ると、魔弾に雷撃と加速の魔術を複合させる魔導具だ!」
「複合魔術ですの!?」
魔術の練度が高い魔導士が使用するもので、ナバダと共に以前の戦いで使った《明王散華》の魔術も一種の複合魔術である。
それを自動で再現する魔導具など、アーシャは聞いたことがなかった。
「そ、そうするとどうなるんですの!?」
「めちゃくちゃ弾丸の射程が伸びる。連射能力は落ちるが、魔弾一発の破壊力も上がるぜ! お前さんは魔力が他の連中に比べて少ねぇって話を聞いて、補う魔導具を作ろうと思ってた時に、魔剣銃を依頼してきた黒髪の男が来てな!」
ダンヴァロが言うには、依頼料と一緒に【雷変魔導玉】本体と【雷迅式魔導陣内蔵型加速器】の設計図と素材をくれたのだという。
「陛下が!?」
「アイツ、ヘイカって名前なのか? それをアーシャの嬢ちゃんにやれって言われてな! 魔剣銃も貰ってるし、お前さんアイツとどんな関係なんだ?」
ダンヴァロの問いかけに、ナバダとウォルフガングが天を仰ぎ、ベリアが驚愕の表情を浮かべ、イオが良く分かっていない様子で首を傾げた。
「……過保護……」
「ていうか、ダンヴァロ知らねーのか……そうか、そういやいなかったのか……」
「まさか、また御自らこの地に足をお運びに……!? 気づかないなど、私は臣下失格……!!」
「誰……?」
ダンヴァロは、キョトンとしていた。
「何だ?」
「陛下は、皇帝陛下ですわ! わたくしが先日婚約を結んだ最愛の御方ですわ! ああ、陛下……誠にありがとうございます……! こんな素敵な贈り物をいただけるだなんて……!」
アーシャは、瞳からこちらを覗いておられるだろう陛下に御礼を申し上げる。
すると、ダンヴァロもピシッと固まった。
「皇帝……? 皇帝!? アイツが!? アイツが皇帝だったのか!?」
「もう、ダンヴァロ! ちゃんと敬称をお付けなさい!」
「どうでも良いだろ!」
「良くありませんわ!」
「その言い合いはどうでも良いわよ」
ナバダが半眼になりながら、口を挟んでくる。
「つまり、雑魚アーシャが強くなるってことね」
「まぁ! 人のことを雑魚呼ばわりなんて失礼ですわよ!」
「ロウシュも言ってるじゃない」
「お師匠様に比べればわたくしは雑魚ですけれど、貴女と比べてそこまで劣っておりませんわよ!」
ぷん! と頬を膨らませた後、アーシャは再び魔導具に目を戻す。
「それよりも、使ってみたいですわ! 陛下からの贈り物!」
「ああ、良いぜ。ただ、コイツを使う時は注意しな。ウォルフが合体してないと、結構バランスが悪い。もう一個の魔導具が完成すりゃ、マシにゃなるが」
「まだあるんですの!?」
「防御用の【魔導陣内蔵型防御結界器】なんだが……どっちの設計図も、性能はバカ高いが作るのめちゃくちゃ難しいんだよ……」
「父ちゃん、めっちゃ徹夜してたもんね。寝ないとそろそろ体壊すと思って止めたんだよ」
ベルビーニの言葉に、アーシャは頷いた。
「それはダメですわね! 無理は良くないですわ!」
「楽しくてな……」
「貴方、体壊すとやさぐれるじゃありませんの! 作れなくなったら本末転倒ですし、ベルビーニの為にもご自愛なさいませ!」
「だから一個しか完成しなかったっつってんだろ! 無理してねーんだよ!」
「良いことですわ!」
「お前さんは割と、人の話聞いてるようで聞いてねーよな……」
茶の毒で指先が使えなくなり、酒浸りになっていたのはそんな昔の話ではないからか、ダンヴァロはそれ以上言い返して来なかった。
けれど、ベルビーニの言うことを聞くようになったなら良いことだ。
大切なものを失うのは、誰にとっても悲しいことである。
その後、設置の仕方と外し方、収納の仕方を教えて貰ったアーシャは、再び【風輪車】を纏ったウォルフガングと共に空に飛び立った。




