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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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46/72

陛下に『奪われた者』ですわ。


 三日間の披露宴が、無事に済んだ後。


 アーシャは陛下の言付けを受けて、皇宮の中庭で一人の少女と会っていた。

 水辺の東屋で茶を用意した後、侍女らが話の聞こえない位置に下がっている。


 会うように言われた少女も、どうやら皇宮に務める侍女らしい。

 どこか悲しげな目をしている彼女一人が、他の侍女と共に下がらなかったからだ。


 黒髪のおかっぱで、年齢はまだ成人するかしないか。

 おそらくは15歳くらいだろうと検討をつけて、アーシャは小柄で大人しそうな彼女に話しかけた。


「貴女が、陛下の仰っていた方ですの?」

「は、はい。ミレイアと申します!」


 何故陛下が会うように仰ったのか、その理由は伺っていない。

 けれど、何かあるのだろう。


「貴女も、お座りになって?」


 所作から、おそらくは元々平民だろうと検討をつけて、アーシャは空いている椅子を扇で示す。

 するとミレイアは、慌てたように首を横に振った。


「いえ、私は、侍女ですので!」

「あら。でも貴女は今、わたくしのお客様ですわ。なら、座らせもせずに話すわけには参りません」


 そう告げると、少し迷った後に、ミレイアはちょこん、と浅く椅子に腰掛けた。


 可愛らしい。

 アーシャは思わず口元を綻ばせるが、すぐに本題に入る。


「陛下から、貴女にお会いするように言われましたけれど、どのようなご用件ですの?」

「あの……」


 ミレイアは離れた位置にいる侍女たちに目を向けた後、アーシャの顔に目を戻して、すぐに慌てたように目を伏せる。


「わたくしの顔が、怖い?」

「い、いえ。も、申し訳ございません!」

「構いませんわ。慣れておりますから」


 アーシャはころころと笑う。


 引き攣れた火傷痕に覆われた顔の右半分は、化粧で薄くなっているとしても、普通はあまり直視したくないものなのだろうということは、貴族らの反応でよく知っている。


 陛下やナバダ、『魔性の平原』に住まう者達の方が特殊なのである。


「別に取って食おうというつもりはございませんわ。けれどこのままでは、話が進みませんわよ?」


 何せアーシャは、要件すら知らないのである。

 ミレイアが話し出すまで、少し待っていると……彼女がようやく口にした言葉に、アーシャは思わず表情を引き締めた。


「……私は、故郷の村を、陛下に焼かれた者でございます」


 そうしてチラリと目を上げたミレイアに、アーシャは小さく頷いて先を促す。


 どうやら彼女は、西の小さな村に住んでいたらしい。

 それがある日突然、夜中に、陛下によって焼かれたと。


「私は……その生き残りで……家から出ると、炎の中に立つ陛下をお見かけしました。陛下は『生き残った人間がいたのか』と、表情を変えずに問いかけられました」


 その態度から、ミレイアは『陛下が村を焼いたのだ』と直感したという。


「何故皆を殺したのか……私がそう問いかけると、陛下は仰いました。『命の対価に』と。私は、その意味が分かりませんでした」


 その後、陛下はミレイアに、『共に来るのなら、住む場所を与える』と言い、彼女はそれに従ったという。


「復讐を、するつもりでした。まさかその時は、皇帝陛下とは思っていませんでした。……どのような扱いを受けようと、そのお命を狙うつもりでした。けど、陛下は」


 皇宮に来た後は、ミレイアは思ったような酷い扱いを受けることはなかったという。

 育てるよう申しつけられた侍女の元で、ごく普通に過ごす日々。


「私は、よく分からなくなったのです。陛下が憎いのです。憎い筈なのです。けれど陛下は、私が遠くからその憎しみを態度に示しても、足を少し止めて見返すばかりで、どうもしようとはなさらない……」


 一度は、本当に刃物を懐に忍ばせたこともあったという。

 けれど。


「陛下は、間近に近づいた時に私が懐に手を伸ばしても、ただ一言、こう仰っただけでした。『それが、そなたの選択か』と」


 その言葉に、何故か、ミレイアは決意が鈍ったのだという。


「陛下は……何にも関心がないように思えます。けれど私の村を……住んでいた領を滅ぼした以外は……その日常の中での態度は、お優しい、のです」


 少なくとも、怒鳴りつけられるようなこともなく、どれほど不敬でも処罰しようとはなさらない、と、ミレイアは涙をこぼした。


「私には、分からなくなりました。住んでいた領を滅ぼされたのは、本当に陛下なのでしょうか? 何かの間違いでは、ないのでしょうか? 私は、陛下が憎い筈なのに、どうしたら良いか分からなくなったのです」


 そうしたら先日、陛下が仰ったという。

 『アーシャが戻っている。会え』と。


「私は、陛下が全てを分かっておられるような気がして、全てを見抜いているような気がして、畏怖を覚えました。その陛下がお会いになるよう伝えられた、アーシャ様なら……私の疑問に、答えていただけるのかと、思い……この場に訪れたのです」


 ミレイアは、涙に濡れた目をこちらに向ける。


「教えて下さい、アーシャ様。陛下は、私の村を滅ぼされたのですか? そうだとしたら、何故村の中で、私だけ生き残らせたのですか。何故村の皆を……殺したのですか」


 彼女の問いかけに、アーシャは一度、目を閉じた。

 

 ーーー素晴らしいですわ。


 それは、口には出さなかったけれど。

 アーシャはミレイアという少女の聡明さと慧眼に感銘を受けていた。


 ーーーまさか、陛下がお優しいことに気付けるなんて……なんと素晴らしい……!


 ただそれだけで、栄誉ある地位を与えても良い程の偉業である。

 一体、どれ程の者がそれに気付けるか。


 で、あればこそ。

 アーシャは、彼女の問いかけに誠実に答えなければならなかった。


 彼女は、ウォルフガングとは違う。

 復讐を己の生きる糧としている者ではなく……生きる糧としていた復讐に疑問を覚えてしまった者。


 陛下に何かを要求しようという者ではなく、陛下の在りようを知って迷い悩む者だ。

 であれば、焚き付けたところで彼女は救われない。


 アーシャは、まず結論を彼女に告げた。


「ミレイア。わたくしが、貴女のその疑問に答えるのは簡単ですわ。けれど、その問いかけの本当の答えは、貴女ご自身で見つけなければなりませんの」

「本当の……?」

「ええ」


 アーシャは居住まいを正し、真っ直ぐに彼女を見つめる。


「まず、村と領を滅ぼしたのが陛下であることに、間違いはございませんわ」


 ミレイアが、アーシャの答えに息を呑む。

 『命の対価に』と陛下が口になさったのなら、それが真実。


 そしてアーシャの記憶にある限り、陛下が領一つを滅ぼされたのは、ただの一度きり。


 かつて、ダンヴァロの住んでいた男爵領だ。

 陛下がわざわざその村には足を運んだというのなら、もしかしたら彼女は、特に獣人差別の酷かった村……ダンヴァロの村の出身であり、知り合いであるのかもしれなかった。


「そして陛下が、貴女の大切な方々を彼岸へと旅立たせたのなら。その方々はおそらく……他の方が大切に思っていた誰かの命を、故意に奪ったのです」

「お父さん達が……? そんなこと、するわけ……!」

「ない、というのなら、陛下は決して、臣下を害することはなかったでしょう」


 アーシャが知る限り、ダンヴァロが『魔性の平原』へ向かった後に、陛下は男爵領を滅ぼされた。

 なら、おそらくそれには……ダンヴァロの奥方が殺されたという件が、絡んでいる。

 

 アーシャはその詳細を知らないが、もしかしたら村人達……獣人ではない者達……が、ダンヴァロの奥方を何らかの理由で『誰かに殺しても良いと売った』か『殺されかけているのを見捨てた』のだろう、と推測する。


 陛下が、他者の命を奪う時は。

 それも自らに敵対する者以外の命を奪うのは、そうした時なのだ。


 臣民の飢餓を放置した領主に対しても、陛下は同様の措置を取ったことがあった。

 こちらで命を対価として支払ったのは、領主とその周囲の権力者だけであったけれど。


「実際に何が起こったのかは、陛下ご本人にお聞きしてみなければ分からないでしょう。けれど陛下のなさることには、明快な規律がございます」


 救われるべき者に救いを。

 誉れある者に褒賞を。


 挑戦する者に手段を。

 諦めた者に安寧を。


 侮辱には罰を。

 そして、命には命を。


「他者の名誉を侮辱しただけであれば、同じだけの屈辱が与えられて終わったでしょう。けれど陛下は、命を奪った者、故意に奪おうとする者には命をもって贖わせます。貴女だけが生き残ったというのなら、貴女は、他者の命を奪わなかった。もしくは、命を奪う行動に関与していなかったのです」


 生き残りがいたことに言及をなされたのなら。

 その際に行使したのはおそらく、御即位の際に反乱軍征伐し、先日フェニカの〝影〟を始末した魔術。


 《罪禍の鏡》と陛下が以前口になさった呪いは、指定された罪禍の記憶、あるいは情動を持つ者を罪に応じて苦しませ、その命を奪うもの。


 ミレイアが焼かれなかったというのなら、それは先日のフェニカ同様に、裁かれる『罪』を犯していなかったということなのだ。


「信じる信じないは貴女の自由ですが、陛下は公平なお方です」


 他者の名誉を侮辱しただけであれば、命は奪われていない。

 あのベリアの元・婚約者、愚かにも魔性に堕して金化卿となったウルギーですら、一度は罰のみで赦されている。


 人によっては死よりも苦しい罰であっても、命の対価でなければ、陛下は生きることを赦すのだ。


「貴女の質問への答えは、それで全てですけれど……貴女の気持ちへの答えは、また別ですわ。陛下の在りようを侮辱することは赦しませんが、お怨みすることを止めろとは、わたくしには言えません」

「え……?」


 戸惑うミレイアに、アーシャは微笑みかけた。

 陛下は『救われるべき者に救い』を与える為に、彼女をアーシャに対面させたのだろう。


 だから、そこまで答えて、ようやく陛下の御心に添う。


「本当の答えは、貴女ご自身で見つけなければならない、と最初にお伝えしましたわね? 貴女ご自身が、陛下をどう思うか。どう思いたいか。『ミレイアの大切な者が、陛下によって奪われた』という事実が変わらない以上、そこに関して、わたくしからどうこう言うことは出来ないのです」

「ですが……アーシャ様は、陛下のご婚約者にあらせられるの、では……?」


 アーシャは、何故か驚いているミレイアにふんわりと微笑む。


「その通りですわ。ですから、もし貴女がその恨みをもって陛下を害されたとしたら……わたくしは決して、貴女を赦さぬでしょう。貴女の命を奪い、そして陛下の後を追いますわ」

「……!」


 アーシャが口にした答えに、彼女が絶句する。


「わたくしは大切なものを奪われたら復讐致しますわ。そんなわたくしが、傷ついた貴女の心を、復讐を望む気持ちを、何故否定出来ますの? ……そして全ては同様なのです、ミレイア」

「え? ……え?」


 理解出来ないようなので、アーシャは話を続ける。


「貴女は大変聡明ですわ。ですから、考えてみて欲しいのです。わたくしが陛下を奪われた時にそう行動するように、奪われた貴女が陛下をお恨みするように。……貴女の大切な方々が、別の誰かの大切な命を奪っていたのなら」


 陛下ではなく、大切な者を奪われた人物になら。


「その奪われた方が、両親や村の人々の命を奪うのなら、貴女の心はそれを良しと出来ますか?」

「あ……」


 ミレイアが青ざめる。

 彼女は自らの目にした陛下の、奪った者の優しさを否定出来ず、迷うほどに聡明なのである。


 『他者に赦さぬことを自らには赦す』という考え方は一つも筋が通らぬことを、きちんと理解したのだろう。


 人に赦さぬなら、自分も赦されない。

 自分を赦すのなら、人も赦さねばならない。


 何故陛下は、ミレイアを咎めないのか……その態度が、奪った側である陛下の答えそのものなのだ。


 仮に陛下が手を下さなかったとして。

 もしダンヴァロにベルビーニがおらず、奥方を奪われていたなら。


 彼は、それを赦しただろうか。

 怒りや恨みを、呑んだだろうか。


「大切なものを奪われれば、誰しもが恨みを抱くのです。そうして自らの命を断つ者も、相手の命を奪う者も、またそれを飲み下して忘れ去る者も、忘れずにいる者もいるでしょう。けれど、それらは全て、人の選択。その人自身の選択なのです」


 だから、恨むことをやめろ、と言うことは出来ない。

 しかし彼女は、葛藤によって苦しんでいるのだ。


 恨むことが、彼女の生きる力にならなくなってしまっていることを、陛下はお察しになられたのだろう。

 けれど恨まれる対象である陛下が、彼女に言葉を投げたところで真の意味では届かない。


 だから、預けられた。


 その期待に応えて、アーシャに出来ることは、あまりに少ないけれど。

 真実を告げることと、寄り添うことだけは出来る。


「本当の答えは、自ら見つけるしかありません。けれど、陛下への恨み言で気が晴れるのであれば、わたくしへ存分に罵って下さい。陛下とわたくしの命を差し出すことは出来ませんが、それ以外のことであれば、幾らでも手をお貸ししましょう」


 彼女には理由があるのだから、そのくらいは赦される。


 アーシャは立ち上がって、ミレイアに歩み寄った。

 そして、そっと彼女の横に腰掛ける。


「陛下の代わりに、わたくしのことを傷つけるのも良いでしょう。巨万の富でも、平和に過ごせる領地でも、貴女が望むのであればご用意するように尽力しましょう。貴女に罪はないのですから。共に泣いて欲しいのであれば、幾らでも泣きましょう。……ですが、それは貴女ご自身が、前を向ける選択であって欲しいと思いますわ」

「前、を……?」

「はい。自ら命を断つこと、陛下に刃を向けて討たれることを選ぶのなら、悲しいですが、それも貴女の選択ですわ。ですが生きるのなら……生きて下さるのなら、わたくしは貴女にも、せめて幸せになって欲しいと思うのです」


 『死者となった両親は、彼女に幸せになって欲しいと望むだろう』というようなことを、アーシャは口にしない。


 ミレイア自身がそう思いたいと考えるのなら、告げる意味もあるだろうけれど。

 他者が何をどう選ぶかということに関しては、それがたとえ死者であったとしても、アーシャには決めつけることは出来ないから。


「陛下は貴女の命を奪わなかった。事実はそれだけですわ。そこにどのような意味を見出すかは、貴女ご自身の選択なのです。皇国の民には幸せであって欲しいと、わたくしはそう思う。それも、貴女にとってはそれだけのことですわ」


 選ぶ為の手助けをする以上のことも、アーシャには出来ない。


「わたくしは、陛下の選択が間違っているとは思いません。罪は罪ですから、罰は与えられるものです。けれど、たった一つだけ」


 アーシャは、そっとミレイアの手を両手で握り、自分の頭の位置に持ってくる。

 今のアーシャの立場では、彼女よりも下に、頭を下げることすら出来ないけれど。


「罪に関係のない貴女から、大切な家族を奪ってしまったこと。その点に関してだけは、陛下に代わって、わたくしが謝罪致しますわ」


 せめて言葉と態度で、ミレイアの心が少しでも軽くなるのなら。

 その為の指針となれるのなら。


「わたくしには、寄り添い、祈ることしか出来ませんけれど。貴女が、貴女の答えを見つけられますように。そして、願わくば未来に目を向ける納得を、得られますように」


 ーーー貴女の心が、その選択によって、どうか救われますように。


 過去は取り戻せない。

 どれ程望もうと、時は遡りはしないのだ。


 その無情に向き合う為に、人には時に、無責任な慰めが必要なこともあるだろう。

 けれどそれはアーシャには出来ないし、アーシャの役目でもない。


 ただ、せめて誠実であろうと、目を閉じて、ミレイアの手を額におしいただいたアーシャの気持ちは……彼女に、届いたようだった。


「……ありがとう、ございます……アーシャ様……」


 ミレイアは、声を上げて泣き始めた。

 もしかしたら、村を出てから今まで、彼女はそうして泣き喚くことが出来なかったのかもしれない。


 慟哭するミレイアが、泣き止むまで。

 アーシャはその側に黙って寄り添い、背中をさすり続けた。

 

 

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