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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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領王会議ですわ!


 ーーーアーシャ・リボルヴァ、ね。


 南の女公フェニカ・チュチェは、皇帝の横で着飾って大人しくニコニコしている彼女を見て、ふふ、と自分の赤い毛先をいじりながら、小さく笑った。


 肩掛けに隠された、両脇の下に2丁拳銃。

 腰の飾りには、装飾に見せかけたスライム・ボガード。

 そして深紅のドレスは、魔導布で出来た武装服そのものだ。


 ーーーそれに、右目……。


 以前は翠だったのが黒く染まり、おそらくは『視える』ようになっている、幻想花を封じた義眼。

 巧妙に隠されているが、皇帝の魔力を感じる。


 ーーー過保護ですこと。


 この【領王会議】の場での完全武装を赦した上に、自分がいつでも眼を通じてアーシャを助けられるようにしている皇帝に、フェニカはチラリと視線を向けた。


 彼女が社交の場に現れた時からご執心ではあったけれど、思った以上に入れ込んでいるらしい。


 ーーー面白いわねぇ。


 これは、かつてない事態。

 今までの〝化身(アウゴ)〟にはなかった心の動きである。


 ーーー少し、ちょっかいを掛けてみようかしら。


「ねぇ、ニール」

「是」


 隣に立つ伴侶に声を掛けると、彼は短く言葉を返した。


 ニールは、黒髪黒目に漆黒の執事服を身に纏った美丈夫である。

 人形のように表情の欠落している点で、人から不気味がられるけれど、とても良い子(・・・)だ。


 ーーーどういう風に仕掛けようかしら?


 そんな風に考えながら、フェニカは目が合ったアーシャにニッコリと笑いかけた。


※※※


 ーーーどういうおつもりですの?


 陛下の横に控えながら、アーシャはこちらに向けたフェニカの笑みの意味を考えていた。


 南の大公は、女性である。

 ウォルフガングの恋人を犯したという高位貴族が好き勝手に振る舞うのを許していた、燃えるような赤毛の妖艶な美女だ。


 ーーー〝冷血の女傑(デュークネス)〟フェニカ・チュチェ。


 陛下がご即位なさった際に、北や東と違い恭順を示しながらも、その(はら)の内では何を考えているのか分からず、民に圧政を強いている。


 西と反目しており、ナバダが追放を言い渡された先の支配者。

 けれど、噂に聞くところの南部領と実際に目にした南部領には少々隔たりがあった。


 ーーー圧政というよりは、放置ですわね。


 おそらくフェニカは、民の暮らしを良くするような政治や、他の貴族に干渉することに興味がないのだ。

 その分南は治安が悪いが、同時に西に比べて自由な気風もある……というところだった。


 ーーーそれに比べて。


 と、アーシャは彼女の笑みを躱して目線をズラす。


 西の大公、ハルシャ・タイガ。


 こちらは、真に『独裁』とも呼べる圧政を強いている人物である。

 白いものの混じり始めた髪に冷酷さを感じる目の色をした偉丈夫で、口髭と顎髭を生やしており、壮年ながら老獪な印象があった。


 虎神を崇める宗教の総司祭。

 さらにそれ以外の宗教の教徒を認めず、また獣人族に対する苛烈なまでの迫害を行い、人族であっても服従の姿勢のみを強いる人物だ。

 

 ナバダとイオの姉弟を暗殺者に育て、ダンヴァロの奥方が死ぬ要因ともなった男。

 西を先に攻め落とすと決めたのは、ナバダの事情以外はまだ何も知らなかった頃だったけれど……こちらは実情を知るほど、南よりも先にどうにかしないといけない相手であると感じていた。


 東と北は、それぞれに男性。

 どことなく線の細い文官の雰囲気があり、穏やかな笑みを浮かべる東の大公。

 西の大公よりもさらに粗野な印象の髭もじゃであり、左目に眼帯をしている北の大公。


 彼らは、陛下に従順だ。

 陛下の全てを崇拝し敬愛しているアーシャには劣るけれど、東の大公は陛下の施政に、北の大公は陛下の強さにそれぞれ心酔している。


 他は領王の名を冠していても、有象無象だ。

 敵対的であっても小悪党か、友好的であっても吹けば飛ぶ程度の胆力しか持ち合わせていない。


 他にこの場に参席しているのは、アーシャの父のように、皇都周辺に居を構える高位貴族か、各領王の取り巻きである。

 

「……ウルギーの件だが」


 椅子に頬杖をつき、足を組んだ陛下が、開廷の宣言すらなく話し始める。


 途端に、空気が引き締まった。

 フェニカは毛先をいじるのを止め、ハルシャも特に考えを読ませない目で陛下に傾注する。


 ベリアに、よりにもよって陛下の御前で婚約破棄を突きつけたウルギー・タイガに『死すら認めぬ』という命令を、陛下が下したことは、アーシャも聞いていた。

 まさか、アーシャが正式な婚約者となったことよりも先に、その件について話し始めるとは誰も思わなかったのだろう。


「手を下したのは我だ。死に応じた西の罰に関しては、不問とする」


 途端に、ホッとした空気が流れる。

 ハルシャの処刑を陛下が命じ、その決定に対してハルシャが反発する、などの事態が起これば、一気に皇国が……特に近い領地は巻き込まれる可能性が高い……戦火に包まれかねなかったからだ。


 ーーー近く、それが束の間の安堵だったと知るでしょうけれど。


 西と南をいずれアーシャが下すことは、決定事項である。

 陛下の善なる治世に反する者が権力を持ち続けることを、放置する理由はないのだから。


「……ご温情に感謝致します」


 あくまでも静かに応じるハルシャに、陛下は頷きかけすらせずにさらに言葉を重ねた。


「ウルギーが〝六悪〟の力を手にした。心当たりは?」

「ございません。現在、ウルギーが『魔性の平原』に赴く前の行動を洗わせております」

「早急に突き止めよ」


 あまりにも普通に会話を応酬したからか、誰も最初は疑問に思わなかったようだけれど。


『……? ーーー!?』


 頭がその内容を受け入れた瞬間、多くの領王が息を呑んだ。

 直近で【処刑】を行った陛下の御前である為、誰も声を上げたりはしない、と思っていたら。


「あら、陛下。そのような出来事が? 夢物語とばかり思っていましたけれど」


 フェニカが、場に似合わず能天気な声を上げるのに、陛下は特に不快そうな様子も見せずに応えられた。


「存在は元々確認している。封じられていた魔物が目覚めたに過ぎぬ。が、多くの民の手には余る」


 陛下は、姿勢を変えないまま視線のみで領王らを睥睨した。


「他に心当たりがあれば、一両日中に申告せよ。隠し立ては、皇国への反逆と見做す」


 そんな陛下にアーシャは、内心で歓喜の念を送る。


 ーーー流石は陛下ですわ!! 民草の安全を第一に考えておられるなんて!!


 〝六悪〟は、陛下の手に掛かれば赤子のように簡単に降せる相手だとしても、アーシャやナバダ、獣の民らが結託しても倒せなかった存在だ。


 万一、西や南の大公がその力を手にすれば一大事、とアーシャも思っていた。


「この件はリケロスに預ける」

「は。では、この場に参列なさっておられる方々におかれましては、今後こちらを窓口として情報をお願い致します」


 即座に応じ、従順な様子を見せてはいるものの。

 反対側に立つ宰相が、一瞬陛下に鋭い目線を向けたのを、アーシャは見逃さなかった。


 ーーーあらあら、怒っておられますわね!


 多分、陛下に対して『面倒な仕事を投げられた』とでも思っているのではないだろうか。

 陛下の家臣であれば、御下命を喜んで受け入れてしかるべきなのに。


 ちょっと不満に思いながら扇を広げて、アーシャが唇を尖らせていると、彼はこちらにまで睨むような視線を向けてきた。


 ーーー藪蛇でしたわね!


 きっと、『お前も余計な仕事を増やしてる一人だろう』とでも言いたいに違いない。

 宰相から見ればそうかもしれないけれど、これは必要なことなので、アーシャもツーンと無視する。


「では、本題だ。アーシャを正式に我が婚約者とする。婚約披露宴は今宵。以上だ」


 陛下の物言いは、平素の如く簡潔であり、そのまま立ち上がる。

 

 アーシャの挨拶すら求めなかった。

 もちろん、特に不満もなければ陛下のご意向に逆らう気などアーシャにはさらさらないので、黙って深く淑女の礼(カーテシー)の姿勢を取ると。


「お待ち下さい、陛下。本件に関しては、領王の承認が」


 と、宰相が声を上げる。


「必要があるのか?」


 陛下は宰相がお気に入りなので、足を止めて面白がるような色を瞳に浮かべた。


「アーシャを置いて他に候補となり得る者が在れば、この場で口にせよ。また、我の決定に異論ある者は、この場で述べよ」


 再び陛下が視線を領王らに向けると、多くの者たちは一斉に目を伏せた。

 ハルシャはそもそもこの時点で視線を陛下に向けておらず……フェニカだけが、また楽しそうに手を上げる。


「あら、でしたらわたくしが立候補を」


 おそらくは軽口の類いなのだろうけれど。

 陛下の伴侶を望むならライバル、とアーシャはフェニカを睨みつける。


 けれど陛下は、珍しく薄く笑みを浮かべて、冷たい視線を彼女に向けた。


「その横の下僕を、この世から消し去るか?」

「取り下げますわ」


 残念、と大きく顔に書いて、フェニカが肩を竦めた。

 多分、周りの南部勢力の者たちは生きた心地がしなかっただろう。


 もし陛下のご機嫌を損ねてフェニカが殺されてしまえば、彼らも無事では済まないからだ。


 そのやり取りを見た宰相が小さく息を吐き、諦めたように声を上げる。

 

「……では、他に異論がなければ承認されたと見做します」


 それ以降は、誰も声を上げなかった。

 陛下は目線のみでアーシャを促し、興味がなさそうに去っていく。


「では皆様、失礼致しますわ!」


 結局、その一言だけを発して再び頭を下げ、アーシャは陛下に続いて退出する。

 チラッと目を向けると、父、リボルヴァ公爵も、疲れたような顔で首を横に振っていた。


 ーーーご心労をお掛けして申し訳ないですけれど、お父様。わたくしが陛下の御子を産めば、直系子の祖父となりますのよ?


 今から疲れていたら、身が保たないと思うのだけれど。


 ーーー後で、お父様の好きな茶菓子でも差し入れて貰いますわね!


 アーシャは父も母も大好きなので、少しでも長生きしていただかなければ困るのである。

 つつがなく(・・・・・)領王会議が終わったので、アーシャは少し弾むような足取りで陛下の後を追った。

 

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