己に、そして陛下に恥じない生き方を〝選ぶ〟のですわ!
私兵団が、残りの魔獣を掃討する間。
アーシャとベリアは、二人で【二又女蛇王】とウルギーを抑える形で役割を振っていた。
「隙がありませんわね……」
三つの上半身は元が一体なだけあって、連携が完璧だ。
頭上で眼球を狙うアーシャと、縦に跳ねるように動き首や頭を貫くことを狙うベリアの、それぞれに二つの頭が対応し、それをカバーするようにもう一つが動く。
そして不気味なのが、何の動きも見せないウルギーだった。
「優雅サノ欠片モ、ナイ……ソレデモ、イト気高キ貴族ノツモリカ?」
嘲るように、ウルギーがギドラミアの相手をするアーシャらを魔獣の胴から眺めて、紫炎の瞳を瞬かせる。
「仮ニモ、王族ノ血ヲ継グ尊バレルベキ私ヲ、下民ト同様ニ扱ウカノ如キ、反吐ガ出ルアノ皇帝ニ似合イノ女ダ。全ク人ノ上ニ立ツニ相応シクナイ。己モ、ソノ恩恵ニ与リナガラ、地位高キ者ヲ蔑ロニスル愚物ダ」
「負けた王の血でしょうに。一体、どれ程の価値があると勘違いしておりますの?」
王族の血と言えど、初代皇帝に下されてその地位を失った血統なのに、未だ誇りを見出しているらしい。
話しながらも、一瞬の隙を縫って、ようやく一つギドラミアの瞳を潰したアーシャは、忌々しげなウルギーに対して言葉を重ねる。
「高貴な身分、生まれながらに恵まれた存在……確かにその通りですわね。で、それがどう尊ばれる理由になるんですの?」
瞳を潰したことで大きくなった死角に回り込むように、サイクロンを動かして旋回しつつ、鼻を鳴らした。
他の魔獣を私兵団が少しでも減らす間に、ウルギーの気を引き付けておくのが目的なのだから、神経を逆撫でしておくに越したことはない。
「わたくしには貴方が尊ばれるべき存在には見えませんけれど。そもそもの話、十分に恵まれていても不満だらけだったという貴方の存在が、それらが尊敬されるためにはどうでもいいことを、証明しているじゃありませんの。貴方の力で得たものではありませんでしょう?」
気品は、生まれに由来しない。
貴族であっても下品な者は下品であるし、貧民であっても高潔な者はいる。
尊敬するか否かは、その人格によるのであり、『生まれただけで価値がある』と本当の意味で感じるのは、子を欲した親だけだろう。
「貴方は、恵まれていても幸福ではなかったのでしょう? 生まれは選べませんけれど、生き方は選べますわ。わたくしは自分が恵まれていると思っておりますし、ナバダやイオのように、どうしようもない理由で不遇な方もいらっしゃることは、よく存じておりますけれど……」
貧乏でなければ、ナバダ達も目の前のウルギーや、その父親に良いように利用されることもなかっただろう。
だが、恵まれていた筈の彼は、そんな己の立場や与えられたものに満足しないばかりか、ベリアを疎み、謂れのない罪を着せて排除しようとした。
「自分を不幸だと思う人間は、どんな立場でも満足することなく、自分を不幸だと思っていますわ。下らない貴方のように!」
「アーシャ様の仰る通りだ」
連携が少し崩れたギドラミアの隙をついて、左側の上半身の腕を斬り落としたベリアが、同調する。
「私も、常に不満だらけの貴様には辟易していたからな!」
「わたくし、個人主義ですのよ。貴方が陛下の爪の先程度にでも尊敬出来る方なら、当然このようなことをしておりませんわ!」
アーシャは、風の魔弾をギドラミアに放って、ベリアが飛び離れるのをサポートする。
そしてウルギーを睨み下ろした。
「わたくし『個人』が、貴方と言う『個人』を気に入らないから、潰そうとしているんですのよ! 身分を理由に尊重しろと言われても、知ったことではございませんわ! 恨むなら、わたくしと陛下が気に入らないことをした、ご自身の所業を恨めばよろしくてよ!?」
黙って聞いていたウルギーは、聞き分けのない子どもでも相手にしているかのように、首を横に振る。
「弱ク、ソシテ無様ナ様子ヲ晒シナガラ、ヨク言エタモノダ、傷顔。ドレ程吠エヨウト、ギドラミア一匹ニ苦戦スル程度。……故ニ染マルノダ」
ウルギーは、悠然と腕を広げて、まるで演説するかのように宣う。
「弱キ者ハ、踏ミ躪ラレテ、当然ナノダ。皇帝ガ支配者タルベキコノ私ヲ踏ミ躪ッタヨウニナ!」
まるで己の力に酔うように、これ見よがしにギドラミアの上半身の根本を踏みつける。
元は、自分の選んだ貴族令嬢であった筈の、ガームの体を。
「他人ヲ己ノ色ニ染メル事ノ、何ガ悪イノダ? 貴様モ、皇帝ノ色ニ染マッテイルデハナイカ。力コソ正義ノ思想ニ! 弱キガ故ニ染マルノダ! 人ヲ己ノ望ムママニ染メル事コソ、強者ノ証ナノダ!」
そこで、私兵団の一人が、ベリアに対して声を上げた。
「増援です! 〝獣の民〟が!」
聞きつけて目を向けると、空から村長シャレイドが、平原からゴーレム化したウォルフガングが、こちらに迫ってくるのが見えた。
ウォルフガングは近くまで来ると、ウルギーを見て声を張り上げる。
「紫の靄……そのキンキラが親玉か!?」
「ええ!」
「なら、魔獣どもを遠くまで引き離せ! 親玉と距離が離れれば、多分、単純な命令しか受け付けなくなる!!」
「いい情報ですわ!」
アーシャが目配せすると、ベリアが私兵団に指示を出すために対ギドラミアの戦線を離れ、代わりにシャレイドとウォルフガングが参戦する。
少し余裕が出来たアーシャは、改めてウルギーに目を向けた。
「貴方、先ほど踏み躪られたと仰いまして? 何も分かっていませんのね」
異形と化そうと、力を得ようと、ウルギーの浅ましい本質は何も変わっていないのが、その言葉に集約されていた。
「染まるのが悪いことだなどと、わたくしは一言も言っておりませんわ! 『他人に墨をかける行いが悪である』と述べておりますのよ! 踏み躙られたですって? 先にベリアの人生の踏み躙ろうとなさったのは、貴方でなくて!?」
被害を受けたのは自分、犠牲になったのは自分。
そんな風に、彼の世界には、自分ただ一人しかいない。
「己の行いが返ってきたに過ぎないことを、グチグチと逆恨みした挙句に、陛下と自身を並び立てて語ろうなどと……何億年経とうと、貴方如きに許されることではございませんわよ!」
「本当ニ……口ダケハ達者ダナ! 皇帝ノ雌犬ガァ!!」
「あら、わたくしの陛下への敬意を理解して下さっているようで、何よりですわ! 貴方に対して、それを光栄とは思いませんけれど!」
シャレイドが左側の上半身の頭を落とし、ウォルフガングが右の上半身の腕を叩き折る。
そしてアーシャが片目を潰した真ん中の上半身は、もう一つの目もアーシャが至近距離から炎の魔弾で撃ち抜いた。
「〝選ぶ〟ということは、その結果を受け入れること! 故にこそ、己を何色に染めるかを決めるのは、己自身ッ! 決して、他人ではないのですわッッ!!」
金切り声の三重奏に負けない声で、アーシャは吼える。
「好ましく色づくよう己で筆を走らせても、時に気に入らない色に染まることも、色が混じり合って暗く染まることもあるでしょう! ですが、そうなることすらも、己の選んだ結果であることが、重要ですのよ!」
ベリアの指揮の下、私兵団と〝獣の民〟が連携して、魔獣を各個に誘き寄せて、どんどんウルギーから引き離していく。
魔獣の群れの本隊も、これで瓦解するだろう。
アーシャは、魔剣銃をウルギーに向ける。
「だからこそ、己の欲の為だけに他人を踏み躙る者達を、陛下は断罪なさるのです! 二人の大公や、貴方のように! これから断罪を受ける西南の大公のように! そして陛下は、己の望みの為に、己を染め上げようと努力し、挑戦する者を好むのです!」
ナバダやベリアのように。
妹のミリィのように。
ーーーそして〝獣の民〟の皆のように。
陛下は、果敢に前を向く者たちを、決して害さない。
「だからわたくしは……己に、そして陛下に恥じない生き方を〝選ぶ〟のですわ!」
アーシャが、宣誓と共に放った弾丸は。
ウルギーの額を、狙い違わず撃ち抜いた。
形勢逆転!
というわけで、本日二話目でした。
見直しが終わり次第、明日からも続々更新して参ります。今しばらくお待ちくださいませー。




