村に、被害は出させませんわ!
「魔獣が、こっち向かってきているですって……!?」
夜中、突如として鳴り響いた見張り台からの警戒の鐘の音。
ショールを羽織って寝巻き姿で起きてきたアーシャは、伝令からナバダと共に報告を受け、表情を引き締めた。
夜間に外で警邏をしていた、私兵団の兵士から合図があったらしい。
しかもその規模が【覗見小鼠】と呼ばれる、透明化して獲物を探り集団で襲う、小型の魔物を含むかなりの数らしく、村の中に入り込まれると一方的にやられる危険性があることが理解出来た。
「……イオ、ですの?」
伝令が去った後にアーシャが問いかけると、ナバダが頭を横に振る。
「いいえ。いくら成長していても、あの子に操れる魔獣の数はせいぜい普通の魔獣数体から、小物で十数体程度の筈よ。でも、侵攻の規模は数十体。魔物寄せの香を使った可能性もあるけど、それだと制御は出来ていない筈だわ」
「……! いえ、香は使われていないでしょう」
魔物寄せの香を使うと、普通の動物も引き寄せられる。
魔獣だけが侵攻してくることは、あり得ない。
しかし、何らかの理由で制御の出来ていない魔物の大侵攻が発生しているのは事実だった。
理由は分からないが、一大事である。
「わたくしたちも出ますわよ!」
「元からそのつもりよ!」
ベリアは今日、イオを〝獣の民〟の村に連れてきた罰の一環で、村周辺の見張りに当たっているのでこの場には居ない。
アーシャは部屋に戻って寝巻きを脱ぎ捨てると、魔剣銃のホルスターを肌着の上から巻き付けて、胸元の祖母のペンダントを握った。
魔力を流し込んで紅蓮のドレスを身に纏い、金髪縦ロールの元の姿に戻って外套を羽織りながら駆け出す。
「化粧をしている暇が欲しいですわね!」
すっぴんを人目に晒すのは、いくらアーシャでも恥ずかしい。
今は夜。
風輪車に乗って空に上がれば、見えるのは暗視ゴーグルを付けたシュライグと、頭の白い愛竜と共に魔獣を警戒しているだろうベリアくらいだ。
急いでサイクロンに跨ったアーシャは、起動してナバダを待つ。
すると、部屋の窓から顔を覗かせた彼女は、漆黒の暗殺服に着替え終えた姿で、窓から直接庭に飛び降りてきた。
ご丁寧に、顔布を巻いている。
「一人だけ顔を隠して、ズルいですわよ!?」
「アンタも巻けば良いでしょうに」
「……それもそうですわね」
ナバダが後部座席に飛び乗るする間に、外套のフードを被って備え付けの口布を引き上げたアーシャは。
浮遊待機状態のサイクロンのハンドルを握って、魔導陣接続機を滑らかに繋ぎ、魔導陣指定足柄を蹴り入れて加速魔術機構を解放した。
ゴッ! と音を立てて斜めに高度を上げていくサイクロンが、小屋の屋根ギリギリを飛び抜けて、警戒の狼煙が上がる方向へと駆け抜ける。
まんまるに輝く月を正面に見て急上昇した後、アーシャは車体を水平に戻した。
「アンタって乱暴よね」
「公爵家にいた頃は、馬に乗るのは禁止されておりましたわ!」
「でしょうね」
話しながらも、二人で眼下に目を凝らす。
村を囲う柵の辺りでは、夜番の者たちが松明を手に忙しく走り回っているのが見えた。
そして視線の先に、空から迎撃体勢を整えようと指示を出しているベリアと、村長の家の方向からゴーグルを付けて羽ばたいてきたシャレイドの姿が見える。
「シャレイド! 話は聞いてまして!?」
「おうよ!!」
「少しでも数を減らしたいので、『炸裂符』を……」
「持ってきてるぜ!! ありったけな!!」
と、アーシャの言葉を遮って、手にした紙束を掲げる。
「流石ですわ! ……貴方も、飛べまして?」
流石に貰ったばかりでゴーグルに慣れていないシャレイドが、戦地でいつも通りに振る舞うのは厳しいだろう。
夜間という時間が、単身強大な魔獣を狩れる貴重な戦力である彼の力を削いでしまうのだ。
が。
「飛んで爆撃程度なら、問題なくやれる! 飛べる魔獣がいたら、始末するのをサポートしてくれりゃな!!」
後は使って慣れる! と笑うシャレイドに、アーシャも一瞬笑みをこぼしてから、頷いた。
「ええ! では、参りましょう!」
ベリアと合流して炸裂符を分け合い、襲撃に備える。
「ナバダ。わたくしには、闇夜に紛れる【覗見小鼠】が見えませんの。わたくしが飛んで、貴女が符を使う形で行きますわ! 場所を指定なさいな!」
「自分で出来ないくせに、何でそんなに偉そうなのよ?」
「貴女もサイクロンには乗れないでしょう!?」
そう指摘すると、ナバダは黙った。
アーシャが魔力流を感じるのが苦手なように、ナバダはこの魔導具の操作が壊滅的に下手くそだったのだ。
一度乗りたそうなので貸してあげたけれど、魔力を流し込んだ途端一気に浮き上がったサイクロンから落ちるわ、乗れたと思ったらクラッチが繋げなくてちっとも進まないわと、散々だったのである。
ちなみに空高く浮き上がったサイクロンは、安全装置があるようで、ゆっくりと降りてきて普通に着地した。
優秀な子である。
そうして、準備を整えると、空を飛べる三人(+一人)は三方に散った。
「……来るわよ」
ナバダの言葉と共に。
風が草原を渡る音に似た不気味な音が、徐々に徐々に、迫ってきた。
「村に、被害は出させませんわ!」
「当然よ。右、水平2時方向!」
符を手にしたナバダの指示が飛び、斜め前にサイクロンを進ませる。
「もう少し速く! そう、ここ!」
ナバダが魔力を込めた符を真下に向けて投じると、淡く赤に光るそれが尾を引きながら、不自然に真っ直ぐ落ちていく。
数秒後に炸裂音。
パッと明るく輝いたところを見下ろすと、キィ! と声を上げながら焼かれる、十数匹の小型魔獣の姿が見えた。
それまでは見えなかった姿は、燃えているモノ以外は符の輝きが薄れると共にまた闇に紛れたが。
一部の、驚いて隠形が解けたと思しきモノ達は、一対の赤い目を光らせて逃げ惑っているようで、アーシャにもその姿が見えるようになった。
「次! 斜め下、9時方向! 地面を舐めるように走って!」
アーシャは方向を切り返すと、細かい指示を聞きながら地面スレスレを走る。
斜めに体を倒したナバダが、符を直線に並べるようにトン、トン、トン、と等間隔に地面に置いていき。
「上昇!」
指示と同時に、車首を上に向けて空に駆け上がる。
すると、進路上に罠のように置かれた符が、侵攻する小鼠達を吹き飛ばしていった。
シャレイドとベリアも、同様に小鼠たちを始末したようだ。
あらかた吹き飛ばし終えたところで、ナバダが口を開く。
「降りるわよ」
「どうしてですの?」
「符も残り少ないし、始末し切れなかったのは、直接やるわ」
ナバダがダガーを引き抜きながら、ベリアを示す。
彼女も符を使い終えたのか、頭の白い飛竜の風の息吹で残った小鼠達を引き裂いていっている。
シャレイドは村長という立場を理解して無茶をする気がないのだろう、おそらくは地上部隊の指揮を取る為に引いていく。
「残りは、飛竜とシャレイドの指揮する村人たちに任せたらいいのではなくて?」
「見えないヤツらが相手でしょう。数が少なければ小物ではあるけど、他の連中には、厄介なのよりは大型のヤツとかを任せた方が良いわ」
キッパリと反論されて、アーシャは少し考えてから頷いた。
小鼠達はいわば先遣隊だが、見えない相手に消耗されるよりは、視えるナバダ達が始末して、大型のモノを相手にする体力を残して貰った方が良いのかもしれない。
「それもそうですわね。でしたら、わたくしはもう少し先に赴いて、どんな魔物がいるかを確認し……」
と、前方に目を向けたアーシャは、深くため息を吐いて、魔剣銃を一丁引き抜いた。
「悠長なことを言っている場合では、なくなりましたわね」
視線の先に見えたのは、飛行する魔物……【雷速隼】と呼ばれる種類の、雷撃を放つ高速の怪鳥が、数匹の群れを成している姿だった。
「むしろこちらからお願いしなければならないですわね。降りて下さる?」
「一人でやれるの?」
「ベリアもいますわ。地上の小鼠退治の負担は増えますけれど。……それに、役目を終えた過積載荷物を乗せた速度で、相手できるものではありませんわ!」
「随分な言い草ね。せいぜい死なないように気をつけなさいよ」
ナバダはそのまま、するりと空中に身を躍らせた。
直後に、アーシャも怪鳥の雷撃に撃たれる前に動き出す。
バチバチ、と雷速隼の体の周りで弾ける火花と雷の範囲を見るに、おそらく火の魔弾よりは射程が長く、風の魔弾よりは短い。
追いつかれなければ、そして風の魔弾で始末することが出来れば、どうにかなる筈だ。
「飛ぶモノは軽い……【火吹熊】や【遁甲蛇】よりは外皮が薄い筈ですわ」
試しに一発放つと、翼に当たって羽毛が数枚散る。
目を凝らすと、ポツンと小さく穴が開いていて、紫の血が少量ながら滲んでいるのが見えた。
一発で撃墜出来る程ではないけれど、効く。
「なら、負けませんわ!」
アーシャは、風輪車のポテンシャルを、フルスロットルで解放した。
異世界恋愛で、真面目にファンタジー戦闘やり過ぎでは? と思っている作者。
魔獣戦は後一話二話で終わらせたいところです。
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実はこの作品、一回もランキング載ったことなかったりしますwww




