魔獣退治ですわ!
「……協力する、のは良いが。大公を倒した後は、どうするつもりだ? 皇帝にすら手を出せないってんなら、大公を倒したらお前が処刑されんじゃねーのか?」
ウォルフガングのしごく当然の疑問に、アーシャは満足して頷いた。
彼は、面倒見が良く頭も決して悪くはない。
憎悪に曇っていなければ、そういう部分に頭が回るのだ。
表情を見るに、決して自分の身の安全を考えているわけではなく。
大公を弑すことによって〝獣の民〟が皇国に敵視され、皆が苦境に追い込まれることを心配しているのだろう。
「そうですわね、ただ西や南の大公を殺すだけでは、正当な革命にはなりませんわ。ですが……」
と、答えようとしたところで。
「おい、全員警戒しろ!」
村長シャレイドが遮るように鋭い声を上げて、翼を羽ばたかせた。
犬や猫の顔をした獣人たちも、鼻をひくつかせたり、耳をピクピクと動かしたりして、同じ方向に目を向ける。
『魔性の平原』の中にある、大岩の森の方角だ。
「ん? 酔いそうな匂いが……?」
「なんか、デカいモノが来てる!」
彼らの言葉に、いち早く反応したのはナバダだった。
短剣を引き抜くと、空を飛んでいるシャレイドを追うように、平原を駆けて行く。
アーシャは風輪車に跨ると、ベリアたちに向かって声を張り上げた。
「警戒なさい! おそらく、魔獣ですわ!!」
「……総員、整列!!」
ベリアが表情を引き締めて号令を放ち、私兵団たちが一斉に動き出す。
慣れている村の者たちは、村の方に向かって移動を始めていた。
シャレイドの方針で、倒すことよりも守ることに重きを置いているので、そちらに魔獣が向かった場合には別の場所へと誘導する為だ。
アーシャはその間に、風輪車を起動してシャレイドとナバダに追従する。
「妙だ」
「何がですの?」
空を飛んで眼下に目を凝らしながらシャレイドがポツリと呟くのに、アーシャは首を傾げる。
「ここ最近、アーシャの嬢ちゃんがこの近辺の魔獣を狩ってたお陰で、近くをナワバリにしてる魔獣はいなくなってた筈だ。しかもそろそろ日が暮れる」
「魔獣は、ナワバリ意識が強い、でしたわね?」
シャレイドの言いたいことを察して言葉を重ねると、彼は深く頷いた。
「ああ。魔獣は夜のが活動が活発になる。自分のナワバリをほっぽってわざわざ外に出るたぁ思えねぇ」
「誰かが魔獣を誘き寄せた……? ベリアがそんな事をするとは思えませんけれど」
今あの場にいる中で、疑いを掛けられるとしたら彼女くらいしかいないけれど、それならわざわざ姿を見せずとも、こっそりやればいいだけの話だ。
「私兵団の中に、彼女の意志に反して行動している誰かがいる……?」
「アーシャの嬢ちゃんは頭が良いが、結論を急ぎ過ぎるきらいがあるな! 全然別口ってぇ可能性もあるだろうよ!」
「それもそうですわね!」
タイミングが良すぎるだけで、偶然の可能性は確かに捨てきれない。
「でも、これが誰かの意思によるものなのは、間違いないですわよ。獣人の方が酔うような匂いを感じておられましたの。多分ですけれど、【魔物寄せの香】を使っている可能性が高いですわ!」
香は、人間には感じられないけれど、嗅覚が鋭敏な者にはきちんと嗅ぎ分けることが出来るらしい。
シャレイドは舌打ちすると、沈みかけた夕日を見て目を細めた。
「そろそろ日が暮れる! 時間が掛かるなら、俺は役に立たねぇ!!」
「分かってますわ。日があるうちに見つけましょう!」
シャレイドのような鳥人族は、非常に目が良い。
昼間なら、人間には視認できないような遠くまで見渡すことが出来る。
けれど、夜目は人間以上に利かない。
今、ダンヴァロが夜でも見えるようなゴーグルを彼の為に開発しているらしいが、まだ完成していないそうだ。
すると地上の方で、ナバダが火の魔法で何やら合図を送ってきた。
色は紫で、意味は『伝達』。
その曳光の軌跡が描いたのは、皇国でよく使われる暗号だった。
ナバダは、魔獣の位置を察したようだ。
「右斜め前方! 『這う、毒、地中』!」
「【遁甲蛇】か!! 厄介だなぁ!!」
読み取った単語を口にすると、シャレイドは即座にその正体を看破した。
遁甲と呼ばれる土の魔術を扱う、成体の全長が100mほどある蛇型の魔獣だ。
胴回りは成人男性ふた抱えほど、距離を取っていれば比較的安全な類いではあるけれど、臨戦態勢に入ると全身から毒を発して、周りの土地を腐らせてしまうらしい。
村の畑が襲われたら、一大事である。
おそらく、ナバダは遁甲しているゴルゴンダの魔力の気配を感じ取ったのだろう。
暗殺者の一部では、そうして気配を読む技術が培われているのだと、以前彼女は言っていた。
「まずは地上に誘き出さないと……」
「デカい音か衝撃を与えりゃ飛び出してくるが、炸裂符は持ってきてねーぞ!!」
魔導具の一種で、爆発を引き起こすものだ。
持ち歩くには物騒なので、必要な時以外は保管してあるので、仕方がない。
ナバダに、『音、衝撃』という合図を送ると、『可能』と返ってきた。
「ナバダが出来るそうですわ!」
「なら、飛び出させてくれ!! ……一息で狩る!」
シャレイドが鎌の刃を持つ斬馬刀を構えると同時に、アーシャはナバダに合図を出した。
ーーーベリアの私兵団が来る前に……!
彼らはゴルゴンダが相手だと知らない。
油断はしないだろうけれど、近接した時に毒を撒かれたら被害が出てしまう。
アーシャも万一に備えて魔剣銃を構えながら、ナバダの合図に備えた。
そして地上で、カッ、と閃光が走ると同時に火球が発生し、草地を薙ぎ払うように炸裂すると。
ドォン!! と音を立てて、地中から巨大な蛇が空に伸び上がるように顔を出した。
瞬間、シャレイドが急降下してその無防備な首に迫り……一撃で、斜めにそれを断ち落とす。
「流石ですわ!」
硬い鱗を苦もなく突破した鳥人に賞賛を送るが……。
ーーードン! と、音がもう一つ聞こえた。
「二、二体目ですの!?」
番だったのか、シャレイドが首を落としたゴルゴンダよりも一回り小さい個体が、シャレイドに憎悪を込めた目を向ける。
「モルちゃん!」
咄嗟に、アーシャはスライムボガードを放って、魔獣の意識をシャレイドから逸らそうと動いた。
同時に風の弾丸を放つが、暗くなりかけていて狙いが甘かったのか、目ではなく額に当たり、弾かれる。
ーーーっ、わたくしの魔力では!
あの強固な鱗は、火の弾丸でも突破出来るか怪しい。
急所を狙わなければいけない。
ナバダもゴルゴンダを誘き出す魔術を放ったばかりで、おそらく、倒すほどの威力をもつ魔術を練り上げるには時間が掛かるはずだ。
意識を逸らしている間に、シャレイドは魔獣の攻撃範囲から逃げ出したが……。
「ダメだ!! もう見えねぇ!!」
日が落ちかけて、シャレイドの目が役に立たなくなったようだ。
気配だけを頼りにアレを退治するのは、流石に厳しいだろう。
同時に、ゴルゴンダの体からゆら、と黄色い不穏な瘴気が立ち上る。
周りを腐らせる毒を放とうとしているのだ。
「まずいですわ……ナバダ!!」
暗くてよく見えないが、逃げ出していなければ巻き込まれてしまう。
警戒の赤い光を放ちながら、アーシャがモルちゃんを手元に引き寄せた直後……。
ーーー不意に脳裏に、召喚魔術の魔法陣が浮き上がる。
「……!?」
ーーー〝喚べ〟。
そう言われているような気がした。
「〝出よ……黙示録の獣〟!!」
脳裏に浮かんだ呪文をそのまま唱えると、右の瞳が燃えるように熱くなり、思わず上を向く。
「ぁ……!!」
閉じようとする意志に反して見開かれた右目から、血のように紅い光が天に伸び広がり。
一瞬の後に、そこに。
九つのツノを持ち、赤い光を纏う漆黒の龍が現れていた。
悠然と鎌首をもたげたソレが、金の瞳を細めて、ゴルゴンダを見据えると。
毒を放つ直前に、いきなり燃え上がった。
閃光のような瞬く間だけ輝いた2体目のゴルゴンダは、ピタリと動きを止めた後、ボロボロと消し炭になって崩れ落ちる。
あっという間に灰の塊になって朽ちたそれを、唖然として見つめる間に、龍はゆらりとその姿を揺らめかせて虚空に消えた。
「今のは……陛、下……?」
自分の右目に、アーシャはそっと触れる。
痛みも熱もすぐに消えたが、それは最初、陛下に与えていただいた時のそれに、よく似ていた。
ーーーずっと見ている。
陛下はそう仰られた。
本当に見ていらして、きっと助けてくれたのだろうと、嬉しさに頬が緩むのと同時に。
「情けないですわ……」
アーシャは、そう呟いていた。
自分の力で革命軍を作ると言っておきながら、何かあれば陛下の手助けにすがってしまうだなんて。
「わたくしは、まだまだ陛下の横に沿わせていただくには、未熟ですわ……」
ちょっと悲しくなりつつも、アーシャは聴こえているかどうかは分からないけれど、お礼を口にする。
「ありがとうございます、陛下」
一つ間違えば、ナバダやシャレイドの命を失っていたかもしれない。
もしそうなっていれば、自分の未熟さを嘆く程度の後悔では済まなかっただろう。
そんな風に思いながら、シャレイドやナバダと合流する。
「アーシャの嬢ちゃん……なんだ、ありゃぁ」
「多分、召喚魔術ですわ。奥の手というやつですわね!」
陛下が助けて下さったのだ、と言いたい気持ちを堪えて、アーシャはシャレイドに笑みを向ける。
瞳のことは、陛下とアーシャだけの秘密なので、話したくなかったのだ。
多分、ナバダは気づいているだろう、とチラリと彼女を見やると……何故かそれどころではない様子で、青い顔を全然違う方向に向けていた。
「ナバダ? どうなさいましたの?」
すると彼女は、ハッとした顔をこちらに向ける。
「あ、何でも……」
と言いかけて、ナバダは唇を噛んだ。
「いえ。ダメね。〝獣の民〟に迷惑がかかるもの。……魔獣は、才能がある人間はある程度使役出来ることを、知ってるわね?」
「それは勿論ですわ」
モルちゃんのような、魔術によって作り出されたのではない使い魔も、飛竜も、厳密には魔獣の一種である。
「アタシの弟には、その才能があるの……」
ナバダは、また、先ほど見ていたのと同じ方向に目を向ける。
「まさか」
「あの子の姿を、見たわ。成長していたけど、分かる。あれは、イオだったわ……」
アーシャは、シャレイドと顔を見合わせた。
「どういうこった? あの魔獣を誘き寄せたのが、ナバダの嬢ちゃんの弟だってことか!? でも、何の為だ!?」
シャレイドの疑問に、アーシャはナバダの許可を取ってから、事情を説明する。
「おそらく、ですけれど。西の大公に命じられて、ナバダやわたくしを始末しに来たのではないかしら?」
その可能性が一番高いだろう、と口にすると、ナバダが俯く。
「……」
彼女の考えていることは、手に取るように分かった。
それが弟の意志ではないと思いつつも、大人しく西の大公の言うことに従っている理由を考えているのだろう。
何らかの方法で従わされている可能性が一番高い、と思いつつも、アーシャはこう口にした。
「良かったですわね! ナバダ!」
「「は……?」」
彼女とシャレイドの、ポカンとした声が重なるのに、アーシャは腰に両手を当てて見下すように顔を上げる。
「何を悲壮な顔をしているんですの? 言った通り、生きていたでしょう? 後は捕まえて、こっち引き込むだけですわ!」
そして胸に右手を当てて、得意げに見えるように背筋を伸ばす。
「やっぱりわたくしについて来れば、全て上手くいきますわね!!」
そうして、しばしの沈黙の後。
クッ、とシャレイドが喉を鳴らして肩を震わせた。
「アーシャの嬢ちゃんのその前向きさは、どっから出てくるんだ!?」
全く敵わねぇな、とガッハッハと大きな声で笑い出す彼に、呆然としていたナバダも口元を引き攣らせる。
「元はと言えば、アンタがいたせいでめちゃくちゃ災難に巻き込まれてんのよ!!」
「あら、思ったより元気ですわね。なら、下らないこと考えてないで、村に戻りますわよ!」
アーシャは、私兵団を空から導いて来たのだろう、ベリアの駆る頭の白い飛竜を見上げながら。
ガサガサと大勢の立てる音が、近づいてくるのを聞いていた。
という訳で、アーシャと魔獣退治回でした。
一緒にいもしないのに、何をやっても陛下がアーシャに甘い展開にしかならない。過保護すぎでは?
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