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お父様とお母様は、心配性ですわ!

 

 陛下に対して、革命軍の結成を宣言した翌日。


 アーシャは、ウキウキと南部に出かける為の準備をしていた。

 そこに、コンコン、とドアを叩く音が聞こえて、父母が姿を見せる。


「あら、お父様にお母様! どうかなさいまして?」

「アーシャ。少し良いだろうか?」

「勿論ですわ!」


 その問いかけに、頬を緩めて二人を部屋に招き入れる。

 

 アーシャは、父も母も大好きだ。


 やる事なす事突拍子もないと言われるお転婆な自分を、危ないと叱りながらも縛ることなく、武の鍛錬に励むことすら許してくれた、尊敬に値する両親なので。


 そんな二人が、今日も心配そうな顔をしており、父が口を開く。


「昨日のことだが……本当に、身一つで南部に向かうのか?」


 アーシャはそう切り出されて、ニッコリと頷いた。


「もちろんですわ!」

「護衛は……」

「必要ございませんわ! だって、それでは陛下に認めていただけませんもの!」


 しかし身一つと言っても、罪人であるナバダが皇家直轄地を抜けるまでは、大層な輸送団が一緒なので、道中の心配は特にない。

 そう伝えるも、父母の顔は晴れなかった。


「だが、その後は一人だろう? それに、革命軍の結成などと、荒唐無稽とは思わないか? 君が今まで言い出した中でも、最大級の難事だ」


 革命軍の結成。

 それ自体が、本来とんでもなく困難なことであることは百も承知だ。


 ましてあれだけ公の場で宣言してしまえば、本当の反乱分子……権力の座を狙う、腹に一物抱えている老獪な貴族連中はアーシャにはつかないだろう。


 それどころか、正妃候補である自分の暗殺を、これ幸いにと目論む算段の方が高い。

 しかし、どんな妨害があっても、アーシャはそれを成し遂げるつもり満々だった。


「我々は心配なのだ、アーシャ……考え直してくれないか?」

「正確には、一人ではなく二人ですわ、お父様。だって、ナバダがいましてよ?」


 彼女に嵌めた【魔力封じの首輪】を起動/解除する権利は、陛下よりアーシャが授かることになっている。

 だが、父は首を横に振った。


「彼女も女性だろう。しかも、お世辞にも君と仲が良いとは言えない相手だ。それに、陛下の暗殺を目論んだ罪人だろう? ……むしろあの子こそ危険なんじゃないのか?」


 アーシャとナバダの不仲は、社交界でも有名である。


 陛下の(ちょう)を競っていたので、ある種当然のことだけれど。

 でもアーシャは、その点についても特に心配していなかった。


「ナバダは反りが合いませんし、愚行に走りましたけれど。彼女は本来、バカでも無能でもないはずですわ! なら、利があればこちらにつくと思いますわ!」


 まして、その素性が陛下を狙う訓練を施された暗殺者だというのなら、そこら辺の賊よりも遥かに強いのは確実であり、むしろ戦力として申し分ないくらいだ。


 仲良くならずとも、味方にしてしまえば問題はない。

 しかし、そう考えているアーシャに、母がさらに言葉を重ねる。


「それでも、南部は特に治安が良くない場所……実り豊かな土地柄であるにも関わらず、西部や南部の大公がたの地は特に税が重く、民が度々、決起しているとも聞き及んでいるわ」

「そうですわね! それに、ナバダが属している西の大公領との間には『魔性の平原』もあって、皇国に未だ属さず自由をうたう〝獣の民〟が住んでいるそうですわね!」

「そこまで理解しながら、それでも護衛はいらぬと言うのか? 君は、公爵家の血筋。ある種の者たちにとっては、その身一つで、億の財に匹敵する価値があるのだぞ?」


 ーーーなかなか、しつこいですわね!


 でも、諦めるという選択も、護衛をつけるという選択も、存在しないのだ。

 それを理解してもらわなければならない。


 父母がこの部屋に赴いたのは、心の底から、アーシャを心配しているからだろうし、しつこい理由もそこにある。


「お金に関すること以外にも、側に飾る人形としてではなく、権力を欲して操り人形を求める者には、確かにわたくしは価値があると思いますわ!」


 実際はそんな風に良いように使われるつもりはサラサラないけれど、アーシャは一度、二人の言うことに理解を示してみせた。

 実際、容姿の美醜よりも、権力の価値を求める者の方が厄介なのは間違いない。


 ここでアーシャが甘い返答をすれば、二人は納得してくれないだろう。


 説得するのは大変だが、父母のその真剣さが嬉しかった。

 だから、こちらも真剣に答える。


 アーシャは父と母の顔を真っ直ぐに見て、胸に手を当てた。


「特に治安が悪い場所であればこそ、あるいは貧困に喘ぐ者たちが多い場所であればこそ、身一つで赴く意味があるのですわ!」

「どんな意味があるというのだ?」

「今から、仮の話をしますわ。お父様たちがもし、皇国の在りように不満を抱いていたとして。そこに革命を謳う者が現れて、そちらに目を向けたとしましょう。その視線の先にいるのが、守られるように仰々しい護衛を連れた小娘だったら……」


 初めて戸惑ったような顔をしている二人に、アーシャは深く息を吸い込み、応える。




「……誰が、それに従おうと思いますの?」




 アーシャの発した言葉に、父が唇を引き締め、母が口元に手を当てて青ざめる。


 二人とも、言葉の真意にお気づきになられている。

 賢明で、誇るべき両親に、アーシャは微笑みを浮かべた。


「わたくしは、わたくしを知る貴族を説得して革命軍を結成しようなどと、微塵も思っていませんの! 平民や貴族の別なく、現状に喘いでいる者たちと一から(・・・)革命軍を結成するつもりですのよ!」



「権力に膝を折る者ではなく、わたくし自身を認め、陛下の御心が未だ届かぬ者たちと共に歩む為に、わたくしは彼の地に赴きますのよ!」


 民を従えるのに、権を笠に着るつもりも、力で無理やり平定するつもりも、アーシャには毛頭なかった。

 気骨のある者を探し出し、最初はほんの小さな集団からでも。

 

「だから、身一つであることに意味がございますのよ、お父様、お母様。もしそれで命を落としたとしてもーーー本望ですわ!」


 身も心も、命も。

 その一欠片に至るまで、アーシャの全ては、陛下に捧げたものだから。


 そしてアーシャが陛下に認められたいのは、アーシャ自身なのだから。

 ゆえに身一つで、陛下のお立場では成し得るのが難しいことを、これから代わりに成しに行くのだ。


「成功すれば陛下の為になり、失敗すればわたくしは陛下のお側に立つ資格もない、ただ、それだけのことですわ!」

「アーシャ……」


 渋面を浮かべる父に、アーシャは明るい笑みを返す。


「もちろん、みすみす命を落とすつもりはございませんわ! ……ですから、武運を祈っては下さいませんか?」


 狡い聞き方であることは、重々承知だった。

 それで納得出来ないとしても、あれだけ大々的に宣言した以上、やっぱりやめる、という訳にはいかないのだから。


 先に口を開いたのは、母だった。


「……貴女は、本当に、陛下を愛しているのね」

「もちろんですわ! お母様が、お父様を愛すように。陛下は、わたくしのただ一人のお方ですもの!」

「そう……」


 母は、それでも眉根を寄せたまま、しかし、認めてくれた。


「祈りましょう、貴女の武運を。必ず生きて帰られませ、私の愛しいアーシャ」

「はい。感謝いたしますわ、お母様!」


 父はそれを見て、昨日のように首を横に振る。


「君は昔から、本当に言うことを聞かん。私の母上に、よく似ている。……親や周りに、心配をかけてばかりだ」

「それに関しては、弁明のしようもございませんわね……」


 無理や無茶で困らせてしまっているのは、申し訳なく思うけれど。

 アーシャが並び立ちたいと願う陛下は、並大抵のことで隣に侍るのを許してもらえる程、甘い人ではない。


 父母もそれを分かっていて、それでも陛下の正妃にと望むアーシャを後押ししてくれた。

 これは、その延長線上の話だから。


「それでも、アーシャ。せめて何か一つ、武器以外に君の身を守るものを送らせて貰えないか? それこそ、狩猟用の獣でもいい」


 父に問われて、アーシャは顎に指先を添えて考える。


「そうですわね……でしたら、興味のある生き物がいますわ!」

「買えるものなら用意しよう。何だ?」


 問われてアーシャが口にした生き物の名に、父は感心したような表情を浮かべた。


「なるほど……それは確かに、旅の友に出来るなら最適だ。だが、手なずけられるのか?」

「流石に、会ってみないと何とも言えなませんわね! 上手く扱えるかどうかも、試してみたこともありませんし!」

「それもそうか。だが、有用な生き物だ。君の発想には、いつも驚かされる」

「お褒めに預かり光栄ですわ! ……それで、お父様?」

「何だ?」


 『それ』を手に入れる方法を考え始めたのだろう父に、アーシャはニッコリと伝える。


「まだ、お父様には武運を祈っていただいてないのですけれど!?」


 そう指摘すると、父は苦笑しながら、諦めたように告げた。


「分かった分かった。武運を、私の愛しいアーシャ」

「感謝いたしますわ、お父様!」

  

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