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作り手に会いましたわ!


「茶、だと?」


 ベルビーニの父、ダンヴァロが、訪ねたアーシャをギロリと睨みつけた。


「ええ。それが痺れや倦怠感の原因ですわ。……貴方に職人としての誇りがあるのなら、今すぐお酒とお茶を嗜むのをおやめなさい。自分の腕よりもそれらが大事であるというのなら、止めませんけれど」


 そしてアーシャは、ベルビーニの肩を抱いた。


「改善するまで、この子はお預かりしておきますわ。お互いにいい結果になることを祈っておりましてよ」


 ダンヴァロは、相変わらず濁った目でこちらを睨みつけた後、何も言わずに背を向けた。


 そうしたやり取りの後。


 住まいを与えられたアーシャとナバダは、精力的に動いていた。

 村の現状を見て聞いて回ると、気の良いヒトが多く、この中で定住していない人たちもそれなりの数がいるらしい。


 そうした人々はかなり腕が立つそうで、『魔性の平原』の中にある〝獣の民〟の村々を巡回して危険な魔獣や、稀に来る皇国の西や南の兵士たちや、あるいは他国からの略奪者などに対処しているのだそうだ。


 そうして村人の手助けを受けて、生活の地盤を整えてから、一ヶ月ほど。

 村で起こっている問題などを割り出して把握し、その後、持てる知識をお互いに提示しながら、話を詰めていく。


「水源は大人の足だとそう遠くないですけれど、女性や子どもには少し非効率な場所にありますわね。土の魔術で水路を引くか、水の魔石を手に入れるか、どっちがよろしいかしら?」

「当面は魔石を仕入れて、予算が出来たら水路を作れば良いんじゃないの? 収入源になりそうな作物も幾つかあるし。特に森で採れるものに関しては、希少で高値がつくものが多いわね。とりあえず、『白銀葡萄(プラティナヴァ)』の葉が、茶として消費するほどあるなら、薬屋に売りに行けばそこそこの金になるでしょうね」

「そうですわね。ねぇ、ウォルフ? この集落がもし定期的に交易するとしたら、どこが一番良いと思いまして?」


 アーシャが尋ねると。

 元々面倒見が良い人間らしく、家の選定や村に馴染むための手伝いなどに尽力してくれてすっかり仲良くなったウォルフガングは、顎を撫でた。

 

「……正直気に入らないが、こっちから近いし、南の大公領側だろうな。西は本気でダメだ。あっちは獣人だってだけじゃなく、皇国民じゃない、ってんでも足元を見る。南は、それが多少は緩い」

「なら、足掛かりになりそうな相手をそちらで見つけることにしますわ! ウォルフ、一度足を伸ばすのに、付き合ってもらってもよろしくて?」

「あんまり、俺自身は近寄りたくはねぇんだがな……」


 と、歯切れが悪いウォルフガングに「何か理由がありまして?」と尋ねると。


「俺は元々、むこうでは罪人なんだよ。目の下の傷も、脱走した時にあの領の兵士にやられたもんだしな」


 アーシャの右目周りの火傷痕よりは範囲が広くないけれど、ウォルフガングの左目の下の傷は、逃げる時に投げられた石が直撃したものなのだそうだ。


「何をやらかしましたの?」

「……貴族のボンボンに、冤罪を押し付けられただけだ」


 内容は言いたくねぇ、と、ウォルフガングは恨みの籠った目でどこかを見つめ、その話は終わった。


「だが、お前たちだけで行かせるわけにもいかねーしな。これでも元は商人の息子だから、ツテはある。だいぶ商売自体から離れちゃいるが」

「助かりますわ。ウォルフは、字は読めまして?」

「ああ」

「売る時には一緒に行きますけれど、後で、取引する作物に関する、大体の価格帯を書き出しておきますわ」


 次は、ナバダが話を先に進める。

 たたき台を作るためにだろう、とりあえず、といった調子で案を口にした。


「それぞれの家から、とりあえず物はなんでも良いから一定量の食料を供出させて、一箇所に纏めて必要な量を適宜分配、でどう?」

「各家に任せるよりも、必要な人に大量に作った炊き出しをする方が、最初は効率的ではなくて?」

「そうかもね。そこは村の連中に意見を聞いたら良いんじゃない?」

「ですわね」

「外に出られる者で協力する気がある連中は、お互いに組ませて狩りや採取をしてもらって、体の弱い者や子どもは外に出なくて良い分、畑仕事や内職、あるいは洗濯などの家事を一手に纏めてくように交渉。仕事の分担はキッチリやらないと不満が出るしね」

「内向きの仕事を振るなら、畑まわりに防護が必要ですわね。現状の柵では少々頼りなかったように思いますけれど?」


 これまでは、単身で魔獣を退治できる獣人の仕事だったようなので、その辺りはあまり手が入っていなかった。


「アタシも、魔獣を警戒するにはちょっと心許ないと思う」

「……ウォルフ。最初の輸出で得たお金で、少し値は張るけれど、結界用の呪玉を買いましょう。そちらのツテもあるかしら?」

「そっち方面は、俺よりもダンヴァロのおっさんの方が詳しいんだけどな……まぁ、ないこともない」


 そんなアーシャとナバダの様子を、ベルビーニはどこかポカンとした顔で、ウォルフガングは興味深そうに質問に答えつつ見ていて、シャレイドはニヤニヤと面白そうだった。


「ベル坊主! お前、良い拾い物じゃねぇか!! 元はお貴族様だけあって言ってることがあんま分かんねーが、何か面白ぇことになりそうだな!!」

「ああ、うん……そう、だね?」

「あら、外から見物するかのような物言いでは困りますわね、シャレイド村長。ウォルフの言った通り、貴方に矢面で動いていただくんですのよ?」


 アーシャは、テーブルに広げた資料から目を上げて、ビシリと扇でシャレイドを示す。

 すると彼は、かくんと首を傾げる。


「あん? それも嬢ちゃん達がやりゃ良いじゃねーか! そっちのが早そうだぞ!?」


 それに、ナバダが呆れた目を向けた。


「バカね。外との交渉ごとはともかく、中の人間の説得は今まで村を纏めていた人の言うことの方が聞きやすいに決まってるでしょ? で、村長はアンタでしょうが」

「まぁ、説明の時に横に付くくらいは、やぶさかではなくてよ!」


 アーシャが言い添えると、シャレイドは納得いかなそうな顔のまま、ウォルフガングとベルビーニを見る。


「そんなもんか?」

「……まぁ、村長が言うなら、ってところはあると思うぜ。認めたって言っても、新参者の言うこと聞きたいかって言われると、そうじゃねー奴らも多いだろうしよ」

「オイラも同じ意見だよ」

「この村はかなり好き勝手に、作物を集めていたり獲物を狩ったりしてますわ。もう少し計画的に運営する方が良いですわね」

「ガハハ!! だが、皆自由だからなぁ!! あんま窮屈にしたら出て行っちまうぜ!!」


 鳥の獣人はあっけらかんと笑うが、それで共同体として成立しているのは、奇跡に近いところがある。


 聞くところによると、曲がりなりにも治安が維持できているのは〝獣の民〟の村々を巡回する人々が自警団のような役回りを果たしているのだそうで。

 どこの村の所属でもない上に、ならず者を苦もなくせる強い連中だが、〝獣の民〟の中では基本的に各村の村長より弱く、地位が低いと見られている、という絶妙な塩梅らしい。


 『強い奴に守って貰わないと死ぬから、ある程度逆らわない』というのが、『魔性の平原』ではごく当然の規律ルールとして成立しているのだ。


 だが、村を出ていくのなら従う必要はないし、誰も止めはしないので『自由ではない』という意味でもない辺りがややこしい。


「別に、窮屈にする必要はございませんわ。元々、村の皆で助け合う必要のある部分は助け合っていたわけですし、全員で少しずつ負担して均等に分けるだけですわ。その必要な分を、税として集めるのです」

 

 今でも、不平等ではあれど、ある程度の作物は広場に集めて分配するという形を取っているのだから、少し応用するだけで済む。

 現金化するものと村で使うものに分けてから、残りを今まで通りに分け合えばいい。


「村の連中に渡すのが、現金である必要はねぇが……今まで貰ってた取り分を余分に取られて、皆が納得するか?」


 ウォルフガングの疑問に、ナバダが淡々と答える。


「税を取ることで目指すのは、全員への食料の安定供給、それから住みやすいように村の設備整備よ。目に見えて生活がしやすくなれば不満は出ないでしょう。結果が出る前抑えるのは、村のまとめ役であるアンタたちの仕事じゃない」


 きっぱり言われて、ウォルフガングとシャレイドが顔を見合わせる。


「特に危険な仕事をしている連中には、働きの貢献度に合わせて食料の他にも十分な報酬を渡せばいいわ。それに、弱い連中は村から出なくて良くなれば、そっちの方がありがたいでしょう。ねぇ、ベル」

「あぁ……うん。まぁ、森は怖いしね……」

 

 ベルビーニは、恐る恐るまとめ役たちの顔を伺いながら、小さく頷く。


「と、いうことですわ。説得、していただけますわよね?」


 ニッコリとアーシャが告げると、シャレイドはポリポリと頭を掻き、ウォルフガングはバツの悪そうな顔をした。


「だとよ、ウォルフよ!!」

「丸投げしようとすんな! 村長もやるんだよ!」


 言われて、面倒臭そうながらも、村のためになるならとシャレイドも一緒に勉強を始め、少し経ったある日。


 ふらりと現れたのは、ダンヴァロだった。


「……嬢ちゃんだけか」

「あら、お久しぶりですわね! 村長とナバダは、畑の方に行っておりますわよ! ベルビーニはもうすぐ戻ってくると思いますわ!」


 笑顔で告げたアーシャは、体の調子はいかがでして? と問いかける。


「……そのことで、礼を言いにきた」

「あら?」


 あの日から、ダンヴァロは言われたとおりに、茶と酒を絶ったらしい。

 すっかり手足の痺れは取れたようで、近づいてくる動きから不自然さはなくなっており、足も引きずっていなかった。


「助かった。腕はだいぶ落ちたが、今までに比べりゃよっぽどマシだし、その内カンは取り返す。それで……」


 ダンヴァロは言いづらそうにしていたが、アーシャが待っていると、呻くように告げた。


「ベルビーニを、迎えに来た。……職人の技を、アイツに覚える気があるなら、だが」


 相変わらず、自分勝手でぶっきらぼうな物言いだけれど、アーシャはその表情から後ろめたさを感じてクスリと笑う。


「優しさの示し方を、あまりお間違えにならない方がよろしくてよ?」


 アーシャは、ベルビーニの話を聞き、忠告にいった後の様子を聞くにつけ、ダンヴァロの内心を悟っていた。


 彼は、ただ不貞腐れていたのではなく、ベルビーニを自分から遠ざけようとしていたのだ。


 あの少年は心優しい。

 もし仮に父親が何もしなくなったところで、見捨てたりはしないだろう。


 だから、自分から遠ざけるように動いていたのだ。


「前も言いましたが、まずはベルビーニに謝罪なさいませ。それから彼が戻ることを望むのであれば、わたくしから申し上げることは何もございませんわ!」

「……ああ」

「そういえば、聞いていなかったことですけれど、貴方は一体、何職人ですの?」


 ウォルフガングが、ダンヴァロの方が結界用の呪玉に詳しい、と言っていたので、興味を覚えたのだ。

 アーシャが尋ねると、彼は軽く片眉を上げた後、ニヤリと笑みを浮かべた。


「魔導具職人だ。ベルビーニを押しつけた詫びに、そのマントに下にある銃のメンテナンスくらいならしてやれる」


 そう言われて、目をぱちくりさせたアーシャは「なるほどですわ」と小さく頷きながら、魔剣銃をコトリとテーブルに置く。

 しかし、持ち上げようと手を伸ばしたダンヴァロを、軽く手で制した。


「これがそうですが、貴方が手がけた魔導具を一度見せて下さいませ。それが良質なものであれば、お願いいたしますわ」

「ほぉ?」


 試すような物言いになってしまっているが、魔剣銃はアーシャにとっては命綱だ。

 ベルビーニは腕が良いと言っていたけれど、もし仮に自分よりも腕が劣るようなら、預けるわけにはいかないのである。


ダンヴァロは魔剣銃とアーシャの顔を交互に見比べると、何故かさらに面白がるように、笑みを深めて軽く手のひらを上に向けて、机の上を示した。


「なら、よく見てくれ。俺の作品・・・・をな」

「……え?」


 示されたのは、魔剣銃。


 ダンヴァロによると、それは黒髪のえらく目の鋭い男に頼まれたものだという。

 

「俺は昔、西の大公領に住んでてな」


 差別されて仕事を評価されていなかったダンヴァロが、その男に頼まれて作った品だという。


「そいつに貰った報酬を使って、俺は西を抜けて〝獣の民〟を頼ったんだ。……それも、その男に忠告されたんだよ。えらく気取った喋り方をする男でな」


『―――〝獣の民〟を頼り、そなたの能力を正当に評価する者たちの元へ行け』。


 男は、そう言ったのだという。


 ―――陛下。


 アーシャは、その男の正体を一瞬で悟った。

 魔剣銃は、父が、帝城で紹介された商人から受け取った物だという。


 黒髪の、目つきの鋭い男が誰かだなんて、考える必要もなかった。

 思わずじんわりと胸が熱くなり、両手で胸元を押さえる。


 ―――本当にあの方は、いつだってわたくしの上を行っておられる。


 そして、自分の知らない陛下の話が聞けて、アーシャは上機嫌になってダンヴァロに告げた。


「作った本人であれば、断る理由はございませんわね。お願い致しますわ……わたくしの命を救ってくれた魔剣銃を、お作りくださってありがとうございますわ!」

「こっちこそ。大事に使って貰ってて嬉しいと思ってるよ」


 アーシャは、彼と笑顔で頷き合った。

 ベルビーニは、その後きちんとダンヴァロに謝罪されて、家に戻っていった。

 

という訳で、アーシャは自分の魔剣銃を作った不遇の魔導具士ダンヴァロに出会いました。


さっさと陛下に会わせてイチャイチャさせたい。


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