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お茶が不味いですわ!


「可哀想になぁあああああああ!!!!」


 出会ってすぐ。

 ダバァ! と滝のような涙を流し始めた村長に、アーシャは頬を引き攣らせた。


 シャレイドと名乗った村長は、ベルビーニの父であるダンヴァロに勝るとも劣らない巨躯を持つ、鳥人族の男性だ。

 

 顔は嘴を備えた鳥そのものなのだが……とてつもなく感情表現が豊かな獣人だった。


「き、貴族のご令嬢なのに!! そんな火傷を顔に負っちまったせいで……こんなところまで流れ着いたんだなぁ〜!!!」

「いえあの、わたくしは」

「ここに住むといい!! 俺たちゃ、虐げられてる奴らの味方だからな!! おう、おう、気の済むまで身の振り方を考えるといいぞぉおおおお!!」


 シャレイドは、人の話を聞かないタイプのようだった。


 ―――まぁ、良いんですけれど。


 とりあえず、アーシャは彼に謝礼というか一夜の恩義を含め、狩った魔獣の肉を提供した。

 ついでに、残りをベルビーニのノルマとやらに代替することを提案すると、彼は快く頷いてくれた。


「強いんだなぁ嬢ちゃん!! いいぜいいぜ、最高だぁああああ!!」


 またダバァ、と涙を流すシャレイドは、個性的だが悪い人ではなさそうだった。

 そんな彼に家の中に招かれ、出されたお茶を一口すすると。


 

 ―――アーシャとナバダは、同時にプッ、と床に吐き捨ててしまった。



「おい!?」

「ね、姉ちゃんたち!?」


 焦るベルビーニとウォルフガングには目を向けず、一瞬ナバダと目を見交わしてから、アーシャはシャレイドを冷たい目で睨みつける。


「……村長様? これは、こちらで普段から飲まれているものですの?」


 問いかけると、唖然としていたシャレイドが首を傾げてうなずいた。


「そうだが。なんだ!? 口に合わなかったか!?」


 ―――演技、というわけではなさそうですわね。


「どう思いまして? ナバダ」

「嘘はついていなさそうね」


 それでも一応確認のために、ベルビーニとウォルフガングに、自分達のお茶を一口すすらせると、二人はそれが普段から飲んでいるお茶で、味も変わらないという。


「なんだ!? 嬢ちゃんたちは何をそんなに気にしてんだ!?」

「村長様。これは皇国では毒茶とされているものですわ」


 アーシャが告げると、シャレイドは目を鋭く細めた。


「何だと!?」

「毒性は低いですけれど、継続的に飲用すると、痺れや倦怠感などを覚えることがあるのですわ!」


 一時期、皇国でも芳醇な香り立ちと甘い口当たりから好んで飲まれていたが、原因不明の症状を訴える人々が続出した結果、毒性があると判明したのである。


「少量であれば、鎮静効果のある薬ともなりますけれど。……これは、『白銀葡萄(プラティナヴァ)』の葉を乾かして茶にしたものですわね?」

「……ああ、間違いない。だが、村では俺が子どもの頃から飲まれてるし、そんな症状を訴えたヤツはいねーぞ!?」


 シャレイドの言葉に、アーシャは扇を開いて口元を隠す。


「体質の問題かしら?」

「多分、多くの連中が獣人族だからでしょうね。他の者たちも流れ者か冒険者上がりだとすると、元は貧民……体は強いし、ある程度耐性があるんじゃないかしら?」


 獣人族は頑強な種族であり、冒険者たちは魔術や武技を鍛えることの副次作用で、それぞれ毒への耐性が高くなる。


 瘴気を纏う魔物を相手にすることも多いから、それも理由だろう。


「だから、今まで認識されていなかった、ということですわね」


 ふと、あることに思い至ったアーシャは、ベルビーニに目を向ける。


「ベルビーニ? このお茶は、ダンヴァロも口にしていて?」

「あ、ああ……二日酔いの頭痛に効くって、よく大量に飲んで……あ」


 ベルビーニは、聡く何かに気づいたようだった。

 それはきっと、アーシャが考えていたことと同じだと思われて。


「彼は、指先を使う職人でしたわね。それに、足を軽く引きずっていましたわ。痺れや倦怠感、という集中力や繊細さを阻害する症状が現れていれば……」


 職人としての仕事が、出来なくなっておかしくはない。


「……茶、が……?」


 呆然としたベルビーニが、ふいに泣きそうに表情を歪める。


「お、おいら、酒呑んでばっかの父ちゃんが、せめて少しでも楽になるようにって、あの茶葉を……そ、それが……?」


 父を支えようとした行為が、逆に苦しめていたという事実に体を震わせる少年に、アーシャは扇を下ろして微笑みを向けた。


「ベルビーニ。無知は、悪ではございません。教わっていないことは、知らなくとも仕方のないことですのよ」

「でも、でも……!」

「他の者に症状が出ていないのです。大量に飲んだからか、体質的に合わなかったのか。単純に運が悪かっただけのことですわ。間違っていたことは、今から正せばよろしいでしょう。ダンヴァロは死んでおりませんもの」


 死ななければ、やり直すことは出来る。

 原因が取り除かれたら、あのやさぐれたゲス男も少しはマシになるのかもしれない、とアーシャは考えた。


「村長様。このお茶の葉は、今後は少量を、薬としてお使い下さいな。他に代替できる茶葉はございまして?」


 生水を飲めるほど、ここの環境は良くない。

 浄水の魔石などもさほど手に入らないのであれば、茶は必須だ。


「それに関しちゃ、別に村の連中に茶の種類のこだわりなんざねーから、問題はねぇな! 日持ちは悪いが、麦で茶を作る手もある!!」

「では、村に保管されている作物や山の幸を、後で見せて下さいまして? ここで嗜むのに適したものがあれば、お教えいたしますわ!」

「おう、助かるぜ! ウォルフ、ちょっと今から村中にそれを伝えてこい!!」

「ああ、分かった」


 うなずいたウォルフガングが出ていくと、まだうつむいたままのベルビーニの頭を、アーシャは優しく撫でる。


「ダンヴァロを、あなたが慕っていることはよく分かりましたわ。彼も、昔はお優しかったのではなくて?」


 こくん、とうなずくベルビーニが、まばたきとともに涙をこぼす。


「なら、今は職人として働けず自暴自棄になっているのだとしても、症状が改善されて働き出せば、元の優しいダンヴァロに戻りますわよ」


 ね? と首を傾げたアーシャに、ベルビーニはまた、うなずいて、ぽろりと涙をこぼし、お礼を口にした。


「ありがとう、アーシャのねーちゃん……」

「お礼など結構ですわ。さ、わたくし達も、ダンヴァロのところに向かいますわよ」

 

お茶を吐くなんて品のない……と帝都でやったら噂されそうですね。


そんなアーシャを面白いと思った方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたします。


『悪役令嬢の矜持』書籍化予定です。こちらの作品も合わせてよろしくお願いいたします!

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