カゴの中に、原因が混じっていそうですわ!
ウォルフガングに案内されて、村長の元へと向かう道すがら。
アーシャはふと、彼と前を並んで歩くベルビーニが背負ったカゴの中を覗き込んで、小さく眉をひそめた。
入っているのは、その多くが食べれる野草だったけれど、中には薬草も混じっている。
気にかかったのは、薬草の中の一種類だった。
―――あの薬草は。
アーシャが訝しげな顔をしているのに気づいたのか、ナバダが小声で問いかけて来る。
「……どうしたの?」
「大したことではありませんわ。ただ、ベルビーニが魔獣に襲われていた理由が……」
というアーシャの返答に、ナバダが眉をひそめる。
「カゴに何か混じってた、ってこと?」
問われて、アーシャはうなずいた。
魔獣、と呼ばれている獣は、肉食草食問わず賢く獰猛だ。
しかし野生の獣同様、無闇に人を襲うわけではない。
ナワバリに無遠慮に入ったり、子を傷つけたり、あるいは空腹であったり。
反応が普通の獣よりも激しい側面はあるが、行動原理は獣とあまり変わりないのだ。
そして、普通の獣よりもさらにナワバリ意識が強い。
どういうことかというと、魔獣は基本的にナワバリから出ないのだ。
あんな風に執拗に……それこそ森の、ナワバリを抜けた先まで追うようなことは少ないのである。
「ベルビーニを襲ったあの魔獣は、かなり興奮してましたわ。動きが直線的で対処がし易かったですし……あの薬草のせいかもしませんわね」
「ふぅん……どんな薬草なの?」
「【白銀葡萄】と呼ばれるものですわ」
見た目は蔦のような薬草で、栽培する時には、木製の格子や柵をあらかじめ側に立てて這わせるように育てていく。
「うちの庭にありましたけれど、開花の時期には花弁と葉が白銀に染まり、フサになった同色の酸っぱい実をつけますのよ。実は、甘いシロップに浸けたデザートとして召し上がったことがあるのではなくて?」
【白銀葡萄】の名は、育成がとても難しく希少であることと、その色合いから名付けられた。
どうやら魔力の満ちた場所だと育ちがいいらしく、リボルヴァ家の庭では、砕いた魔石を土に撒いていたのを思い出す。
ゆえに高価なもので、実は食用、葉とツルが薬草になる。
ベルビーニのカゴの中には、ツルごともいだ葉と実が放り込まれていた。
【白銀葡萄】を見て、アーシャはあの森が平原の中にある異様さと、大型の魔獣が生息していた理由を窺い知った。
魔力に満ちた土地を、魔獣は好むのである。
「白銀の実……ああ、甘酸っぱいヤツね。『キャンダイ』だっけ」
「そうですわ」
思い出したらしいナバダに、アーシャはうなずいた。
「毒を盛るのが簡単そうだったから覚えてたのよ」
「そうですわね。皆様、食されるものですし」
「アンタは食わなかったけどね!」
どうやら、ナバダが毒を盛ろうとしていた相手は自分だったらしい。
それに気づいて、悔しそうな彼女の様子にクスクスと笑っていると、ウォルフガングが怯えたようにこちらを見てから、こっそり横のベルビーニに話しかけた。
「……笑いながら話すようなことじゃねーと思うんだが、貴族ってのは、日常がそんな物騒な生き物なのか……?」
「……知らないよ。オイラ貴族じゃねーもん。バルバットの兄貴に聞いてみたら良いんじゃねーの?」
「聞こえてますわよー」
アーシャがのんびり伝えると、二人はビクッと背筋を伸ばした。
「で、何でそれが、襲われてた理由になるの?」
二人を特段気にした様子もなく、ナバダが話を戻す。
【白銀葡萄】の実は、皮を剥いた果肉をシロップに漬けるとトロトロになり、口の中でタネになるまで溶かすように食するものだ。
生き物を落ち着かせる効能がある、と言われているが。
「その実の中に、白銀虫という虫が卵を産み付ける可能性がありましてよ。その『卵実』を茹でて粉にすると、魔物を酔わせる香の原料になりますの」
昔、アーシャが顔に火傷を負った時に作った香の材料なので、よく覚えている。
『卵実』は、通常の落ち着かせる効能が失われ、魔物にとって甘美な香りを放つようになって興奮させる効果があるのだ。
そう、ナバダに説明し、後でベルビーニにカゴの中を改めさせてもらおう、と考えたところで。
「着いたぜ。ここが村長の家だ」
ウォルフガングが、正面の、他と比べると大きな木製の家屋を指差した。




