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思わず、啖呵を切ってしまいましたわ!


「ええと……どうして、こうなったのですの?」


 アーシャは、頬に手を当ててため息を吐いた。

 今現在、ナバダと共に槍を構えた人々に囲まれている真っ最中なのだ。


「不思議ですわねぇ」

「いや、そもそもこうなる予感しかなかったけど?」


 アーシャが首を傾げていると、ナバダは呆れたように髪を掻き上げた。

 焦った様子はなく落ち着いているが、いつでも動けるように軽く踵を上げているのだろう、いつもと重心の位置が少し違うように感じる。


 もっとも、それはアーシャも同じなのだけれど。


 周りを見回すと、敵意に満ちたこの村の住人たちは獣人の割合が多いが、中には人族もちらほら見える。


 アーシャたちは村に着き、ベルビーニが門兵に何やら説明をした後、しばらく待ってから村の広場に通されたのだ。

 真ん中に着いたと思ったら、建物の陰からわらわら出てきた者たちに囲まれて、この有様である。


 輪の外にいるベルビーニが、驚いたように口をパクパクさせているが、言葉が出てこない様子だった。


「……皇国の貴族が、こんな村に何の用だ?」


 口を開いたのは、正面に立つ精悍な顔立ちの青年だった。

 左目の下に掻き裂かれたような傷跡の筋があり、敵意と疑いに満ちた目をこちらに向けている。


「ベルビーニを送り届けただけですけれど、何か問題がありまして?」


 どうやら、囲んでいる人たちの中ではそこそこ立場がありそうだと見当をつけている間に、彼はジロリとベルビーニを見た。


「ウォルフ兄ちゃん! オイラ、この人たちに助けて貰ったんだよ! 危ない人たちじゃない!」

「……お前は、貴族みてェな連中を信用すんのか?」


 眉根に皺を刻んだウォルフガングに、ベルビーニが反論する。


「貴族っつっても、姉ちゃんたちはオイラたちに何かしようとしてしてる訳じゃないよ! 魔獣に襲われてたオイラを助けてくれたから、そのお礼がしたくて……!」

「村の場所を教えたってのか? ふざけんじゃねぇぞ!! こいつらが村の場所を探りに来た間者スパイだって可能性を考えなかったのか!?」

「そん……っ」

「魔獣をお前にけしかけて、自分で助けたフリでもしたんじゃねーのか!?」


 子ども相手に畳み掛けるように吠えるウォルフガングに、アーシャはムッとした。


「大人げないですわねぇ!」

「何だと!?」


 こちらの声にギロリと視線を戻してきた彼に、アーシャは完璧な淑女の微笑みを浮かべて見せる。


「勝手な妄想で好き勝手なことを言って、子どもを怒鳴りつける大人は、大人げないって言ったのですわ! 何か間違っていまして?」


 聞き返されたので再度告げると、ウォルフガングと周りの人々がざわりと殺気立つ。

 

「アンタの煽りって天下一品よね。誰でもムカつかせる天才だわ」

「あら、事実を述べただけでしてよ! その言い方は心外ですわ!」


 ナバダの小馬鹿にしたような言い草に、アーシャはつん、と顎を上げる。


「ナメやがって……ぶち殺されてェのか!?」


 槍の輪の中に、ウォルフガングが一歩踏み込んできた瞬間。




「―――遅いですわ」

 



 アーシャは、彼が詰め寄るよりも速く魔剣銃を抜き放って逆に踏み込むと、ピタリとその喉仏に刃の先端を突きつけていた。


 一瞬で形勢が逆転し、周りの人々から唖然とした空気が伝わってくる。

 ウォルフガングは、どうやらこちらの踏み込みを追い切れていなかったようで、ぽかん、と口を開けている。


「その程度の腕前なら、喧嘩を売る相手はきちんと選んだ方が宜しくてよ?」

「そうね。背後を取るのも楽だわ」


 アーシャの動きに全員が気を取られている隙に、音もなく包囲網から抜け出してベルビーニの横に立ったナバダが言うと、今度はそちらに注目が集まる。


「お前ら……ただの貴族じゃねェな……!?」


 命を握られている緊張感に、ゴクリと喉を鳴らしたウォルフガングに、アーシャは小首を傾げる。


「先ほどから貴族貴族とおっしゃいますけれど、そろそろわたくしたち自身を見ていただきたいですわ!」

「は?」


 言いながら魔剣銃を引いたアーシャに、ウォルフガングは混乱したような顔で喉元に手を当てる。


「もしわたくしたちが、貴方の言うように、貴族が村を襲うための手先だとして。令嬢二人でこんな場所までのこのこ来させる理由がどこにありますの? 油断を誘うにしても、もう少し上手くやりますわ」


 まして、わたくしたちが騎士に見えまして? と問いかけると、ウォルフガングは押し黙った。

 奇妙な沈黙が広場を覆う中、ジャリ、と地面を踏む音がして、新手の人影が広場に姿を見せる。


「……何してやがる」

「あ……と、父ちゃん……」


 現れたのは、赤ら顔の、ベルビーニに似た顔つきと毛並みの獣人だった。


 目が濁っていて、元々筋肉質なのだろう、他の獣人たちよりも頭二つ抜けた体格をしているが、軽く足を引きずっている彼は、お腹がでっぷりと肥えている。


 手には酒が入っているらしき皮袋を下げており、ヒック、と喉を鳴らしている様は、どうやら酔っ払っているのだろうと思えた。


 察したアーシャの鼻に、それを裏付けるような酒臭さが漂ってくる。


「ダンヴァロさん……」


 ウォルフガングの問いかけに、ベルビーニの父親らしき男がジロリと目を向けた。


「昼間っからギャンギャン騒ぐんじゃねぇよ、ウルセェな」


 彼の言葉に、周りの者たちがムッとしたような雰囲気を出すが、誰も反論しない。

 どうやらダンヴァロは好かれているわけではなさそうだが、同時に恐れられてもいるようだった。


 ―――強いのかしら?


 多分、この村は腕っぷしがものを言うような場所だろうと思えるので、恐れられているということは、そういうことなのだと思うのだけれど。


 アーシャが考えていると、ダンヴァロはナバダの横にいるベルビーニの頭を突然はたいた。


「っ!」

「こんなところで油売りやがって。オメーは本当に使えねぇガキだな」

「ご……ごめん……」


 頭を叩かれて、それでも痛みを堪えて謝罪する少年の姿に、アーシャは目を細めた。


「行くぞ」

「お待ちになって?」


 声をかけたアーシャに、周りを囲んでいた者たちがざわめく。


「なんだオメーは」

「アーシャ・リボルヴァと申しますわ。ベルビーニが、森で魔獣に襲われていたところを助けましたの」

「……それで?」

「見たところ、貴方が働かない・・・・・・・から、彼がそんな危ないところに行ったのではなくて? 何故そんなに偉そうですの?」


 『働かざる者食うべからず』の教育を受けてきたアーシャにとって、彼の態度は目に余るものだった。

 ハッキリと口にすると、周りの空気が緊張からか、さらに重くなる。


 しかし、アーシャは黙らない。


「ベルビーニに食べさせて貰ってる分際で、もう少し身の程をお知りになっては如何いかが?」

「お、おい姉ちゃん……!」


 先ほどまで敵意剥き出しだったウォルフガングが、何故か慌てたように声をかけてくるが、片手を腰に手を当ててパン、と扇を開いたアーシャはむしろ、さらに言葉を重ねる。


「親だからというだけで、不当に子に偉そうにする資格はございませんわ。―――ベルビーニに、謝りなさい」


 去ろうとしていたダンヴァロが、ゆっくりとこちらを振り向く。

 そして、アーシャの手にした魔剣銃を見て軽く眉を動かした。


 ーーー?


 しかしすぐに興味を失ったように、アーシャの顔に目を戻した。


「と、父ちゃん!? アーシャの姉ちゃん、オイラは大丈……」

「黙ってろ」

「お黙りなさい」


 ダンヴァロとアーシャの声が重なり、ベルビーニが口をつぐむ。


「貴方も、不当な扱いは勇気を持って抗議すべきですわ。それが、たとえ親であろうとも」


 アーシャがベルビーニに諭す間に、ダンヴァロが近づいてくる。

 周りを囲う人垣が割れて、その間を進み出てきた巨漢の獣人は、威圧するように上からアーシャを睨みつけた。


「余所者が、他人のことに口出して、ただで済むとでも思ってるのか?」


 ギラギラと危険に輝く目を真っ直ぐに見返したアーシャは、キッパリと告げた。


「申し上げましたわ。たとえ親であっても、他者に不当な扱いをする者は謝罪すべきだと。まして家庭の事情で死地に赴いた者にねぎらいの言葉もかけない。貴方が口にすべきは、ベルビーニへの感謝であって罵声ではございません」


 するとダンヴァロは、予想外に牙を剥く笑みを浮かべて、言い返してきた。


「だったら、オメーがコイツを養ってやりゃいい。別にいらねーからな」

「なっ……!」


 思わず、アーシャは絶句した。


 それが、仮にも親が子に対して告げる言葉なのだろうか。

 怒りと驚きで固まったアーシャを、ダンヴァロはせせら嗤う。


「育ちの良いお嬢ちゃんにゃ理解出来ねーか? ガキが勝手に出歩いてただけで、何で俺が感謝しなきゃならねぇ? 養ってくれと頼んだ覚えもねぇし、養われた覚えもねぇ。故郷で貴族のお嬢様がどうだったか知らねぇが、そのツラだ。オメーも薄汚ぇ親に捨てられたんだろ?」


 口にされたのは、とんでもない侮辱だった。


 ―――わたくしの、お父様とお母様を馬鹿になさいましたわね!?


「図星か? 同じ境遇のベルビーニに同情でも……」

「……訂正させていただきますわ、ゲス野郎。貴方は親などではございません」

「あ?」

「わたくしのお父様とお母様は、今でも深くわたくしを愛してくださっております。今、この地にいるのは、わたくし自身の意思。貴方如きとわたくしの父母では、心根に雲泥の差がございますわ」


 スッと顔の前に広げた扇を上げたアーシャは、ダンヴァロに侮蔑の視線を向けた。


「ご自身の振る舞いを正当化するために、他者を引き合いに出すなど下劣の極みですわ。反吐が出ますわね!」


 そのままアーシャは、顎を振る。


「どうぞ、目の前から消えてくださる? わたくし、ゴミに用はございませんの。貴方がベルビーニをいらないと言うのなら、おっしゃる通りわたくしがいただきますわ」


 このような精神性を持つ者とは、もう一言も話したくはなかった。

 貴族の中でも腐った者は山のようにいるが、そうした連中同様、話が通じない相手だ。


 ダンヴァロが暴力に訴えることも加味しつつ、いつでも動けるように備えるが……彼は、手を出さなかった。

 舌を鳴らしただけで、また足を引きずりながら去っていく。


「と、父ちゃん……」

「ついて来るんじゃねぇ。良かったじゃねぇか。アイツが面倒見てくれるとよ。清々するぜ」

「と……!」


 父親に拒絶されたベルビーニが、軽く肩を落とす。

 毒気を抜かれたのか、周りの人々も敵意はもう持っていないようだった。


 アーシャはダンヴァロが見えなくなると、ベルビーニに近づき、彼と視線を合わせて膝を落とす。


「申し訳ありませんわ。あまりの扱いに思わず口にしてしまいましたが、目の前で親を悪様に言われて、良い気はしませんでしたわね……」

「……」


 ベルビーニは悲しげな表情をしていたが、首を横に振った。


「いや、最近の父ちゃんは、言われても仕方ないから……皆にも迷惑かけてるし……」

「それでも、貴方にそのような顔をさせるような言い方を、するべきではありませんでしたわ」

 

 アーシャは、少しだけ反省をしていた。

 ついカッとなってしまう辺り、自制心が足りない。


 ベルビーニの立場までも、悪くしてしまったかもしれない。


「事情も知らずに口出しをしたのも、その通りですわ。家にも帰りづらくなってしまいましたわね……」


 考えるほど、己の行いが悪かったように思えてくる。

 

 我慢すべきだったのか。

 でも、目の前で、ベルビーニのような少年があのような扱いを受けているのが、父母を侮辱されたのが、我慢できなかったのだ。


 ベルビーニは、泣きそうな顔をしつつも、笑みを浮かべた。


「いいよ。姉ちゃんが謝ることじゃない。……その、会ったばかりのオイラのことで怒ってくれて、ちょっと嬉しかったし……」


 照れたようにモジモジするベルビーニに、ウォルフガングが頭を掻きながら近づいてきて、ぽん、と彼の肩に手を置いた。


「今日は、俺の家に泊まれよ。……その、そこの姉ちゃんたちも。悪かったな、いきなり囲んで」


 決まり悪げな彼の言葉に、アーシャは驚いてナバダと顔を見合わせる。


「え、良いんですの?」


 こんな騒ぎを起こしてしまったのだから、すぐに出て行こうと思っていたのだけれど。

 そう伝えると、ウォルフガングは深く息を吐く。


「ベルビーニのこと、話す時間も必要だろ? ……それに、ダンヴァロさんを見てあそこまでビビらずに啖呵たんか切れる奴、この村にもほとんどいねーしな。村長には、俺から紹介する」

「い、良いの? ウォルフ兄ちゃん」

「おう」


 そのやり取りに、アーシャがどうしていいか分からなくなっていると、ナバダが口を挟む。


「うちのバカ娘のせいで、悪いわね」

「バッ……!」

「肝が据わってんのか、怖いもの知らずなのか、無鉄砲なのか分からねーが……まぁ、俺が思ってるような貴族とは、アンタらなんか違うしみてぇだしな。気にすんな」


 アーシャが抗議の声を上げる前に、褒めてるのか貶してるのか分からないことを言いながら、ウォルフガングが手を上げる。


「ついて来いよ」


 皆を解散させたウォルフガングは、そのまま村の真ん中を通る、土を踏み固めただけの道を歩き出した。

 


喧嘩を売りまくる御令嬢、アーシャ・リボルヴァ。


結果オーライだけど、村に受け入れてもらう気あったのか? と思った方は、ブックマークや下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をタップして応援して下さると嬉しいです。

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