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皇帝の想い:中編


 アーシャは、忘れているが。

 アウゴが彼女と出会ったのは、彼女が8歳、自分が14歳の頃のことだった。

 

 あの頃アウゴは、全てが退屈だった。


 特に、人というモノの相手が億劫だった。

 貴族や、近くにいる商人などは、欲望と外面で出来ていることを見抜けてしまうが故に、醜悪とすら感じていた。


 特に親兄弟縁戚は、ほぼ全員皇帝という座を競う敵か、あるいは自分に期待を押し付けるだけの無能であり、煩わしかった。


 リケロスのように、多少の有能さを認めた者以外の全てが、真の意味で無価値だった。


 ―――いっそ、全て殺すか。


 アウゴは当時、特に感慨もなくそう考えていた。


 皇帝の座につくこと自体は、疑っていないどころか自分にとっては当然のこと。

 その気になればすぐにでも奪えたが、興味がなかっただけだ。


 麒麟児と呼ばれたアウゴは、10歳でもう、皇帝に必要とされる全ての教育を終えていた。

 基本的な学問だけではなく、帝王学から武道、魔導に至るまで、最早皇国内に自身に匹敵する知識や才覚を持つ者が、年長者を含めて周りに存在しなかった。


 唯一、魔導のみが『未だ人の知り得ぬ領域』が多く、暇潰しとして最適だったから、実験しては適当に成果を魔導師どもに投げていた。


 ―――あの時も。


 アウゴは、魔導実験のために材料を採取していたのだ。


 真昼の、それも特定条件下でのみ花を咲かせるという『幻想花』という花の苗を植えた場所に赴いていた。


 当然ながら、皇太子の勝手な外出など認められていない。

 しかしそれは、アウゴにとってどうでもいいことだった。


 そこで、アーシャに出会ったのだ。


『ふわぁ……きれいですわねぇ……!』


 アウゴが慎重に、そこに咲いた花を取り上げた時に、そんな声が聞こえたのだ。


 見ていたのは、幼い少女。

 綺麗な顔立ちをしているが、アウゴが目を惹かれたのは、その幻想花と同じ色の瞳に宿る光だった。


 どこまでも澄んだ、真っ直ぐな目。

 そこでようやくアウゴは、フードを目深に被った自分がいる場所が、どこかの屋敷の庭だと気づいた。


 条件に合う場所に、古代遺産として今も使われている転移の魔術陣を解析して編み出した、単体転移魔術を使って移動していたので、それがどこなのかを気にしていなかったのだ。


 周囲を一瞥し、王城の方角と脳内の地図から、リボルヴァ公爵家の庭だと気付く。

 目の前の少女が、母親によく似た顔立ちと年齢から、リボルヴァ公爵家長女アーシャだと見当をつける。


『でも、お花がふわふわ浮くなんて、とてもふしぎですわねぇ……』


 彼女は、花を手にするアウゴに気づいていなかった。

 採取のために、完全に気配を消す魔術を使っていたからだ。


 しかし、手の中の幻想花と彼女を見比べて、それが枯れていないことに興味を覚えた。


 幻想花は、人目のない清浄な木漏れ日の中にしか咲かず、人の目に触れれば枯れるとされている。

 唯一、真に心清らかな者のみが、枯れぬままに花を採取出来るのだと。


 アウゴのように裏技を使うのではなく、真実の意味でこの花を手にすることが出来る少女。


 ―――面白いな。


 ふと、そう思ったのが始まりだった。

 枯らさぬよう、そっと花の時を止めたアウゴは、気配断ちの魔術を解いた。


『ふわ!? ……ど、どなたですの? お花の化身ですの!?』


 ビックリしているアーシャの様子がおかしくて、アウゴは口元を緩める。


『そなたは、この花が何か知っているか?』

『え? しりませんわ!』


 『幻想花』のこと教えてやると、ふんふんと興味深そうに聞いた後、彼女はにっこりと笑った。


『とっても、おべんきょうになりましたわ! でもわたくし、それよりも気になることがありますの!』

『何?』


 そう問うと、アーシャは相変わらず真っ直ぐな目で、告げた。



『―――あなたは、なぜそんなに悲しそうなんですの?』



 思いがけない問いかけに、アウゴはかすかに眉をひそめる。


 悲しそう? 

 我が?


『そうですわ。こんなにもきれいな花を手にして、咲かせることができるくらい物知りですのに。それを当たり前みたいなお顔をして、とても悲しそうですわ』


 言われて、アウゴは絶句した。

 彼女の言っている言葉の意味が、あまりにも理解し難かったからだ。


 ―――悲しいなどと、思っていない。

 

 という思いと。


 ―――悲しい、というのはどういう気持ちだ?


 という疑問が、心の中でせめぎ合った。

 初めての心の動きに戸惑いを覚えながら、アウゴは問い返す。


『そなたの目に、我は、悲しそうに映るか』

『ええ』


 屈託なく、真っ直ぐな瞳のまま言われて、また黙る。


 理解できなかった。

 目の前の少女は、今まで目にして来たどのような人間とも、違った。


 ―――面白いな。


 また、そう感じた。

 だから、少女と再び会う約束をした。


 この違和感を原因を、彼女が本当に他の人間と違うのかを確かめたくて、時を止めた『幻想花』を小さな宝玉の中に閉じ込めて、対価として贈った。


 アーシャは、ひどく嬉しそうな満面の笑みで礼を言い、アウゴは胸がざわついた。


 結果として、彼女はアウゴが出会った中で『唯一』の人間だった。

 他の誰とも似つかず、聡明で、素直。


 アーシャと数度会う内に、様々な話をした。


 魔力が少ないという彼女に、それを補うような武具を作っている職人を、為になりそうな魔導書の存在を教えた。

 剣に興味があるというので、客将として迎えられていた、アウゴが認める数少ない魔導剣の達人に彼女のことを教えた。


 礼節や学問に関しては、リボルヴァ家の人材は粒揃いのようだったので、特に何もする必要がなかった。


 そしてアウゴは、気づいた。


 自分が、入れ込み過ぎていることに。

 唯一興味深かった魔導すら、褪せて見えるほどに、アーシャだけが色づいている。


 それを、危険だと思った。

 何故か自分が崩されていくような感覚を覚えて。



 ―――アーシャの記憶を、封じた。



 それは、『幻想花』の、他人と心を通じる効能を使って試そうとしていた、記憶封じの魔術だった。


 突然会いに行かなくなれば、彼女は訝しむ。

 だから、胸元に光る宝玉の花の中に記憶を閉じ込めるだけの魔術は、都合が良かった。


 何か問題があれば、記憶を戻せばいい。

 しかし、特に問題はなさそうだったので、そのまま封じておいた。


 そうして会いに行くのをやめたのに、気になって彼女の動向を定期的に探るようになった。


 やがて。


 

 ―――アウゴの教えた魔導書のせいで、アーシャが怪我を負ったことを知った。



 その事実を知ったのは、一ヶ月後だった。


 今まで、動かされることのなかった自分の心が、言い知れぬ焦燥に襲われた。

 知った瞬間に、気づけばアーシャの屋敷に足を向けていた。


 そうして、庭で目にした彼女は……相変わらず、屈託なく笑っていた。


 痛々しい傷痕は、高度な治療によって痛みなどはないようだったが、魔獣によるものだとすぐに知れた。


 それを治す方法が、今は見つかっていないことも。

 アウゴは、即座に自分の知識を引き出した。


 自分ならば、治せる。

 自分の不始末だ。


 あの傷を癒すための方法など、すぐに作れる。

 薬草でも、魔術でも。


 そう思い、誰もいないのを見計らって声をかけ、癒そうと思っていたところに、会話が漏れ聞こえた。


 近くにいる母親の問いかけ。


『アーシャ。その顔の傷を隠すための仮面を、作りましょう?』


 悲しげな、後悔の滲む問いかけに、生涯で初めて、胸が抉られる想いというものを知った。

 しかし、アーシャは。


『必要ありませんわ、お母様! だってこの顔の傷は、ミリィを守れた誇らしい証ですもの!』


 それを聞いて。

 アウゴは、出て行くことが出来なかった。


 アーシャは真っ直ぐだった。

 変わらず、真っ直ぐだった。


 顔が変わっても、美しい瞳を一つ失っても、アーシャはアーシャだった。


 どうしたら良いか分からなくなり、自分だと分からないよう、腕の良い細工職人を紹介し、『幻想花』の宝玉でアーシャの瞳を作るよう公爵家に伝えた。


 そうして、アウゴは皇帝になった。


 アーシャは平和を望んでいた。

 『誰もが、自分の思う通りに行動することの出来る世界』を望んでいた。


 結果は問わず、ただ人に搾取されて自らの意思で動けない者たちがいなくなることを、望む少女。


『誰もが望む結果を得られる世界は、あり得ない。例えば、両思いの男女に割り込む者は、排除されるだろう』


 そう告げたアウゴに、アーシャは言ったのだ。


『思いをつたえるかどうか、えらべることがだいじなのですわ! わたくしがのぞむのは、だれもが幸せな世界ではなく、だれもがえらべる世界なのです!』


 ―――ならば、そうした世界を作ろう。


 『誰もが己によって生き方が選べる世界』を。


 そう思い、アウゴは父王と他の継承権を持つ者たちを退けた。

 手段を選ばない行動によって〝稀代の魔導王〟という字名あざなの他に、〝鏖殺おうさつの皇帝〟とも呼ばれるようになったが、特に気にしなかった。


 ただ、唯一執着を覚えるアーシャがデビュタントを迎える前に、準備を整えただけだ。


 彼女が、生き方を選べる世界を。

 そう思うと、他の者の行動にも今までと違う思いを抱くことになった。


 反逆を望む者、苦言を呈する者、権威に擦り寄る者、淡々と己の仕事をこなす者。


 それぞれがそれぞれに、己の望むままに生きている者は数多くいて、そうした者たちを、アウゴは好むようになった。


 そしてデビュタント当日。

 公爵に適当な用事を言いつけてアーシャと共に帝城に呼び出し、引き離して。


 彼女のいる庭に、赴いた。


『そこの殿方、わたくしに、何か御用ですの?』


 強い笑みと共に問いかけてくる彼女に、初対面のふりをして返事をした。


 ―――相変わらず。


『そなたは、美しいな』


 そう、声をかけると、アーシャは花開くように、笑った。

 だから、決めた。


 ―――アーシャは、我のものだ。


 最初に出会った時に知った感情の名前を、アウゴはもう知っていた。


 

 ―――生涯をかけて、愛そう。私の、愛しいアーシャ。


 


次も皇帝の話です。すみません、二つで収まりませんでした。終わったら本編に戻ります。


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