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皇帝の想い:前編


「西の、ことだが」


 アウゴは、宰相が戻ってくると一度、書類に走らせる筆を置いた。

 同い年であり、旧知の学友でもある彼は、それだけでこちらの意図を悟る。

 

「は。罪人ナバダを捕らえた段階で指示された通り、最速で伝令を飛ばして以降、動きはありません」


 その返答に、アウゴはうなずく。

 ナバダの翻意など、出会った時から気づいていた。


 表面上の優雅さなどで、アウゴの目は誤魔化されない。

 足音を立てぬ身のこなし、いつでも周りに目を配り、警戒を怠らない様。


 人の困りごとや諍いに対する打算を含んだ目敏めざとさと、隠した緊張感を常に身に纏う少女。


 その様子が、アウゴの目を引いた。


 ナバダの素性を調べてみれば、貧しい村から孤児院へ、そして『西の大公の隠し刀』と言われる男爵家へと、転々と籍を変え。

 子爵家を経てから、大公に近しい伯爵家へ養子として迎えられていた。


 弟と共に。


 故に、彼女が行動に移した時に、潮時だと感じた。


 『死せば諸共、希望が潰える』と伝えた通りに、ナバダは死ななかった。

 彼女が生きた場合の布石として、西の大公に降した命は、以下の通り。


 『トリジーニ伯爵家党首夫妻、及び令嬢の兄弟姉妹血縁に至るまで、追って勅命を出す。その間、謹慎以外のいかなる罰を加えることも禁ずる。

 もし禁を破った場合、タイガ辺境伯家も翻意ありとみなし、皇帝直下第一軍による領王権限の剥奪を行う。』


 簡素な二文だが、聞く者が聞けば、それは最上級の脅しだった。

 それは、命令に従わなければ、一族を皆殺しにするという宣言に他ならない。


 さらに、直下第一軍が動くということは、アウゴ自身が彼の地に出向いて殲滅することを意味していた。


「リケロス」

「は」

「楽にせよ」


 そのやり取りは、アウゴと宰相の間で交わされた取り決めだった。


 人前でも、そうでなくても、宰相リケロスは決して臣下の礼を崩さない。

 その律を払う言葉が『楽にせよ』である。


「西は、どう動くと思う?」


 臣下として、リケロスは決して自己の意見は述べない。


 必要なことであれば、正式な手続きに則る進言を行うその様は、今、顧問として一歩離れた場所から政治に関わる前宰相さながらだった。


 前宰相はアウゴの大叔父であり、初代皇帝の弟。

 今をもってリケロスに内務指導を行う、壮健な老人である。


 アウゴは今、『初代皇帝の治世は彼なくしては成り立たなかった』と言われる大叔父の指導を受けた、リケロス自身の意見が聞きたかった。


「今のところ、大人しくはしておりますね」

「楽にせよ、と言ったが?」

「……いつまで、その命令を有効にするんだ? お前は」

「数少ない友人に、ただの臣下に成り下がって欲しくはない」


 顎髭を生やしているリケロスの渋面に、アウゴは薄く笑った。


「で、どうだ?」

「多分、表立って敵対しようとはしないだろうな。尻尾を切るためのトリジーニ伯爵家だ。ナバダ嬢を引き取る時に、西での序列が一つ上がっているのを見ても、捨て駒でしかない」

「だろうな」


 その意見は、アウゴと全く同じだった。


「では、こう命令を下そう。『トリジーニ伯爵家における、血縁者・・・が『魔性の平原』にてナバダの始末をつけよ。それ以外の者は不問に伏す』とな」

 

 ナバダの行動は、アウゴへの翻意ではあったが、決して彼女自身の意思ではなかった。

 必死に自分の殺害を望む姿は、人質になっているのだろう弟を救おうとする行動。


 望みが叶えば、ナバダがこちらに逆らう理由はなくなる。


 再会の後、どう動くかは、本人ら次第だ。

 アウゴは覚悟なき者や、自らの手で希望を勝ち取らぬ者に興味はない。


「……アウゴ。西の大公は、条件を呑むと思うか?」

「呑まなければ、我が動くだけだ」


 クツクツと喉を鳴らすと、リケロスはため息を吐いた。


「その意味が分からないほどに、愚かでなければ良いがな。……ナバダ嬢を使ったお前の暗殺を企むあたり、奴らはお前の正体に気づいていないぞ」

「舐めているなら、むしろ従うだろう」


 そこに関しては、特に心配はしていない。

 たった一人しかいない『ナバダの弟』に抹殺命令を出せば、成功しようと失敗しようと、皇帝暗殺を目論んだ大罪を全て許す、と言っているのだ。


 それをこちら側の弱腰と取るなら、むしろ都合がいい。



 ―――どちらにせよ奴らは、アーシャに叩き潰される運命だ。



 アウゴがそんな風に考えていると、リケロスは、呻くように返答する。


「お前は、本当に恐ろしいな。聡明で、強く、そして失敗しない。……その気になれば、皇国全てを真実の意味で一人で滅ぼす・・・・・・・ほどの力を持っている化け物だ」

「随分と褒める」

「どこがだ。お前が実は魔神の化身だと言われても、俺は信じるぞ。唯一の救いは、お前の気分が皇国を滅ぼす方角ではなく、平穏を望む方角に向いていることだけだ」

「我は、吉凶星扱いか」


 恐ろしいと言いながらも、素直に内心を口にするリケロスに、アウゴは満足した。


「平穏を望む方角……そう思うなら、南西に向かって祈りを捧げることだ。今はそちらに、そなたらにとっての幸運の女神がいる」

「リボルヴァ公爵令嬢か。それも、恐ろしい要素の一つだがな」


 リケロスの不安は、ますます深くなる眉間の皺に現れていた。


「幸運の女神か、傾国の乙女か。俺はどうにも、後者の気がしてならない」

「だが、買っているのだろう?」

「当然だ。―――だからこそ、彼女の奔放さを許すお前に、頭を痛めている」

「その奔放さを許す為に、今もってこの椅子に収まっているのだから、当然のことだ」


 少し喋り過ぎたか、と思いながら、アウゴは公務に戻るために筆を手にする。

 終わりの合図と正確に把握したリケロスは、スッと臣下の無表情に戻った。


「では、タイガ辺境伯家、及びトリジーニ伯爵家への通達を行います」

「頼む」


 深く頭を下げたリケロスが退出すると、アウゴはふと、一枚の書類に目を止める。

 それは、アーシャの妹、ミリィ・リボルヴァが、アウゴの申し出を受けるという公式な返答だった。


 彼女は宮廷治癒士となるために、宮廷で魔法を学ぶということだ。

 

 アーシャとの話し合いで、当初の目的は見失ったはずだが……迎え入れる時に、その心境を聞いてみるのも面白いかもしれない。


 そう思いながら、アウゴは南西に目を向けた。


 ―――傾国の乙女、か。


 言い得て妙だ。

 アウゴが皇国の平穏を望む方向へ動くのは、決して自分自身の気持ち故ではない。



 ―――アーシャが、それを望む故。



 彼女の気持ち一つで、皇国の栄枯盛衰は決まる。

 アウゴは、彼女に出会った時のことを……中庭で出会うよりも、さらに前のことを、思い出していた。

 

次は、皇帝視点でのアーシャとの出会い編です。


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