君の旅路に、幸運を祈って…
それは、深い夜に包まれた頃…
「ふあぁ…流石に一週間徹夜で監視するのはちょっとキツイなぁ」
癖っ毛の黒髪少女は、少年と出会った時とは違い、皮の防具を外して代わりに黒いコートを着ていた。その手には、村人の名前が書いてある大量の紙束と、ただ一人を除いて全ての名前にはバツ印がつけられていた。
少女は一通り目を通した後、その紙束を自身の“影の中に”入れて、自分もその影の中へと入った。
少年視点〜
「…眠れない」
僕はそう呟いてベットから体を起こした。眠ろうとすると、どうしてもあの時あった少女の顔が脳裏を過ぎってしまい、何故か寝つけない。それにしても…
「綺麗な人だったな…」
「へー…嬉しい事を言ってくれるね♪」
その声に驚いて振り返ると、窓ガラス越しに手招きをする少女の姿があった。おかしい、さっき確かに耳元で囁くような距離で聞こえたはずだ。窓越しとでは距離がありすぎる。少しの間思考の海に沈んでいましたが、ふと窓を見るとそこにはもう少女の姿はありませんでした。
「…あれ、どこに…」
「もう、早く来てよ」
気がついた時には、少女は自室の扉の前で不満そうに頬を膨らませていた。
「…え?そこには鍵をかけて…」
「いいから、早く来て?」
僕はその少女に手首を掴まれて、突如として影の中へと引きずり込まれました。
「…もう出たよ」
「はい…え?」
少女にそう言われて目を開けると、そこには猿轡をされた村の人達が大きな広場で座らせられて居ました。
「…一体、何をしているんですか!?」
「あぁ、これは記憶を読み取るのに邪魔をされない為の処置だよ」
何を言ってるんだ?記憶を読み取る?そんな疑問を余所に少女は僕の手を取り、村人達に触れていった…
結論から言えば、コイツ等はクソだった。この少女を通して知った事だけど、僕以外の村人全員が魔族だったのだ。始めは意味が分からなかったが、記憶を読み取るうちに分かってしまったのだ。
『あの小僧はそろそろ食べ頃だな』
『あれ程濃密な魔力の持ち主はなかなか居ませんからね』
『居たとしても、大人になると強力な魔法使いになるからな。小さい頃から洗脳しておけば反抗する事は無い筈だ』
『あぁ、早く喰いてぇ』
魔族とは、人類に敵対する種族でその驚異的な身体能力と膨大な魔力で村を襲い街を火の海にして来た最悪の種族。
「ここで、君には2つの選択肢があるよ?1つは何事もなかったかのようにこのまま過ごして喰われるか、この村を捨てて旅に出るか…君の好きな方を選んでいい。旅に出るなら私の手を、彼らを選ぶならその拘束を外すといい」
僕は、迷わず彼女の差し出した手を握った。その瞬間、少女は僕へ微笑むと同時にパチンッと指を鳴らした。すると、村人達は一瞬にして赤い霧となって消えていった。
そうして夜が開けると、彼女は1つのバックを手渡してくれた。
「これには数日分の飲水と食料。それから金貨が10枚くらい入れてあるから好きに使っていいよ?」
「あの、何から何まで…ありがとうございます!!」
「いいよ、お礼なんて。私の天命はこういう人助けだから」
彼女はそう言って、僕の頬に手を添えて言いました。
「君の旅路に、幸運を祈って…さよなら」
チュ、と僕の頬にキスをして、彼女は影へ飛び込んで居なくなりました。
「…また、会えるかな」
彼女にまた会う為に、僕は精一杯生きていこうと心に決めた。