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空想食レポシリーズ

近場の中華屋でお粥を食べた話

作者: 稲荷竜

 週に四回は行く個人経営の中華料理店には様々なメニューがあるが、引っ越してから五年は通っているおかげか、だいたいのメニューを制覇している。

 値段の割に量が多いこの店は、薄給の仕事で疲れ、料理をする体力もない私の生命をほとんど支えていると言っても過言ではなかった。


 ある体調を崩した日、いろいろあって他の店に入れない状況にあった私は、いつものように徒歩五分の距離にあるこの中華屋を訪れた。

 ラミネート加工されているというのに端っこがぐしゃぐしゃになっている古びたメニューを手に取り、私は今まで目さえ向けたことのなかったある一覧に気付く。


 お粥。


 いわゆる中華粥というものだ。

 そういえばそんなものも、この店にはあった。


 しかし古い個人経営中華屋にありがちというのか、この店はメニューが多く、また、お粥というのはあまりお腹にたまるイメージもなかったので、つい、意識がそこを逸れていたらしい。


 今はちょうど体調も悪く、この店の『盛り具合』を知っている身としては、どのメニューだって食べきる自信がなかったので、今まで頼んだらことがなかった『お粥』を頼むチャンスかもしれないなと思った。


 お粥は三つあって、『中華粥』『ピータン粥』『玉子粥』という文字が並んでいる。

 ピータン粥に一瞬だけ注意を惹かれたものの、私は現在の胃袋状況と、この店の『盛られ具合』をすんでのところで思い出した。

 この店は定食などのおかずの量はそこまで多いというほどでもないが、ご飯だけはヤケクソなほど大盛りで、また、おかわりまでできる。

 実家が米所だったりするのだろうか? それとも『米はいくら供給しても無料』とかいう壊れた価値感を持っているのだろうか? とにかくここのご飯の量だけは、油断してはならない。


 そこにピータン……ピータンというのはたしか、アヒルの卵だったはずだ。それまで盛られては、ちょっと食べきることができるか未知数なのもあり、私はノーマルと思しき中華粥を頼むことにした。


 完成まではかなり時間がかかるようで、普通の定食メニューやラーメンができるぐらいの時間が経っても、まだ来ない。

 私はスマホゲーのスタミナ消費などをしつつ、それさえ終わってしまって、あとは垂れ流されているテレビで評論家たちがなんやかんやと大騒ぎするこえをBGMに、目を閉じて待つしかなかった。


 ほどなくして……と言っていいかどうかはわからない。目を閉じたところでちょっと眠ってしまったかもしれないので、けっこうな時間が経っていたかもしれないが、ともかく、待望のお粥が運ばれてきた。


 それは予想どおりの大丼で、中にはなみなみとお粥が注がれている。


 どすんとテーブルに乗せられたそれは、威圧的な大きさもあって一瞬引いてしまったが、丼の中を覗き込んで立ち上る真っ白い湯気を吸い込めば、なんとも食欲をそそるいい香りがした。

 ぎゅうう……と胃袋が蠕動(ぜんどう)したのがわかる。


 私はレンゲを手に取って、お粥をすくって口に運んだ。


 熱い!

 火傷をするような高温。ハフハフと口の中を冷ましながら、慌てて水を含んだ。


 二口目、レンゲの上で充分に冷ましてからいただく。

 するとようやく味がわかる。

 それは米の香りのかぐわしい、なんとも美味なものだった。


『余って冷蔵庫に入れておいたカチカチのご飯をお湯で溶いたもの』とはあきらかに別格だ。

 おそらく、中華風のダシで、米から炊いている。

 そういった基本的な工程からプロの技が使われているであろうことが、素人の私にさえわかるほど、そのお粥は今までたべたどんな料理よりも、うまかった。


 塩気とか、そういう、はっきりわかる強い味はいっさいない。

 ただ、食べれば食べるほどに身体中に染み渡る滋味があるというのか。まさに体が求めていたいっぱいのお粥を、私は夢中になって食べた。


 気付けば大丼の中身はすっかりなくなっていて、私は残ったご飯を一粒のこらずレンゲでかき集めて、最後の一滴まで食してしまっていたようだ。

 全身がホカホカと温まり、額には汗さえにじんでいた。


 大きく息をついて、コップいっぱいの水を一気に飲み干す。


 食べ終えてなお、私は丼から目を離せずにいた。

 後悔していたのだ。こんなにおいしいものを、今まで意識にさえ入れていなかったとは……


 しばらく感動で呆然としていた私は、大丼いっぱいのお粥を今し方食べ終えたばかりだというのに、胃袋にかすかならず余裕があることに気付いた。

 体が求めていたせいか、お粥はあっというまに吸収されてしまったのかもしれない。


 気付けばよろしくなかった体調も改善し、ぼんやりしていた視界ははっきりし、体はこれからマラソンだってできそうなほどの活力に満ちていた。


 時間はまだ昼。今日は休み。

 そしてこの活力……やることは一つしかなかった。


 私はカウンターの中にいる大将に呼びかける。


「すいません、餃子と瓶ビール!」


 今日は、昼から呑もう。

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