歪んだ世界
目の前には、歪んだ世界が広がっている。
急に、そんな気がしてきた。
少し前まで綺麗だと思っていたものが、突然醜く見えてくる。まあ、そんなの誰にでも当てはまるのだろうが。
世界が歪んで見えるのは、本当にこの世界のせいなのだろうか。それとも、世界を見る僕の目が歪んでいるせいなのだろうか。
そんなこと、どうでもいい。僕にとって、この世界は醜く歪んだものだ。それは、どうしようもなく悲しい事実だ。
いつもと同じように朝起きて、いつもと同じように朝食を食べる。いつもと同じように家を出て、いつもと同じように学校に向かう。そんな単調で楽な毎日を過ごしていたら、気づくと何もかもが歪んでいた。そう見えてしまった。
好きだった女の子の顔も、親友の顔も、大嫌いな奴の顔も、鏡に映った自分の顔さえも。全部、同じように醜かった。
そんな日々が何日も、何日も続いた。それでも、僕の目は治らなかったし、歪んだ世界になれることもできなかった。
僕は、そんな毎日に耐えきれなくなった。どこかに逃げようとしたけど、無駄だった。どこに行って何を見ても等しく醜いのに、どこへ逃げればいいのだろう。僕の居場所は、この世界のどこにもなかった。
僕の心臓は、何を求めて動いているのだろう。僕の口は、何が悲しくてこんな醜いものを飲み込んでいるのだろう。僕の肺は、何が怖くて吸っては吐いてを繰り返しているのだろう。
こんな世界に価値なんてないのに。
「全部、壊れてしまえばいいのに」
そんな言葉が、ふと口をついて出てきた。言葉が、出てきたしまったのだ。
自分で言ったことに自分で戸惑い、驚いていた。
1日経っても、その言葉は頭にへばりついて離れなかった。1週間経っても、1ヶ月経っても、それは変わらなかった。
首の皮一枚だかで繋がった日々を送っていた。
ある日、学校に向かって歩いていると、道路にカエルの死骸があった。それは、車に轢かれたのだろうか、潰れて、内臓がお腹から飛び出していた。それを見た人達は、思わず後ずさったり、避けて通ったりしていた。だが、僕にはそれが、たまらなく美しく思えた。
なぜだかわからないが、僕にはそれが愛すべき対象のように思えた。思わず、僕はその前に座り込んだ。拾い上げようとしてみたが、道路にへばりついていて、どうやったって綺麗に剥がせそうになかった。
その日、僕は学校に行かなかった。家にも帰らなかった。周りにある物が、いつにもまして醜く見えた。
「全部、壊れてしまえばいいんだ」
誰かが、耳元に囁いた。
「全部、壊しちゃえばいいんだ」
僕に語りかけたその声は、紛れもなく、聞き飽きた自分の声だった。
何もかも壊したくなった。
でも、そんなのできるわけがなかった。
行き場のない感情が、僕の頭の中を支配していた。
また、声が聞こえた。
「この世界は、本当に醜いの?」
一瞬、言っている意味がわからなかった。
だが、僕は、すぐにその言葉の意味を理解した。
世界が歪んで見えるのは、本当に世界が歪んでいるからなのか。それとも、世界を見る僕が歪んでいるせいなのか。
少し前にそんなことを考えたことがあった。その時は、そんなのどっちだっていい、と思った。だが、今は違う。
僕が歪んでいるのなら、周りを壊したところで意味が無い。正しいものが歪んで見えてしまうのだから、どうしようもない。
そして、悲しいことに。
「この世界は、本当に醜いの?」
その問の答えは明白だった。
僕は、こんな毎日から抜け出すことにした。全部、壊してしまうことにした。
フラフラと歩きながら、歩道橋を上った。
下を見る。車がビュンビュン走っている。
僕は、そこから飛び降りた。走馬灯なんてなかった。ただ一つ、意識を失うその瞬間まで頭から離れなかったのは、あのカエルだった。