骨島
ボートから降りて、砂浜を踏みました。その砂浜は、白くキラキラと輝いていてとても綺麗でございました。
ボートに乗って海を見下ろしていた時のことが思い出されます。透き通った青の中に白くなった珊瑚の死骸がいくつもありました。死骸はこの島へ近づくたびに増えていっておりましたから、この砂浜がこんなに白いのはそのせいだろうと思い至ったのです。
「こんなに素晴らしい場所が無人島だなんてもったいないじゃあないか」
私に続いてボートを降りてきたY君は嬉しそうに笑っておりました。彼の心は童心に戻ったようで、少し進んだところでしばらく砂浜に足跡をつけたり、波と戯れたりしておりました。
私もその様子を彼の母親にでもなった気分で微笑ましく見ておりましたが、ふと、足元から寒い空気が体の中をかけていくのがわかりました。季節は蝉が喧しく鳴いていたころでしたから、寒いわけがありません。それでも、寒いような気がするのです。途端に不安な気持ちが私の中に湧いてきました。日が暮れてから帰るのでは色々と好くないような気もします。私はY君を急かしました。
「Y君、そろそろ行こう。日が暮れる」
彼は、もう少し遊びたいようでしたが、渋々といった様子でまた歩き始めました。
「そんなに大きな島じゃあないね。島から一つの骨を探し出すなんて途方もないと思っていたけれども、二人もいるならすぐに見つかるんじゃないか。」
両腕を頭の後ろで組んだY君は、砂浜とは逆の方向にある林に向かっていました。
「そうだね。でも足元には気をつけよう。うっかり骨を踏んでしまって呪われでもしたら願い事どころじゃあないよ」
私もそんな冗談を言い、寒気からは気をそらしました。
林の中は少し薄暗く、シダが生い茂っておりましたので視界の悪さはまさに客電を落とした劇場並みでございました。私たちは、足元に最新の注意を払いながら、ゆっくりと進んでいきます。なんて言ったってこの島のどこに人骨が埋まっているのかなど、皆目見当もつかないのです。誰にも供養されることのなかったその正体不明の人骨は、もし供養できたならばきっと私達に一生分の富をもたらすことでしょう。根拠もない戯言とお思いでしょうか。しかし実際、この無人島の伝説を知る者は皆そう思っているのです。
最初に言いだしたのはY君でした。その日私はY君と待ち合わせをしていました。今でも鮮明に覚えております。待ち合わせ場所に行く道中で読んだ、本の内容まで覚えているくらいですから。確か、視覚に関する本でした。人間の知覚のほとんどは、視覚が占めているとかなんとか……まあともかく、そのくらい鮮明に、頭に残る出来事だったのです。
待ち合わせ場所の喫茶店についてみると、先に来たY君が中で知らない女と話し込んでいます。長い髪に隠れて、顔が見えずらかったのですが、おそらく私たちと同年代くらいの若い女でした。派手なブランド物のバックを傍らにおいて、これまたブランド物のワンピースを着て座っている姿が印象的でした。
二人とも随分と楽しそうに話しておりました。もともと内気な性格の私は、彼らの話に割って入ることができずに、店の外からその様子をただ眺めておりました。
ふと、女がティーカップを取ろうと手を伸ばします。しかし、うまく取っ手を掴めずにカップを下に落としてしまいました。すぐに女給が慌てた様子でやってきて、彼女にタオルを渡しました。
女は、特に焦るような素振りも見せずに、服についた珈琲の水分を拭きとっていきます。一通り拭き終わると、ちょうど床を片付け始めていた女給にタオルを押し付けて、席から立ちあがりました。Y君と二言三言話すと、財布から取り出した五円硬貨をテーブルに置いて店から出ていきました。
その様子を見届けた私は、女と入れ違いに店に入ります。すれ違う時に、女の顔を改めて見ようとしましたが、やはり髪に隠れてよく見えませんでした。
「おお！ こっちだ、こっち」
Y君は、私の姿を見ると嬉しそうに手招きをしました。随分と上機嫌なようです。
「驚いた。君は彼女なんて持てる性格だったかい？」
床を片付け終わった女給を見送りながら、私はニヤニヤと笑って嫌味を言ってみました。
「失礼だな。一人の方が楽だろうに。それに、さっきのは尋常小学校の同級生だよ」
Y君は少しだけ顔をしかめましたが、珈琲を一口飲むとまた上機嫌に話し出しました。
「なあ、お前“骨島”って知ってるか？」
Y君がこういう顔をしているときはたいてい、好いことはありません。私は面倒に思ったので少し視線をそらして、首を横に振りました。しかし、Y君は私のそんな様子にはお構いなしです。Y君は咳ばらいを一つすると声を潜めて話し始めました。
「その島にはな、骨が埋まっているんだ。どこの誰かもわからない、無縁仏だ。それをちゃんと供養しなおせたら、一生分の富がもたらされんだよ。どうだい、夢のある話だろう？」
……彼は決して悪い人間ではないのです。高等学校時代から付き合いのある私はそれを重々承知しております。ただ……時々、彼がとてつもない馬鹿者に見えるときがあるのです。私は、頭を抱えました。
「えーと、それはつまり……」
「一緒に行こう！」
Y君は私の話を最後まで聞くつもりはないようでした。日程のことやら、交通手段やらを早口にべらべらと話し出すY君を、時間をかけて何とか宥めると一番の疑問を尋ねてみました。
「あー、どうしてそんなにその噂を信じられるんだ？ そもそも、もし……本当にもしもの話だけれども、そんないい島があるなら、とっくの昔に誰かが供養してしまっているんじゃないか」
Y君は一瞬キョトンとした顔をしていましたが、すぐにニヤリと笑いました。
「そうだよ、もう骨は一つ供養されている。実際に行ってきた人がいるんだ。お前もさっき、見たんだろう？」
店の外を親指で指しながら、Y君は得意げな顔をしていました。
「さっきの子な、小学校では家が貧乏なことで有名だったんだ。それがみてみろよ、あの出で立ち。あまりに変わりすぎていて、僕は気づけなかったんだけれども、向こうが声をかけてきてくれたんだよ。それで、島の話を教えてくれた」
先ほどの女がテーブルに置いていった五円硬貨を揺らして見せびらかしながら、話し続けます。
「ここの珈琲は一杯十銭だ。羽振りがよすぎるだろう。彼女、ほとんど飲んでいないのに」
Y君は硬貨を大事そうに胸ポケットにしまうと、体を乗り出してこちらに顔を近づけてきました。無駄に目がぎらぎらと光っていたのを覚えております。
「あの子も島へ行ったらしいんだ！ それであの子が言うには、“まだ骨は残っているはず”なんだってさ！ なあ！ 行こう！ ないならないで、海水浴でもして帰ればいいじゃないか！ なあ、行こうってば！」
結局折れたのは私でした。そういえば彼は、家の事情で仕送りを打ち切られたとかで、半年ほど苦学生をしておりました。普段は明るく振舞っている彼でしたが、やはり以前と比べるとどこか元気がありません。見かねた私は、気晴らしにどこかへ行こうと提案をしてみたのです。金のかからない近場で済ませようと話をしていたのですが、無人島でバカンスというのも悪くはないような気がいたします。なにより、Y君自身がこんなに喜んでいるのならば、これ以上のことはないと思っておりました。まあ今思えば、自棄になって神にでも仏にでもすがりたい気分だっただけなのでしょうが。
実をいうと私自身も、実際にあのブランド品の塊を見て、少しは興味が湧いてきていたのです。数週間後の朝には、二人そろって上機嫌に地元を出ました。
前を見ますと、Y君は意気揚々と私の数歩前を歩いております。彼の腰からぶら下がっている、小ぶりな鉈が歩くたびに右へ左へと揺れておりました。
さらにY君は、途中で見つけた太めの木の枝を、武器にするんだと言って拾い上げていました。時々それを振り回しているのは、足元に現れる蛇や百足をその木の棒で追っ払っているからのようです。こうして後ろからその様子を見ていると、昔友人たちが楽しそうに話していた“冒険ごっこ”とはこれのことを言うのだろうと少し嬉しくなりました。何せ幼いころ、酷い喘息もちで体の弱かった私には、こういった冒険の記憶などほとんどないのです。病弱な自分の身体を何度も呪いましたが、こんな大人になってから体験することになるとは、嬉しい誤算でした。Y君のことを内心馬鹿者と評したことを、深く反省いたしました。
シダを手で折りながら、ゆっくりと進んでいたときのことです。突然、頭上を大きな羽音が通って行きました。「うわっ」と見上げたY君が声をあげます。私もそれにつられて上を見上げました。それは、どうやら蝙蝠の大群のようでした。数十、いや数百はいたでしょうか。そのうちの一匹が、急に目の前の木にぶつかって、私の側に落下してきます。そこでこの蝙蝠が、人間の身体ほどの巨体を持っていることに気づきました。その大きさに少し驚きましたが、元来私は動物好きでしたから、怪我をしたのではないかと心配になりました。屈んでそっと、蝙蝠の様子を覗き込んでみます。その姿を見た瞬間、私は情けないことに腰を抜かしてしまいました。
その蝙蝠は、本来二つの目があるところの真ん中と両端に余分な目を持っておりました。五つ目の蝙蝠など聞いたことがありません。横に一直線に並ぶ五つの目で、こちらを睨みつけていたのです。いや、蝙蝠に人を睨みつけるだけの知能があるかは存じませんが、私にはそう感ぜられたのです。ギョロリと見開いた五つの目に、私はしばらく動けずにいました。その蝙蝠は、大きな羽を歩ばたかせて動けない私の方に飛びかかってきます。Y君が、素早く木の棒をふるいました。鈍い音と共に棒は折れ、蝙蝠はまた地面に落ちてしまいます。
「大丈夫か？」
振り返ったY君は少し驚いたような顔をしていました。私が、何度も頷きながら、立ち上がろうとした時のことです。先ほどの蝙蝠が、今度はY君に飛びかかりました。
「うっ」
咄嗟に顔を守ろうと出した左腕の肉を、蝙蝠に噛まれていました。Y君は痛みに顔を歪めながらも、右手で腰の鉈を引き抜きました。グチャと、肉の切れる音がしました。Y君のふるった鉈は、蝙蝠の首を正確にとらえておりました。切り落とすことは叶わなかったものの、蝙蝠の首からは大量に血が噴き出しています。蝙蝠はY君の腕から離れると地面に落ち、そのまま数回痙攣して動かなくなってしまいました。可哀そうでしたが、仕方がありません。あと一歩で、こちらが食われるところでした。
上空では、まだ蝙蝠の大群が渦を巻いて飛び回っております。キャッキャという鳴き声が、人の笑い声のように聞こえておりました。
「いたっ」
そうして二人そろって情けなく座り込んでおりますと、またY君が声をあげました。腰を抜かしたまま彼のことを見やると、Y君が頭から血を流しています。どうしたのかと聞こうとした瞬間、何かがY君に向かって落ちてくるのが見えました。落ちてきたのはどうやら、拳大の石のようでした。その石は真っ直ぐな軌道をえがき、Y君の頭蓋骨にめり込んで嫌な音を立てます。上を見ると、ただ蝙蝠たちが旋回しているだけでした。
二つ目の投石にふらつきながらも、Y君は何とか這ってその場から逃れようとしました。私は訳が分からず、悶絶しながら這いずるY君を、ただ呆然と座り込んで見ているだけでした。薄情者と思われるかもしれませんが、その時の私は足の骨を抜かれたようで、立ち上がって駆け寄ることがどうしてもできませんでした。
私がそんな風にぼうっとしていたせいでしょうか。三つ目の石が、Y君の頭上に落ちてきました。今度は、拳大なんて可愛いものじゃあありません。人の体よりもずっと大きな石。と言うよりも、もはや岩といった方がいい大きさでした。あっという間に、Y君の姿は岩の下に隠れて見えなくなります。グシャリと嫌な音がそこらじゅうに響きました。その時には、私とY君は一メートルほど離れたところにおりましたから、私は寸でのところで潰されることなくただその岩を茫然と眺めているだけでした。
途端に、上空の蝙蝠たちは狂ったように鳴き始めました。岩から流れ出る血液へ一直線に向かい、食事を始めます。
そこでようやく、私の足に感覚が戻ってきました。私は、Y君の名前を叫びながら必死に蝙蝠を追い払いました。しかし、どれだけ払っても払っても、無数の蝙蝠たちはいなくなりません。私のことを邪魔に思ったのか、蝙蝠たちは私の手に何度も噛み付きました。
長い間、蝙蝠たちと格闘を続けておりましたが、ふとあることに気付きました。蝙蝠たちの目の数は、皆バラバラです。一つだったり、二つだったり。中には顔中が目に覆われているものもおりました。そして、私を邪魔しにくる蝙蝠は、どういうわけか目の数が多いものばかりでした。目の数が比較的少ない蝙蝠たちは、一心不乱に血肉を貪り食っております。
それだけでも十分不気味なのですが、何よりも、皆共通して口を弧の字に歪めているのです。先ほど聞いた鳴き声が、笑っているようと感じた私の耳は確かだったようです。途端に、体がガタガタと震えだします。私は、噛み付いてくる蝙蝠たちを狂ったように振り払い、一目散にその場から離れました。
立ち去った私を、蝙蝠たちは追いかけてはきませんでした。腕を見ると、肉をだいぶ噛みちぎられてしまっております。骨がのぞいているところもありました。少し落ち着いたところで、後ろを振り返ってみます。もう岩は見えなくなっていました。先ほどの蝙蝠の顔を思い出すだけでも身震いがいたしました。しかし、同時に罪悪感も襲ってきました。その場で立ち止まって、しばらく考え込みます。
結局は、良心の方が勝ちました。そっと音をたてないようにもと来た道を戻ります。蠢く蝙蝠たちの姿が見えるにつれて、足が震えました。見つからぬように、姿勢を低くして様子を伺います。
その一画だけ、時空が歪んでいるようでした。そういえば、冬隣のころにY君と紅葉狩りをしたことがあります。その時に見た景色を思い起こさせるような光景でした。岩から流れ出た血液だけでは足りなくなったのか、数匹の、おそらくは目の数が多い蝙蝠たちが羽ばたきながら岩を持ち上げているところでした。地面と岩の間に、何か赤黒いものが糸を引いています。他の蝙蝠たちは、その隙間に入り込んでうまそうに何やら喰っておりました。特に頭のあたりが好きなようで、何匹もの蝙蝠の口から、髪の毛のようなものがたれているのが目に入りました。そのひしめき合うわずかな黒の隙間からは、時たま砕けたような白い何かが見え隠れしています。
嫌なものを見てしまった。そう思うと同時に、私は確信しました。あの五つ目の蝙蝠は、蝙蝠などではなく、異形のものなのだと。目の多い連中は、ただ腹がいっぱいなだけなのです。私は、Y君の言葉に折れてしまったことを激しく後悔しました。
それからどうなったのか、おそらく私は廃人のような顔で、島を歩き回っていたのでしょう。失ってしまった無二の旧友をなかなか諦めきれませんでしたが、やがて人を呼んだ方が好いと思い至り、ボートまで戻ることに決めました。
無茶苦茶に歩いてきたせいで、元の道がどこかなどすでにわからなくなっておりましたが、それほど大きな島ではないので、同じ方向に歩き続ければいずれは林を出るでしょう。その考えは当たっておりました。足をもつれさせながらフラフラと歩いておりますと、やがて視界が開けると同時に、先程みたような真っ白な砂浜が見えてきました。
西に少し傾いた日が、私と砂浜を照らしてくれておりました。太陽の祝福を受けながら、砂浜に足を踏み出します。
「」
なにかの声が聞こえた気がして、ふと下を見下ろした私は、全てを理解して青ざめました。後ろから、蝙蝠たちの笑い声が近づいてきます。おそらく私はこの島に足を踏み入れた瞬間から、島の住民となっていたのでしょう。おびえる私の背後に現れたのは、全身が目に覆われた蝙蝠でした。
「どうです。あなたもこの島に来たということは、謎の骨を供養しに来たのでしょう。愚かな人間の、たいして面白くもない物語だったでしょうが、この話を教訓にちゃんと骨を供養しましょうね」
目の前の語り手は、体にまで侵食した五十個近い目を閉じて、物語を語り終えた。狐のように尖った口元を見ると、口角が歪に吊り上がっていた。人のように笑うその顔が、あまりにも不気味に思えた。
「……あなたも、喰われたのですか」
「いいえ」
語り手は相も変わらずニヤニヤと笑っていた。
「でも、友人は喰いつくされました。骨だけを残して、ね」
小さな黒い手で、俺の足元を指さす。俺は指の動きに従って、下を向いた。見たことを後悔した。視線の先を凝視したまま、顔をあげることができなくなった。体ががくがくと震えだす。
「やっと“順番”が来たんです。あなたはずうっと私の友人のことを踏みつけていましたね」
語り手の口調は、嬉しくて仕方がないというようであった。
「……俺は……どうなるんですか……？」
ようやく発した声は、情けないほどに震えていた。語り手はこちらを少し伺っているようである。ここから逃げ出してしまいたい。だが、それは叶わなかった。俺の足首を、人の手が掴んでいる。皮も肉もない、骨だけの手が。足首が潰されてしまいそうなほどの力だった。
やがて、大きな羽音とともに語り手は俺の身体に取りついた。くちゃくちゃと咀嚼の音が聞こえてくる。一瞬、右目に激痛が走ったが、すぐにそれは激しい空腹感にとってかわった。
視界がかすんでいる。だが、目の前に誰がいるのかはすぐにわかった。“俺”がいる。ああ、うまそうだ。右目を抉られた“俺”の足元には、骨だけの手が力なく転がっているのだろう。“俺”は、その手を大事そうにかき集めて、船の方へ歩き出す。小さなモーターボートに骨を載せると、また目の前に戻って来た。
今度は、先ほどまで俺が立っていた場所の砂をかき集め始めた。何度も目の前で動かされる“俺”の腕を見て、小さな牙の生えた口から思わず涎が垂れる。
妙に耳が冴えている。“俺”がその砂に向かって、ボソボソと呟いている声さえ、ハッキリと聞こえた。
「Y君ごめんね、やっぱり全部は無理だよ」
ぼんやりと見える地面の砂は、やはり雪のように白くキラキラと輝いている。
「でも、これでやっと帰れるよ」
ああ、そうか。最初から分かっていたじゃあないか。何の代償もなく、富をもらうなんてできるはずがないのだ。
“俺”はあらかた、そこら一帯の砂を掘り起こして船に乗せると、俺の前に跪いた。近づいてきた獲物に、本能のまま噛みつく。口に広がる血の味が、この上なく美味であった。“俺”は咀嚼しようとする俺を引っぺがすと、目線を合わせてニヤニヤと笑った。
「骨を供養する方法を教えて差し上げましょう。まずは、四十九個の人間の目玉を食べてください。ただし、最後の一個だけは必ず生きた人間の物を食べること。そうでなければ、あなたはただ供養されるのを待つ側になるでしょう」
“俺”はそれだけ言うと、俺を地面に叩きつけて船に乗り込んだ。
残された俺は、ただ遠ざかっていく自分のモーターボートを見つめていた。“俺”が上機嫌そうに繰り返し唄う声が、徐々に小さくなっていく。西日の橙色が、その顔に当たるたびに反射してギラギラと輝いていた。あれが、俺の末路だ。後悔と、悲しみと、恐怖で胸が押しつぶされそうだった。俺のたったひとつの瞳から自然と涙が流れ落ち、白い砂浜に染み付いた。
紅葉の間 降りし初雪 見きあの日 季節の狭間に ふと消え失せぬ
