4、MRC入部編⑤
「っと....セーフ、かな...?」
ダッシュで校門を突っ切り、一旦立ち止まる。ふう、一呼吸。
全く、子どもの痴話ゲンカなんかに関わるもんじゃないわ。時間がギリギリになって、結局走るハメになっちゃったし。だいたいは山田くんへの説教のせいだけど。もう、あのガk....山田め、これで間に合わなかったらどんな目に合わしてやろうかしら。
パッとスマホを出して時間を確認してみる。画面は10時15分。よかったあ、ひとまず間に合ったみたい。
「......命拾いしたね、山田くん」
思わず声が漏れる。....とにかく、これで適正試験遅刻は免れた。あとは体調を完璧に近づけておかなきゃ。せっかくの試験、万全の状態で臨みたいもんね!
わたしは、走ったせいで乱れた呼吸を整えるため、ゆっくり歩きながら下駄箱へと向かう。
「えーっと、わたしの下駄箱はどこかな....?」
柊学園は在籍生徒数1,500人を超えるマンモス高校....ってパンフレットで読んだ気がしたけど、それはどうやら間違いじゃないみたい。わたしの身長よりも大きな下駄箱がズラーッと、奥の方まで並んでいる。....いやこれ、わたしのとこ見つけるの無理じゃね?
ちょっと泣きそうになりながらキョロキョロしていると、下駄箱を抜けたところの廊下の壁にでっかい一覧表みたいなポスターが何枚も貼られてるのが見えた。......あれ?もしかしてこれ、クラス表じゃない?
とりあえず靴を脱いで廊下に上がり、壁に近づいてみる。そこに貼られていた厚紙には、生徒の名前と学生番号が対になったものが、何行かに分けられ、上から下までズラリと並んでいた。それぞれの厚紙の一番上には大きめのフォントで『クラスⅠ』やら『クラスⅣ』やら書かれている。おお!間違いない!これぞクラス表だ!
「よ、良かったあ....」
胸を撫でおろす。もしこのまま下駄箱が見つからなかったら、わたしはこの学園初の『入学式に欠席した挙句、土足で教室内に不法侵入した新入生』としてつまみ出されたかもしれない....!わたしの1年間の受験勉強が、この1日で無駄になるところだった.....!
「.......それで、わたしの学生番号はっと」
ただ、いつまでも安心してはいられない。適性試験の時間がもう間近に迫ってきている。早くクラス表からわたしの名前を見つけないと。
『クラスⅠ』と書かれた表から順に名前を見ていく。....なかなか見つからない。この高校は1学年で500人以上もいるからなあ。見落とさないように慎重に確かめていかないと。
「.....山森苺、山森苺.....」
うわごとのように唱えながらクラス表を舐めるように見ていく。.......側から見たら、マンションで女の子の名前を探してるストーカーみたいじゃない?これ。
「い、いーちゃん....」
というか全然見つからないなあ....わたし本当にこの高校に入学したんだっけ?なんか不安になってきたぞ.....
「あ、いや、い、苺さん....」
もしかして柊学園に入れたのって、ゆ、夢だったのか....?確かに、合格発表見てからはずっと夢見心地でふわふわしてたけど.....そんな、いや、まさか.....
「.....い、苺さん!!!」
「うえっ!?」
だ、だれっ!?いきなり背後から大声をかけられたわたしは、緊急事態に備えて、戦闘体制を取って、とっさに振り向き___________
「....え?」
_________そこには、目の覚めるような美人が立っていた。
ゆるくウエーブのかかった滑らかな黒髪は、陽光が反射して少し青みがかって見え、とろんとした目に長いまつ毛が、落ち着いた美人の印象を際立たせる。スッと通った鼻筋とぷるんとした唇が、女の色気を醸し出す。背の高さがすごい......手足ながっ!プロポーションやばっ!
わたしの鼓動は加速し、語彙力が吸い取られていく。だ、だれなんだ、この美人.....!
「ご、ごめんなさい、えっと...」
言いながら、必死に記憶を探るが、どう考えてもこんな美人、わたしの友達リストには存在していないっ.....!
「....知り合いでしたっけ?」
仕方ないのでカマをかけてみる。うう、中学校の同級生とかだったら申し訳ないな.....。でもそれなら絶対学校で話題になってると思うんだけど....
「えっ....」
美人の顔が曇る。やばっ。やっぱり知り合いだったんだろうか。
「.....いや、覚えてなくても仕方ないです。昔のことですから.....」
彼女がふわり、と微笑む。....う、うおお、危ないっ!錯覚か、彼女の周りがピンク色に見えるっ!わたしが男だったら即死だったよ今のっ!
「ご、ごめん....」
やっぱり、昔の知り合いだったみたい。小学校とかだろうか?うーん、気まずい。こんなふわふわ美人を忘れるとは、山森苺、一生の不覚である。
「....逆に覚えられていたら、一度記憶を消す必要があったかもしれませんし....」
あ、あれ?なんか今、ふわふわオーラが消えたような....
「え、えっと、ごめんね、私、物覚え悪くて....」
「知ってます」
イラっときた。
「....うん、だから、ここでもう1回、友達になっとかない?わたし、山森苺。よろしくね」
「はい。私は、浮草葵です。よろしくお願いします、苺さん」
「よろしくね、浮草さん」
「葵、でいいですよ」
「え?でも、まだ会ったばっかだし」
「葵」
「でも」
「葵」
「........」
なんだろう。すごく怖い。もう泣いてしまいそうだ。
「あ、葵....ちゃん」
さすがに初対面の女の子に呼び捨ては出来ないから、ちゃん付け。これでも頑張った方だと思う。わたし、初対面で相手の名前呼ぶの、ちょっと苦手だし。
「葵ちゃん、ですか....まあ、それなら.....。でも、私だけ、ちゃん付けされるのはなんか嫌ですから、わたしにも苺ちゃんって呼ばせてください」
ニッコリと微笑む葵ちゃん。うーん....心臓に悪い(別の意味で)。なんだろう、この、ふわっとしてるんだけど妙に怖い感じ、どこかで見たような気はするんだよね....
「あの、下駄箱探してるんですよね?」
「あ、うん。どうしてわかったの?」
すごい。わたしまだ、葵ちゃんとなにも話してないのに。後ろ姿から推測したんだろうか。名探偵みたいだなあ。
「どうしてって.....もう、水臭いですね。私たち、親友じゃないですか。親友のことならなんでもわかりますって」
葵ちゃんが少し頰を染めた。あれ?出会って3分で関係が親友まで進んでいる。どうしよう。全く理解が追いつかない。
「あ、あの...」
「苺ちゃんの下駄箱なら一番左にありますよ。学生番号1Ⅹ0480です。ふふっ、苺ちゃん、クラスⅩなんですね」
「.......ソウナンダー」
なぜこの子はわたしの学生番号を知ってるのだろう。ダメだ。直感が『これ以上突っ込むな』と信号を発している。もう何も考えないようにしよう。今はただ、わたしの下駄箱が見つかったことを喜ぼう。
「それじゃあわたしはこれで。葵ちゃん、ありがとうね」
「あ、ちょっと待ってください、苺ちゃん」
葵ちゃんに背を向けて下駄箱へ向かおうとすると、葵ちゃんが声をかけてきた。
なんだろ?あ、もしかして、同じクラスだったのかな?だったらこれから仲良くしていかなきゃね。ちょっとヘンだけど、悪い子ではなさそうだし。
「どうしたの?」
「_________いや、なんでもないです。勉強がんばらなきゃダメですよ、苺ちゃん。それでは、私も教室に戻りますね」
葵ちゃんはそう言って、わたしに会釈し、くるりと背を向けて歩いて行った。
あれ?一瞬、すごい迷った表情を見せた気がしたけど、気のせいだろうか?
「........小学校のとき、パンツありがとうございました、って言いそうになっちゃいました。うう、気をつけなきゃ....せっかくいーちゃんと同じ高校に来れたんですから、うまく距離を詰めていかないと....!」
なんだろう。今日はよく寒気がするなあ。風邪でも引いたんだろうか。家に帰ったらよく休まないと。
「えっと、1Ⅹ0480はっと.....」
葵ちゃんに言われた通り、一番左の下駄箱に行くと、確かにわたしの学生番号が書かれた場所だけが何も入っていなかった。おお、ほんとにここだった。すごいなあの子。
靴を入れ、教室に向かう。と、その前に一応、クラス表を確かめておくことにする。別に葵ちゃんを疑ってるわけじゃないけど、自分の目でも確認しておきたいしね。
「クラスⅩ、0480.....あ、あった」
今回はすぐに見つかった。最初に探した時は、クラスⅠ、Ⅱ....って見てたから、なかなか見つからなかったみたい。クラスⅩって、一番最後だしね。
うーん、それにしても、こんなに大勢の生徒を、一体どうやってクラス分けしたんだろう?どのクラスにもピアノを弾ける生徒を配置する、って話は聞いたことあるけど、それだけじゃこの量の生徒は捌けないよね。くじ引きとかしたんだろうか。500人分のくじなんて、先生も苦労してるなあ。
「あれ?なんか書いてある....」
クラス表の下の方に小さく注意書きが書かれているのを見つけた。なんだろう?もしかして、この高校独特の文化、特別魔法講習についての説明かな?このクラスⅩにだけ、魔法適性が高い生徒が集められてるとか....むふふ。
わたしは壁にグッと近づいて、そこに書いてある文字を読
『新入生のクラスは、原則、入学試験の成績順で決められております。Ⅰクラスは最も入試成績の良かった者、Ⅹクラスは最も入試成績の悪かった者が振り分けられることとなります。』
見なかったことにした。
「も、もしかして、さっき葵ちゃんが勉強がんばらなきゃダメですよ、って言ってたのも、このせい....!?」
さ、最悪だ.....いきなり弱みを握られてしまった.....!というか、これから1年間は、周りからアホクラスの生徒って見られることになるのか.....うわあ、いやだなあ......
わたしはがくりとうなだれながら、トボトボと階段を登っていった。