3、MRC入部編④
家を出てしばらく歩くと、右手に公園が見えてきた。この公園が見えたってことは、柊学園ももうすぐかな?
それにしても懐かしいなあ。小学生の頃は帰りによくここで遊んだっけ。中学に上がってからは、ここが通学路から外れちゃったから、ほとんど行かなくなっちゃったけど。それでも、目を閉じると、今もまぶたの裏にあの時の光景が蘇ってくる気がする。純粋で清らかな、汚れのない思い出...........
『い.....いーちゃん!き、今日のパンツの色って、な、何かな?』
『え?うーん....なんだったかな、ちょっと確認してみるね(ピラッ)』
『ブフッ!』
『......あ、ピンクだね。....って、ど、どうしたの!?うーちゃん!?すっごい鼻血出てるけど!?』
『(ドクドク)い、いや.....な、なんでもないよ、ちょっと興奮しただけ....』
『そ、そう....』
『あ、あのさ、いーちゃん.....』
『な、なにかな、うーちゃん....』
『________いつも、ありがとうね(ニコッ)』
...........とてつもなく汚れきった思い出が浮かんできたんだけど。わたしって性犯罪者と遊んでたっけ?
このうーちゃんというのは小学校の頃よく一緒に遊んだ女の子で、その当時背の順で前の方だったわたしよりも、さらに1回り体が小さかった。そのため、わたしは彼女を妹のように可愛がり、よく連れ回していたのを覚えている。うーちゃんもわたしによく懐いていて、公園などで2人っきりになると2回に1回はパンツの色を聞いてきた。そしてわたしはなんの疑いもなくパンツの色を答えていた。あの頃の純粋なわたしに言いたい。
『悪いことは言わないから、警察を呼んでおけ』と。
第2の被害者を出さないためにも。
「まあ、そのうーちゃんも中学校に上がった時に離れ離れになっちゃったんだけどね....」
居住区域が異なったため通う中学校が別になった、という、まあよくある話だ。
当時はうーちゃんがかなり泣いて抵抗していて、それを見たわたしが、妹のように可愛がったうーちゃんに最後なにかしてあげようとなったのは自然な流れだったと思う。そして姉心溢れるわたしは、うーちゃんの涙ながらのリクエストに答えてレースのスケスケショーツ(お母さんのタンスから盗んだやつ)を2日間履き(『絶対に洗濯しないでね!』と何回も念を押された)、それをうーちゃんにプレゼント.......うん、やはり警察を呼ぶべきだった。
「あのショーツ、うーちゃんまだ持ってるんだろうな.....」
できれば捨ててて欲しいけど。額縁とかに飾られてたら嫌だなあ....
そんなことを考えていると、
「おれ、じつはもうまほう使えるんだぜー!」
「えーそーなの山田くんー」
「山田くんすごーい」
「山田くんまほうみせてー」
という子供の声が聞こえてきた。みると、公園の中央で5人くらいの子供が輪になっている。輪の中心でふんぞり返ってる奴が「山田くん」かな?......偉そうだなあ。ガキ大将ってやつだろうか。
ふーん.....いいなあ、小学生はまだ春休みか.....
わたしがぼんやり見ていると、ふんぞり返っていたぽっちゃり坊主頭の男の子(山田くん?)が、気の弱そうなヒョロヒョロのメガネの男の子にいきなり手のひらを向け、
「ちょっとまほう見せるからよー、よけんなよー!」
と叫び始めた。って、ちょいちょい。人に魔法撃っちゃいけませんって、先生に教わらなかったの?
案の定メガネくんはビビりまくってて、
「む、むりだよおー!山田くんのまほうなんてくらったら、く、黒こげになっちゃうもん!」
「うるせー!ならねえよ、ばか!ちょっと熱いくらいだろ!」
「そ、それでもいやだよ!」
「ちっ.....空気よめよ!みんなまほう見んのたのしみにしてるだろうが!」
「そうだよー」
「田中、くらっとけよー」
「まほうはやく見たいー」
「う、うう.....」
あ、メガネくん泣きそう。うーん....これはちょっとまずい展開かもな。ちらっとスマホで時間を確認。.....よし、まだ30分以上ある。大丈夫ね。
わたしはスマホをポッケに突っ込み、ずんずんと子供たちの元まで歩いて行く。ここは大人として、暴力に頼らず穏便に解決しないとね。
「ちょいちょい、キミたち。さっきから見てたらさあ、よってたかって1人を虐めて、恥ずかしいと思わないの?」
「あー?んーだよ、うるせーよ、ばばあー(山田)」
「......!!!(山田の首根っこを掴む)」
「.......!!!(ブクブクブク)」
「う、うわあ!山田くんが、し、しらない人に、い、いきなり首しめられたあああああっっっっ!!!!」
はっ!クソガキの『ばばあ』呼びに思わず首を絞めてしまった.....お、落ち着けわたし.....冷静に....冷静に.....
「ご、ごめんね、や、やまだ.....くん?」
慌てて山田くんの首から手を離すと、山田くんは力なくドスン、とお尻から落下した。も、もしかして気絶してる....?し、死んでたりしないわよね....?
念のためペチペチと頰を叩いてみると、幸い山田くんは丈夫だったようで、ゴホゴホと咳をしながら横になった。
よ、よかった....ホッと胸をなでおろす。高校初日に児童虐待で退学なんて、さすがにシャレにならないからね....。高校生なんて初めのイメージが全てなんだし。
「く、首しめたあとじめんに山田くんをたたきつけた....」
「そ、そのあと山田くんにビンタまでくらわせてたぜ...」
「そしてたまらず山田くんがよこになったのを見てしょうりの笑みだ....」
「「「「あ、あくま.......」」」」
どうやらこの場で初めのイメージを回復するのは不可能みたいだけど。
「あ、あの〜、できればこのことは周りの子たちに言わないでほ」
「「「「う、うわあ!!!!!ご、ごめんなさいいいいいいいい!!!!」
ちょっと声をかけただけで、小学生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。こ、これは普通にショックだ.....
「というかあのヒョロヒョロメガネくん真っ先に逃げ出しおったし....」
きっとわたしの思いやりは1ミリもあの子に伝わっていないんだろうな.....。それどころか、『公園でいじめられてたらいきなりやばいひとがきてあばれだした....』ってトラウマになってたりして.....。
........わ、わたしはただキミを助けたかっただけなんだからね......べ.....別に泣いてなんていないんだからねっっ!!
わたしが涙をぐしぐしと拭いていると、ようやくガキ大将が起き上がってきた。
「お、おれはいったいなにを....」
「ようやくお目覚め?山田くん」
「な、なんだばば____________おねえさん」
おお、今度はちゃんと殺意が伝わったみたい。よかった、こんな場所で尊い命を散らすことにならなくて。
「キミはね、さっき魔法を撃とうとした時にね、メガネくんの失神魔法で返り討ちにされたんだよ」
とりあえず適当な嘘をついておく。わたしが首を絞めたなんて絶対に言えないし。あの逃げた子供たちにもあとで釘を刺しておいたほうがいいのかな?めんどくさいなあ.....
「そ、そうなのか!?」
「そうなんだよ。.......ねえ、キミの魔法適性っていくつくらい?」
さて、ここからが腕の見せ所だね。もうメガネくんが嫌な目に遭わないよう、うまく立ち回らないと。
「ま、まほうてきせー?わかんねえよそんなの」
「ふーん、じゃあどのくらいの魔法が撃てるのか教えて」
「え?」
「使ったことあるんでしょ?魔法。そん時のキミの魔法の大きさを教えてって話」
「え、えっと.....まえやったときは火がこんくらいでた。それでとうちゃんがおれのことてんさいっていうから、みんなにもみせてやろーとおもって」
山田くんが人差し指と親指をキュー、と近づけ、僅かな隙間をつくる。
「ふーん....それだと魔法適性はだいたい55から60ってところかな」
成人平均の適性50が手から火花がパチッて飛ぶレベルなのを考えたら、確かに普通の人よりも魔法適性はあるのね。お父さんが息子を天才って言いたくなる気持ちもわかるわ。......まあ、わたしのほうが天才だけど(たぶん)。
「でもね、メガネくんは実は魔法適性80の超スーパーエリート魔術師なんだ」
嘘だけど。魔法適性80なんてテレビでしか見たことないし。
「ええっ!?」
「失神魔法でキミが気絶してる間に、こっそり教えてくれたの」
これも嘘。というか、魔法で子供失神させたら普通に犯罪だし。そもそも小学生が魔法使うの犯罪だし(あんまり守られてないけど)。
「両親が魔術師だから、自分も魔法の天才になっちゃったんだって」
全部嘘。......うーん、わたし、こんなに嘘にまみれた人間だったっけ.....?ごめんねメガネくん、明日からは魔法適性80で両親魔術師の超スーパーエリート魔術師のたまごとして生きていってね.....
「キミなんかが挑んでも無駄なんだからね。これに懲りたら、もう他の人に魔法なんて撃っちゃだめだよ。メガネくんは優しいから許してくれたけど、もし相手が怖い人だったら....」
「こ、こわいひとだったら.....?」
「_________キミは今頃、黒焦げになって、カラスの餌になってたよ」
ここで、ホラー度満点の笑顔っ___________!!
「ヒ、ヒイイイイイイイイイイイッッッッッッッッッ!!!!」
決まった________!山田くんは腰を抜かしてブルブルと震えて.....あ、また失神しちゃった。まあ、これでもう山田くんが無闇に魔法を撃つことも、メガネくんが虐められることもないでしょう。メガネくんがエリート魔術師なのがウソでもホントでも、どうせ魔法適性試験なんて高校まで無いワケだし。真実は闇の中ってワケ。ふっはっは。
一仕事終えたわたしは立ち上がって再び学園を目指す。今日は最悪の目覚めだったけど、人助けもしたし、そろそろ良いことがある予感がするな!MRCの会長から直接MRCにスカウトされちゃったりとか、ホントに魔法適性80出しちゃったりとか....ふっふっふ......
そんなことを考えながら、わたしは足取り軽く、柊学園へと向かっていくのだった。