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十三歳の家出

 鹿ノ子さんの地元にある夜桜をライトアップした並木道は雑誌にも取り上げられるほど有名で、今年も沢山の観光客で賑わっていた。

 夜の闇に浮かび上がる桜はピンクではなく、白く発光しているSFの世界の人工植物のように見える。花弁が散る様を遠巻きに見ていると、発光する物体がパラパラと崩れる落ちるようだった。

 幻想的な風景に心が奪われそうになるが、今はそれをのんびりと観賞している暇はない。


 鹿ノ子さん小学六年生の夏から約二年後。

 この日鹿ノ子さんは両親から離婚することを告げられる。鹿ノ子さんになんの相談もなく決定事項として伝えられたらしい。

 元々両親の不仲には気付いており、思春期の鹿ノ子さんはそれが原因で荒れていた。そして遂に離婚が決定的となったこの日に鹿ノ子さんは家を飛び出したという。


「私の人生ってあの日から転落していったと思う」


 鹿ノ子さんは映画のワンシーンでも語るようにそんなことを言っていた。だから僕はそのシーンを撮り直すべく、この時代にやって来た。


 七歳、十一歳と鹿ノ子さんの運命が変わり、前回とは違う状況になっている可能性も高い。

 もしかすると両親の離婚や鹿ノ子さんの家出は起きずに済んでいるかも知れない。

 そんな期待をしつつ、鹿ノ子さんを探すため駅前の商店街へと向かった。

 生活が荒れた鹿ノ子さんは素行の悪い奴らとも交流が出来て、そのメンバーの一人である男の家に転がり込んだらしい。

 もし今回もそうなりそうなら、身を挺してでも道を外れかける鹿ノ子さんを止める覚悟だった。


 夜桜期間中だからか駅前の『ふれあい商店街』には普段より行き交う人が多い。それを見込んでか、まだ開けている店もあったが、基本的には既にシャッターを下ろした店が目立つ。

 そんなある時期を境に変化することを放棄したようなノスタルジックな商店街。その中にあってコンビニエンスストアだけは近未来からやって来た建物のように煌々と光りを放っていた。


 コンビニ店の前には素行の悪そうな少年たちがたむろしていた。彼らは拗ねたり反発することで何かのチャンスを貰えると思い込んでいるのだろうか。知性を感じさせない笑い声をあげては辺りを威嚇していた。

 その中に未来の僕のお嫁さんがいないか探す。無遠慮に見られたことに気付いた少年たちはどう対処するか決めかねた様子で、ひとまずこちらを睨みつけていた。


「鹿ノ子さんはいる?」


 僕は堂々とした口調で、グループの中で最も話が通じそうな男に訊いてみた。

 『話が通じそう』と言っても消去法で選んだだけで、一般的に見ればコミュニケーションの取りやすそうなタイプではない。

 ただ鼻にピアスがあったり、腕に入れたタトゥーを隠す振りしてチラ見せさせてくる奴よりはマシだと言うだけだ。


「はあ? 誰それ? てかおっさん誰?」


 やはり馴れ馴れしく接してみる作戦は失敗だったらしく、少年たちは一斉に険しい表情で僕をめつけてくる。

 少なくとも彼らは鹿ノ子さんの友人でないらしい。それが分かっただけでも収穫はあった。


「鹿ノ子さんというのは十三歳の女の子だよ。少し面長の輪郭で目が魅力的な子だよ。黒い髪が艶やかで、笑うと綺麗な歯を覗かせる。僕は彼女の将来の旦那だ」


 ありのままに堂々と答えると、彼らはポカンとした顔になり数秒後には大笑いし始めた。

 汚い言葉もかけられたがこんな奴らを相手にしている暇もないのでコンビニをあとにする。

 向こうも僕をヤバい奴だと思ったのか追い掛けては来なかった。


 やはり鹿ノ子さんの未来は変わっていた。少なくともあんな奴らと交友関係にはなく、健全に暮らしている。

 それだけでも希望が持てた。でもそれで家出していないと考えるのは、いささか早計だ。

 コンビニではないとすると、鹿ノ子さんはどこにいるのか。

 直観で僕はかつて鹿ノ子さんを救った川へと向かった。ライトアップされた桜並木のある河川敷と違い、こちらは桜もなくライトアップもされていない。ただ黒と灰色のシルエットの風景が広がっている。


 橋の上から川を見下ろすと、ひとだまのような光りがうろうろと暗闇を照らしているのが見えた。

 僕は慌てずにゆっくりとその光りへと近付いていく。

 ひとだまを操るその人物は、背後に迫る僕にまるで気付いていない。


「鹿ノ子さん」

「ひゃあ!?」


 呼び掛けるとびくんっと震え、物凄い勢いで手にしていた懐中電灯の灯りを僕の顔に向けてきた。

 眩しさで目が眩み、反射的に手のひらを顔の前に翳す。


「恭也さん……」


 僕を認識した鹿ノ子さんは脱力して懐中電灯の光りを地面へと向けた。

 中学二年生に成長した鹿ノ子さんは、僅か二年しか経っていないのに随分と大人びた印象を受けた。

 顔つきも表情も凜としており、身長も伸びて身体のラインにも多少女性らしい丸みを帯び始めていた。

 しかし化粧っ気のない顔や夜の闇に溶け込む黒髪は、あどけなくて擦れていない。


「みんな心配してるよ。帰ろう」


 手を差し伸べるが、宙に浮いたままだった。


「誰も心配なんてしてない」

「そんなことないよ」

「知ってるくせにっ……私のことなんて親が気にも留めてないこと、知ってるくせに!」


 怒りに震える鹿ノ子さんは、険しい目をして歯を剥いていた。その姿が懐かない犬のように見えた。

 運命が変わって非行に走っていないとはいえ、思春期の鹿ノ子さんはやはり色んなものを溜め込んでいることに変わりはなさそうだった。


「うちの両親が離婚することも、それが原因で私が家出することも知ってるんでしょ。知ってて会いに来たんでしょ!」

「そうだよ」

「だったら分かるでしょ! 私のことを思うなら両親も離婚なんてしない。私なんかより自分が大切だから離婚するのよ。誰も私の心配なんてしないの!」


 自分で自分の言葉に興奮して、鹿ノ子さんは目を真っ赤にして吠えた。

 しっかりしているようでやはりまだ鹿ノ子さんは、脆くて儚い年頃だった。気にかけてもらいたいけど素直には言えず、他人に怒り、自分を卑下して、そしてそれを否定してもらいたがっている。



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