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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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消えた一行の秘密

「鹿ノ子さんは誕生日のあの日、アグレッシブレモンのライブを観に行っていた。そして僕たちも」

「私が自分の意志であんな騒がしいもの聴きに行っていたんですか?」


 鹿ノ子さんは苦笑いしながら首を傾げる。ごもっともなリアクションだけれども、そんなに不思議そうにされると京谷さんに申し訳ない。


「実はあのバンドのギターリストの京谷さんと鹿ノ子さんは、その当時付き合っていたんだよ」

「えっ……!?」

「今回の人生では京谷さんと同じ会社になっていたよね」


 未来を見守る僕は、密かに鹿ノ子さんの動きを確認していた。ちょっとストーカーじみた行為だけど、今となってはそれくらい許してくれるだろう。


「は、はい。そうです」

「運命というものは面白いものだね。彼氏だったはずの人がこうして未来が変わっても人生に絡んでくるんだから」


 鹿ノ子さんは複雑そうな顔をして頷く。最初の人生で付き合っていたくらいだから、やはり少しは惹かれるところがあったのかも知らない。


「京谷さんはいい人なんだけどね。お酒を飲むと荒れちゃう人なんだ」

「そうだったんですか」


 飲みに誘われても頑なに断ってきた鹿ノ子さんは、京谷さんのその顔を知らなかったのだろう。意外そうな顔をしていた。


「色々あった鹿ノ子さんだけど、京谷さんと付き合っていた頃は楽しかったらしいよ。たまたま僕の部屋にあったアグレッシブレモンのCDを見て、鹿ノ子さんが驚きながら教えてくれたんだ」


 幸せな時間も京谷さんの酒乱が原因で終わった。

 前回の人生で鹿ノ子さんがどんなことをして生きていったのか、僕にはその全ては分からないが、その後も苦労の連続だったようだ。


「山郷さんは? 私のスーパーの先輩の山郷さんもなにか関係があったんですか?」


 鹿ノ子さんは心配そうに訊いてくる。ここ数年の彼女の人生で、もっとも心を許し、信頼していた人だ。前の人生でも関わっていると感じたのだろう。

 そして迷惑をかけていなかったか、心配しているようだった。


「多分、そうだろうね。でもどんな繋がりだったのか、知らない」


 僕は出会い系サイトの被害者の一人としてピックアップされたようで、勝手に被害者団体が家までやって来たことがあったらしい。その被害者団体の代表の苗字が山郷さんだった。旦那が詐欺に遭って怒り心頭だったと聞かされていたけれど、それは口に出さなかった。

 もう既になくなった話を掘り返して傷つく必要はない。山郷さんとの美しい記憶は、美しいままで留めておく。それでいいはずだ。


「あ、それじゃもしかしてあの『誰も知らない少女の脱皮』に入れられた私の詩は」

「あれは僕が恭也に言った。もちろん鹿ノ子ちゃんの創ったものとは言わず、いかにも少女が書きそうなポエムとして僕が作ったことにしてね」

「悪かったですね。いかにも少女趣味なポエムで」

「あ、いや。可愛いって意味だよ」

「ふん。馬鹿にしてるんでしょ、どうせ」

「馬鹿になんかしてないよ。あの曲は鹿ノ子さんの成長を歌ったものなんだから、鹿ノ子さんの詩を入れるべきだと思ったんだ」


 鹿ノ子さんは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「もちろんあの詩を入れることで恭也こそが過去で鹿ノ子ちゃんを助けた男だとしっかり認識させる意味もあった」

「余計なお世話です」


 確かに余計なことだったかもしれない。下手すればそれが原因でタイムリープしていたのが恭也ではなく、僕だとバレる可能性だってあるのだから。

 でもこれまでも恭也は僕が書いた詩を自分で書いたとみんなに説明してきた。

 だからこのポエムも僕からもらったアイデアだと公表しないだろうという算段はあった。


 しかしその一方で僕は心のどこかで自分こそが過去で鹿ノ子さんを助けた男だと気付いてもらいたかったのかもしれない。


『未来で待っている


 私の運命の人


 でもこの瞬間も


 あなたはいるの


 まだめぐり会わないだけ


 はやく会いたい


 私の運命の人』


「ちょっと。声に出して言わないで下さいよ」

「いい詩だよ。僕は何回も口にして暗記したよ。『ま、たまに未来から会いに来てくれるけど』のところが入ってないのが残念だけど」


 省略されたその一文を言うと、鹿ノ子さんは今さらながらに驚いた顔をした。それを知っているのは過去にやって来た『恭也さん』だけだからだろう。


「やっぱり石川さんはその消えた一文を覚えて下さっていたんですね。でもなんで恭也さんはそこをカットしたんですか?」

「カットしたんじゃない。はじめから教えてなかったんだよ」

「へ?」

「僕がはじめから恭也に教えなかった。だから恭也はこのポエムに続きがあること自体知らないんだ」


 一行足りないことの理由を教えると、鹿ノ子さんは「えー?」と納得いかない顔をする。


「なんでそんなことしたんですか?」

「なんでって……たまに会いに来てくれるなんて僕と鹿ノ子さんにしか伝わらないことだし、それに」

「それに?」

「二人だけの秘密にしておきたかったっていうのもあるかな。ちょっと恭也に嫉妬していたのかも」

「なんですか、それ。私、なんであの一行がないのか凄く考えたんですよ!」


 軽い気持ちでしたことなのに予想以上に怒られてしまった。


「ごめん。そんなに気にしているとは」

「しますよ! 大切な一行なんですから!」


 それでも心の広い鹿ノ子さんはぽっぺたを抓るだけで許してくれた。まあまあ痛かったけど。


「でもなんで十三歳から二十歳の間までに一度も会いに来てくれなかったんですか? 七年ですよ?一度くらい来てくれてもよかったじゃないですか」

「それは出来なかったんだよ。七年間会わないということも、僕の計画の一つだったから」

「どうしてですか?」

「最後に会ったのが十三歳。もう記憶もかなりしっかりしている。あまり頻繁に会えば二十歳の時に再会したとき、恭也が過去にやって来た人物と違うことがバレてしまう。下手すれば隣にいる僕がタイムリープして会いに来た人だってバレてしまうかもしれない」


 そこまで言えば、鹿ノ子さんも僕が何を言わんとしているのか理解してくれたようだった。



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