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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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『川神恭也』の僕

「こんな季節に川遊びしていたら風邪引くよ」


 そう伝えると鹿ノ子さんは眩しそうに細めた目を大きく見開いた。


「恭也さん……」


 元々大きな目を更に大きくさせ、眼球が零れ落ちそうだ。

 まるで幽霊にでもあったような顔をしている。

 こんな風に二十五歳の鹿ノ子さんと再会するつもりはなかった。でも放っておいたら彼女が壊れそうで、見ていられなかった。

 だから僕は過去の僕との約束を破り、鹿ノ子さんに会いに来てしまった。


「そんなっ……嘘っ……な、なんでっ! なんでなのっ!」


 鹿ノ子さんはパニックで酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせていた。


「騙してて、ごめん」


 謝って許される問題じゃないことは分かっている。でも謝るしかなかった。


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 鹿ノ子さんは泣きながら呆然とその場に立ち尽くしていた。どう見てもその表情に喜びはない。ただ困惑し、放心していた。

 それはそうだろう。今まで『運命の人』の友達だと思っていた男が『運命の人』だったのだから。

 すぐに理解できないし、受け入れられないのは当然だ。


「うそ……」

「これには深い事情があるんだ」


 一歩近寄ると、一歩後退りをされる。その表情には喜びも驚きもない。ただ戸惑い、困惑し、そして怒っている。


「嘘っ! 嘘嘘嘘っ! こんなの、嘘っ!」


 鹿ノ子さんが七歳の頃から騙してきたんだ。当たり前の反応だろう。僕も喜ばせたくてここに来たわけではない。


「なんで……なんでそんなことを……」


 どうしていいのか分からない。そう訴えるように鹿ノ子さんはゆるゆるといつまでも首を横に振っていた。


「端的に言えば、僕はもういつ死んでもおかしくない身体なんだ。結婚してすぐに鹿ノ子さんを悲しませたくなかった。だから、僕ではなくて、健康な恭也と──」

「そんなこと言いわけになりませんっ!」


 鹿ノ子さんは牙を剥いて吼える。今さら僕が本当のことを言えばこうなることは分かっていた。

 それでも傷付き、打ちひしがれる鹿ノ子さんを助けるためならば憎まれることも覚悟の上だった。怒りでも鹿ノ子さんの生きる活力になるのならば、それでよかった。

 とはいえこの残酷な真実に怒り震える鹿ノ子さんを見ると、やはり胸は痛む。


「どうしてそんなことをしたのか、きちんと説明をして下さい!」

「それを聞いてどうなるの? 僕のしたことは許されることじゃない。そんなことを話したところで言い訳にしかならない」

「ふざけないで下さい。許すとか許さないじゃなくて、私には知る権利があるはずです。一体なにがあったのか、きちんと教えて下さい」


 怒りに揺れる瞳を見て、ひとまず僕は安心した。

 失意の底で心の自傷を続けるより、怒りで頭を熱くする方がずっとマシだ。

 僕が嫌われることで、この二十年近く続いてしまった夢から鹿ノ子さんを解き放ってやらなくてはいけない。

 憧れであった『川神恭也』を鹿ノ子さんの中から消してしまう。それが僕の最後の役目だ。


「子供の頃、僕は二十歳まで生きられないと言われた。お医者さんがそういうんだから多分そうなんだろうって、子供の僕もそう思った」


 長い話になるのでその場に座ると、鹿ノ子さんは僕の声が聞こえるギリギリまで距離を取って座った。


「子供にしてみれば二十歳なんて彼方先の話で、そんなに深刻なことじゃない気さえしていた。でも中学、高校と成長し、段々とその時が近付くにつれ、不安も膨れあがってきた」


 あまりに話の始まりが遠すぎたからか、鹿ノ子さんは怪訝な顔で僕を見た。でもどうせ話すならそこから話さないと意味も通じないので僕は説明を続けた。


「簡単に言うと心臓の病気でね。深刻な問題があっていつ止まってもおかしくない状態だった。だから子供の頃から激しい運動は出来なかったんだ」

「それはお気の毒ですけど、私を騙すことに関係があるんですか?」

「ちょっと回りくどくなっちゃったね。まあ、そんなわけで二十歳に息絶えると思って生きてきたんだけど、結果として二十歳を過ぎても僕は死ななかった。ノストラダムスの予言が外れたときのがっかり感と安堵感に似ていたんじゃないかなと思う」


 風が吹き、枯れかけた雑草を揺らす。辺りに人の影はなく、いつの間にか日も沈んでいた。


「でも二十歳を過ぎたからと言って僕が病気に勝ったわけではない。依然として危険は続いているし、心臓も徐々に弱まっていった。死ぬ直前まで普通に暮らしたいと願っていた僕は大学に進学していた。そこで知り合ったのが、恭也だった」


 ようやく恭也の名前が出て来たことで鹿ノ子さんはピクッと反応する。

 でもここでは鹿ノ子さんと僕たちの人生は交わらない。鹿ノ子さんの二十歳の誕生日に、僕たちは出逢わなかった。それを説明すると鹿ノ子さんは驚いた顔をした。

 大学を卒業し、家業を継いだことまで説明したところで鹿ノ子さんの我慢は限界に達した。


「一体私はいつ出て来るんですか?」

「もうすぐだよ」


 僕は宥めるようにそう伝えた。


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