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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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二度目の再会

 その夜、結局恭也さんはチキンのトマト煮込みを作った。

 そのことが原因でハンバーグを期待していた爽子さんと大喧嘩に発展する。些細なことほど拗れた喧嘩の糸口となりやすいものだ。

 二人はそれまで我慢していたことをぶつけ合い、醜いほどにいがみ合ってしまった。そしてそれが原因で結局別れてしまう。


 そんな自分勝手な期待をしたが、一ヶ月経っても恭也さんは私を迎えにはきてくれなかった。

 今日は十一月三十日。

 今日から恭也さんは二十七歳になる。

 もうこの世の中に二十六歳の川神恭也さんは、いない。


 もう認めるしかない。

 未来は変わったのだ、と。


 恐らく私の不幸な過去を変えたあの時から、未来は変わってしまった。

 それは薄々感じていた。

 恭也さんの態度は付き合いだした頃から記憶の中の恭也さんと違っていた。

 はじめは私の記憶違い、もしくは子供の私では分からなかったことと流していた。

 でもそうじゃなかった。


 私が変わったなら、恭也さんの態度が変わるのも当然だ。

 中学生の頃から道を逸れ、はすっぱな態度の私だから恭也さんと結婚できたのだろう。

 今のように内向的で自分の気持ちも言えないような私では、恭也さんに選んで貰えない。

 微妙なバランスの上に人と人との出会いがあり、繋がりがあり、未来がある。

 恭也さんはよかれと思って私の過去を変えてくれたのだろうが、結果としてそれが良くなかったということだ。


 乗り換えの駅に着き、電車を降りる。

 懐かしいけれど愛おしくはない街の景色をホームから眺めた。

 何もかもすべてを諦めた私は、生まれ故郷へと向かっていた。

 そこになにがあるわけでもない。

 誰が待っているわけでもない。

 私がふるさとへ帰省することも誰も知らない。

 そもそもあの場所に私を懐かしんでくれる人がいる訳でもなかった。

 それでもあの場所に帰るのは、鮭が生まれた川を上るのと同じで、本能的なものなのかもしれない。

 ちなみに生まれ故郷の川を上った鮭は、その後すぐに死ぬ。


 冴えない駅前のふれあい通りは数年前に恭也さんと来たときからなにも変わっていない。

 木工玩具を並べる店先も、老舗の和菓子屋さんも、買っている人を見掛けたことがないブティックも、保存地区なのかと思うほどに代わり映えがしない。

 ただ商店街にあるコンビニエンスストアは違う系列のチェーン店に鞍替えをしていた。


 足の向くままに歩いているうちに小学校の前に来ていた。

 酒屋兼駄菓子屋の店は今も健在だった。

 ふらりと立ち寄ると懐かしい駄菓子に目を奪われる。

 十二個入りの桜餅、ガーリック味の串に刺さったイカ、砂糖をまぶした鈴カステラの串、なに味だかよく分からないスナック菓子、紐がついた三角形の飴、そして定番のタコせんべい。私はそれらを片っ端から買った。

 欲しくても買えなかった少女時代の仇を取ってやったが、それほど心は躍らなかった。


 それらを持ってまたあの小川へと向かった。

 既に陽は沈みかけで、辺りは眩しさと暗闇に二極化されている。

 土手を降りて川辺に座って買った駄菓子の袋を開ける。

 串カステラを囓ると郷愁の念が溢れてきた。

 また恭也さんに逢えるかもしれないと思い、夏休み中この川に通った小学六年生の自分がやけに愛しく思えた。


 中学二年生の春にここではじめて恭也さんとキスした。

 少し冷たくあしらってしまったけど、それでも見離さず慰めてくれた恭也さんに小さな胸をときめかせた。


 涙を拭いながら梅仁丹をさらさらと口の中に流し込んでガリガリと噛み砕く。

 そんなに美味しいものではないのに、とても好きな味だった。

 次に手にしたのはエアインチョコ入りのたい焼き型チョコモナカだ。

 これは高かったから滅多に買えない代物だった。宙を泳がせる手遊びをしてから、しっぽからバリバリと頬張った。


 そうだ。ここで子鹿の髪留めを落としてしまったのだ。あれさえあればまた恭也さんは私を見付けてくれるかもしれない。


 十四年も前に落としたものがあるはずもないのに私はそれを探し出す。

 明日から十二月という季節の川の水は冷たく、すぐに手がかじかんでしまった。それでも私は川の石をどかし、あるはずもないヘアピンを探していた。

 いや、もはやあるかないかなど問題ではない。ただそうしていたかっただけだ。


 「鹿ノ子さん」と呼ばれた気がして顔を上げる。土手の上に誰かいて、こちらを見下ろしている。

 ちょうど逆光になっていてシルエットしか見えなかったが、大人の男性だということは分かった。


「鹿ノ子さん」


 今度ははっきりと聞こえた。

 その人は私の名前を呼び、土手からこちらへと向かってくる。

 沈みかけた太陽のオレンジ色の光がその人の輪郭を浮かび上がらせ、まるで景色から切り取られたように見えた。

 眩しさに目を細めるが、決して視線を閉じずにその姿を見詰めた。


 ゆっくりと近付いてくるその姿がだんだんとシルエットから人の姿へと変わっていく。長い前髪で隠れ気味な目許、痩せこけた姿、病的に白い肌。

 その姿がはっきりと見え、私は驚きのあまり立ち竦んでしまった。


「こんな季節に川遊びしていたら風邪引くよ」


 あの頃と変わらない優しい声でそう叱ってくれる。


「恭也さん……」


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