二人が繋がるために必要なもの
「お疲れさん」
ポンと背中を叩いてくれたのはパートリーダーの山郷さんだ。
少し世話焼きなところがあるけれど優しくて頼りになるいい人だ。陰気で社交性がない私でもやっていけるのはこの人のお陰だった。
「お疲れ様です」
「鹿ノ子ちゃんもよく働くねぇ」
このスーパーで働いてもう二年半。気がつけば恭也さんは二十六歳も終わりかけていた。
でもまだ私を迎えに来てはくれていない。
「鹿ノ子ちゃんみたいに若くて美人ならもっと華やかな職場があるんじゃないの?」
「いえ。私はここが好きですから」
「こんなスーパーが? 変わった子だね」
「はい。特に山郷さんが好きです」
「まあ。そんなお世辞まで言うようになったの?」
ケラケラと笑い、背中をぽんぽん叩いてくる。
以前は独り者で彼氏もいない私に男性を紹介してきてくれたが、私が頑なに拒むのを見て諦めてくれた様子だった。
なにか訳があると悟ったのか、深い理由は訊いてこない。そういうところが、私が山郷さんを好きな理由の一つだ。
スーパーで買い物を済ませて家へと帰る。
大学の入学金は全額返済していた。家に寄りつかない私に愛想を尽かせたのか母も最近ではほとんど連絡をしてこない。
琴葉もここ半年は連絡も取っていなかった。
恭也さんは一年ほど前から新曲の発表も、その他の活動もネットの情報として上がらなくなっていた。
もしかしたら名前を変えて別名義で活動しているのかもしれないとあれこれ調べたものの、そう言った情報は見つからなかった。
もちろんネットで調べた程度の情報では分からないだけで、恭也さんは今でも音楽業界で活躍していると私は信じている。
プロになってからの恭也さんはライトで耳馴染みがいい曲ばかりを創っていた。
『凶屋の曲ははじめて聞いたときは悪くないが、訊いているとすぐ飽きる』
そんな酷評がネットに流れたのもデビューから半年くらいで、それ以降は特に語られることもなかった。
ちなみに恭也さんがデビュー曲を書いた爽子さんも結局その後芽が出ず活動報告がない。
別に二人は二人三脚でやっていたわけではないから、爽子さんが人気を落としたからと言って凶屋さんに直接的な問題はないはずだ。
しかし実質恭也さんの活動で一番目覚ましい仕事は爽子さんのプロデュースだったから、多少の影響はあったのかもしれない。
夕食を簡単に作り、テーブルに並べる。学生時代から住み続けたこの部屋は、もはや私の終の住まいになるんじゃないかと怖れていた。
確かに今は恭也さんを待ち続けるだけの無意味な日々だ。
人と関わることを拒み、息を潜めるように生きる私を見て、人はなにが楽しみで暮らしているのだろうと首を傾げるかも知れない。
でも私は恭也さんと再会できる希望だけで生きていける。少なくとも今年の十一月三十日、恭也さんの誕生日までは。
──でもその日が何ごともなく過ぎてしまったら、私はどうなってしまうのだろう。
最近私は時々思うことがある。
もし恭也さんが私を助けに来てくれなかったらどうなっていたのだろうか、と。
幼い頃に変質者にイタズラをされてトラウマを持ち、脚に醜い傷を負って、十三歳で男の元を点々とする生活だ。
そのあとは聞かなくても想像が出来る。
高校も行かずにろくでもない男の元に身を寄せ、働かない男のために夜の仕事までしていたかもしれない。
稼いだ金は毟り取られ、DVだってきっと受けていただろう。
やがてその男にも捨てられ、母の元にも戻れず、天涯孤独な野良猫のような暮らしをしていたに違いない。
そこまでは容易に想像できる。
しかし問題はその先だった。
そんな人生の落伍者のような女性と、なんで恭也さんは結婚しようと思ってくれたのだろう。
そこがどうしても繋がらなかった。
転落する自分の人生と、恭也さんに見初められる運命。その二つのピースはどう考えてもはまらない。
どう考えても恭也さんが好むような女ではないと思う。
歌でもうまければ音楽関係で知り合ったのかもしれないと無理矢理思うことも出来たけれど、あいにく私はひどい音痴だ。
自分で言うのも気が引けるが、確かに見た目はいい方なのかもしれない。しかし恭也さんは女性を見た目で選ぶような人ではないと思う。
何か大切なことを見落としている気がしてならなかった。私と恭也さんが結ばれるために必要な、一番大切な『なにか』が欠けている。
その謎が解けないから未だに恭也さんが私を迎えに来てくれないのではないか?
逆に言えば、それさえ分かればきっと私は恭也さんと結ばれることが出来るはずだ。
「鹿ノ子ちゃんに足りないもの?」
翌日山郷さんに相談すると、真剣に考えてくれた。
「声の大きさとか愛想とか、そういうのは足りないだろうけど。でも丁寧な対応や真心を籠めた接客が出来ているから、案外その辺は補えていると思うんだよね」
山郷さんは腕組みしながら首を捻って唸る。
「あの、そういう仕事上のことではなくて、女性として、なんですけど」
「女として? 珍しいじゃない、鹿ノ子ちゃんがそんなこと訊くなんて」
「いや、まあ、はい……ちょっと気になって」
からかってくるが細かいことは訊いてこない。山郷さんの顔は真剣の度合いが増していた。