人と人との繋がり
休日はいつも通り部屋の中で丸まって恭也さんの曲を聴いて過ごしていた。
もちろんそんなことをしても気は晴れない。いや、むしろはっきりと気持ちは沈んでいった。
でも私は『気を晴らしたくない』からそうしているのであって、こうやって昔を思い出して憂うのはむしろ成功しているといえた。傷を抉ることでいつまでも身近に恭也さんを感じる。歪であっても私なりの繋がり方だ。
不意に部屋のチャイムが鳴る。
集金か、マンション購入の紹介か、近くで工事が始まるのか。そのいずれかだとは分かっているのに、飛び起きて玄関へと向かう。
「鹿ノ子、久し振り」
「琴葉……それに石川さん……」
そこには肝心なメンバーを欠いた、大学時代の馴染みの顔が立っていた。
「もう急に来るんだもん。言ってよー」
明るく振る舞いながらコーヒーを二人の前に置く。恭也さんと付き合っていて輝いていたときの自分はどんな風に二人と接していたのか必死に思い出していた。
二人ともコーヒーに毒でも入ってると疑っているのかのように、マグカップを手に取ることすらせずに俯いていた。
「今日は恭也さん仕事なの。ごめんね。せっかく二人が来てくれたんだからこっちに来るように連絡しようか?」
声を弾ませながらスマホを取ると、その手を琴葉に掴まれた。
「もう、いいの。鹿ノ子。石川さんから、聞いたから。二人がずいぶん前に別れたってこと」
苦しそうに琴葉がそう言うと、石川さんは申し訳なさそうに無言で頷いた。バレているのに空元気の芝居をしていた自分が憐れに思えた。
鼻の奥がつんとして涙がこみ上げてきた。でもここで泣いてしまったら、余計惨めになる。私は目許に力を籠めて涙を堰き止める。
「なんだ知ってたの? 先に言ってよ」
急に素に戻るのが悔しかったのでそのままのテンションで笑いながらそう言った。
「鹿ノ子……」
「鹿ノ子ちゃん……」
見てはいけないものを見るような目で私を見ている。無理に笑うのがそんなに痛々しいのだろう。恋に破れた私が無様においおいと泣くのを見たかったのだろうか。
腹立たしくて余計に笑えた。
「それでなに? 何の用? 私が落ち込んでいるのか確認しにきたの? 安心して。ちゃんと落ち込んでるよ」
落ち着くためにコーヒーを飲もうとしたが、手が震えてまともに飲めそうになかったのでそのままテーブルに置く。勢いを間違え、揺れたコーヒーがテーブルに溢れてしまった。
「私みたいな地味で暗い女が恋に浮かれていたから罰が当たったのかな? さあ、もういいでしょ。落ち込んだ私を見て満足したなら帰って」
大学時代の過去も捨てたかった。嫌われたくて、呆れられたくて、憎まれ口を叩いて見せた。
失恋を認めて慰められたら、いよいよ本当に恭也さんとの繋がりが切れてしまう。なぜだかそんな気がした。
「鹿ノ子っ! ごめん」
琴葉は目に涙を溜めて私に抱き付く。
「な、なに? なんで琴葉が泣くの?」
「そんなに辛い思いをしているなんて、気付いてあげられなかった」
「それは私が気付かれないように演技していたからだし。むしろこのままずっと気付いて欲しくなかった」
そう言ってから琴葉に事実を教えてしまった石川さんを軽く睨んだ。
「俺も最近知ったんだ。久し振りにみんなで集まろうって恭也に連絡したら、鹿ノ子ちゃんと別れたって聞いて」
「恭也さんと? 恭也さんはなんて言ってました? 後悔してました? やり直したいとか、様子を見てきてくれとか言ってました!?」
恭也さんの名前を聞き、私は冷静さを失ってしまう。なんて答えるべきか迷う石川さんの顔を見て、すべてを察してしまい、そんな質問をしたことを後悔した。
「俺がもっと本気で恭也を止めるべきだった。申し訳ない」
石川さんは深々と頭を下げる。一番最後まで恭也さんがプロに転向するのを止めていたくせに、自分が悪いかのように謝っていた。
「頭を上げて下さい。お願いします」
その時ようやく私は今日初めて石川さんの顔を正面から正視した。心労からなのか、少し痩せているように見えた。
「別に恭也さんがプロになったとか、きっとそういうのは関係ないんです」
「俺が責任を持って恭也を説得する。必ず」
「もういいんです。ありがとうございます」
「でも、それじゃ」
あまりに必死なのでつい笑ってしまう。
「石川さんは真面目すぎです。そのうち変な壺とか買わされる詐欺に遭いそうで怖いです」
私が笑ったからか、琴葉も石川さんも少し落ち着きを取り戻してくれた様子だった。
たぶん二人とも本当に辛いときは笑ってしまうということを知らないんだろう。
これ以上心に負荷がかかると折れてしまうという時、人は防衛機能のように嗤うものだ。
「鹿ノ子も人のこと言えないから。いつか人に騙されて酷い目に遭いそう」
琴葉は目の端に溜まった雫を指で抑えるように拭いながら笑った。
「ううん。私は案外疑り深いから大丈夫。きっと騙されるより騙す側だよ」
「ははは。鹿ノ子に騙される人なんていないから」
「そうだね。鹿ノ子ちゃんは人を騙せなさそう」
「万が一騙せたとしても騙すことに罪悪感を覚えて種明かしとかしちゃいそうだしね」
「なんですか、それ。馬鹿みたいじゃないですか、私」
私の作り笑顔に騙されてる二人は、元気そうに見える私を見て笑った。
雰囲気が変わったところで、私たちは思い出話に花を咲かせた。旧友と楽しかった時期を互いに思い出しあうことは、まだ自分たちは繋がっていると思い込もうとする慰めだと感じた。
人と人との繋がりなんて、結局全ては記憶と思い込みでしかない。
私も子供の頃に逢った恭也さんを思い出して、繋がろうと必死だったのだろうか。
でも私の恭也さんとの過去の思い出は、恭也さんにとっては未来の話だ。繋がるはずがない。




