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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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23/41

過去と未来を繋ぐ詩

 ヴィィ……ヴィィ……

 布団越しにスマホが震える音が聞こえた。

 ベッドから起きて確認すると、恭也さんからのメッセージが入っていた。


『新しい曲をアップしたよ。鹿ノ子さんの少女時代から着想を得て創った曲だよ』


 いつも通りの優しい文面を読むと、その声が聞こえてくるようだった。

 ざらついた心が羽毛に包まれたような心地になる。


 私は二十歳を超えても恭也さんの前だと子供になってしまう。

 時に七歳だったり、十一歳だったり、十三歳だったり。

 無償の愛を貰えることが当たり前だと信じて疑わない、甘くて無責任で純粋に人を愛する、そんな子供に還ってしまう。


 新曲のタイトルは『誰も知らない少女の脱皮』。

 最近の恭也さんにしてはいい意味で少し歪なタイトルだった。人気が上がってからはややポップ調な曲やタイトルが続いていたので嬉しい。


 今回もイラストは石川さんが担当してくれている。ふれあい商店街、小学校、河原など、恭也さんが撮ってきた写真を見て描いたであろう風景が流れ、私に似た少女ももちろん登場する。


 曲調はミドルテンポのバラードで、歌詞はノスタルジックに満ちていた。

 恭也さんはしっかりと私を理解し、受け止めてくれている。それが分かるやさしくて、そしてどこか物悲しい歌だった。

 二回目のサビが終わった間奏のところで、急に語るような歌うようなテンポで詩の朗読が始まった。


『未来で待っている


 私の運命の人』


「えっ……これはっ……」


『でもこの瞬間も


 あなたはいるの』


 それは私が十一歳の時に恭也さんに手紙で贈ったポエムだった。

 稚拙で、舌足らずで、気持だけを書き並べた詩と呼べない言葉の羅列だ。


「なんで、これを恭也さんがっ……」


 この恥ずかしい文章は過去の私が恭也さんに渡しただけ。二十歳に再会してからはもちろん渡してもいないし、聞かせてもいない。

 これを知っているということは、つまり──


『まだめぐり会わないだけ


 はやく会いたい


 私の運命の人』


 恭也さんは私との過去のことを覚えくれている。

 あまりのできごとに脳も処理が追いつかず、ただ心が打ち震えて涙が溢れていた。


「きょ、うやさ、んっ……」


 呼吸すらままならなく、ひたすらしゃくり上げる。

 ようやく喜びが実感となる頃には、興奮が全身へと行き渡り、震えて泣き崩れてしまった。


 恭也さんはやはり私のことを覚えてくれていた。

 私たちの愛は時を超え、いま成就したと言っても過言ではなかった。


「恭也さんっ……ありがとう……ありがとうございます」


 溢れる想いが激しすぎて、ようやくまともに言葉に出来たのはその一言だけだった。


 曲は間奏が終わり、すぐにサビに入った。


「えっ……」


 急に違和感を覚え、唖然とした。あの詩にはあと一行、続きがあったからだ。


『ま、たまに未来から会いに来てくれるけど』


 その文言がこの歌からは抜けていた。

 何度も何度も繰り返し自分でも読んでいたから間違いない。

 私にとってはあの一文が、この詩の中で最も大切だった。


「なんで……」


 恭也さんが忘れてしまったのかと不安を覚えたが、すぐにあのフレーズがない理由に気付いた。

 あの一文は私と恭也さん以外が読んでも意味が分からないからだ。

 不可解な詩にならないためにあの部分を削除したのだろう。

 残念だけど、それは仕方ない。

 むしろあの一番大切な一言が私と恭也さんだけの秘密みたいで嬉しいとさえ思えた。


 歌を聴き終えてすぐ、恭也さんに電話しようと思いスマホを操作しかけ、やめた。

 電話なんかじゃ駄目だ。直接会って伝えたい。

 寒くても、何時でも、関係なかった。

 まだ濡れている髪を慌てて乾かし、最低限の化粧をして家を飛び出した。


 先ほどは陰鬱に感じていた冷気が、今は澄んだ空気に感じるほど気持ちは前向きだった。

 自転車で駅に行き、電車に乗り、駅からは恭也さんの家まで走った。

 今から行きますという連絡をするのを忘れていたことに今さら気付く。

 でも立ち止まってメッセージを送るのももどかしかった。


 早く会いたい。

 好きだって伝えて、抱きしめたい。

 きっと恭也さんは呆れたように笑って、でも抱き締め返してくれる。

 ウザいとか、重いとか、そんなこと関係ない。

 好きなものは好き。その気持ちを抑えながら恋を延命させるなんて私には理解できなかった。


 恭也さんの部屋のチャイムを押す。

 部屋の中で動く気配ですら愛おしい。

 私は最後の悪あがきみたいに前髪を指で整える。

 澄ました顔を作ろうとしてるのに、どうしてもにやけてしまった。

 頬が赤いのは寒いところを走ってきたせいにしてしまおう。


 ドアが開く。

 恭也さんは私の顔を見て驚いた。


「こんな夜中にどうしたの?」

「大好きだから来ちゃいました。それ以外に理由はありません」


 ストレートに気持をぶつけると、恭也さんは照れ笑いを浮かべた。


「好きです。恭也さん」


 抱き付いて私からキスをした。


「ちょっ……ちょっと待って、鹿ノ子さん」

「駄目です。待てません。もうずっと待ったんですから」

「いや、そうじゃなくて……」


 気まずそうに恭也さんが振り返るから、私もそちらへと視線を向けた。


「あっ……」


 リビングにいた石川さんと目が合って、慌てて私は恭也さんの背中に回した手を解いて距離を取った。


「ご、ごめんなさいっ……」

「いやいや。こちらこそごめん」


 石川さんは菩薩様のように笑って立ち上がり、そそくさと部屋を帰ろうとした。


「帰らなくて大丈夫です。私が勝手に来てしまっただけなんですから」


 追い出すようで申し訳なく、慌てて引き留める。


「いやいや。鹿ノ子ちゃんの幸せを邪魔するわけにはいかないから」


 からかう口調でそう言った石川さんは、私の頭の上をぽんっと撫でて部屋を出て行ってしまった。

 石川さんにもイラストを描いてもらったお礼が言いたかったのに、何だか申し訳なかった。


「そんなに気にするなよ。そもそも石川は下の階に住んでるんだから毎日のように会ってるんだし」


 迷っている背中を恭也さんが抱き締めてくれた。


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