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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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就職祝いの夜に

 五月の半ば。久し振りに四人で恭也さんの部屋に集まっていた。テーブルにはお祝いのためのピザやらフライドチキンが並んでいる。

 ささやかなだけど私たちにとってはご馳走の部類だ。

 それらを囲み、石川さん以外はビールの注がれたグラスを手にしていた。


「じゃあ乾杯の音頭は鹿ノ子で」

「え? 私?」

「恭也さんのお祝いなんだから彼女がしてあげなさい」


 琴葉が促すと恭也さんと石川さんも頷く。


「えっと。じゃあ。恭也さん。石川さん。動画再生数一万回突破、おめでとうございます」

「えー?」

「そっち?」


 そこそこ真面目に言ったつもりだったけれど、みんなに笑い飛ばされてしまった。

 仕方ないから私も冗談だった振りをして、笑いたくもないのに笑っておく。


「じゃあ改めまして。そして恭也さん、石川さん、就職内々定、おめでとうございます!」

「ありがとう!」


 乾杯と言いながら私たちは互いにグラスをカチンと当てあう。

 恭也さんは希望していたところとは違う会社の営業職に、石川さんは実家の家業を継ぐことに決まった。今日はそのお祝いだった。

 私としては就職よりも恭也さんが先月アップした曲が瞬く間に再生回数一万回を突破したことの方が大ニュースだ。


「石川さんの実家って会社をしてたんですね。何してるんですか?」


 琴葉がチキンに手を伸ばしながら訊ねる。


「小さな会社だよ。実験器具やら消耗品を大学に納入する会社」

「凄い。将来社長さんですね」

「うわ? 琴葉ちゃんもしかして玉の輿狙い?」


 恭也さんがからかうと「違います。彼氏いるし」と反論した。

 石川さんは何となく琴葉に気があるんじゃないかと感じていたので、会話の内容にひやりと肝を冷やす。


「じゃあ愛人は?」


 石川さんは気にした様子もなくそう言って笑い話にした。琴葉に「余計無理。てかキモい」と罵られて更に笑うのを見てひとまず安心した。


「本当はいきなり実家に入るんじゃなくてよそに修業に行くべきなんだけど、俺は持病もあるんで就活から逃げた感じ」


 そう付け加えたときの石川さんは、やや憂いを帯びていた。


「持病? 大丈夫なんですか?」

「うん。まあ日常生活には問題ないから」


 それほど深刻じゃないのか、石川さんはなんでもないことのように答える。病気の影響なのか、出会った頃よりも少し痩せてきているのも少し気になる。

 音楽を活動についても不安があった。石川さんは恭也さんの曲作りに深く関わっている気がするので、就職することで二人が離れてしまうのも心配だ。


「そうだ。今日は鹿ノ子ちゃんにプレゼント持ってきたよ」

「プレゼント? 私にですか?」

「はい!」


 そう言って石川さんご鞄から取りだしたのは額に入れられた一枚の絵だった。


「わー! それって!」


 それは再生回数一万回突破を果たした恭也さんの曲『僕の世界の住人の君』のミュージックビデオに使用していたイラストだった。

 私をイメージして描いてくれたらしいけど、申し訳ないほど美化してもらっていた。


「いいんですか?」

「そんなに喜んでもらうほどのものじゃないけど」

「喜びますよ! ありがとうございます!」


 額をむぎゅっと抱きしめるとみんなが笑った。


「鹿ノ子、自分好きすぎでしょ」

「自分じゃないし。恭也さんが好きすぎなの」


 当然の反論だったつもりだけど、石川さんと琴葉に思いっ切り冷やかされてしまった。

 恭也さんも苦笑いだ。


 恭也さんと石川さんは同じアパートで同じ大学という縁で知り合い、互いの趣味を知って共同で作業をするようになったらしい。

 恭也さんが曲を作り、絵や写真が好きな石川さんが映像を創る。

 Webに上げるときは『凶屋』という物騒な名義にしている。

 ちなみに石川さんは名前を出したくないらしく、映像のクレジットは『凶町プロジェクト』という名義にしている。


「今回の曲は鹿ノ子さんをイメージして創ったから成功したんだよ」


 恭也さんがそう言うと石川さんと琴葉の冷やかしは私から恭也さんへと移った。

 私を庇うためにわざと惚気を言ってくれたのかもしれない。


「鹿ノ子さんは中学とか高校の頃、もしくはそれよりも小さかった頃のことを表現するのが得意なんだよ」

「あー、それ分かるかも。忘れていたような気持ちとか不安とか、そういうこと言うのが上手だよね」


 琴葉も賛同して頷く。

 人を褒めるのは何ともないのに自分が褒められると照れてしまう。擽ったくて仕方なかった。


「それは多分日記を書いているからですよ」

「日記?」

「はい。中学二年の春頃からずっと書いているんです」

「へぇ。マメなんだね」


 自分で日記を付けるように指示したくせに、恭也さんは意外そうだった。「恭也さんに言われたことを守って」という一言は心の中でだけ付け足した。


「日記には噓をつかず、その時思ったこととか、辛かったこと、それに好きな人のこととかを書いたんです」

「へぇー! 今度見せてよ。鹿ノ子さんの過去を知ったら更に創作に活かせそうだし」

「無理無理っ! 絶対駄目です!」


 恭也さんは軽いノリで言っただけなんだろうが、全力で否定してしまった。

 あまりに語気が強かったからか、三人とも唖然としている。


 「冗談だよ?」と恭也さんが恐る恐る謝って来て、より居たたまれない気分にさせられた。

 私の日記を見ることで恭也さんの創作の助けになるなら、いくらでも見せて上げたかった。けれどどうしてもそれは出来なかった。


 何故ならそこには出逢う前から恭也さんの名前が無数に書き込まれているからだ。

 常識的に考えて出会う前に恭也さんの名前が日記に登場するはずがない。

 普通タイムリープして出逢ったと考えるより、出逢ってから過去の日記を改竄したと考えるだろう。

 そんなことになればおかしな人と思われるのは間違いない。


「鹿ノ子ちゃんのお陰で恭也の創作が刺激されたんだから、二人は運命の人同士なんだろうね」


 石川さんがそう茶化すと「石川のそういう安っぽい発言では僕の心は全然刺激されなかったもんね」とやり返して笑いを取っていた。

 でも私の心には石川さんの心が響いていた。


 ──そう、私は運命の人と巡り会えたのだ。


 元々巡り会うことを約束されていたとはいえ、やはりそのことに感謝の念は絶えなかった。


 しかしその反面、不安なこともあった。

 私にはまだ恭也さんに言っていない秘密がある。

 それを知ったら、恭也さんはどれ程悲しむだろう。せっかく過去に戻って私を助けてくれたことが無駄になってると知ったら、嫌われてしまうかもしれない。


 意識したせいか、私の内ももにピリッと痺れるような痒みが走った。

 もうそろそろ逃げられない。秘密を知られてしまうのも時間の問題だ。

 私はそれを覚悟しながら、何も知らずに笑っている恭也さんの横顔を見詰めていた。


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