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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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13/41

春の始まりは、いつも突然で

 乱暴に言って三月から春ならば、二月は冬の終わりなんだろう。その割に二月というのは一年で一番寒い気がする。

 春というのは次第にゆっくりとやって来るのではなく、突然一気にやって来るものなのかもしれない。

 十九歳まで辛い人生を送ってきた私が二十歳の誕生日からいきなり幸せになれたのもそれに似ている気がした。

 春というのは、突然やって来る。



 私と琴葉はキッチンで野菜を切ったり、肉団子のタネをこねたりと鍋の準備をしていた。

 恭也さんと石川さんは食器類を並べたあとはパソコンに向かい次の曲のコンセプトなどを話し合っている。

 時おり手伝わせようと文句を言う琴葉を私は笑いながらなだめていた。なんだか漫画や小説で読んだ青春の中に自分がいるようで嬉しい。


 十二月の半ばに恭也さんと出逢って以降、琴葉の協力もあって私たちは順調に親交を深めていっている。

 今日はこうして四人で恭也さんの部屋に集まり、鍋パーティーをすることになった。


 恭也さん曰く石川さんの部屋の方がものが少なくてパーティーしやすいらしいのだが、石川さんに拒絶されたので仕方なく恭也さんの部屋で開催することになった。

 そのおかげで初めて恭也さんの部屋に来ることが出来たので、私は内心石川さんに感謝していた。


 築年数は経っているけど1DKと意外に広い。いかにも学生が住むアパートといった感じの古めかしさも親近感が湧いた。

 音楽作りの機材はパソコンの他にギターやアンプがあるだけで意外と部屋の中を占拠していない。

 飾り気のない部屋だったけど、ここで恭也さんが暮らしているのだと思うととても素敵な空間に感じられた。


 玄関に飾ってある田舎のバス停のミニチュアも、壁に貼られたヨーロッパの風景と猫のカレンダーも、ライムグリーンのボーダー柄のカーテンも、全てが恭也さんらしいセンスに溢れた控え目だけど素敵なものだった。


 鍋は昆布と干しシイタケで出汁を取った味噌ベースの私のオリジナルだ。

 具材はキャベツやもやし、シイタケと肉団子に豚バラ肉などが入っている。熱した溶かしバターで細かく刻んだニンニクと唐辛子を最後に加えるのが隠し味だ。


 それなりに広く見えたダイニングだったが、四人が鍋を囲むと圧迫感を感じる。

 恭也さんは最初に肉団子を箸で割り口へ運ぶ。私はその様子を凝視してしまう。

 一口囓ると恭也さんははふはふと忙しなく口を動かして笑った。


「うまい! なにこれ!? プロじゃん!」

「でしょー。鹿ノ子のオリジナルだよ。肉団子とかもごま油とかおろし生姜とかあれこれ入れてるから美味しいでしょ」


 琴葉はことさら私の功績をアピールしてくれる。あからさますぎて少し恥ずかしくなった。

 男子二人は普段あまりまともなものを食べてないのか、勢いよく食べてくれる。

 そんな姿を見ているだけで満足感に満たされた。

 ピリッと辛いけれどコクのある味噌スープとほろほろと崩れる肉団子の相性は良く、我ながら悪くない出来だ。ツルンっと喉越しの良い豆腐もちょうどよく味がしみている。

 〆のラーメンまで完食すると恭也さんは「食べ過ぎたぁ」と笑いながら部屋で横になっていた。


「ちょっと。片付けくらい手伝いなさいよね」


 琴葉はゴミを纏めながら恭也さんを詰る。


「琴葉さんも休んでて。僕が片付けるから」


 腕まくりをしながら石川さんが食器類をシンクへと運ぶ。琴葉は「マジで? 助かる。ありがと!」と言葉に甘えて恭也さんの隣に座った。


「ちょっと琴葉。いいですよ、石川さんも休憩して下さい」


 慌てて流しに向かったが石川さんは既に洗い物を始めていた。


「いいからいいから。鹿ノ子さんも疲れたでしょ?」

「じゃあ一緒にやりましょう」


 石川さんが洗い、私がすすぐという分担作業になる。家事に慣れているのか石川さんは意外と手際がよかった。


「あのお鍋って鹿ノ子さんのオリジナルなの?」

「オリジナルってほどのものじゃないですよ。ただの味噌味のお鍋です」

「丁寧な味付けだしすごく美味しかったよ」

「そうですか? ありがとうございます」


 そんなことを話していると部屋の方から琴葉の笑い声が聞こえてきた。

「えー? それはないって」「いや、そんなもんだから」「いやいやいや。そんなの恭也さんくらいだって」

 何の話をしているのか分からないが、愉しそうなことは伝わってきた。蛇口からの水道水の音がうるさくてよく聞こえないのがもどかしい。


「鹿ノ子さんは普段から自炊してるの?」

「ええ。まあ」


 琴葉が手を叩いて笑う声がして、そのあと急に恭也さんが声を潜めて何かを言っているのが聞こえた。

 琴葉はもつられてか少し絞った声になって「あー、分かるかも」と言った。

 何を話しているのか気になって仕方ない。

 私の意識は完全にそちらへと向けられてしまう。


 石川さんが何か話し掛けてくれていたのは分かったが、「はい」と生返事を返してしまっていた。

 やがて急に蛇口の水が止まった。


「えっ……?」


 気がつけば私はとっくに泡が取れたお皿をいつまでも擦っていた。石川さんは優しい顔で私に笑いかけていた。


「洗い物は俺がしておくから鹿ノ子ちゃんは向こうで休憩しておいで」


 何か見透かされたようで恥ずかしくなる。私が恭也さんを意識しているのはきっと石川さんにバレてしまっているのだろう。


「す、すいません……ちゃんとやりますから」


 「いいからいいから」と石川さんは私の背中を押してキッチンから追い出した。

 部屋では琴葉がパソコンを弄って恭也さんの曲を聴いていた。


「ちょっと聴いてよ鹿ノ子。恭也さんってこんなふざけた曲も創ってるんだよ」

「それはネットにはアップしてないから。完全に洒落で創っただけ」


 流れていたのは有名な子供アニメのオープニング曲をダークな曲調、歌詞に変えたものだった。


「わー。なんか悪いことしてますね」


 想像していたよりずっと罪のない子供じみたことで盛り上がっていたので安心した。

 醜く嫉妬しかけてしまった自分を隠すように、私はことさらその曲を非難して恭也さんをからかって笑った。


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