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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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売るための音楽

 再生が始まると画面に違わぬチープな電子音の、コンピューターゲーム黎明期のようなメロディーを奏で始める。


 ──しかしそれは聴く人を欺く罠だった。


 その薄っぺらい電子音にギター音が重なり、ピアノが加わり、ベース、ドラムと次々に音が足されていき、あっと言う間に重厚で立体的な音へと変化していた。

 それはぽつぽつと降り出した雨が瞬く間に豪雨に変わるのに似ていた。

 地面を叩きつける豪雨のように、音が溢れて弾けてくる。


 映像もドット絵から可愛らしい女の子の絵へと変わっていた。

 静止画のようだがカメラワークや背景の配色を変えることで動きを与えてる。


「凄い……」


 思わず呟いてしまうと、恭也さんは人差し指を口許にあてて、今は聴くことに集中するように促してきた。


 前奏が終わると、ややぎこちないもののそれなりに滑らかな人工音声の女の子の歌声が始まる。

 画面には歌詞が浮かび上がったり、流れていったりと飛び交う。やや不明瞭な歌声も歌詞があるからか、しっかり聞き取れた。


 斬新なリズムに負けない、斬新な歌詞だった。

 故事とネットスラングをかけた韻を踏んだり、突然今どきの話し言葉で哲学的なことを語ったり、ちょっとえっちなことを想像させる言葉が飛び出す。はちゃめちゃなのだが、不思議と整合性が取れている。そんな印象を受けた。


 挑発的で、気取らず、刺々しいのにどこか滑稽な曲調は、大袈裟かもしれないけれど既成音楽への挑戦状のように感じられた。

 はじめて聴いた曲なのに耳に馴染んでいく。恭也さんが創ったというひいき目なしに凄い曲だった。


「どう?」


 演奏が終わって一呼吸ついたあとに、恭也さんは少し不安げに感想を求めてきた。


「最高です……最高に感動しました!」


 本心からそう伝えると恭也さんは安堵と喜びが混ざり合った照れ笑いを浮かべた。

 その顔は記憶の中にある恭也さんらしい表情だった。


「そう? それならよかった」

「音楽に詳しいわけじゃないんですけど、なんかこう、新しいものを感じました!」

「おおっ。そういう意志で創ってたからその感想はかなり嬉しい」


 私の拙い感想は偶然にも恭也さんの意図したところに刺さったらしく、ありきたりなお世辞なんかじゃないことが伝わってくれた。


「私も斬新だなって思った。聴いててスッと馴染む感じもしたし。これ、絵も恭也さんが描いてるの?」


 琴葉が訊ねると石川さんが「絵の方は僕が担当してます」と控え目に告げてきた。


「石川さんの絵もよかったです。明るいタッチなのにどこか病的で。あ、褒めてるよ」

「はい。ありがとうございます」


 琴葉の独特の言い回しも理解できるらしく、石川さんは嬉しそうに頭を下げていた。


「凄いです。プロなんですか?」

「まさか」


 恭也さんは悪い冗談を聞いたように苦笑いを浮かべる。


「ただの大学生の暇潰しの趣味だよ。好きな音楽を創って垂れ流す。それだけ。そんなに人気があるって訳でもないし」

「こんなに素敵な曲を作れるならプロになれますよ」

「無理無理。これくらい創れる人、ごまんといるよ。それに別にプロになりたいわけじゃないし」


 そこに卑屈な響きは感じられなかった。本当にこの人はプロなんて目指していないのだろうということを瞬時に感じ取れた。


「すいません。軽率なことを言ってしまって」


 謝ると恭也さんは優しく微笑んで首を振ってくれた。


「恭也さんの音楽はきっと既成の音楽を否定するような音楽なんです。プロになるというのは、創作をお金に換えること。つまりは沢山の人に気に入られることですもんね。そんなの、恭也さんの創る音楽と正反対のことかもしれません」


 生意気で、知ったようなことを、纏まりのなく思いつくままに並べてしまった。しかも言葉にすると言いたかったこととずいぶんかけ離れててしまった気がした。

 恭也さんは案の定ぽかんとした顔で私を見詰めていた。


「す、すいません。変なこと言って」

「いや……なんかびっくりした。鹿ノ子さんって物静かな感じがするのに時おり感情が爆発する感じがするね。凄くいいこと言ってもらって嬉しいよ」

「よかったな、恭也。お前の音楽が分かってくれる人と知り合えて」


 石川さんは笑いながら肘で恭也さんをからかうように突いていた。


「プロになれたら、嬉しいよ。僕の音楽が色んな人に聴いてもらえるし、好きなことをしてお金を稼げるなんて夢のようだから」


 恭也さんは手のひらでジョッキに滴る結露を手のひらで拭いながら、照れくさそうに呟く。


「でも鹿ノ子さんが言う通り、それは僕のやり方でなくちゃ意味がないと思うんだ。人の顔色を伺うようなものを創って、それを綺麗にパッケージングしてファンを騙して売るくらいならプロにはなりたくない」


 私の熱弁に誘発されたのか、恭也さんはそんなことを言った。それは青臭くて、痛々しい言葉だったのかも知れない。でも私は恭也さんの今まで見たことなかった一面に触れ、胸がきゅんっと疼いた。


 十三歳の春から始まった寂しさや悲しみは、今日で終わる。

 これからの人生、私の隣には恭也さんがいてくれる。

 もう孤独で涙することはない。


 そんな想いを胸に、私は恭也さんの顔を見詰めていた。


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