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まだ僕を知らない君と、二度目の初恋  作者: 鹿ノ倉いるか


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恭也の隠れた才能

 繁華街の雑居ビルにあるチェーン店の居酒屋に着く頃には、すっかり私の奇行がネタになってしまっていた。


「いやあさっきは本当にビックリしたよ。いきなりこんな美女が泣きながら目の前に迫ってくるんだもん。身に覚えないのに必死であれこれ考えちゃったよ」


 ビールをグイッと煽ったあとに恭也さんはまたそのことをまた笑った。私はまだ真っ直ぐに恭也さんの顔を見られない。


「僕も恭也にこんな綺麗な知り合いが居るなんて驚いたし」


 恭也さんの友達の石川いしかわわたるさんも私に気遣う感じに控え目な声で笑った。


「私だって驚いたよ。鹿ノ子がいきなり男の人に話し掛けて、ましてや泣きながら名前を訊くなんてね」

「も、もういいでしょ……」


 嬉しそうに笑う琴葉の太ももを軽く叩いて軽く睨む。



 泣きながら近付いたあと、私は躊躇わず名前を確認した。

 『川神恭也』というその名を聞いたとき、私の心臓はいよいよ破裂しそうに鼓動してしまった。


 私の異常な行動を不思議がっていた琴葉だったけど、気持ちは分かってくれたみたいでこうして二人を誘って居酒屋に連れて来てくれた。



「で、君たちの名前は?」


 石川さんが柔やかな顔でそう訊いてきた。不健康に痩せた恭也さんと対照的に、石川さんはふっくらとしていた。でもそれはそれで、失礼ながらそんなに健康的には見えなかった。


「あ、まだ名乗ってなかったっけ。私は七瀬ななせ。七瀬琴葉です」


 前振りのようにさっさと自己紹介した琴葉は、両手で何かをパスするように私の番という素振りをした。二人の視線が向けられるとピリッと皮膚が痺れた。


「わ、わたしは……安斎あんざい鹿ノ子です」


 恭也さんはこれといったリアクションもなく、小さく頷いて私の顔を見ていた。


「あのっ……両親が中学二年生の時に離婚しまして、それまでは岳籐鹿ノ子って名前でしたっ」


 そう言えば何か反応があるかもしれないと期待して付け加えた。

 結果として反応はあった。しかしそれは私の期待したようなものではなかった。


「えっ……そうなんだ。中二で親が離婚なんて、なんか大変だったんだね」


 気まずいことを聞いてしまったという顔をして、恭也さんは曖昧に笑った。

 そりゃそうだ。初対面の人にいきなり両親の離婚歴なんてそこそこヘビーな話を聞かされて戸惑わない人は居ない。


「そうなんだ。私も知らなかった」


 琴葉も驚いた顔をしていた。今さら自分の発言に後悔してしまう。

 二十歳の恭也さんは私の過去を知らない。そう注意されていたのに、私は淡い期待を捨てきれなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。


「アグレッシブレモン、好きなの?」


 重くなりかけた空気を変えようとしてくれたのか、石川さんが琴葉にそう質問した。


「ううん。私は鹿子に誘われて付き添いで」

「えー? 意外。鹿ノ子さんが誘ったんだ」

「はい、まあ……一応。お二人は好きなんですか、あのバンド」


 あまり深く追求される前に話を振って誤魔化す。


「好きって言うか」


 恭也さんと石川さんは顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。


「まあ知り合いというか……ちょっとした繋がりがあって知り合ってね。だから一応挨拶という意味で顔出した、っていう程度なんだよね」


 恭也さんは言葉を選びながらそう答えた。それでも十分『こんなライブに来るのは不本意だった』というのは伝わってきた。

 あんな暴力的な音楽が好きじゃないと知って少し安心した。でもその反面、何年間も恭也さんが好きなバンドだと思い込んでいたから、ほんの少し裏切られた気もした。


「あの人たちとお知り合いなんですか?」


 大人しそうな恭也さんがあんな反社会勢力寸前のバンドやそのファンと顔見知りとは思えない。そう言うと恭也さんは意外な事実を教えてくれた。


「音楽仲間なんだよ。Webで絡みがあるからその関係で」

「Web? 音楽?」


 意外な単語が飛び出して来た。恭也さんが音楽をしていたことは知らなかったし、イメージにもなかった。


「恭也さんもライブであんな風に演奏するんですか?」


 『あんな風』は失礼だったかと思ったが、恭也さんは気にした様子もなく笑いながら手を振った。


「僕の場合はDTMと言って、まあ簡単に言えばパソコンで曲を作ってネットで配信する感じだから人前では演らないよ」

「はあ……」


 聞き慣れない単語や知らない世界だったので想像すらつかなかった。恐らく恭也さんはこれ以上ないくらいに、簡単で端的に説明してくれたのだろうが、それでも音楽をしているということ以外はさっぱり理解できなかった。

 更に説明をしてもらい、ようはパソコンで曲を作ってそれをボーカロイドという合成音声に歌ってもらい、インターネットの動画サイトで公開しているということまでは理解した。


「なんか、すごい……そんなことしてるんですね」


 自分の知らない世界と言うのもあるのだろうが、恭也さんが凄く才能を持った人に思えて嬉しかった。


「えー、聴かせて!」


 琴葉も興味を持ったのか恭也さんにアドレスを確認していた。

 不特定多数に聴かれるのは嬉しいのに、顔を合わせた人に聴かれるのは恥ずかしいらしく、恭也さんはなんとか誤魔化そうとしていた。

 けれど結局は私たちの熱意に負けて渋々教えてくれた。


 画面に映し出されたのはドットの粗い、古いゲームのような画像。素人が手作りで創りましたという雰囲気が滲み出ていた。

 琴葉は躊躇いもなく再生の三角をクリックした。


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