⑤閑話休題
「大変そうですね」
事情を聞かれた後、食事をいただき、アルコールもスイーツも楽しんだ。会場の外で少し酔いをさましていたら、女性に話しかけられた。
「ああ、まあ、結婚式あるあるですよね」
「自分の友達が、こんなドラマみたいなことするなんてと思いますけど」
どうやら、この女性は失踪した花嫁の友人らしい。長い髪を一つにまとめ、紺のワンピースで着飾っている。私は自己紹介しておくことにする。
「私は一応、新婦の親族なのですが、あまり面識もなくて」
「本当に、こんなことする子じゃないんですよ」
落ち込んだ様子の女性に興味をひかれた私は、会場に戻り、彼女と同じテーブルに座った。
「いや、さっき式場の人にも言いましたけど、結婚してから後悔するより、かえってよかったんじゃあないですかね」
「そうでしょうか」
「そうですよ」
「お客様、お飲み物をどうぞ」
さきほど事情を聞いていた眼鏡のスタッフが、私達にコーヒーを運んでくれた。せっかくなので、いただくことにする。やや太りぎみの新郎の母親やロマンスグレーの上司がこちらの様子を気にしているようだったが、私は構わなかった。新婦の親族がナンパでもしているようにでも見えるのだろう。知ったことか、と私は思った。
「今日はお一人ですか」
私の結婚指輪を視ながら、女性が話を続ける。
「ええ、新婦の親戚なのは、私ではなくて妻の方で。今日はインフルエンザになってしまったので」
「ああ、流行っているそうですから」
「まあ、でも一緒じゃなくて良かったですよ。最近は、ちょっと注意しただけでも、やれモラハラだ、離婚だ、とうるさくて」
「ああ」
女性は困ったように笑っている。話題をかえた方がいいと気づいたが、勢いがついて止められず、
「魚料理が下手で、小骨を取るのを忘れるんですよ。根本から間違っている、といったら、子供がママ魚の骨取ってくれないと食べられないって言うならともかく、四十越えたジジイが気持ち悪いなんて言うんですよ」
「そうなんですか」
喉がかわいてコーヒーを飲み干す。少し苦く感じた。料理はわるくなかったのだが。
「ドタバタ歩くので、デブは静かに歩け、と言ったりはしましたが、それくらいでモラハラなんておかしいでしょう」
「さあ」
女性は更に困惑してきたのか、視線をあちこちにさ迷わせ始めたが、私は一層熱くなってしまった。
「だいたいね、あいつには実家の仕事を手伝だってもらう約束で結婚したんですよ。それをそんなつもりじゃなかったとか、他にやりたいことができた、なんて抜かしやがって。いつまでたっても資格試験には受からないし」
体がふらついてきた。テーブルに倒れそうになった私を女性がとっさに支えてくれた。
「なにが、仕事選ぶ権利は私のものだ、バカでなにもできないくせに」
「それは」
あ、だめだ。酔ったのかな。意識が遠くなっていく。
「奥様も辛かったでしょうね」
女性の声が聞こえた気がした。