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短編集

歯車

作者:Re:over
ナロラボの企画のためにプロットを30分で考えたので、正直なところおかしな点があるかもしれません。ご了承ください。

 僕は立ち止まって薄汚れた水中を泳ぐ小魚を覗いてみた。樹奈きなもそれに習って足を止める。何の変哲もない池をデート中、さらに言えば次の目的地へ一刻も早く到着すべきであるのにもかかわらず、僕は立ち止まったのだ。

「樹奈は、僕と付き合っていて嫌じゃないの?」

 この小魚が樹奈のように思えたのだ。だからこうして彼女に訊いた。

「私はゆうに愛されてるってだけで幸せだよ」

「そんなこと言われても、本心じゃないのは分かっているんだ。もっと自分の気持ちに素直になってくれた方が僕は嬉しい」

「......そんなこと言われても。事実なんだから」

 彼女は機械じみた声で否認した。しかし、僕は彼女が嘘をついていると思っている。理由は簡単だ、僕が彼女を愛しているから。愛しているからこそ、彼女の一つ一つの行動を見逃さないし、彼女以上に彼女のことを知っていると自負しているからである。仕方ないので目的地へまた歩き始めた。

 彼女には僕以外に好きな人がいる。それが誰なのかも僕は知っている。いつも目で追いかけているからだ。それを見ていると、こちらまで胸が苦しくなるし、彼女の恋を応援したいのは本音だし、実際に背中を押してみたが、効果は無かった。

 彼女は普段から周りの考えや行動に流されるような性格であった。なのに、自分の恋に関することは避ける傾向にあるらしい。

 正直を言うと僕は彼女の流されやすい性格を利用したつもりだった。なのに、恋に関しては一途のようだから、彼女が流されやすいということは僕の勘違いなのか。

「今ならまだ間に合う。急いでひびきの元に行って思いを伝えてきて。そうしてくれれば僕は十分だから、お願いしたい。僕の側近に彼の現在位置と車の用意をさせるから」

「持ってもいない気持ちをどう表現すればいいの? 私は最後まで優と一緒にいるつもりだよ」

 周囲に恐れて同調し、食われるのを免れてきた小魚のような彼女に勝てないことは恥じるべきと思う。

 つい数週間前に両親を失ったばかりであったため、せめて、彼女には幸せになってもらえたなら、喜んで彼女の後を追えるだろう。ここまで意志が固いのであれば、僕が彼女を笑顔にさせるしかないのだ。

 近くの公園から子供たちの騒がしい声が聞こえる。冬になり、雪は降らずとも、とても寒いこの時期に、外で元気よく走り回る姿が、今の僕より数倍たくましく見えただろう。

「まだ時間ある?」

「えぇ、少しは」

「病院まで急いで行くとして、少しあのブランコにでも乗ってゆっくり話さない?」

「いいよ」

 相変わらず彼女は無機質な声を発する。僕に対してはいつもこういう調子だ。彼女なりの照れ隠しか、緊張していて自然とこうなっているのだろうか。

 夕日によってオレンジ色に染められた公園はどこか寂しさを訴えているように思える。夕暮れを知らせる鐘が街に響くと、子供たちは一瞬にして消えてしまった。残った僕と樹奈は隣り合ったブランコに乗り、話を始める。

 彼女はとある病気にかかっているのだ。最近猛威を奮っている病気で、ニュースにも取り上げられているらしい。僕の両親とその兄弟たちもこの病気で死んだ。これといった症状は無いのに急に死ぬという病気である。予防も進行を止めることも出来ないそうだが、感染型ではないらしい。

 それから、この病気で死ぬ時間帯というのがある程度予測出来るらしい。それで彼女の死亡するであろう時間がもうすぐそこまで迫ってきているのだ。

 一人っ子で親も無くして恋人も失えば、僕だって自殺するだろう。いや、彼女と一緒いたいが為に自殺するつもりである。

「何話すの?」

 確かに、未来が無い僕らにとって明日ほど無意味で悲しくなる話はない。とはいえ過去の話をしたら虚しく切なくなる。ならば、今、この瞬間に感じていることをありのままに語ろうと思った。

「僕は樹奈に会えて本当によかったと思ってる。なんだかんだで1年近く付き合っているけどケンカもしてないし、たくさんいろんな場所に出かけた。遊園地に映画館、水族館から喫茶店まで。いろんな場所に行く度に僕は感じたんだ」

「うん」

 彼女は目尻を細く小さな指で撫でて溢れる涙を拭った。僕も涙が視界をぼかし、赤色に溺れる。

「家族や友達と一緒に行くよりも楽しいし、ドキドキして君とまた、ここに来られたらなって。そして、大人になってさ、それぞれ仕事に就いてお互いに支え合って生きてくんだ。そういう未来だったらどんなにいいかって何度も思った」

「私だって、もっと優と楽しい時間を過ごせたらどんなに幸せか......」

 公園に設置されている時計の針は絶えず動き、僕らを置き去りにしようとする。一定間隔で歯車が回り、それに作用され針が時を刻む。歯車が無慈悲で無感情で無機質であることに憎悪の念を抱くほどだ。こんな時くらいはゆっくりと進んでほしいのに、歯車は平等に幸福を与え、平等に不幸をもたらす。

 ブランコの揺れる金属音が公園を往復しする。2つのブランコが不協和音を奏で、公園を無色で飾った。カラスの声が遠くから聞こえ、僕らを祝福しているかのようだ。

「そろそろ行くか」

「そうだね。時間もギリギリだからね」

 そう言って立ち上がって夜空を見上げた。既に星が光り、月が綺麗な弧を描いている。雲は無く、夜空を思う存分眺めることが出来た。しかし、それを長く見つめられる時間は僅か。

 瞑色になった夜道を街灯の明かりを辿り、病院へと向かう。本当はこんなに急ぎたくない。もっと樹奈と居たかった。彼女は僕と付き合っていて楽しかっただろうか、幸せだっただろうか。

 樹奈が響のこと好きだということは勘違いだったようで、僕との思い出で泣いてくれたのが証拠だ。これは彼女が僕を本当に思っていた印なのだと思う。どちらにせよ、ここでズルズルと響のことを引きずっていては、彼女を笑顔にすることなんて到底出来ない。

 僕と樹奈の間にある歯車に感謝したい。僕たちの時を進めたこの歯車が上等であったおかげで彼女とはケンカもしなかったし、すれ違うこともなく、無事にここまで来れたのだ。だから本当は時計の歯車にも感謝すべきなのだろうが、今はそんな気分になれない。

 少しずつ病院との距離が縮まっていく。一歩歩くたびに樹奈との歯車が軋むような気持ちだ。彼女も僕以上に不安だろう。少しでも気持ちが落ち着いてくれることを願って彼女の左手を握った。彼女は少し動揺したけど「ありがとう」と言ってくれた。

 慣れない行動に僕も緊張を隠せず、自分の顔をもろに見られた時、赤くなっていることに気がついていなかったか心配になる。こんな最後の最後まで恥ずかしく感じる僕は本当にバカなのか、あるいは人間自体がそういう性質を持っているのか。

 どちらにせよ、恥ずかしいという感情を押し殺さないと絶対に後悔する。脳内を空っぽにして、思ったことをどんどん喋った方が良いのかもしれない。そうすることで素の自分を出せるのではないだろうか。しかし、何も考えないというのは非常に難しい。

 まず、彼女と手を繋いでいる時点でその感触が脳に送り込まれる。それから1年も付き合っていて手を繋がなかったことに対する後悔が生まれ、そのままたくさんの思い出と後悔が脳裏に浮かぶ。あの時こう言えばよかっただの、あの時こうすればよかっただの。

 それに続いて僕の中に秘められ、普段彼女の元に届かないような気持ちが非力で不甲斐ない僕を囃し立てる。真っ白にしようとした頭の中は一瞬にして混乱状態に陥った。

 こんなんじゃダメだと思っていても、意識して出来るようなことではない。もっと自然になろうと思えば思うほど息が荒くなり、胸が苦しくなる。

 結局、お互い無言のまま病院の中へ入って行った。入ると樹奈を待っていた係の人が部屋へ案内する。部屋は最上階である10階にあり、至って普通の病室だ。樹奈はベッドに横たわった。

「なんかね、病院着いた辺りから体が怠くて。もう、私死んじゃうんだ......」

「やめろよ、そんなこと言わないでくれ。僕は樹奈のことが好きだ。今までも、今も、これからも」

「私も好きだよ」

 愛を確かめ合い、顔を近づけた。そのまま目をつぶって......。

















 唇を縦に分断する温かくて細い棒状の物が道を塞いだ。それと同時に肩に針が刺さる。びっくりして目を開けると、樹奈の右手の人差し指が僕の唇を押さえていた。

「私ね、実は病気なんてかかってないんだ」

「え? そうなの⁉︎ よかったぁ」

「でもね、優は病気にかかったんだなぁ、今の注射で」

「え?」

 理解が追いつかず、戸惑いを隠せない。樹奈は今さっき刺したであろう注射器を僕に見せつける。

「優は私に利用されただけ。私の小遣いでしかないの。ということであなたの受け継いだ財産はもらうわ。まぁ、あなたは私が幸せであればいいようだったからよかったね」

 僕は毒を投与されたらしく、だんだんと意識が遠のいていく。その細い線が切れる前に全てを理解した。彼女を勝手に小魚と認識していたが、実は彼女以外が全員プランクトンであったのだ。

 彼女との歯車が大きな音を立てながら壊れていく。彼女が僕の歯車に自分の歯車を上手く合わせていただけで、僕の歯車はそんなに上等ではなかった。

 それから彼女は周りに流されているのではなく、彼女自身が周りを動かしていたのだと知った。人間が動かしていると思っていた時計が僕たち人間を動かしていたように。

「好きな人を当てられた時は正直びっくりだったよ。でもまぁ、自分の欲望には勝てなかったみたいだね」

 僕に対して何の感情も抱いていないから無機質な声に聞こえていたのかと解釈する。もうさっさと死にたいのに、時間は僕を甘やかしてはくれない。

 せめて彼女の本性を知らずに死んでしまえたならどれほど幸せだったのか今頃になって気づく。彼女の不敵な笑みが今となっては憎い。しかし、どこか可愛らしさもあって、その笑顔を見ていると自然と僕まで笑顔になる。きっと、彼女のために死ねるなら悔いはないと思ったのだろう。

「それでも......樹奈のこと愛してる......」

 言い終えると意識は途切れ、暗くて深い闇の奥底へ落ちて行った。

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