外伝 側近は、皇后陛下の手のひらで転がされる 8
あの後、アレク陛下の言葉を文で伝えると、セディア様はすぐにお礼の返事を寄こしてこられた。
兄君が自分の事を気にかけてくれているとわかり、心から嬉しく思われたようだ。
文には、日常のご様子もあれやこれやも書き綴られていて、鮮やかな木々の新緑や、風に揺れるハーブの群生がふと思い起こされる。読み進めるルイタスの口元にも思わず笑みが浮かんだ。
早くアンシェーゼに迎え入れて差し上げたいと気持ちは焦るが、現実にはどこから切り崩せばいいのか、見当もつかない状態だ。
シーズの法に関する文献を取り寄せて抜け道がないか探した事もあったが、結局はそちらも徒労に終わった。
一方の陛下は何かを思いついたらしく、半月前からグルークを聖地マラカンに遣わせていた。
この時期はちょうど巡礼祭が行われており、聖教を国教とする国は、この巡礼祭に相応の重臣を遣わせて、莫大な献金を行うのが慣例だ。
グルークが今年、この使者に選ばれた理由は知らないが、おそらく極秘で接触したい相手がマラカンに来ていたという事なのだろう。
この時期は列国から要人や商人が集まるので、かえって外交がしやすいのだ。
常ならばこうした場に駆り出されるのはルイタスなのだが、ここ最近は何故か、諸外国巡りから解放されている。
国で過ごせるのはありがたいが、その代わり、雑務を目いっぱい押し付けられて、ルイタスはいい加減うんざりしていた。
例のまばら卿がまたアンシェーゼを訪れているのも、ルイタスの頭痛の種だった。
……鬱陶しいので、どっか別の国の外交をしてくれないものだろうか。
途中で出会ったアモンに愚痴を零しながら執務室の扉を開けると、そこにはマラカンに行っている筈のグルークが姿を見せていた。
半月近い滞在から、ようやく帰って来たものらしい。
と、そのグルークと何やら話し込んでいたアレクが、ルイタスを見つけて満面の笑みを向けてきた。
「ルイタス、やっと風穴が開いたぞ!」
何の事かわからず、ルイタスはその場に固まったが、アモンにはそれだけですぐに意味が通じたらしい。
喜色を浮かべてグルークに尋ねかけた。
「証言が得られたのか?」
「ああ」
グルークはこの男には珍しく、得意げな笑みを向けてきた。
「例の司祭が全て話してくれた。これでようやく、次の段階に勧める」
「証言? 例の司祭……?」
ルイタスは困惑し、答えを求めるようにアレクの顔を見た。
アレクは行儀悪く机の上に肘をついて、悪戯を成功させた子どものような顔で笑っている。
「お前には言っていなかったが、グレンに関する手掛かりをヴィアが見つけたんだ。
聖王庁に問い合わせて、事情を知っていそうな司祭をようやく見つけたまではいいが、神の領域に属する事だからと、肝心な部分をごまかされてな。
埒が明かないのでグルークをマラカンにやり、直接、教皇と交渉させた。
で、見事結果を持ち帰ったという訳だ」
ルイタスは眉間の皺を指で軽く揉んだ。
「大体の事情は分かりましたが、その前に一つ教えていただきたい。
何で私に黙っていたんです?」
「いやあ、八割方、うまくいくと思っていたんだが、もし駄目だったら、お前気落ちするだろ?
はっきり決まってから教えてやりたくて」
ルイタスは胡乱な目でアレクを見た。
そもそもこの件はアレク陛下の妹君の話で、気遣われるとしたら陛下の方であるべきではないだろうか。
どういう思考回路でそういう事を思いついたのか、ルイタスにはさっぱり理解できない。
「……まあ、いいです」
ルイタスは気持ちを切り替えるように、あっさりと首を振った。
「取りあえず、さっきの説明ではわからないので、最初から丁寧に教えていただけますか」
ルイタスの言葉に、アレクは嬉しそうに口を開いた。
「お前も知っているように、ヴィアはきれいで優しい上、とても聡明だ」
……そこから始めるのか。
ルイタスはちょっとイラっとした。
「そこは飛ばしていいです」
「……つまり、ヴィアが言ったんだ。
アンシェーゼと違って、シーズでは信仰が生活に根付いている。だから、あの時期にウズクに赴任していた司祭について調べてみたらどうかって」
「司祭、ですか?」
驚いたような顔をするルイタスを見て、アレクはちょっと苦笑いした。
「グレンが外部との接触を禁じられていた事は、お前から聞いて知っていた。
訪れた友は一度も面会を許されていないし、完全に孤立させられた状態であったのは間違いない。
けれど、グレンの傍にいたのは、幼い頃からグレンを我が子のようにかわいがっていた守役達だ。
僅か十五かそこらで寝たきりになり、未来を失い、家族からも見放されたグレンを、可哀そうに思わなかった筈がない。
グレンは一時期、セディアへの罪の意識に苦しんでいたと、お前が言っていた。
幼い頃から信仰に親しんでいたグレンならば当然、告解を望んだだろう。
身動きのできぬ病床で、絶望にのたうちながらグレンがそれを望んだとしたら、それを聞いた守役の誰かが、罪を覚悟で、こっそりと司祭を呼び入れる事があってもおかしくはないとヴィアが言ったんだ」
ルイタスは大きく目を見開いた。
盲点だった。シーズの貴族階級が何か知っていないかと、自分はそればかりを追っていたのだ。
「……グレン殿の許を秘かに訪れた司祭がいたのですね」
吐息のようにルイタスは呟いた。
「当主に対する明らかな裏切りだから、使用人らに聞いたとしても名乗り出る者はいないと思った。
だから、聖王庁の方に問い合わせた。
聖王庁なら当然、あの時期にウズクに赴任していた司祭の名前を把握している。
その中で、ウズクの別邸を訪れた事のある司祭がいないか確認してもらったところ、一人だけ該当する者がいた。ローマンと言う、五十半ばの司祭だ。
ただ、別邸を訪れた事までは認めたが、手引きした者の生死にも関わりかねないからそれ以上の事は言えないと、ローマン司祭は教皇の使者に答えたらしい。
誰の告解を聞いたのかも、言わなかったそうだ。
それで聖王庁はそれ以上問い質す事は止め、返事をそのままこっちに送って寄越した」
アレクはそこで言葉を切り、小さく吐息をついた。
「せっかく証人になり得そうな人間を見つけたのに、有耶無耶にされたのでは元も子もない。
膝詰めで談義する必要があったから、巡礼祭を口実にグルークをマラカンに派遣したんだ」
アレクの視線を追ってルイタスがグルークに目を向けると、グルークが肯定するように頷いた。
「元々、告解なんて公にすべき類の事ではないから、開示を求めるこちらの方が分が悪い。その上、シーズ国内で起こった事だ。
聖王庁は、なるべく関わり合いになるまいとするだろう。
だから今回、教皇がずっと欲しがっていた手土産をグルークに持たせた。
思った通り、最初及び腰だった教皇は、こちらの提案を聞くなり、掌を返したようにこの話に飛びついてきたそうだ。
すぐにマラカンに、ローマン司祭を呼び出してくれた」
後はお前の方が詳しいだろうとアレクに水を向けられ、グルークは苦笑しながら口を開いた。
「告解をした人間とその内容を詳らかにするようにと教皇から求められ、ローマン司祭は、ひどく困惑していた。
教皇の命令は絶対だが、名を明かせば人が死ぬかもしれないと、それを恐れていたようだ。
だからこちらも、グレン殿に対してカインズ家が行った仕打ちやその思惑、セディア様の窮状に至るまでを隠さずに話した。
そもそも無効である婚姻を偽って続けさせた時点で、カインズ卿は神の名で誓った婚姻を貶めている。聖王庁に対する明確な裏切りと言えるだろう。
そしてまた、このまま偽りの婚姻生活を続けさせれば、アンシェーゼの皇女が……、セディア様が殺されるかもしれないという懸念を伝えると、ローマン司祭はようやく口を開く決心をしてくれた。
まだ若い身空で、首から下が動かせなくなったという悲劇は、司祭にとっても衝撃的だったようで、当時のグレン殿との会話を、司祭は鮮明に覚えていた。
グレン殿がセディア様の幸せを心から願っていた事を知る司祭は、真実を公にする事が神の御心にも沿うと納得したんだ」
グルークは、そこでちょっと言葉を切った。記憶を辿るように、その瞳が眇められる。
「そもそもグレン殿を訪れるきっかけは、教会にいた司祭の許を、別邸の使用人が訪れたところから始まったらしい。
人目につかぬよう館を訪れてもらえないかと頼まれ、司祭は事情を一切知らぬまま、夜遅く迎えに来た馬車に乗り込んだと言っていた。
その男は、他の使用人仲間にも知られたくなかったらしい。
別邸からかなり離れた場所に馬車を止め、裏口から手引きして、司祭を病室に連れて行ったそうだ。
病室に侍っていた侍女はすぐに席を外したというから、おそらくこちらとも話はついていたのだろう。
訪れた司祭にグレン殿は自分の名を名乗り、事故で頚を傷めたために首から下が全く動かせず、そのため起き上がって挨拶する事も叶わないのだと、最初にはっきりと非礼を詫びたそうだ」
ルイタスは思わず瞳を閉じた。
グレン殿が事故で寝たきりとなっていた事を証明できる人間は、誰もいないのだと思っていた。
けれどセディア様の全く与り知らぬところで、グレン殿は確かな証人を未来に残していかれたのだ。
アレクは執務机の方へ歩いて行き、引き出しの中から一通の封筒を取り出した。
封の部分には、聖王庁の印璽が押された赤い封蝋がされている。
「ローマン司祭の身元を証明する書状だ。
ローマン司祭は任地であるガランティアのウフガンに戻っているが、時が来れば、一緒にシーズに赴き、証言をしてくれる手筈になっている。
その時にこれが役に立つだろう」
「司祭自らが証言に立ってくれるのですか?」
ルイタスはさすがに驚きを隠せなかった。
国同士の揉め事に表立って介入したくない聖王庁は、詳細を書き記した文書を寄こして、それでお終いにすると思っていたからだ。
「司祭自身がそれを望んだそうだ。故人の言葉をセディアにきちんと伝えたいらしくてな」
「そうですか」
ルイタスは瞳を落とした。
「それにしても、よく教皇が許しましたね。
こちら側としてはありがたいですが、そこまで破格の好意をいただくと少々薄気味悪い気がします」
アモンが不思議そうにそう言い、アレクは小さく笑った。
「だから相応の手土産を渡したと言っただろう」
「……その手土産って、何なんですか?」
ルイタスも興味を隠せずにアレクの顔を見た。
そうまでして教皇が欲しがるものとは、一体何なのだろうか。
「ヴィアの改宗だ」
「え?」
あっけらかんとアレクが答え、一方のアモンやルイタスは虚をつかれて黙り込んだ。
皇后は元々、テルマの民だ。当然、今もテルマの神を信仰している筈だ。
「……そんな事をして本当にいいんですか?」
「以前から、教皇に散々言われてたんだ。聖教が国教なのに、その皇后が聖教を信仰していないというのはおかしいとな。
で、ヴィアの方は、焦らなくてもいいと笑ってた。せっかくだから、高い値段で買って下さる時を待てばいいって」
「…………」
「アンシェーゼの皇后陛下は民に人気がありますからね。
皇后の改宗は聖王庁にとって喉から手が出るほど欲しいものでしたし、今回は本当にいいタイミングで売れました」
満足そうにグルークが続け、本当にそうなのか?とルイタスは首を捻った。
「……改宗って、そんなに簡単なものでしたっけ?」
「改宗は方便だ。ヴィアはこれからもテルマの神を信仰するだろう」
そんなルイタスを見て、アレクは穏やかに言葉を続けた。
「ヴィアにとっては、肩書や形式より、人の方がよほど大事なのだそうだ。
ヴィアがそう言っているんだから、それでいいんじゃないか?」
ルイタスは何だか力が抜けた。
皇后陛下らしいと言えば、これほど皇后らしい言葉はなかった。
この改宗によって、セディア殿下は救われる。その事実の前には、名ばかりの改宗など皇后には些細な事なのだ。
「あとは外交的な調整をつけていくだけですね」
グルークがやや真剣な面持ちで、そう言葉を落としてきた。
打診もなく、他国の貴族を糾弾する訳にはいかないため、これからが外交の本番となる。
「その事なんだが」
アレクが口を挟んできた。
「今回は皇后案件とする」
……皇后案件て何?
訳の分からない宣言をされて、ルイタスら三人は思わず顔を見合わせた。
「国と国の案件にしたくないんだ。別にシーズが国絡みで騙していた訳ではないからな。
それに、下手に使者をやってカインズ卿に話が漏れるのが怖い」
確かにそれだけは避けなければならなかった。
セディア様の件でこちらが動いていると知られた時点で、カインズ卿はセディア様を口封じにかかるだろう。
「こちらが望むのは、婚姻が無効である事をはっきりと廷臣らの前で宣言してもらう事だ。
セディアの将来に関わるところだからそこだけは譲れない。
無効である婚姻を引き延ばした結果、アンシェーゼが被った損失の総額はカインズ家に支払わせる事とする。
……グルーク、試算を出しておいてくれ」
「勿論致しますが、莫大な額になりますよ」
グルークは苦笑いした。
「邸宅やら領地を売り払っても、果たして払えきれる額かどうか」
「貴族位まで売れば、何とか返せるんじゃないか」
ルイタスは思わず口を挟んだ。
はっきり言って、あんな家など潰れてしまった方がルイタスは大いにすっきりする。
「本来なら、セディアに対する不当な仕打ちへの賠償も請求したいところだが、あそこの夫人は、一応シーズ王の従姉姫だ。
追い詰め過ぎると、国同士の関係に響く。
カインズ家の沙汰については、シーズ王家に任せるしかないだろうな」
アレクはため息をついた。
「で、どこが、皇后案件なんです?」
そう、言葉を挟んだのはアモンだ。
大体の方針はすでにアレクが決めているし、皇后がどこで出てくるのかが分からなかったのだ。
「と、今、言ったような事を皇后と向こうの王妃との間で話を詰めてもらう。
ある程度の譲歩はしていいと思っているんだ。
例えば、本来なら、関税撤廃は婚姻無効時に遡るべきだが、カインズ家以外の取り引きに関しては、元の契約通り向こう二年は続行でも構わない。
とにかく、セディアに対して行ってきた理不尽な仕打ちを公の場で認めさせ、婚姻が無効である事を宣言できればいい。
ルイタス。お前の話だと、シーズの王はかなり、王妃に甘いのだろう?
特に身重の時期だから、大層、気を遣っておられると聞いた」
「はい。陛下と同じです」
その点に関しては、ルイタスはしれっと同意した。
うちの皇后も、相当陛下を振り回しているように思えるが、向こうの王妃の夫操縦法もなかなかだ。
昔はかなり気の強い、押しの強い女性だったような気がするのだが、今は、甘えるべき時は上手に甘えて、しっかりみっちりがっしりと、ご夫君の心を捉えているような気がする。
「あ……」
何かを思い出したように、グルークが間抜けな声を上げた。
「何だ?」
アレクが怪訝そうに眉宇を寄せる。
「そういや、あのお二人、仲が良かったのでしたね」
ガランティアの第三王女シェルルアンヌ様。アレク陛下の皇后候補の筆頭であられた方で、後にシーズ王の後添えとして王妃となられた方だ。
以前は目いっぱいヴィア皇后に対抗意識を持っておられたが、今や自他ともに認めるヴィア皇后の信奉者である。
ルイタスなどは、何でですか! と真剣にカミエに聞かれた事もあるのだが、理由など口にできる筈もない。
「今でも、よく文のやり取りはしているらしいぞ」
アレクの言葉に、ルイタスはふっと遠い目をする。
なんか、ろくでもない事を書いているような気がしてきた。
例えば、効果的な美容法とか、夫のしつけ方とか、夫の振り回し方とか……。
「確かに、皇后に任せた方がすんなりことが運ぶ気がしてきました」
何故か疲れを覚え、ルイタスは吐息と共に呟いた。
皇后は、争いを好まれない。国同士の関係を損ねないよう、細やかに気を配っていかれる事だろう。
ルイタスが邸宅に帰ると、セディアからの文が届いていた。
今回はハーブのポプリも一緒に届けられていて、ルイタスは思わず口元を綻ばせる。
別れて以来、セディア様が不安を覚えないように、ルイタスは折に触れて文を送っていた。
具体的な進捗については触れず、ただアレク陛下がセディア様の事をきちんと気に掛けている事や、日常の事柄などを思いつくままに綴っている。
本当は、珍しい紅茶や菓子なども送りたかったが、人目に付くとまずいので、そこにだけは気をつけていた。
頻回に文を託すため、そろそろフェンが文句を言ってきてもおかしくないのだが、何故か最近フェンが非常に大人しい。
個人的に何か嬉しい事でもあるのか、最近は妙ににやついていて、若干引き気味なルイタスである。
さて、そんなある日の午後、ルイタスは皇后から呼び出しを受けた。
「貴方には、きちんと伝えた方がいいかと思って」
皇后はもう六か月だ。お腹もせり出して、動作もどこかゆっくりとしている。
「今月末、シーズ王が夏涼みの夜会を開かれます。
シーズの主だった貴族が集まる盛大な会となるでしょう。
本来ならば列席は国内の貴族だけですが、今回は特別にセルティスを招待して下さるそうです」
いよいよ話がついたのだ。
高まる期待に、ルイタスは緊張を隠せずに皇后を見上げた。
「シーズ王妃とは、これまで度々文のやり取りを行って参りました。
セディア様の身に危険が及ばぬよう細心の注意を払い、二人きりとなれる寝所で、王陛下と何度も話し合われたそうです。
カインズ卿夫人は従姉姫に当たられる方なので、シーズ王はなかなか信じようとなさらず、証言を記した書状を聖王庁からも送ってもらったと聞きました。
真実を知った王陛下は、激怒されたとの事です。
アンシェーゼの皇妹の名誉回復に努め、カインズ卿を断罪されると、はっきり口にされました。
この後の流れですが、セルティスがセディア様を保護した後、国賓として、二人で夏涼みの夜会に出席する事になりました。
セディア様の姿を認めたカインズ卿は黙っていない筈ですから、騒ぎを機にカインズ卿を断罪していく形となります。
司祭は別室に待機しておりますが、カインズ卿がきちんと罪を認めるのであれば、表に出す必要はありません。
王はカインズ卿に、自ら罪を認め、セディア皇女に誠実に謝罪する事を望んでいます。
できるだけその機会を与えて欲しいとの事でした」
皇后は言葉を切り、「ここまでで何かわからない点はありますか?」とルイタスに聞いてきた。
ルイタスが、「いえ」と答えると、皇后は再び口を開いた。
「中心となって事を進めるのはセルティスです。ルイタス様にはセルティスの補佐をお願いします。
わたくしはあの子を信じていますが、いくら頭が切れると言ってもまだ十八です。
外交経験も浅い上、シーズ訪問は今回が初めてですから、何かと戸惑う事も多いでしょう。
あの子には、貴方の支えが必要です」
皇后は言葉を切り、それから……と、もの思わし気に吐息をついた。
「一番気に掛かるのはセディア様の事です。
グレン様が成人された時、一族内でセディア様のお披露目があったと聞いていますが、その後セディア様は十年近く幽閉されています。
貴族としての社交をほとんど学んでおられません。
今まで公の場に出られた事もないお方が、ろくな準備期間もないままに、いきなり注目を浴び、一挙一動を見られる事になります。
心的な負担を非常に覚えられる事が容易に想像できる上、場合によっては、公衆の面前でカインズ卿に罵声を浴びせかけられる可能性もあります」
皇后の表情はやや厳しかった。
アンシェーゼの宮廷ならば守ってやれるのだが、シーズでは貴族達がどういう反応を見せるのか、今の時点では予測もつかない。
頼りになるのは、シーズの宮廷に慣れたラダス卿だけだ。
「セルティスは、公の場で断罪していく事に神経を傾けていますから、セディア様を気遣う余裕はないでしょう。
夜会の場だけでなく、離宮で過ごされる間も目を離す事なく、セディア様を支え、守って差し上げて下さい」
「わかりました」
今回の訪問では、セルティス殿下は外交に忙殺される。それはわかりきっている事だ。
セルティス殿下に代わり、火の粉を払う人間が必要だというなら、いくらでも自分はそうするだろう。
何よりルイタス自身が、自分でセディア様を守りたかった。自分以外の他の人間がセディア様の眼差しを受け止めるなど、考えただけでも腹が立つからだ。
ルイタスは面を上げて、真っ直ぐに皇后を仰ぐ。
静かな決意を眼差しに秘め、ルイタスは僅かに微笑んだ。
「お約束申し上げます。
セディア様の事は、私が命に代えてもお守り申し上げます」