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寵妃の連れ子、側妃となることが決定する

 ヴィアが第一皇子アレクの側妃となることは、皇后トーラによって皇帝に奏上された。

「ヴィアトーラを見初めたアレクがわたくしに許しを求めてきましたので、皇后の権限で許しました」


 自分の妻である皇后に、元寵妃の連れ子を、しかも養女にしていた娘を、自分の愛妾にしたいなど、さすがの皇帝も口にできなかったのだろう。

 ああとも、うむともつかぬ返事を口の中で言い、あっさりとヴィアはアレクの側妃となることが許された。


 元々貴族の血など一滴も入っていないヴィアは、本来ならば第一皇子の愛妾の一人として召し上げられても不思議はなかったが、仮にも皇帝の養女であった身だ。

 ヴィアはアレクの住まう水晶宮に広い一角を与えられ、それに伴い、多くの侍女や使用人が配される事となった。


 もちろん妃であるからには、それなりの義務も生じてくる。今後は公的な場にも出席が求められるし、様々な社交にも顔を出していかないといけなくなる。


 水晶宮に移るにあたり、ヴィアが先ず一番にアレクに望んだのは、セルティスの保護だった。

 ヴィアが、第一皇子の側妃となることが決まった時点で、セルティスは完全にセゾン卿の敵となった。このまま紫玉宮に残しておくわけにはいかない。


 ちょうど先月、十二歳の誕生日を迎えていたことから、アレクはセルティスを、自分の息のかかったアントーレ騎士団に入隊させることにした。


 騎士団の宿舎で寝起きできるなら、これほど安全な場所はない。

 騎士団の建物はそれ自体が要塞みたいなもので、部外者が気軽に入り込めるような場所ではないからだ。

 セルティスが王宮に来たい時は、アントーレの騎士が護衛としてセルティスにつき従うようになるだろう。


 そうして残されたわずか十日ばかりを、ヴィアはセルティスと共に二人で過ごした。

 側妃になる宣旨と共に、紫玉宮の周囲は物々しい警護に包まれたが、生活自体に何の変化もあるわけでもない。


 取りあえず、毎日、儀典官が側妃教育にヴィアを紫玉宮に訪れるので、午前中はその講義を聞き、午後は引っ越しの準備で慌ただしく動き回っているセイラやルーナの邪魔にならぬよう、大人しく過ごしている。


 そんなある日、アレクが一度だけ紫玉宮にやってきた。

「無理に会いに来られなくても、大丈夫ですわ。お忙しいのでしょう?」


 開口一番、そんなことを言ってくるヴィアに、アレクは正直、面食らう。

 歓待される事に慣れているアレクは、時間を作って会いに来た女性に、こんなことを言われたのは初めてだったからだ。

 ただ、ヴィアの物言いに刺はなく、単純にアレクを気遣っているのがわかったから、別に嫌な気はしなかった。


「一応私が見初めたことになっているのだし、こういう場合、普通足繁く通ってくるのではないか」

「そう言えば、そうですわね」

「私に会いたかったとは言ってくれないのだな」

 つれない姫君だとアレクは笑い、ごく自然にヴィアの手を取り、その甲に軽く口づけた。


 女性の扱いに慣れていらっしゃると、ヴィアは微笑む。

 そのすらりとした精悍な容姿で、あちこちの貴婦人や姫君にもてまくっているのはヴィアとて聞き知っていたが、これでは無理もない。


 ヴィアに言わせれば、腹では何を考えているかわからない胡散臭い青年だが、取りあえず、金と力は持っているし、文句なしに格好いい。

 話していても相手を退屈させる事はないし、極上の部類の男性に入ると言えるだろう。


 上辺だけ合わせても良かったのだが、ヴィアはどういう訳かそんな気分になれなかった。

 立妃を前に、らしからぬ緊張をしていたのかもしれない。


「貴方がわたくしに会いたいと思って下さる程度には、わたくしもお会いしたかったですわ」

 仕方なく思ったままを口にすると、意外にもアレクは笑い出した。

「お前に夢中なわけではないが、気にはなる」


 アレクの正直すぎる感想もまた、ヴィアの気に入った。上っ面だけの美辞麗句を掛けられるより、よほどいい。

 だから、誘った。

「もし、お時間があるのなら、一緒にお茶でもいかがですか?」

 思わぬ誘いに、アレクは一瞬瞠目した。

「毒が入っていないのなら」


 侍女達が見たら、悲鳴を上げそうな甘い笑みだわとヴィアは思った。何だか無駄に格好が良すぎて笑いたくなる。

「わたくしがあなたの毒見役になりますわ。それでよろしい?」


 テルマではハーブや香草茶が飲み物の主流で、ヴィアもお忍びで出かける度に、気に入った茶葉を手に入れていた。

 ただ、アンシェーゼの王宮ではハーブを嗜む習慣がないので、紅茶にした方が無難だろう。


 ヴィアはシエナと呼ばれる花を使った紅茶を選んだ。ここアンシェーゼではミルクで割る紅茶が主流だが、香り茶も少しずつ出回っている。

 約束通り一口飲んでアレクにカップを渡すと、アレクは恐る恐る香りを嗅ぎ、それから一口口に含んだ。


「甘い香りはするが、甘くはないな」

「ええ。シエナと言う花の入った紅茶ですの。セルティスが好きなので、よく淹れるのです。

 今日は生憎、出かけてしまっているのですけれど」

「知っている。アントーレ騎士団に呼ばれているのだろう?」


 セルティスの技量や体力をある程度知っておきたいと、アモンが言っていた。

 余り特別扱いはできないが、配慮はどうしても必要だからだ。


「剣の指南はきちんと受けていましたから、訓練にはついていけると思いますの。

 ただ、集団生活に馴染めるかが心配です。なるべく人目につかぬよう、ほとんど宮から出ずに育ちましたから」

「だからと言って、いつまでもお前の手元に置いておけるわけでもあるまい」

 あっさりとアレクは言葉を返す。

「いい機会だ。弟を信じて手を放してやれ」


 何でもない事のように言われ、ヴィアは驚いたように目をしばたいた。 

 そんなに簡単な事だったのだろうかと、ヴィアは自問する。


 殺されないよう、息をひそめるように、ずっと二人で暮らしてきた。

 もしあの夢が自分を訪れなければ、今も自分はこの紫玉宮から一歩も出ることなく、この手にセルティスを囲い込んでいた事だろう。


「アントーレに入れるなど、一度も考えたことはありませんでした」

 アントーレは第一皇子アレクの所属する団だ。第一皇子は、目障りな第二皇子を疎ましく思っていると信じていたから、アントーレにはとても入れられなかった。


 けれど、ロフマンやレイアトーに入れる事もできなかった。

 そんなことをすれば、皇子として名乗りを上げるのも同じことだ。完全に第一皇子の敵に回り、いつかセルティスは殺されてしまうと思った。


「騎士の叙勲を受けなければ、皇族として生きていけないと分かっていても、あの子を安心して預けられる騎士団がありませんでした。

 でも、今は殿下の庇護があります。

 確かに手を放してやる時期に来ているのですね」


 自分が側妃となることで、殿下の庇護に入れるならば、体をひさぐことなど何でもないとヴィアは思った。

 出来得る限りの寵愛を受け、セルティスの立場を安定させてやることこそが肝要なのだから。


「そう言えば、殿下はわたくしより五つ年上でいらっしゃるのですね。愛妾を迎え入れられるのも、わたくしが初めてだとか」

「何だ、いきなり」

 何を考えているのかと探るように、美しい琥珀色の瞳が細められる。

「わたくしはあなたの側妃となるのですもの。殿下の女性の好みを知っておくべきかと思いまして」


「私が女の好みを言えば、合わせてくれるのか?」

 からかうようにアレクが片方の口角を上げる。

 そんな意地の悪そうな笑みさえ、ひどく魅力的だった。ヴィアはちょっと眩しそうに微笑んだ。

「誠心誠意努力いたします」

「そうか」


 アレクは考え込むように瞳を伏せ、不意にヴィアの手を取ったかと思うと、思わせぶりに指先に口づけた。

「ならば昼は貞淑な貴婦人で、夜は娼婦のようにはべってくれ」

 生娘であるヴィアは一瞬言葉を失った。

 そんなヴィアの反応を楽しむように、アレクは蠱惑的な笑みでヴィアを見下ろす。


「わかりました」

 自分とて、皇帝を虜にしたツィティーの娘だ。指に吸い付くようなこの白い肌と、ほっそりとしながらも豊満な肢体は、側妃としての武器になるとヴィアは思う。

「男性を悦ばせる手管など存じませんけど、それが殿下のお望みなら、精一杯努力をいたしますわ。

 テルマには、閨房術を教えてくれるものがおりますの。きちんと教わって参ります」


「閨房……」

 慌てたのはアレクの方だった。

「待て待て待て」 

 この女なら本気でやりかねないとアレクは思った。

 清楚な花を手折る前に、手垢で汚されたいと願う男がどこにいるというのだ。 

 アレクはごく健全な欲望を持った普通の男で、別に手練手管で仕えて欲しいわけではない。


「私が教える!」

 思わずそう叫ぶと、ヴィアはきょとんとアレクを見た。

「そう、なのですか?でも、貴方のご希望ならわたくし」

「いいんだ!お前は何も教わるな!」


 この女といると、どうしてこうも調子が狂うのだろう。

 アレクは思わずため息をついた。

 ぞくりと体が震えるほどの美人なのに、アレクの想定通りに動いたためしがない。


「お前は別に、私の事が好きではないんだよな」

 疲れたように呟くと、ヴィアは首を傾げた。

「側妃は主を愛しすぎない方が良いのですわ」

 ヴィアは淡々と言葉を返す。


「身に過ぎた望みは、野望と騒乱を生み出すだけです。決して心は渡さず、なるべく目立たぬように生きる事が側妃の務めだと、母は申しておりました」


「心は渡さず?」

 アレクは、その言葉を聞き咎めて、つい呟いた。

 皇帝はツィティー妃に夢中だった。常に傍から離そうとせず、そしてツィティー妃もまた、その傍らで穏やかに微笑んでおられた筈だ。


「何故、心を捧げる必要があるのですか?」

 アレクの心を読んだように、ヴィアが静かに問い掛けた。

「皇帝はツィティー妃から何もかも奪いました。許されたのは娘のわたくしだけ」


 その口調に、僅かな怨嗟が見え隠れたと思ったのは一瞬で、ヴィアはすぐににっこりと微笑んだ。

「側妃とはそのようなものです。わたくしもまた、同じように貴方にお仕え致します。

 貴方はいずれ皇帝となり、貴方にふさわしい正妃をお迎えになるお方ですから」


「自分は愛さないのに、私の寵は得たいというのか?」

 呆れたように笑うと、ヴィアは何でもない事のように言った。


「貴方は、花を愛でるように、わたくしを愛でて下さればよろしいのですわ。

 わたくしは決してあなたを裏切りませんもの。

 人間としてではなく、愛玩動物のように、気が向けば構い、僅かの安らぎを得て、背後を気にすることなく、体を楽しんで下さればいい。 

 貴方の周囲には、家の浮沈をかけて貴方に取り入ろうとする者が多すぎますもの。 

 わたくしのような女が一人くらいいても、便利なのではありませんか?」

 

 アレクはまじまじとヴィアを見下ろした。

「お前は、面白い考え方をする」


 ヴィアの言う通り、帝位に一番近い第一皇子に、人は蜜のように群がってきた。

 お世辞や追従をする輩には心底うんざりしていたが、それを周囲に見せる事は許されなかった。

 隙を見せず、帝国の跡継ぎにふさわしいよう振る舞い、無用な敵は作らず、けれど敵対する者には容赦をせず、そんな風に過ごすしか自分の生きる道はないと、いつの頃からか諦観していた。


「貴方は何でも持っていらっしゃいますが、わたくしにはとても寂しい方のように思えますもの。

 わたくしには母とセルティスがいましたが、殿下にとっての皇后陛下は、気軽に愚痴など零せる相手ではないとお見受けいたしますわ」


「そのようなことをしたら失望された挙句、無事、皇帝になれたとしても、呆気なく皇后の傀儡にされそうだ」

 その顛末が容易に目に浮かぶ。

「皇后にとって、私は大事な駒だ。私なくして母の世界は完結しない。

 だが、それだけの存在だ」


 それを寂しいと思った事はない。アレクにとってそれは、当たり前の日常だった。

 母代わりだった乳母は、八つの時に皇后の逆鱗に触れ、王宮を追い出された。

 皇后はアレクを強い皇子に育てようとしていた。アレクを甘やかし、その胸で安らがせる者がアレクの周囲にいる事を、皇后は許せなかった。


「私が皇帝になるために何が必要か、母の関心はいつもそこにあった。

 そう言えば、私の遊び相手として、今の側近三人を送り込んできたのも皇后だったな」

 皮肉っぽい笑みがアレクの口元に浮かぶ。

「結局私はいつも、母の掌の上で踊らされているのか」


「それの何がいけませんの?」

 ヴィアは皿に盛られたクッキーを一つ手に取り、無造作に二つに割って、その一つを口に入れた。

 飲み下して、異常がない事をアレクに示したうえで、残りの半分をアレクの口元に差し出す。


「これは香草のクッキーですの。

 一晩寝かせておいたのを、ついさっき焼いたばかりですわ」

「お前が焼いたのか?」

「ええ。

 パンを焼くこともありますし、野菜スープやひな鳥の煮込み料理を作る事もありますわ」

「料理人のする事だろう?」

「いずれ宮殿を出ていく時のために、料理の勉強は必死にしましたのよ」

 楽しそうにヴィアは答えた。

「側妃になれば、このような自由はきかないと思いますから、料理人の真似もしばらくお預けですわね」

 

 どうぞ、と言われ、アレクはクッキーを口に入れる。

「珍しい味だな。甘味が少なく、独特の香りがする」

「ローズヒップと言うハーブが入っておりますの。

 お口に合いませんか?」

「いや、美味しい。面白い味だ」


「生きていれば、面白い事はたくさんありますわ」

 もう一つ割って口に差し出され、アレクは今度は躊躇なくそれを飲み下した。

「思い掛けない出会いも、作られた出会いも、避けようのない出会いも、色々ありますわ。

 皇后様の作られた出会いは、殿下には不本意ですか?」


「あの三人に不満はない」

 アレクは仕方なく肯定する。

「殿下がもし過ちを犯しても、あの三人ならば、勘気を恐れずに諫言なさいますわ。

 皇帝がお持ちでないものを、殿下は既に持っておいでです。それはとても幸せな事だと思います」


 柔らかな笑みで断言されて、心の蟠りが嘘のように溶けていく。

 アレクは琥珀の瞳を細め、微笑んだ。

「お前はやはり、面白い」


 とても女性に対する誉め言葉ではない。それでもヴィアは、その言葉が嬉しかった。

 自分は恋人ではなく、殿下の同志になりたいのだ。殿下はセルティスを守り、自分は殿下のために尽くす。


 ヴィアから見る殿下は、とても孤独だった。父も母も弟妹も存命であるのに、その誰とも家族ではなかった。

 周りを取り巻くのは、第一皇子から何らかの利益を得ようとする者、あるいは第一皇子を排斥しようと画策する者だ。

 そのような者達に常に周りを囲まれて過ごすなど、ヴィアには到底、耐えきれないだろう。


「そう言えば、何かわたくしに御用があったのではありませんか? 

 そうでなければ、こちらに来られる筈がありませんもの」

「用と言うか…」

 アレクは言い淀んだ。

「私はまだ正妃を持たない。だから来週、王宮主催の晩餐会に、側妃としてお前を連れて行く。

 構わないか?」


 ヴィアは不思議そうにアレクを見た。

「ええ」

 母も側妃だったが、同じように公の場に顔を出していた。側妃ならば、ごく当然のことだ。 

 アレクが何を躊躇っているのかヴィアにはさっぱりわからない。

「事実上、お前のお披露目だ。皆が注目するだろう。つまり」

 アレクは言いにくそうに言葉を切った。

「失敗すれば、ここぞとばかりに叩かれる」


 アレクが何を心配しているかようやくわかって、ヴィアは破顔した。

「大丈夫ですわ」

 今まで公の場に姿を出さなかっただけで、皇女として最高の教育は受けている。

 万が一貴族に嫁ぐようになった時のためにと、母ツィティーは本当に厳しくヴィアを躾けたのだ。

 母はアンシェーゼを嫌っていた。

 その貴族に馬鹿にされることが、我慢ならなかったのだろう。


「きちんと猫は被りますわ。猫の被り方は母譲りですの。母も十匹くらい張り付けていましたものね」

「十匹でも二十匹でも飼ってくれ」

 物怖じしない様子に、アレクはほっとした。

 少々のいじめや嫌がらせでへこたれるようでは、自分の側妃は務まらない。


「足を引っ張ろうとする輩はたくさんいるぞ。

 庇える範囲なら、庇ってやれるが」

「殿下はご自分のことだけ、ご心配下さいませ」

 そこまで心配されるのは心外だと、言外に匂わせる。


 そう言えば、ツィティー妃も強い方だったと、ふとアレクは思い出す。


 踊り子からいきなり側妃に上がり、言葉に出せない苦労や辛酸を嘗めた筈なのに、アレクが物心ついた頃には、まるで生まれながらの貴婦人のように、気品ある立ち居振る舞いで皆を圧倒していた。

 その娘ならば案じる事はないのかもしれないと、ようやくアレクも思い直した。

 それならば、アレクにも都合がいい。もしヴィアが社交界できちんと側妃の役割を果たせるなら、これ以上ない支えとなるだろう。


「三日後には、貴方の宮に入りますわ。第一皇子の側妃となると決めた以上、わたくしもできる限りの務めは果たします」


 そしてヴィアは真っ直ぐにアレクを仰いだ。

「殿下、わたくしの願いは一つです。必ず叶えて下さいませ」

「何だ」

「必ず皇帝になって下さい。貴方の盤石な治世の下、セルティスが恙なく人生を送れるよう、守ってやって下さいませ」


 アレクはヴィアの頬に手を伸ばした。

 そのまま慈しむように、指を頬からおとがいへと滑らせ、持ち上げる。

 ヴィアは湖水のように青い瞳で、真っ直ぐにアレクを見た。アレクの手がうなじから背中へと回され、優しく抱き寄せられる。

 間近で見つめてくる琥珀の瞳に、何故かぞくりと体が震えた。

 ゆっくりと近づいてくる唇は、いやなら逃げても良いという選択をヴィアに残すためだろう。

 だからヴィアは瞳を閉じ、アレクの行為を受けいれた。


 初めての口づけだった。


 唇を軽く触れ合わせたまま、ヴィアの髪の中に差し込まれた手が、優しく髪をまさぐってくる。

 すらりと細身に見えたからだがたくましい事を、ヴィアは初めて知った。広い胸に抱きこまれ、ヴィアは反対に自分の体がほっそりと華奢であることを、殊更に自覚する。

 抱きこまれたジャケットから仄かに漂う高貴な香に、今にも酔いそうだ。


 唇を離した後も、アレクはヴィアの体を離そうとはしなかった。

 腕の中におさまる柔らかな温もりを、手放すのが惜しかったからだ。

 何故そのような気持ちになるのかわからないまま、アレクはヴィアの柔らかな金髪の中に顔を埋めた。 

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