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外伝 側近は、皇后陛下の手のひらで転がされる 5

 そして今日もフェンは朝から不機嫌だった。

 今日一緒にウズクの別邸についてくるよう、出会い頭にルイタスに言われたからだ。

 

「……私は事務系の人間です。そういうのには絶対的に向きません」

 素っ気なく言い放つフェンに、そりゃあ、そうだとルイタスも頷いた。

「こういうのに向かない事は私も知っている。だが、お前の他に使えそうな奴がいないんだから仕方がない」


「仕方がない?」

 フェンは思わず眉根を寄せた。

「何ですか、その誠意のない言い方。

 少しは人をおだてて、やる気にさせようとは思わないんですか?」

「じゃあ、褒めるからやる気になれ。

 お前は優秀な秘書官だ。聞き取りくらい何とかなるだろ?

 それにお前、無駄に顔だけはいいんだから」


 そう言った後、ルイタスはふとまじまじとフェンの顔を見た。

「顔は悪くないんだよな。じゃあ、何で結婚しないんだ?性格が悪いからか?」

 フェンのこめかみに青筋が立った。

「それ、今、言うような問題ですか?それに、私が結婚できない理由はそもそも貴方にあるんですよ」

「どうして」

「貴方が私を引っ張り回すからです!」


 びしっとフェンは、ルイタスに指を突きつけた。いい機会なので、ここで雇い主に平素の不満を伝えておくことにする。

「今回だって、ガランティアから帰ったと思ったら、またすぐにシーズに連れてこられて……。

 お陰で最近は、一年の四分の一は国外ですよ。

 こんな頻繁に家を空けるような男に、いい縁談があると思いますか?」


「そうは言っても、お前がいないと仕事が滞るからな。第一私だって、好きで国外を回っている訳ではないし……」 

 そう言って肩を竦めたルイタスは、次の瞬間、思う答えを見つけてぽんと拳で掌を叩いた。

「そうか! つまりは、陛下が諸悪の根源か……!」

 

 ……大声で言うな、とフェンは思った。

 別に自分はそこまで事を大きくしたい訳ではない。


 これ以上この話題を続けたくなかったフェンは、そもそもの会話に戻る事にした。

「……つまり今日、一緒にウズクに行けばいい訳ですね」


 フェンだって、ある程度の事情は理解している。

 皇女絡みの問題なら慎重に取り扱う必要があるし、セディア様の場合は事情がさらに複雑だ。

 下手な使用人を間に入れたくない主の気持ちはフェンにだってよく理解できた。 


「で、どんなことを聞けばいいんです?」

 諦めて問い掛けると、「グレン殿に関する事なら何でも」と、ルイタスは即答した。

「グレン殿がウズクに追いやられるまでの経緯や、その後の生活でも何でもいい。とにかく、できうる限り詳しい情報をアンシェーゼに持ち帰りたいんだ」


 シーズの滞在は今日を含めて三日あるが、セディア様に会えるのは今日が最後だ。

 予定が埋まっているというのもあるが、頻回にセディア様を訪れて、人目を引いてしまうのが一番恐ろしかった。


 カインズ家にとってセディア様は、白藍の利益を生み出す金の卵であると同時に、表に出せない秘密を握る危険極まりない人間だ。

 自分がセディア様と接触している事が万が一にも知られれば、セディア様の身に何が及ぶか予測がつかなかった。

 

 ……このままセディア様をさらって行く事ができれば、どんなにか気も楽なのだが。


 ルイタスは思わずため息を噛み殺す。

 力づくで行う事はおそらく可能だが、手順を踏まずにセディア様を連れ出せば、シーズとの間に亀裂が入る。

 セディア様の名も汚す上、賠償にどんな要求を突きつけられるかわかったものではなかった。


 できもしない事をくどくど考えるのは止め、ルイタスはセディア様と過ごす午後について考える事にした。

 アンシェーゼに帰ってしまえば、もうしばらくはお会いできなくなる。

 ならば今日、この一日をきちんと楽しんでおくべきだろう。

 

 ルイタスがいろいろと想像を膨らませていると、その様子をまじまじと見つめていたフェンがぼそりと問い掛けてきた。

「……何か、妙に浮かれていませんか」

「そうか? 普通だろ?」

 

 フェンは疑わしげにルイタスを見たが、何も言わなかった。

 気のせいのような気もするし、どっちにしてもフェンには大した問題ではなかった。



 別邸を訪れると、訪問を心待ちにしていたように、セディアが一階の玄関ホールでルイタスを出迎えてくれた。

 マルクにフェンの事を頼んだルイタスは、セディアに促されるままに、庭園へと足を運ぶ。


 初夏の風が鼻をくすぐり、柔らかな若葉を風に揺らす新緑の木々が目に美しかった。

 花壇では色とりどりの花が咲き乱れ、華やかに庭園を彩っている。


 セディアは、庭園が見渡せる小さな四阿あずまやにルイタスを案内した。

「今、お茶の準備をさせますわ」

 はにかむようにセディアは言い、

「ハーブのお茶と紅茶とどちらに致しましょうか?」

と、聞いてきた。


「セディア様が栽培されたというハーブを」

「ハーブに慣れない方は、草のような匂いが気になるかもしれませんが、よろしいですか?」

 気遣うように問い掛けられて、ルイタスは微笑んだ。

「構いません。一度飲んでみたいと思っておりましたし。

 何かお勧めのお茶はあるでしょうか?」


「そうですね…」

 セディアはちょっと考えた。

「では、薔薇の実のお茶は如何でしょう。とてもきれいな赤色をしておりますの。目でも楽しめると思いますわ」


 やがて侍女が運んできたハーブティーは、セディア様の言う通り、鮮やかな赤い色をしていた。


「どうぞ」

 出されたお茶に口をつけると、甘酸っぱい香が口の中にふわりと広がった。

「不思議ですね。砂糖を加えていないのに、どこか甘い。

 花の実をお茶にしただけなのに、こんな鮮やかな赤が出るのは驚きです」


「実は、薔薇の実だけではこの色は出ませんの。別の花の花びらを加えるとこんな風に赤くなり、酸味も出るのですわ」

「別の花を?」

「ええ。仏桑花という花なのですけど」


 それからセディアは、お茶に使ったという薔薇の実を一緒に見せてくれた。 

「こちらの薔薇も、セディア様が育てられたものなのですか?」

「水や肥料をヨーシュと……、あっ、ヨーシュというのはこの館で働いている使用人の事なのですけれど、その者と相談しながら与える程度ですわ。実の収穫は、薔薇の棘で手を痛めてはいけないからと、ヨーシュがやってくれています。

 収穫した実を半分に割り、白い毛の覆われた種を取ってくれるのは、料理人のマーサですわ」

「種を取るのですか?」

「ええ。白い毛と種を取り切って、その後は水洗いをして、乾燥させておくんです」


「いろいろと手間がかかるものなのですね」

 ルイタスが感心したように呟くと、セディアは微笑んだ。


「彼らが作業をしている傍で、わたくしはおしゃべりをしながら、じっと見ていますの。

 白い毛が皮膚につくと痒くなる事があるので、マーサからはお気を付け下さいって、毎年言われていますわ」


 セディアは楽しそうにそう話したが、ルイタスは少し切ない気分になった。

 セディアはここから出る事を許されていない。限られた空間で季節を楽しみ、同じ顔触れの使用人達と話をするくらいしか、気晴らしがないのだ。


 ……十二歳の時からずっとこの場所に閉じ込められて、出たくなかった筈がない。


 ルイタスは僅かに目を眇めた。


 自分ならば息が詰まる。

 心地良く手入れされた庭があろうと、優しい使用人達に囲まれて穏やかな時を過ごせたとしても、ここには未来がない。

 夢を見る事も追う事も許されない単調な生活は、どれほど満ち足りていても息苦しいだけだ。


 笑みの消えたルイタスに気付き、セディアもふっと言葉を途切らせた。その目を静かに見つめ、ルイタスはゆっくりと口を開く。


「私に文を下さった、そもそものご用件をまだお聞きしておりませんね。

 セディア様のご希望を、お伺いしてよろしいでしょうか?」


 セディアは小さな吐息をそっと零した。新緑に覆われた庭園に目をすべらせ、そしてゆっくりと瞳を伏せた。


「わたくし、シーズにはもういたくないのです」

 呟くようにセディアは答えた。


「……この別邸にはグレンとの思い出もありますし、使用人達と別れ難い思いもあるのですが、カインズという名に繋がっていると考えただけでぞっと致します。

 シーズでは寡婦は婚家に従うものですけれども、わたくしはもう、アンシェーゼに帰りたい……。

 わたくしがアンシェーゼに帰れるよう、お力添えをいただけませんか」


 ルイタスは真っ直ぐにセディアを見つめ、頷いた。

「元より、そのつもりです。

 セディア様をこのままシーズに残すという選択肢は考えておりません」


「では……」

 セディアが表情を明るくするのを見て、ルイタスは「ただ……」と言葉を差し挟んだ。

「それには別の理由があるからです。

 関税の撤廃期限がくる前にセディア様をここからお連れしないと、お命にも関わると思っているからです」


 思わぬ言葉にセディアは、眉を顰めた。

「わたくしの命が?

 それに、関税とは一体何の事でしょうか」


 ルイタスは、婚儀の条件や契約事項について、淡々とセディアに説明していった。

「関税が撤廃されるのは婚姻から十五年まで、つまりあと二年なのです。

 それまではセディア様に生きていてもらわなければなりませんが、それを過ぎれば、カインズ家にとってセディア様の存在価値はなくなります。

 むしろ、生きているだけで危険な存在となってくるでしょう」


 セディアは真っ青になり、否定するように弱々しく首を振った。

「まさか、そのような……」


「セディア様。

 アンシェーゼはセディア様を決してこのままには致しません。

 ただ、ここまで嘘で塗り固められてしまいますと、それを覆していくのはなかなか難しいでしょう。

 いざとなれば、陛下は力づくでもセディア様を取り戻されるでしょうが、できるだけ国同士の揉め事にはしたくありません。

 何とか手を考えますから、今しばらくお待ち願えませんか?」


 その言葉を静かに聞いていたセディアは、不安そうに瞳を揺らした。

「ルイタス様のおっしゃる事を、疑う訳ではないのです。

 けれど陛下は、そうまでしてわたくしを助けようとなさるものなのでしょうか。

 わたくしは陛下にとって価値のない妹です。

 それに……」

 セディアは躊躇うように唇を噛んだ。


「わたくし、一度陛下にお会いした事があるのです。

 陛下はわたくしに、何の関心も覚えておられませんでした。

 そのような事情があるなら猶更、陛下がわたくしのために労を取って下さるとはとても思えなくて」


 ルイタスは柔らかな吐息を零した。

「会われたというのは、嫁がれる前の事ですね」

「ええ」

「あの頃の陛下であれば、そうでしょう。

 家族に対して何の思い入れもありませんでしたし、皇位を受け継ぐ事しか見据えておられませんでしたから」


 ルイタスは言葉を切り、セディアの正面から見つめた。

「セディア様。陛下は家族の温もりを知らずに大きくなられた方です。

 父君はご存知の通り、ああ……でしたし」


 言葉を濁すと、セディアにも言いたい事が分かったようだ。思わず苦い笑みを唇の端に乗せた。

「母君もまた権力にしか興味のない方で、陛下の事を駒の一つのように扱われておいででした」

 セディアは驚いたように顔を上げた。

「皇后陛下は、アレク兄上を可愛がってはおられなかったと?」


 俄かには信じられなかったが、実際に我が子を愛さない親というものは確かにいる。

 グレンもまた、政治的な価値を失った途端、親から見向きもされなくなった子であったからだ。


「まあ、外面そとづらだけは良かったのですけれどね。結構、荒んだ皇子殿下でしたよ」

 ルイタスは淡々とそう続け、それから自嘲気味に言葉を続けた。

「まあ、私も人の事は言えないのですが」


 その言葉にセディアは不思議そうに顔を上げた。セディアの知るルイタスに、それは余りに似つかわしくない言葉だったからだ。


「ルイタス様が荒んでおられた?」

「ええ、まあ」

「あの、何だか信じられないのですが……」


 ルイタスは苦笑し、観念したように自分の生い立ちを話し始めた。

 親に愛されずに、ひねくれまくっていた頃の話だ。こんなみっともない話、ルイタスは友人のあの三人にも喋った事はない。

 

 風邪に寝付けば、日頃の鍛錬がなっていないからだとひどく責められた。

 茶会までには必ず治すようにと命じられ、不愉快そうに部屋を出て行かれた時の心細さは、今も鮮明に覚えている。


 マナーに外れた行いをすれば手ひどく折檻され、反対に評価が良ければ猫なで声で褒められた。

 そうした日常にルイタスは息苦しさを覚えていたが、傍から見れば、ルイタスは両親の一番のお気に入りだった。

 あからさまに親から贔屓されたせいで、姉や弟からは散々憎まれた。


「今はどうなのですか?」とセディアが聞いてくるので、

「二人とももう大人ですからね」と、苦笑混じりにルイタスは答える。

「姉はそれなりの貴族に嫁ぎましたし、弟も少し格下の貴族の家へ婿養子に行きました。

 家を盛り立てていくためにも、皇帝の側近である私の機嫌を損ねるような事はしませんよ」


「何だかひねくれた言い方に聞こえますわ」

 くすりと笑いを漏らすセディアに、ルイタスはすまして答えた。

「聞こえるんじゃなくて、ひねくれているんです。

 皇帝陛下からは、三百六十度ひねくれているので、一見まともな好青年に見えると言われていますよ」


「皇帝陛下と本当に仲がよろしいのですね」

 セディアが感心したように呟いたので、「今はそうですね」とルイタスは返した。

「出会う前は陛下の事が大嫌いでしたから、よくここまで仲が良くなれたものだと思います」


 それからルイタスは、初めて陛下に会った頃の話をセディアにした。   

 親から皇子と仲良くするようにと言われたため、元凶の皇子に反感しか覚えなかった事を話すと、セディアもその心情が理解できたのか、「仕方ありませんわね」と苦笑した。


 将来、皇帝になるかもしれない皇子を無性に殴りたくなって喧嘩を吹っかけたというくだりでは、セディアは堪え切れずに吹き出して、挙句に反省房に入れられたと聞けば、どのような所なのかと興味津々で尋ねてきた。

 準騎士時代の武勇伝に至っては、セディアはもう笑い転げるしかなく、気付けば時間も忘れて話に興じていた。


 侍女がお茶のお代わりを聞きに来て、ようやく我に返ったルイタスは、話が脱線してしまった事を、バツが悪そうにセディアに謝った。

 

「陛下の事に話を戻しますが、セディア様が会われた当時の陛下は、家族の情愛というものを全く信じておられませんでした。

 けれど、皇后を傍に置かれるようになって、陛下は随分変わられました。

 今の陛下なら、セディア様の窮状を聞けば、必ず手を差し伸べようとなさるでしょう」


「……ロマリス殿下についてはどうなのでしょうか」

 セディアはおそるおそる尋ねてみた。皇帝に逆らった弟皇子がどのように扱われているのか、ひどく気になっていたからだ。


「可愛がっておいでですよ」

 優しい眼差しでルイタスは答えた。

「ロマリス殿下も、陛下にとても懐いておいでです」


「……ロマリス殿下が復権されたと聞いた時は、初めはとても信じられませんでした」

 呟くようにセディアは言った。

「実を言うと、ロマリス殿下の話を聞くまでは、わたくしは自分の人生を諦めていました。

 でも、ロマリス殿下が許されたと聞いて……、皇帝に逆らった弟でさえ慈悲が与えられるのなら、このわたくしも救ってもらえるかもしれないと、欲を覚えてしまったのです」


「だから、私に手紙を託されたのですね」

 ルイタスは静かに言葉を落とした。

「ええ」

 

「決断して下さって、本当に良かった」

 心からの安堵が込められた言葉に、セディアはゆっくりと顔を上げた。

 そして嬉しそうに「はい」と微笑んだ。


 その後は、庭園を歩きながら、二人でずっと話をした。

 ちょうど様々なハーブが花をつけており、風に揺れる白や薄紫の花が愛らしい。

 葉の形はそれぞれに特徴があり、時折、セディアは葉をちぎって、断面から広がる香でルイタスを楽しませてくれた。


 二人で過ごす時間はとても楽しく、話は尽きなかったが、やがてフェンがルイタスを呼びに来て、帰る時間が近付いた事を知った。


 名残惜しい気持ちを抑え、ルイタスはセディアに別れの挨拶をする。

「明後日には、アンシェーゼに帰らないとなりません。

 しばらくはお会いする事もないでしょう」


 セディアは寂しさを隠しきれず、頼りなく瞳を揺らした。

 共に過ごした時間が楽しければ楽しいほど、別れの時間がつらくなる。

 今度はいつお会いできるのだろうかとセディアは考え、もしかすると、これが今生の別れになるのかもしれないと思い知り、体中から力が抜けていく気がした。


 そんなセディアを優しく見下ろし、ルイタスは静かにセディアに問いかける。

「帰国してから、お手紙を差し上げてもよろしいでしょうか」


「え?」

 涙を抑えようとせわしなく瞬きを繰り返していたセディアは、思いがけない言葉に顔を上げた。


「何もお約束できずに帰国する形になります。このまま日にちだけが過ぎて行けば、不安を覚えられる事も多いでしょう。

 セディア様がお嫌でなければ、ぜひ文を送りたいのですが」


「わたくし、あの、とても嬉しいですわ」

 何だか、飛びつくように答えてしまい、セディアは恥ずかしさに顔を赤くした。 

 節操のない女だと思われただろうかと思わず項垂れたが、ルイタスが嬉しそうに笑う気配がしたので、おそるおそる顔を上げる。


「私も返事を期待してもよろしいですか?」

 そう尋ねられて、セディアは「はい」と小さく答えた。

 穏やかな瞳に真っ直ぐ捕らえられて、セディアはその瞬間、心臓をぎゅっと握りしめられた気がした。


 熱に浮かされたようにその姿を見つめるうち、セディアはふと、この方はさぞ色々な姫君にもてるのだろうとようやく気が付いた。

 容姿に恵まれ、家柄も申し分なく、しかも皇帝陛下の側近だ。きっと蜜に群がる蟻のように女性達が周囲を取り巻いているのだろう。


 自分には手の届かない方だ、とセディアは思った。

 楽しい時を共に過ごし、心を重ねたような気分になってしまったが、自分とこの方ではそもそも住む世界が違う。

 

「そう言えば、セディア様は文のやり取りは禁じられているのでしたね」

 ふと思い出したようにルイタスは呟き、

「マルクが罪に問われない形で、文を交わす事は可能ですか?」

 とセディアに尋ねてきた。


 セディアはちょっと考えた。

「わたくしにではなく、先ほどの侍女宛に女性名で出して下されば、人目につかないと思います」

「なるほど。あの者の名は?」

「ウィリアと申します」

「わかりました。では、そのように致しましょう」


 ルイタスはセディアの手を取り、その甲にそっと口づけた。

「必ずお迎えに参ります。私の言葉を信じて待っていただけますか」


 希望を持つ事が、本当はひどく恐ろしかった。

 けれど、この方がそう言われるのであれば、希望を捨てずに最後まで足掻いてみようとセディアは思った。


 セディアは信頼と思慕をその瞳に浮かべ、真っ直ぐにルイタスの顔を見上げた。

「はい。お言葉を信じてお待ちしております」


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