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側妃は、腹をくくる

 ヴィア妃の安全を確認したルイタスは、そのまま皇帝宮へと戻っていった。

 その姿を見送って、ヴィアは再びソファに腰を下ろす。すぐ脇にエベックが控え、ロフマン卿と補佐役のケイ・アルネルも腰を下ろした。


 アレク殿下の無事がわかったため、取りあえず全員の表情は明るい。


 ヴィアはこの機に、分からなかったことをロフマン卿に尋ねておくことにした。

「マイアール妃拘束の命令が出たと聞きましたが、皇后陛下の拘束命令は、どこまでの権限を持つのでしょう」

 今後どのように政治が動いていくのか、ヴィアも知っておかなければならなかったからだ。


「皇室典範では、皇帝亡き後、皇位継承者が決まるまで、一時的に皇后に権力が移譲されると定められています。

 ですから皇后陛下の拘束命令は、皇帝陛下と同じ力を持って、マイアール妃を縛ります」


「セゾン卿は、マイアール妃とロマリス殿下を連れてレイアトーに向かうだろうとルイタス様が言っておられましたわね。

 何故わざわざ騎士団の宿営地に?

 紅玉宮の方が、皇子殿下の面目が保てるのではないのですか?」


 ロフマン卿の代わりに答えたのは、補佐官のアルネルだった。

「こちらの宮殿同様、短時間なら守り切る事はできますが、宮殿に籠るのは得策ではありません。城壁もなく、堀もない。

 本格的な戦となったら、あの宮殿は捨てるしかありません」


「なるほど」

 ヴィアは何度か訪れたアントーレの宿営地を思い出した。そう言えば、あそこは館というよりむしろ要塞のようで、初めて行った時ひどく驚いたのを覚えている。


 改めて説明を付け加えたのは、ロフマン卿だった。

「この王宮において、城塞として機能するのは四か所です。

 東のロフマン、南のアントーレ、西のレイアトー、そして北は王宮警備騎士団の詰め所です。

 この四つの城塞が城壁に接する形で配置されていて、敵からの襲撃を退ける防衛拠点となっています」


「いずれも騎士団の宿営地ですから、堅固なだけで面白みのない造りですが、どれも難攻不落の要塞ですよ」

 アルネルがそう付け足すと、面白みのないは余計だ、とロフマン卿がアルネルの肩を小突いた。


「けれど、レイアトーに逃げ込んだとて、その先はどうするつもりなんでしょうな」

 アルネルがそう続ける。

「何か、問題でも?」


「ええ。籠城という意味では、レイアトーが最適です。しかし籠城というものは、援軍が来ると分かっていて初めて成立するもの。

 セゾンの領地チェリトは確かにミダスと接していますが、皇后陛下の権限で城門封鎖を行えば、チェリトの軍勢は足止めされる。

 それに、殿下はすぐにでも即位なさるでしょう。そうなればセゾンは逆賊だし、いくらセゾンに近しい貴族と言えど、加担する事はないと思うのですが」


 場に座すものは黙り込んだ。

 セゾンの思惑が見えない。帝位簒奪を狙っていた男だ。何の策もないとは考えにくいのだが。


 と、扉が激しく叩かれた。

 エベックがすっとヴィアの傍らに立ち、ロフマンの騎士らがヴィアを守るように立ち位置を変え、扉の方を向いた。


「アレク殿下からの伝令が来ました」

 護衛の返答に、四人はほっと息を吐いた。


 扉が開くと、息を乱したアントーレの騎士が入室してきた。ロフマン卿に軽く目礼し、ヴィアの前に膝をつく。


「報告致します。

 倉院にレイアトーの騎士が押し入り、中を占拠されました」

 苦渋の声で告げた騎士に、それまでの和やかな空気が霧散していく。


「倉院だと!」

 ロフマン卿が、報告の騎士の喉元を掴み上げない勢いで詰め寄った。

「何故、倉院に押し入られた!あそこは警備が厳重な筈だぞ!」


「鍵がしまわれていた詰め所に、一個小隊が押し入って鍵を奪っていったのです!

 倉院の外を守っていた警備兵らはすべて殺され、レイアトーの騎士が中に立て籠もりました」


 エベックをはじめとしたほかの騎士らも、もはや言葉も出ない。真っ青な顔で立ち尽くすばかりだった。


「…では、皇冠と錫杖が手に入らなくなったという事ですね」

 ヴィアは震える息を抑え、努めて平静な口調で確認した。


 倉院には、皇室の書庫と宝物庫が入っている。

 いずれも国にとって重要な書物や宝物が保管されていて、火事にも強いように、石造りの堅固な建物であった筈だ。


「立て籠もられたら、外からは手が出せないような造りなのですか?」

 傍らのロフマン卿に問い掛けると、卿は厳しい顔で頷いた。


「外壁は石造りで、出入り口は重い鉄の扉の一か所です。明り取りの窓はありますが、こちらは外からの侵入を防ぐために鉄格子がはまっています。

 宝物庫自体の鍵はアレク殿下が持っておられるので、皇冠などを盗まれる心配はありませんが、倉院を占拠されては、我々も手の出しようがありません」


「立て籠もると言っても、水や食料がなくて困るのは立て籠もった騎士達なのでは?」

 思いついて、ヴィアはそう聞いてみる。

「外側を取り巻いて彼らの補給路を断てば、簡単に投降してくるように思えますが」


「倉院には、井戸があるのです」

 苦々しい口調で、ロフマン卿が答えた。


「文官達が灯りをつけて古文書を読んだりしますから、いざという時に火が消せるよう、わざわざ井戸を掘ったとも聞いています。

 むろん、食料などはありませんが、占拠する事を考えた時点で、携帯食を持ち込んでいないとは到底考えられませんし…」


「…では、彼らの食糧が尽きるまでは、打つ手がないと?」

 事の重大さに、ヴィアの声は震えた。

 このままでは殿下は即位できず、皇帝空位の状態が無為に続いてしまう。


「近衛は? 近衛は皇后の命で動かせませんか?

 彼らならあるいは…!」

 一縷の望みに縋って聞いてみたが、ロフマン卿は、残念ですが、と苦しそうに首を振る。

「近衛に命令できるのは、皇帝陛下のみです」

 

「くそっ!あくまで即位を阻止するつもりか…!」

 ヴィアが唇を噛んで項垂れる中、アルネルが口惜しそうに拳を卓子に打ちつけた。

 エベックは拳を握り締め、難しい顔のまま黙りこくっている。


 ヴィアは心を落ち着けるように、大きく息を吐いた。


 王宮騎士団やミダス騎士団は、皇帝代理である皇后の命に従うだろう。

 ロフマン、アントーレ両騎士団と数を合わせれば、相当の軍勢になるが、要塞に籠ったレイアトーの制圧には、それでも時間がかかる。


 皇帝という絶対的権力者を失ったまま政治は機能せず、有事の際に暗躍してくれる筈の近衛も動かせない。

 不安定な状況が長引けば、セゾン卿に味方しようとする勢力が出てくる可能性もあるだろう。

 国を二分する最悪の状況が、今後、際限もなく続いていくかもしれないのだ。


 では、わたくしはどうしたらいい。


 ヴィアには何の力もない。ただ、守られるだけだ。権限を持ってアレク殿下を支える皇后と違って、後ろ盾を持たない皇子の側妃など足手纏いにしかならないだろう。


 考えたのは、僅かな時間だった。

「殿下にお伝えして」

 ヴィアはしっかりと顎を上げ、伝令に向き直った。


「ロフマンかアントーレか、殿下の願うところに参りますと。

 レイアトーを落とさなければならないのなら、水晶宮の警備に割くような余分な兵力はないでしょう。

 どうか、殿下のお考えを聞いてきて」




 水晶宮は慌ただしさに包まれた。

 ヴィア妃が、場所を移る準備をするよう、水晶宮に働く者達に命じたからだ。


「もし殿下の指示が出れば、わたくしに従うのは侍女数人でいい。後の者は、侍従長の指示に従うように。

 それから騎士団の方々に食事の用意を。

 わたくし達もこちらで簡単に済ませるわ。すぐに、食べられるものを用意して」


 てきぱきと侍女に命じ、ロフマン卿らに向き直る。

「大したおもてなしはできませんけれど、食事だけは済ませておきましょう。いつ、何が起こるかわかりませんから」


 ヴィアのこうした思い切りの良さと行動力に慣れているエベックは、そうですね、と言われるままに席に着いたが、ロフマンの騎士らは互いに顔を見合わせ、逡巡した後に通された席に着く。


 簡素な食事が用意されると、ヴィアはまるでそこが晩餐の席でもあるように、にっこりと微笑んで皆に食事を勧めた。

 すっと背筋を伸ばし、柔らかな笑みを浮かべてグラスに手を伸ばす。

 因みにヴィアが手に取るそれは、キール産の発泡酒だ。アルコール分はほとんどなく、酒とは名ばかり、単なる発泡水ともいえる。


「それにしても、あの場で近衛の事を口にされるとは。

 妃殿下は、近衛について何かご存じなのですか?」


 こうなったら、行けるところまで行くしかないと腹をくくったか、酒の入った杯を手に取ったアルネルが、軽く杯を持ち上げてから、ゆっくりと一口喉に流し込む。


 ヴィアは微妙な顔で微笑んだ。アルネルが何を聞きたいのか分からなかったからだ。

「近衛と呼ばれているのは表向きで、実際は恐ろしい存在であるという事くらいしか、わたくしは知りません。

 公にできない、何か後ろ暗い任務を行う者達かと思っておりましたが」


 側妃殿下は何もご存じないだろうという前提で、軽く問い掛けたアルネルは、思いがけない切り返しに目を見開いて黙り込む。


 それ以上に驚いたのがエベックで、側妃の言葉を笑い飛ばすどころか、明らかに顔色を変えたロフマンの幹部を見て、お待ちください、と声を上げた。

「近衛は、皇帝の身辺警護騎士ではなかったのですか?」


 金の縁取りのある黒い軍服を着て、常に皇帝の傍らに侍る近衛は、アンシェーゼでは花形であると同時に、ひどく特異な存在だった。


 何故なら彼らは、どの騎士団出身でもないからだ。

 彼らの剣技は群を抜き、その有能さを疑う者は誰もいない。が、一方で他者と慣れ合う事を嫌うため、その実態は謎に包まれたままだ。

 一説には世襲と言われ、エベックもそれを信じていた。


「彼らは皇室の闇の部分を担っている者達だ」

 ややあって、言葉少なにそう説明したのは、エベックの向かいに座っていたロフマン卿だ。

「だが、誰にも言うな。この事は秘匿されるべき事柄だ」

 ここにいるアルネルとて、ロフマンの幹部級となって初めて知らされた事実だ。


 近衛は、諜報、誘拐、粛清、暗殺といった闇の部分を請け負っていて、国の中枢近くにいる者にすら、正確な人数は明らかにされていない。

 噂では、闇で売られていた子供や捨て子を拾って訓練を施し、その中で生き残った者だけがその役職名を名乗ることを許されると言われている。


「誰が妃殿下に近衛の事を?」

 探るように問い掛けてきたロフマン卿に、ヴィアは一瞬言い淀んだ。


 ヴィアは、近衛の任務が秘匿されるべきものだという事を知らなかった。知っていれば、あんなに馬鹿正直に言わなかっただろう。

 

 どうやってごまかそうかと考え、けれどすぐに、それは無理だと思い直した。

 下手に隠せば、ロフマン卿の信頼を失う。挙句に、殿下が閨で側妃に漏らしたと勘繰られれば、殿下の信用も失墜しかねない。


「聞いた……というより、わたくしは幼い頃、見た事があるのですわ」

 ヴィアは覚悟を決め、すべてをつまびらかにすることにした。何でもない事のように平静を装い、皿からライ麦のパンを取り、口に入る大きさに小さくちぎった。


「それは、王宮に入られる前という事ですか?」

 まさか、という顔で、ロフマン卿がヴィアを見た。

 たとえ相手が子どもであろうと、近衛が正体を知られて、相手を生かしておくなど考えられなかったからだ。


「わたくしの目の前で、その者は人を殺しましたの。

 ついでに三つのわたくしも手に掛けようとしたので、母が必死で命乞いをしたのですわ。何でも言う通りにするから、子供を殺さないでくれと。

 それでツィティー妃は、皇帝の寝所に参ったのですわ」


 ロフマン卿らは、初めて明らかにされた思いもかけない事実に、しばらくは言葉も出なかった。


「……それは本当のお話なのでしょうか」

 おそるおそるそう聞いてきたのはアルネルだった。


 大国の皇帝に見初められて後宮に入り、寵を極めた幸せな女性だと、ツィティー妃の事を誰もがそんな風に思っていた。

 子どもの命を人質に取られ、無理やり側妃に召し上げられたどとは、信じられぬ話だったのだ。


「本当ですわ」

 ヴィアは静かに微笑んだ。

「けれど、殿下のお耳には入れたくありませんの。ほら、余り楽しい話でもありませんから」


 ヴィアがそう言って、席の皆を見渡すと、ロフマン卿らは頷いた。元より前皇帝の恥に繋がる事だ。迂闊に口にしていい事ではないと分かっていた。


「パレシス陛下には、本当に困りましたのよ」

 その経緯について、これ以上突かれたくなかったため、ヴィアはさりげなく別の話題に皆を誘導する。


「虫けらのように殺すつもりだったその子供が大きくなって母親そっくりになったら、皇帝は、今度はその子を死んだ女の代わりにさせようとしましたの」


 その意味は明白で、さすがにロフマン卿は苦い顔をした。


「まさか、そのような」

「わたくしは母に似てますもの。パレシス陛下の執着を思えば、仕方のない事なのかもしれませんね」


「けれど、妃殿下は、その、皇帝の元には行かれませんでしたよね」

 微妙に言葉を濁して尋ねるアルネルに、ええ、とヴィアは頷く。

「幸いな事に、アレク殿下の側妃にしていただけましたから」


 どうぞ、皆様お食事をお続けになって、とすっかり手の止まったロフマンらに、ヴィアはにっこり微笑んだ。

 素直なエベックがすぐに肉を頬張り、ロフマン卿らも食事を再開した。

 

 そう言えばこれは言っておかなければ、とヴィアは口を開く。


「実はあの時、皇帝の妾にならなくて済むよう、アレク殿下に直接交渉しましたの。殿下がわたくしを見初めたというのは、単なる方便ですわ」

 エベックは思わず肉を噴き出しそうになり、ごほごほと咳き込んだ。


「まあ、エベック、大丈夫?」

「だ、だいじょ、ゲホッゴホッ…」

 しばらく悪戦苦闘した挙句、何とか肉を飲み下したエベックは、涙目でヴィアを見た。


「嘘ですよね。あんなに仲睦まじくていらっしゃるのに」

 否定して欲しいと訴えるような視線をエベックは向けるが、

「あら、紫玉宮に閉じこもっていたわたくしを、殿下が見初めるのは不可能だと思うわ」

 ばっさりとヴィアは切り捨てた。


「殿下にとっても悪い話ではなかったのでしょう。

 だってほら、わたくしが皇帝の愛妾となった挙句、セゾン卿と手を組んで、セルティスの後見を頼んだりしたら厄介でしょう?」


 笑みを含んだ声でヴィアは続け、だから、と軽く皆を見渡した。

「そういう事情で、殿下はわたくしを側妃に迎えられたのです。

 ですからもし、わたくしについて聞かれることがあったら、いかにもこれは秘密ですがって口調で、皆様で教えて差し上げて下さいね」


「……もし聞かれることがあったらって、一体何の事でしょうか」

 話についていけないアルネルは、自分だけが理解できていないのだろうかという秘かな劣等感に悩みつつも、正直に質問した。

 だが、残る二人も全く話についていけてないらしく、困ったように顔を見合わせるばかりだ。


 ヴィアは小さく切り分けた肉を口に入れた。

 音を立てずに飲み込んだ後、優雅な仕草で指をナプキンでぬぐう。


「殿下はいずれ正妃をお迎えになるわ。いえ、皇帝になられるから、皇后かしら。

 その方はきっと、自分が嫁ぐ前に殿下に側妃がいたと知れば、不安や不快を覚えられる事でしょう。

 だから、その時に言って差し上げて欲しいのです。

 政治的な配慮で、側妃を迎えざるを得なかっただけで、気になさる事はないと」


 三人の騎士らは、ここに至ってようやく話を理解した。

 側妃殿下は、この非常時にのんびりと食事を楽しんでいただけではなかったのだ。

 アレク殿下がこの戦を制し、皇帝になった先の事を見越して、種を蒔いていた。


「けれど、そのような噂が流れれば、妃殿下は…」

 エベックは悔しそうに唇を引き結んだ。


 噂が宮廷に流れれば、ヴィア妃は大勢の者から軽んじられるようになるだろう。エベックはそんな姿は見たくなかった。


 ヴィアはそれを見て、小さな吐息をついた。

 今までこのエベックには、何度となく助けられてきた。会えなくなると思うと寂しいと感じる程度には、絆を繋いできたと思う。

 だからもう、伝えておいてもいいかと思った。


「これは、この場だけの話にして欲しいのですけれど」

 ヴィアは、ロフマン卿らにそう断った上で、エベックに真っ直ぐに向き直った。


 アレク殿下のためにできる事は何かと、ヴィアはずっと考えていた。そして、その答えもとうに知っていた。


 側妃である自分が、殿下の元から消える事。

 

 もう少し猶予はあるかと思っていたけれど、皇帝が急死して、事情がすべて変わってしまった。

 アレク殿下は近いうちに皇帝になるだろう。そしてその傍らに側妃は必要ない。

 必要ない、どころか、害にしかならない存在だ。


 温かくて居心地のいいこの場所にいつまでもいたかったけれど、夢はそろそろ終わりにしなければならない。

 覚悟を決めるべき時が、本当にきたのだ。


「わたくしは元々、市井に下りる気でいたの。母もそれを望んでいたわ。

 ただあまりに早く母が亡くなり、セルティスを残して出ていく訳にはいかなかったから、わたくしは王宮に留まっていたの」


 それだけの事だ。

 幸せな結婚をするようにと、それが母の唯一の願いだった。


「セルティスはもう、心配ないわ。アントーレに入って、あの子はよく笑うようになったもの。

 わたくしはあの子を紫玉宮に閉じ込めて殺されないようにするのが精いっぱいだったけれど、今はアレク殿下が傍にいて下さるわ。

 あの子にはもう、わたくしは必要ないでしょう」


 ロフマン卿らは、妃殿下と護衛騎士との会話を黙って聞いていた。

 驚くばかりの事実であったが、妃殿下の言葉はきちんと理が通っていて、聞き入る二人の胸にもすとんと落ちてきた。

 

 エベックもまた、頭ではヴィアの言葉を理解していた。

 けれど、感情がついていかない。

 引き留めようとするように、首を振った。


「セルティス殿下は悲しまれるでしょう。アレク殿下だって…」

「エベック」

 貴方も気付いているでしょう、とヴィアは笑った。


「殿下はご自分の立場を安定させるために、後ろ盾のしっかりした正妃をお迎えにならないといけないの。

 殿下もその事はわかっていらっしゃるわ」

 そして、笑った。


「そんな悲壮な顔はしないで。

 お忍びの時、わたくしがどんなに生き生きとしていたか、もう忘れたの?」

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