潜伏の怪物
だいぶ空きましたが
夏の長期休暇が終わり、学校が再開した。この魔術学校は夏の終わりに新年度が始まり、毎回クラス替えがある。
毎年多くの生徒が友達と一緒になれるか、学校の玄関前で行われる新クラス発表に一喜一憂する。しかしジュファはそんな事よりも、エイカと同じクラスになれるかどうかという事の方が重要だ。
ジュファは、空中に漂っている紙束からクラス分けの紙を一枚取る(大勢の人数にプリントを配るときによく使われている方法である)と、真っ先にエイカの名前が目に入ってしまう。そしてなんとすぐ上に自分の名前があるではないか!
好きな人と隣り合っているということに、ジュファはソワソワしだして止まなかった。
「お? ジュファ来たぞ!」
「お前らも同じクラスかよ!」
「ハハハッ、ジュファお前クラス替えの紙見てねえの?」
ジュファはエイカに気を取られていたが、このクラスには以前からの友達が結構いるらしい。
彼らはこの町の北の山にあるとされる、伝説の遺跡の話で盛り上がっていた。
「『生命を代償に絶大な力を与える』って言われてるけどさぁ、どういう事? 死んだら何もできなくない?」
「え、生命じゃなくね? 『生きる喜び』だろ?」
「うん、魂抜かれるって聞くよね」
「ふん、そんな事どーでもいいだろぅ? 子供っぽいこと話すな」
一人の男子が会話に水を差した。駄弁っていた男子達はジュファを除いて、皆露骨に眉をひそめた。
「別にいいじゃんか、コウヤ。なに話したってよー?」
ジュファが水を差した男子を明るい調子でなだめるが、周りで話していた生徒達は、徐々に会話の輪から離れていった。
コウヤと呼ばれた栗色の髪のメガネ男子は、ジュファの古い土属性の友達の一人だ。しかしコウヤはそのキツイ話し方から、周りから避けられている。去年もジュファと同じクラスであったが、ジュファ以外の人とはほとんど話さないというありさまだった。
新年度は順調にスタートした。ジュファは知人の知人繋がりで友達の輪が徐々に広がり、コウヤは例年通り自席で読書という様子だ。
さらに、ジュファにはうれしい事にエイカとの関係も進展した。席が前後ということもあり休み時間は大抵二人で話しているという様子で、ジュファはこれまでに無いほど学校が楽しく感じられた。
ある日の休み時間、ジュファが友達とのおしゃべりから離れた瞬間コウヤが近づいてきた。コウヤは手荒にジュファの肩をつかんで廊下の端に引っ張った。
「今日の放課後一緒に帰れるか? 話したい事がある」
「┌(┌^o^)┐ホモォ…」
「……エイカにも関係することだ」
「な⁉」
ジュファは、エイカと聞いた瞬間過剰な反応を見せた。
コウヤは、ジュファが好きな人を教えている数少ない友達の一人だ。なのでバレるといった心配はないのだが、彼の纏うものものしい雰囲気に不安にならずにはいられなかった。
コウヤは人が聞いていないことをもう一度確認して話し始めた。
「守護者のラジオは知っているな? 闇属性狩りが始まるかもしれん」
「え、なに? 闇属性狩り?」
ジュファの腑抜けた様子に腹パンをかましたくなる気持ちを抑えながら話を続けた。
「声をおとせ。闇属性への差別と迫害が始まるかもしれないということだ」
「さ、差別と迫害って……え? どういう……」
「とにかく今日の帰り、話すことがある」
差別と迫害……ジュファにとっては歴史の授業で聞いて以来だ。かつては肌の色や性的嗜好で起こっていたと習っている。それが闇属性に対して起こる……?
ジュファは今聞いたことが信じられなかった。しかしコウヤがそういう冗談を言う性格ではないことをジュファはよく知っている。
たしかに一部ではラジオを熱心に聞き、闇属性に対する不信感を抱いている人もいるかもしれない。
だが、この町は一向に平和なのだ。住んでいる人の心は清らかで、小さな町の中でみんなで助け合って生活している。こんな穏やかな町の人が、具体的に何かされたわけでもないのに誰かに攻撃するなんてことはありえない。
と、ジュファは思っていた。
4時間目だ。体術演習の授業だが、男子を担当する教師が休んでいるため、ジュファ達は教室で自習だ。しかし自習といってもよっぽどの勉強好き、いわゆるガリ勉でなければ勉強などしない。
窓際の席のジュファは、何気なしにグラウンドを眺めていた。グラウンドの端では女子生徒が準備体操をしている。
ジュファはもちろん1秒以内にエイカを見つけ出すことに成功するのだが、同時に違和感も感じていた。
2人1組で体をほぐす……そう、いわゆるぼっちが相手を見つけられずに困るやつ、をやっているらしい。エイカは端にポツンと立っているように見える。(なんかおかしい。エイカは真っ先に誰かに誘われるくらい人気者だったはずなのに……)とジュファは思った。
ジュファのいう通り、エイカは飾らない性格でクラスの人気者だ。休み時間だって女子達に囲まれて……いや、最近は休み時間はジュファとしか話していない。
(まさか僕と喋りすぎたから女子から妬ま……いやいやそれはない。…………闇属性狩り?)ジュファはコウヤの話を思い出してしまった。
ジュファは胸の奥にモヤモヤを抱えたまま、学校は昼休みに入った。ジュファは普段のメンバーと、机を囲んで弁当を食べている。
突然にある男子生徒が騒ぎ出した。財布を盗られたというのだ。
「俺の財布がねぇ! ちょっと目を離したすきに!」
「まちがえて別の場所に入れたとかないの?」
「どこを探してもない! スられたんだ」
ジュファは、財布はきっとすぐ見つかると思ってそこまで関心を示さなかった。
しかし周りの反応はそのようなものではなかった。教室の雰囲気は静かに、しかし不気味に。火にかけられた水の沸騰する手前の水面のようにざわめく。
「おい、てめぇ今カバンに何隠した!」
「えぇ⁉ こ、これは何でもないよ。ただの本だよ」
一人の生徒が不自然に疑われる。
数名が疑われた生徒のカバンを漁るが、魔術の媒体に使う本と学校指定のタブレットなどの個人のものしか入っていなかった。その間も周りの不信の目は漁っている生徒ではなく疑われた生徒に向かっていた。
ジュファは固まっていた。唖然としていたのではなく、恐怖で動けなかったのだ。みんなを正気とは思えなかった。なにか巨大なものに、悪魔にでも操られているようだ。ジュファは視界いっぱいに得体の知れない暗闇を見た気がした。
最後の授業が終わった後、ジュファとコウヤは速やかに学校を離れた。
ジュファは、コウヤが休み時間に言ったことを実感していた。
「闇属性狩り……いつの間に、みんな」
「前からその空気を感じていたが、今日は過去最高に酷かった。反吐が溢れる」
「エイカの扱いが急に……おかしかったし、さっきの闇属性の男子も特に不審なことはないのに疑われすぎだよ」
「それに今日いなかった体術の教師も闇属性だ。多分あいつはもう逃げてるだろう」
「あ……」
コウヤは急に道を曲がり、細い道に入っていく。
「え? え、どこいくの?」
「いいか、こっから声を出すな。音を一切たてるな。見つかったらヤバい」
いつも冷静で物事に動じないコウヤが、汗をにじませている。
「これから行くのは、闇属性への偏見で歪んだ顔を普段隠してる奴らが、その醜い本性をさらけ出している集会だ」
二人が足音を殺して細く暗い道を歩き、もう一度角を曲がってしばらく行ったところでコウヤが足を止めた。ほんの十メートルほどの道のりのはずなのに、ジュファには何百メートルも歩いたように感じた。
コウヤが、寄りかかっている右の壁を指差した。二人が慎重に壁に耳を近づけたると、最初にラジオの音声が聞こえてくる。
「……今日大臣が一人殺された。暗殺だ! 奴らがやったんだ! これ以上黙っている訳にはいかない、奴らにこの国を支配される訳にはいかない! みな怒りを爆発させるのだ! 奴らに今までの贖罪をさせるんだ!」
二人の顔から血の気が引いていく。
「間違いない、ついに本性を表したな……!」
「人を集めろ! これ以上この町で奴らを生かしておけない。今夜決行だ!」
「いや、夜はダメだ。奴らの時間だろ」
「明日の早朝だ。明日が奴らの最後の朝だ」
「分担を決めるぞ」
ジュファはもう駆け出していた。コウヤが慌てて、しかし足音を立てないよう細心の注意を払ってジュファを止めに行く。
「おい! おい待てどこ行く気だ」
「闇属性の人達を逃しに行く」
「いや待て、助けるならエイカだけにしろ。あいつらを敵に回すということを分かっているのか?」
これは本当にジュファの身を案じて言った言葉だ。しかしジュファの決意を変えさせることはできなかった。
「お前はッ! お前は僕にたくさんの闇属性の人達を見捨てろと⁉ いけすの中の魚が解体される時間を教えて黙って見てろと? そんなことを言いたかったのか!」
「違う! 一度冷静に考えろ! それだけの人数をどうやって……!」
「考えろだって? お前はトイレに行きたくなったとき、用を足せるかどうか考えたりするのか?」
ジュファの目は凛々と燃えている。
コウヤは苦々しげに口を開いた。
「闇狩りの作戦を聞かずに行く気か?」
また空きます