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フリークス (Freaks)  作者: 宮沢弘
第二章: 興行科学
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2-2: 興行科学

 自由技芸大学に着くと、興行科学の興行部屋への案内があった。その途中では、ジャグリングや、スタチュー、パントマイムの芸を見せていた。スタチューでは、地面に置かれた帽子に投げ銭を誰かが入れ、そして背を向けたときに芸人が姿勢を変えたりしていた。投げ銭を入れた人は振り向くと驚きを見せることもあった。森山さんはそれらを見て、楽しそうに笑った。

 興行科学の興行部屋は、小講堂だった。数人、入口で並んでいた。

 入口から離れたところから声が聞こえた。

「お代はこちらぁ。お代はこちらぁ。学生の方は学生証で割引きますよ。学生証をご用意ください」

 そちらにも数人、並んでいた。私たちはその声の方に向かった。私は急いで背広の内ポケットからカード入れを出し、学生証を引き抜いた。それと財布も。

 私たちの番になった。私は学生証を見せた。

「お連れの方は?」

 森山さんは首を横に振った。

「いえ、学生じゃありません」

「はい、それじゃぁ近いうちに別の興行もするんで、その割引券ね」

 代金を払うと、入場券二枚と割引券も二枚、手渡された。

 私と森山さんは、今度は入口に向かった。さきほどの数人はもう中に入ったのか、直接モギリの前に立った。入場券を渡すと、半券を返して来た。

 小講堂に入ると、狭いこともあり、また時間が近付いていることもあり、半分程度はもう埋まっていた。二人で座れるところを探し、腰を下した。

「なんかどきどきしますね」

「こういう雰囲気は好きですよ。さっきの芸人さんたちのような方を見るのも久しぶりですし」

 そんなことを話していると、壇上の下手に赤い燕尾服に黒い山高帽を被った男が登った。その男は帽子を取り一礼した。


|   見るもおそろし

|   人の情なき頭脳の奇形

|   さぁさご覧あれかし眺めあれかし

|   ロンリ、ロンリと今日も鳴く

|

|   人の情なき脳髄奇形

|   人の情見て笑うなら

|   人の情見て考えて

|   ロンリ、ロンリと今日も鳴く

|

|   一人で得られぬ叡智を語る

|   げに恐ろしき頭脳の奇形

|   己の愚かさ知ることできず

|   ロンリ、ロンリと今日も鳴く

|

|   脳髄の奇形は見えないけれど

|   奇形の様子はよくわかる

|   人の情なき頭脳の奇形

|   ロンリ、ロンリと今日も鳴く

|   さぁさご覧あれかし眺めあれかし

|   さぁさご覧あれかし眺めあれかし


 そして、そんな口上をうたい上げた。

「ご来場の皆さま、本日の興行は、電話を使った通信、合成繊維、無線通信の三つをご用意しております。電話を使った通信は研究承認番号を持っており、ここのところすこしばかりの実用例がございます。では、どうぞお楽しみください」

 そう言うと、また帽子を取り一礼した。

 壇上では、おそらくは団員が忙しそうに下手と上手に小道具を運び込んでいた。また下手と上手の小道具を電線らしきもので繋いでいた。

 それらの小道具を置き終えると、団員だろう人は壇上から降り、代わりに一人の男性が登った。

「さて、このとおり受話器の線をこちらの加算器に接続いたします」

「加算器! 加算器!」

 赤い燕尾服の男は囃したて、団員は笑い声を挙げた。その声を背景に壇上の男性は受話器からの線と加算器というものをクリップで繋いた。

「こちらの受話器で番号を回しますと、あちらの刻印機に手を加えたものから数字が書かれた板が立ち上がります」

 男は左手でその装置を指した。

「さて、ではご来場の皆さまのどなたかに、そう何桁かの数字を言っていただきましょうか。どなたか」

 その声が終わる前に、何本かの手が挙がった。

「あぁ、ではそちらの方」

 指名された客は立ち上がって言った。

「5,1,5,9,0,2」

「ふむ。5,1,5,9,0,2と」

 復唱しながら、壇上の男は受話器のダイヤルを回した。男がダイヤルを回すたびに、上手の装置ではそのとおりの数字の板が立ち上がった。

 昨日提案した装置は、こういう原理なのだろうと思った。

 そんなことを何回か繰り返した後、男は一礼して壇上から降りた。

 次には小さなテーブルを団員らしき人が壇上に乗せた。それに続いて二つのビーカーを持った男が壇上に登った。

「これからお見せするのは、世界初の合成繊維です。まだまだ途上ではありますが、皆さまのお召し物を一変させてしまうでしょう。液体Aに、静かに液体Bを注ぎます」

「液体A! 液体B!」

 赤い燕尾服の男は囃し立て、団員は笑い声を挙げた。

 男はガラス棒を使い、片方のビーカーにもう片方のビーカーからゆっくりと液体を注いだ。

 注ぎ終ると、ピンセットを取り出し、また菜箸二本を取り出し、二つの液の境界のところから何やらを引き出し始めた。それを菜箸の一本にくっつけ、あとは菜箸二本でゆっくりと手繰った。白っぽいものがビーカーから途切れることなく引き出された。延々と引き出された。ただ、それは繊維というよりも紐に見えた。

「こうやっていてもなかなか終りませんので、後ほどお客さまに近くによって見ていただきましょう」

 壇上の男は菜箸をテーブルの上に置いた。

「この合成繊維はとても強く、もしかしたら鉄より強いかもしれないと考えています」

「鉄より強い!」

 赤い燕尾服の男がまた囃し立て、団員が笑った。

「さて、本日最後の出し物、無線通信でございます」

 いつ用意したのか、壇から外れた下手と上手に装置が置かれていた。下手の装置には電球があり、上手の装置にはスピーカーがついていた。

「こちらのスイッチ、電鍵と呼んでいますが、これでこちらの装置に電流が流れると、この電球が灯ります」

「電鍵とは! 電鍵とは!」

 赤い燕尾服の男が囃し立て、団員が、そしてその頃には客も笑った。

「それと同時に、あちらの装置からはピーという音が鳴ります。なにより、ご覧のとおり、二つの装置の間には何もありません。それではご覧ください」

 男が電鍵という装置を押し下げると、電球が灯り、上手からはピーという音が鳴った。ピー、ピー、ピピ、ピーピ、ピー。そう電球が灯り、音が響いた。

 先程の受話器の通信とこれを組み合わせれば、何かができそうに思えた。具体的に何ができるのかはわからないが、何かが。

 赤い燕尾服の男が、また壇上に登った。

「ご来場の皆さま、お楽しみいただけましたでしょうか。本日の演目は以上となります。おっと、合成繊維に興味のおありの方は、どうぞこの後、壇上にいらしてください。それでは、本日芸をご披露した興行科学者にぜひ拍手を」

 小講堂に拍手が満ちた。


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