5-4: 教院からの手紙2
昼食を終え、私は自分の机の前で落ち着かずにいた。
これまでに、教院は提言、進言はしたことはあっても、なにごとかを発布する、それも教院の内部においてではなく、社会全体に向けて発布するということは聞いたことがなかった。
チラチラと壁にある時計を見ていた。そして、やはりチラチラと課長を見た。
その時間が来た。課長は封筒を手に取り、封を開け、目をとおした。
課長が手を叩いた。
「注目、注目」
そう言って、また手を叩いた。
「これより、教院からの発布を読み上げる」
机に置いていた便箋を取った。
| この発布の内容を読み上げる間、かつ内容を改変しない場合におい
| て、読み上げる者を教院の代理人とする。また受け取り先に限らず、
| 機会を得たならば繰り返し読み上げることを求める。
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| 200年前、人工人間を題材とした戯曲が刊行された。その戯曲の
| 内容を受け、教院は200年間、人間自身のありかたについて議論を
| 続け、重ねてきた。
| しかし、結論が出ることはなく、のみならず社会は教院が危惧した
| 方向へと変化してきた。
| 30年前、社会の変化を受け、教院においては新たな議論を開始し
| た。その結果を、ここに発布する。
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| 神聖事項
| 1: 神は唯一であり、すべてである(至高条項)
| 2: 偶像を作ってはならない(偶像条項)
| 3: 神の御名をみだりに唱えてはならない(御名条項)
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| 労役事項
| 4: あなたは、労苦を逃れようとしてはならない(苦役条項)
| 5: あなたは、労苦を与えるものを敬わなければならない(尊敬条
| 項)
| 6: あなたは、神の祝福の日をよろこびとしなければならない(日
| 曜条項)
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| 加害事項
| 7: あなたは、自らを殺めてはならない(自傷条項)
| 8: あなたは、人を殺めてはならない(殺傷条項)
| 9: あなたは、姦淫をしてはならない(姦淫条項)
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| 欲望事項
| 10: あなたは、盗んではならない(窃盗条項)
| 11: あなたは、隣人のものを欲っしてはならない(強欲条項)
| 12: あなたは、隣人を偽ろうと試みてはならない(誠意条項)
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| 不遜事項
| 13: あなたは、神を偽ろうと試みてはならない(偽証条項)
| 14: あなたは、神を試そうとしてはならない(傲慢条項)
| 15: あなたは、神に頼ろうとしてはならない(自助条項)
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| X年Y月Z日13:30をもって、教院は上記の戒め全15項の実
| 効を停止する。これにより、慣習の根拠としての戒め全15項の実効
| も停止されるとともに、すべての律法、および規則の根拠としての戒
| め全15項の実効も停止する。
| 同時に、科学に対しての制限もすべて廃止する。
|
| 現在の、教院が危惧したとおりの社会のありかたについての責任は、
| すべて教院にある。よって、戒め全15項の実効の停止に関する疑問、
| 法理論上の疑問などについては、教院によってとくに承認された教父
| が説明にあたる準備がなされている。ただし、200年間の議論によっ
| ても結論は出ていないことには注意されたい。
|
| 以上
| 教院日本統括会議および教院本部
課長は便箋から目を上げ、部屋の中を見渡した。読み上げの前と、今の読み上げと、課長は二度読んだことになる。それでも課長の顔には混乱が見てとれた。
私も混乱していた。社会の根底を教院自体が否定した。200年の議論とはどういうものだったのだろう。どういう経緯でこのような結論になったのだろう。
そして気づいた。教院は社会に対しての影響を捨てたことになる。すべてではないだろう。すべてを捨てようとしても、社会は教院を頼ることになるだろう。対して、科学への制限を廃止した。それは、これからは教院ではなく科学を頼れということだろうか。これは、教会から科学への権威の委譲でもあるのだろうか。
不安があった。教父と話したい。だが、今日は教父も忙しいだろうか。それでも教院へは行こうと思った。




