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フリークス (Freaks)  作者: 宮沢弘
第五章: 信仰世界・自由技芸世界3
23/26

5-3: 教院からの手紙1

 9時半ごろに講義が終り、10時過ぎには会社へと着いた。

 机を見ると経理課長からのメモが置いてあった。


|   試験に問題なし。

|   仕様と算譜との照らし合わせをしたいので来られたし。


 メモにはそう書いてあった。

 机の島を周り、竹下さんの席に向かった。

「竹下さん」

 背を屈め、小声で呼びかけた。

「ん?」

「あ、経理課長から、こういうことなんで、ちょっと行ってきますが。いいですか?」

 竹下さんは、広げたメモに目を落とした。

「さっき来てた件か。わかった。行ってこい」

 私は一礼してから自分の机に戻り、経理からの仕様書、チャールズ言語の解説書、バベッジ言語の解説書、竹下さんがチャールズ言語で書いた算譜、そして竹下さんが書いたチャールズ言語からバベッジ言語に私が翻訳しているノート――そこには私が書き換えたチャールル言語の算譜もある――を抱えた。

 部屋の入口にある黒板の私の名前の横に、「経理。依頼された算譜の試験結果の打ち合わせ」と書き、部屋を出た。


 経理の部屋に入ると、そこではいつもどおり、算盤を弾く音、手回し計算機の歯車の回る音と計算が終った時のベルの音、英文、和文タイプライターの音、そして刻印機の動作音が響いていた。

 私は課長の机を見た。そこでは経理課長が背を丸め、和文タイプライターと格闘していた。

「課長、メモをいただいたので……」

 机の前に立ち、メモを広げた。

「ん? おお、それね。こっちに周って」

 壁の近くにあった椅子をガタガタと引き出し、手招きした。

「この和文タイプライターってのは、どうにかならないのかね?」

 机から回り込み、覗きこんだ。手前には五十音から漢字が印刷された鉄板があり、その上でカーソルを動かして文字を選択する、比較的新しい型の和文タイプだった。

 私は用意された椅子に座り、資料を抱えたまま答えた。

「使ったことはないんですが。慣れですかね」

「慣れかねぇ」

 課長はカーソルを右へ左へと動かした。

「あちらの方は英文タイプライターを使ってるみたいですけど」

「あ、あれね。課内の文書は英語でも、あとはローマ字でもかまわないことにしてるから」

「そのローマ字ですけど、ローマ字化運動とは違うんでしたよね?」

「漢字の指定とかね、課内の書式を使ってる。見せたことなかったっけ?」

「あるんですけど、それってこの課内だけの書式なんですか?」

「ん〜。いや、違うな。きっちりした規格があるわけじゃないが、実質的な標準はあるな」

 そこで課長の和文タイプライターと、向こうの英文タイプライターを眺めた。

「今の刻印機だと無理なんですけど」

 課長の和文タイプライターの、カーソルの下にある鉄板を覗きこんだ。

「これ、日本語の文字の並びかたは決まっているんですか?」

「あぁ。決っているらしい」

「ということは…… 英文字も番号を付けて、英文タイプライターでそのまま刻印版にその番号を刻印して。あとは漢字の指定も書いて……」

「それを解析機関に入れて、そこから和文タイプライターを改造したので出力か?」

「えぇ」

 課長は和文タイプライターの横にある、タイプ内容の手書きの下書きに目を落とした。

「できるんだろうけどな」

 そう言い、課長は顎に手を当てた。

「まだそういう機器はないからなぁ」

 こちらに顔を向け、意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「空いてる時間でいいから、その企画とか仕様とか書いてみるか?」

「え? いや、そちらの仕事とかに割り込むことになりますし」

「それは大丈夫。見てのとおり、みんな忙しいからなぁ。そういうのが出来るなら助かるだろうし、こっちの界隈で共有できればあちこちで助かるだろうし。特許で収入になるかもな」

 課長は打ちかけの紙をタイプライターから抜き取り、新しい紙を入れた。

「それ、企画として出そう。社内ではだめでも、こっちの界隈では通るかもしれない。狭山君の名前もチームに入れとくよ」

 私は急いで首を手を振った。

「私のほうの仕事も……」

「干されてるだろ?」

 それには返す言葉はなかった。

「それはともかく、昨日の算譜の試験のことですが」

「あぁ、それね」

 課長はさっそくタイプを始めていた。

「問題はなかったよ。ただ一応確認だけね」

「そっちのほうを、あの」

 課長はカーソルを動かす手を止めた。

「そっか。やっとかないとな」

 そう言うと、タイプライターを持ち上げ、机の上を空けた。

 私はそこに、それまで抱えていた資料を置いた。

「それでは説明しますので、確認をお願いします」

 私は仕様書と算譜の内容の説明を始めた。課長はときにうなずき、ときに質問をしてきた。


 しばらく経ったときだった。社内便でいくつかの封筒が課長の机の上に届いた。

「ちょと待って」

 課長はそう言うと、封筒の表面だけを確認した。その内の一通で課長の手が止まった。

「新聞にあったのって、これなのかな?」

 封筒には教院の日本統括の名前と、その紋章、そして「X年Y月Z日 13:30に開封のこと」という今日の日時を指定した注意書きがあった。

「早いですね」

「うん。早いね。『今日にも』ってあったから、明日の新聞に載るのかと思ってたけど。てことは、そうとう前から準備していたのかな」

 教父からは関係しそうなことは聞いたことはなかった。せいぜい日曜日の説教がいつもと違ったくらいか。

「だが、まぁ、時間指定ありか。じゃぁ、こっちはこっちで続けようか」

 そう促され、私はまた説明を続けた。


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