Dummy Heart
賑わう地下街で黒いスーツ姿の人が俯いて立っていた
その状態で帽子を深くかぶり、長い髪に阻まれて顔は確認が出来ない
ゆっくりとした動作で口元の無い白い仮面を顔にかけて、顔を上げる
白い仮面には、赤い表情が、描かれて目が笑っているように並ぶ
道行く人は、気持ち悪いや怪しい人だと中傷する言葉を投げかける
最後に銀色に輝くフルートを取り出し構えると、地下街一体に響く音がその場を支配した
Dummy Heart
「・・・・・・・・」
きぃきぃっと街灯の光も届かない古びた公園で、彼女を乗せたブランコが寂しげな音を出す
細すぎる身体に纏わり付く布は、着物のようだが着流ししすぎて殆どはだけてしまっている
中の白いシャツとステテコが思いっきり見えてしまっている
足を曲げては、伸ばしてを繰り返して丑三つ時の空間でぼぅっと闇を見つめる虚ろな彼女の視線
「・・・・・・・・」
「どうも、こんばんは」
「・・・こんばんは」
長い髪をうっとうしそうに除けながら、挨拶をしてきた男性の声のほうを見る彼女
藍色のスーツに同色のシルクハットと白い仮面をつけた姿がなんとも胡散臭い、もう一人の小さな赤黒いシルクハットに同色のスーツと真っ白のドレスシャツを着込んだ少女が周囲を見渡している
「子連れ?」
「・・・そんなに、若くはありませんよ」
「彼女?妻?愛人?」
「・・・彼女です・・・一様ね」
「ふぅ~ん・・そう」
興味を失ったらしく彼女は、また同じ行為に耽る
「数年前殺人鬼としてニュースを騒がせたお方も今では、悲しいものですね」
その言葉に、動きを止める彼女
「・・・・・・昔の話よ」
「そんな、貴方に具申しましょう・・・ゲームを致しませんか?」
「ゲーム?」
彼女は、男の方を向くと少女が真っ黒いパンフレットを渡してくる
「貴方が心の奥底で望んでいる、その面白い考えを具現いたしましょう・・・ただし、ルールがあります・・・・だからゲームです」
その言葉に、にやりと笑う彼女
「はぁ・・・今日も駄目ね・・・」
そこは、地下街から遠く離れた森の中心である、彼女はそこで真夜中の地下街でフルートを吹きながら出ていき一人で立っていた
夜の闇に溶け込みながら、仮面を取り外し、ぼうっと夜空を見つめる
すぅっとゆっくりと彼女は息を吐く
彼女は、ゆっくりと懐に手を入れると背後に向かって包丁を振り回す
「がぁぁぁぁ!!クルナクルナクルナクルナァァァァァ」
彼女は乱暴に周囲の木に、包丁をぶつけるため傷が増えていく
「あぁぁぁぁ、くそくそくそくそくそくそくそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ガンッと音が鳴ると同時に動きが止まる彼女
「はぁぁぁはぁぁはぁぁ」
荒い呼吸を繰り返していくと彼女の顔に脂汗が溜まっていく
「・・・・出てきなさいよぉぉ!!そこに居るんでしょう!!」
暗闇という見えない空間で狂乱しながら叫ぶ彼女
彼女の声は闇の中で響きながら消えていった
「・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと頭が冷え始めたのであろう地面に膝が付きそして、螺子が切れた人形のように動かなくなる彼女
「・・・・・・・・・・・」
静かな空間が周囲を支配する
「また、居るよ・・・あの人」
人ごみの中心で俯いた人が立っている
黒いスーツに身を包んで白い仮面を顔につけて、ゆっくりと顔を上げる
「すごいよね・・・アレで、何時間も吹き続けて吹きながら去っていくんでしょう?」
「ねぇ、すごく綺麗な曲でぇ・・・・・・・・・」
曲が始まると、それまであわただしく動いていた人間がすべて止まる
心の奥底で、安易な安息を求める者に響く音色、この曲が流れる間は、条件に当てはまる人は誰一人動くことはままならない
その理由は、足音や骨の軋みでさえも疎ましく思わせてしまうからである
二時間が経過し黒いスーツが吹きながら歩き出す
全員が全員全く動こうとはしないのだが、その人ごみの中を抜けてゆっくりと追いかける姿があった
「・・・今日も駄目か・・・・・・」
白い仮面を取りつつ、彼女は、ゆっくりと息を吐く
微かにジャリッという足跡が彼女の耳に聞こえる
「っ!!・・誰だ!!」
「・・・・・・・・・・」
息遣いは、感じられるが現れようとはしない陰に向かって吠えるように叫ぶ彼女
「答えろ!!」
そう、彼女が怒鳴ると同時に反対側に走り出す音が聞こえる
「・・・・・・あぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ」
懐から乱雑に包丁を取り出し周囲に振り回す彼女
騒がしい音の中別の音が混ざっているのに彼女は気づかなかった
「・・・・・・・・・・・」
一週間も経つと噂や評判を聞きつけた人々で地下街はごった返しになってしまう
こうなってくると、流石に最初から白い仮面をつけるしかなくなるので、彼女はつけていた
よく見るとすぐ近くで似た格好をした人が同じような構えで似たような音色を奏でているので、当分はごまかせそうである。似たような音色のため、知っている人は誰も相手にしない
初めて聞く人には、それでも構わないのだろうが、一度でも聞いた人にはそれでは駄目なのである
テレビ局など取材班は、その偽者に話しかけている
「・・・・・・・・・・・」
フルートを構えると知っている全員が息を呑む
テレビの取材は、似たものを本物として扱っているので気づかない
そもそも、先ほどから人の輪の中心で俯いていた人などに気づいてはいないのだった
そして、今日も奏でられるその音色に地下街から足音や喋る声がすべてかき消された
「・・・・・はぁぁ・・・はぁぁ・・・・」
いつもの包丁を持ち暴れまわるのが折り返しを迎えたのだと思うと彼女は心の中で笑っていた、誰もかれもが安易な安息を求めるものばかりで誰一人として自分を追いかけるものが居ないのだと思ったからである
ぼうっとするのも終わったところで背後に人の気配を感じる
「誰・・・ですか」
ゆっくりと、振り向くと見知らぬ男性が立っていた
痩せ気味だがあまり、病的ではなく格好事態に特徴が薄いのだが顔が女の子のようにも見える
そんな男が立っていた、目が合うとしばらくの間二人は無言だった
「・・・・・・・・・」
彼は、会釈だけすると去っていった
だが、彼女は内心、その影が少しだけ自分とかぶったような気がした
「・・・・・な・・・・んなの?」
あまりに、不可解な行動に首をひねる彼女だった
「お帰りなさい・・・あと、一週間きっちゃいましたね」
「ただ今・・・ユウリさん」
「ふふ、始めてーいつもは、ご主人さまと一緒だからね」
「貴方は、彼を・・・・合奇と呼ばないのですね?」
「名前が変わるから・・・・・しょうがないんですよー」
そういいつつも、食卓の上に料理を並べるユウリ
「私、人に料理作ったの初めてなんですよ・・・だから、いますっごく楽しいです」
「そう・・・・悪魔でも、料理とかするんだ」
そういいつつ、食べ始める彼女
「いいえ、私人間だったんですよ・・・・・今は、契約で生かされてるんです」
「生かされる?」
「はいぃ・・・逆契約です、貴方の持ち物になるからその間は生かしておいて貴方の答えを聞くまで置いておいてってな感じです」
「逆・・・契約・・・・・答え?」
彼女が、ユウリに疑問をぶつける
「私告白したんですよ・・・彼に、そしたら恋愛は、悪魔には分からないから、それを知ってからなら返答いたしましょうだって」
「・・・なんで、そうしたの?」
「絵里さん・・・・だって、人間って嘘や欺瞞ばっかりで汚らわしいじゃないですか・・自分より劣ってるものを見下して貶して喜んで、それに比べたら契約でも誠実に答える悪魔さん達ってみんな綺麗だし義理堅いしかっこいいんですよ!!」
「・・・・なんか、酷い病気を持ってたの?」
彼女が聞くと目を細めながら答えるユウリ少し不機嫌そうだ
「心臓が人の半分しか無くて後一日で死ぬだろうってところで彼に告白したんです」
「なんだ、生きたいためか・・・」
ボソッと言うとガシャンとテーブルをユウリの手によって叩かれる
「いいえ、ちゃんと言いましたよ・・・私が好きならこの苦しみから解き放つためにも食い荒らしてくれ、そうでないならもうさっさと魂を取ってくれって言いましたもん・・・たった一週間外を歩いてみて分かったの、この世界で生きていても意味が無いって」
「・・・・・・・・・・・・」
自分から死を受容する考えを悪魔に告白することに異常だと考える彼女は、自分の言葉が軽率だったと感じはじめた
「だから・・・彼がどちらを選んでくれるのか待ち遠しくて、待ち遠しくて」
「・・食べられたいの?」
「愛しい人に食べられるのって美しくないですか?」
「・・・・・・・・」
彼女は、昨夜のことを思い出す
何も告げずに去っていった彼のことを、曲を聴いてもついてきた彼のことを思い出す
「・・・・・・・・・・収穫があった」
小さな声でごちそうさまを告げて、自分の世界にトリップしているユウリを放っておき会社へと足を運んで言った
彼女は仕事を終えて、一度家に帰り着くといそいそと着替えを始める
そして、姿身に映る自分の裸身に見入ってしまう
「・・・・」
誰かの爪痕が残ったこの体は、すごく気味悪いことに縦横無尽に傷跡が走っている
「こんな体を誰が抱いて喜ぶんだろう・・こんな体を子供が見て泣いてしまうだろう・・こんな心は、誰かを傷つけてしまうだろう・・こんなこんな・・・」
―お前は誰にも愛されない!!―
「ふぅうぅ!!」
いつぞや聞いた記憶の言葉が蘇り、目が見開かれる
―あなたなんかゴミよゴミ―
「黙れ・・・」
―こんなのも分かんないの?バッカじゃないの!?―
「うるさい・・黙・・れ」
―はぁ・・・失望だよ・・もういいよ、帰って―
「煩いんだってば・・・黙ってよ!!」
―あんた、死ねばいいのに―
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁ」
彼女が振り上げた手が姿身に向かう
彼女の振り上げた手を別の手が止める
藍色のスーツに同色のシルクハットと白い仮面をした男
「合奇・・・」
「お疲れのようですが・・・いつものお時間ですよ?」
すぅっと時計を指さす合奇に彼女は、相槌を打ち素早く着替えて出ていく
「・・・・遺伝性の病気でしょうか?・・・これは頂かせていただきましょう」
黒く歪んだ物体を懐にしまう合奇は、嬉しそうに肩を揺らした
フルートを弾き終わりいつもの場所に立つ
今日で最終日、結局あの日以来彼は現れなかった
「ふふふ・・あははははははははははは」
いつものように周囲を切り刻む
「はははははっはっははっはっはははははははははははは」
そして、いつもの場所に深く包丁がめり込み彼女の動きが止まる
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「こんばんは・・・」
ガバッと振り返る彼女
「やっと・・・決心がつきました」
「はぁ・・・・・・?」
そこに立っていたのは、あの時の晩に会釈してきた彼だった
「僕の名前は、安達 連・・・えっと付き合ってくれませんか!!」
「・・・・・・・さっきの見たでしょう?・・いや、前も見てたでしょう?」
「えぇ、始めて地下街に現れたときから、ここに来て行っていること全てを見ていました」
「ストーカー?」
彼女が、ボソッと本音を言ってしまうと、安達はこける
「・・・・漫画みたいな真似はよしてよ」
「確かに、ストーカーかも知れないですけど!!・・・うぅ、ごめんなさい」
「だったら・・諦めなさい」
「嫌です・・・・・それとも、嫌いですか?」
「・・・・前に出ることもできないような、度胸無しがこんなアタシを愛せるの!!」
彼女の髪が赤く染まるそして、体から真っ赤な筒が生えてくる
筒からきれいな音とともに、炎が漏れ出て周囲の木々が燃えてしまう、だが煙は立たない
「なんだったら・・・・貴方を燃やしますよ?骨ですら残らないから必然行方不明者の仲間入りでしょうけど」
明かりだけが目立つ炎は、遠くから見ると赤いライトを使ってるだけにしか思わないだろう
「・・・・・別に・・・こんなの関係ないですよ、好きだという気持ちは嘘じゃない」
何を考えているのか、そもそも何かを考えているのか分からない顔でそういう
「飯島 絵里さん・・・僕のこと忘れてませんか?」
「うっわー・・・・真性のストーカー」
またもや、派手に転ぶ連を冷たい目で見る彼女
「違います!!って言いたい、むしろ叫びたい・・・・・・中学校のときに一緒だった『蓮華』って仇名の男の子が居たでしょう!!」
「・・・・・・・・・・・・・もう、叫んでるし」
中学校のとき女顔であり、童顔で背が小さい男の子が居た
力も弱いが勉強は出来ていた、人が良すぎてよく蓮華と呼ばれパシられていた
蓮華とは、女は花だろうから女顔を抽象する言葉としてやられたらしい
とりあえず、ふてぶてしい奴が気に食わなくて半殺しにしたことは覚えている
その時の蓮と今を比べてみる
「あぁ・・・・・髭も生えてない」
「うっさい!!・・・24になってもまだ良くて高校生扱いだよ・・・どうせさ、平日に半ドンだったりしたら補導員に捕まるよ!!」
背は一応、彼女より高いが最近の中学生は、背が高いので間違われるのだろうと、内心思う彼女
「・・・・ふっおかしい」
「で、他人じゃなくて・・・知人なわけだけど・・・答えは!!」
「そんな・・・・可愛い声で言われても」
どんっと力強く押す、それだけで体制を崩し地面に仰向けに寝そべってしまう連
その上に馬乗りになる絵里
「・・・・・????」
意味が分からないで困惑する連に対して余裕の笑みを投げかける絵里
「ほら・・・・聞き方はどうするの?」
「っ!?・・教えてください」
夜空の下、女性が男性に答えを言う
赤かった髪や筒が崩れて金色の粉と化す、綺麗な光がその場を包んでいった
「あぁー・・・・なんというかな」
「如何したのー」
「ふむ・・・・・・今迄で一番意外な恋愛だなってね」
彼等は、赤い光が金色に変わっていくのを遠くのビルの屋上から眺めていた
ユウリが、合奇の言葉に首をひねるとその頭を合奇が撫でる
「21歳の一年間を殺人機として過ごした彼女がこんな、幸せを手に入れるなんて予想外だなってね」
「・・・予想外か・・・・・ふぅーん」
二人は黙って、遠くの金色の光を見つめる
「連さんは、あの日からずっと絵里さん探してたんだと思うな」
「飽きやすくて諦めやすい人間がですか?」
「そういう、人間本来の行動を無視しても欲しいものだったんじゃないかな?」
「・・・・例えソレが殺人鬼でもですか?」
「連っていう人からも血の香りはするよ」
「・・・・仲間ですか・・・・」
呆れたようにため息を吐く合奇
「まぁ、血の香りは男性のほうが濃いんだけどね」
「ふぅ・・・・帰りましょう」
疲れたようにまたため息を吐く合奇に、にっこりと笑うユウリ
「あ・・・そうそう、あのニュースがなんで迷宮入りしたか分かったよ」
「?」
ユウリのおかしな発言に首をひねる合奇
「一日おきに、各都道府県で一人殺されるんだ、全く同じ殺し方でね、それが車を飛ばしても飛行機に乗っても自家用機やヘリコプターを使っても不可能な早さだったんだ」
「・・・・複数だという説は無かったのですか?」
「そう、最初はね・・・でも、あまりに殺し方が統一されてるからさ」
「いや、ニュースに出れば皆分かるでしょう?」
「それがね、殺し方は、出なかったんだよ・・・・さらに、順番があってね」
「順番?」
「うん、順番・・・一日ごとにカウントが減っていくんだよ」
「・・・・」
「でもね、3で止まっちゃったの・・・それ以降は殺人も無く今に至ると」
「あぁ・・・・・それは、小学校の出席番号ですね」
冷たい口調で言い放つ合奇
「うん」
「今は男女一緒になったから30ぐらいから始めていって最後の二人・・・・・途中で悲しくなった人と好きな人を殺せなかった人ですよ」
そういって、振り返り指をならそうとする合奇だったが、ふと気づいたようにユウリのほうを向く
「あ・・・あぁ・・では、もう1つ聞かせてもらいます」
「はい?」
合奇は、人差し指を指して言う
「なんで、彼女に嘘をついたんです?」
「ぐぅ・・・なんで、今日聞くんですか」
「質問は先に行いました、言ったほうから答える・・・顔見知りなら、礼儀ですよ?」
「分かりました・・・・失礼いたしました・・・・」
チラッと二人を見てから言うユウリ
「言いづらいじゃないですか・・・あんなこと」
「言いづらいですか・・・まぁ、確かにほぼ赤の他人からあのようなことをされればですかね?」
「うん・・・せっかく恨みを晴らした二人だよ、だったら悔いて欲しくないな」
「それは、ある一種のエゴですよ・・・嫌いじゃないですがね」
ぼぅっと二人は消える、生き残った罪深い魂を残して