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鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
一章 盗賊騎士
9/50

第9話 荷馬車になんかひき殺されたくないぜ

 場面転じて、ニュルンベルク西方の戦場。

 辺境伯へんきょうはく軍の傭兵隊ようへいたい隊長パウルス・フォン・アプスベルクは、後退しようとする兵たちを「逃げるな! 戦え!」と怒鳴っていた。

 敵味方双方に多数の死者が出るほどの猛暑の中、激闘は何日も続いており、辺境伯軍は、ニュルンベルク軍がドカンドカンとぶっ放してくる砲弾と風変りな荷馬車戦法に大苦戦していたのである。

 この荷馬車戦法というのが、鉄の装甲で守られた荷馬車を輪形陣りんけいじんにして連結し、鉄の壁の内側から火縄銃やいしゆみで敵を攻撃するという攻守に優れた荷車城塞ワゴンブルクと呼ばれる戦法だった。十五世紀初めに現れたフス戦争の英雄ヤン・ジシュカが、神聖ローマ帝国やカトリック勢力と戦った時に用い、威力を発揮したという歴史がある。

 フス戦争終結から数十年後の今も、この荷馬車戦法はヨーロッパの合戦で使われており、戦場にたびたび姿を現していた。

「生きている奴は、俺に続けっ!」

 辺境伯の招集に応じていち早く駆けつけたクンツ・ショット・フォン・ショッテンシュタインの精鋭部隊は、大砲の砲撃をくぐり抜け、敵陣に突撃した。しかし、そのクンツも、荷車城塞ワゴンブルクには歯が立たなかったのである。

 ニュルンベルク軍の兵士たちは、鉄の装甲の銃眼じゅうがんからクンツ隊を狙い撃ちし、クンツの傭兵がバタバタと倒れた。

「この野郎!」

 激怒したクンツは、いしゆみの一斉射撃をさせたが、鉄の装甲に守られた荷馬車には何の意味もなかった。

 ゲッツやクリストフの騎士見習い時代の仲間であるクンツは、ゲッツに負けないほどの勇猛果敢な騎士だが、強欲かつ薄情なところがある男である。彼は、辺境伯軍として戦闘に参加したらニュルンベルクの大都市を思う存分略奪できると考えて駆けつけた。しかし、

(あっ、これは負ける)

 と、気づいた途端、逃走を決意したのだ。

「俺は、金(もう)けにならない戦はしない主義なんだ。逃げちまおう」

 クンツはそう言うと、脱兎のごとく戦場を離脱してしまった。

「皆の者、逃げるなー! 戦わんかー!」

 近くにいる副官の顔すらまともに見えない砲煙ほうえんのせいで、もはや戦況を全く把握できなくなっていたアプスベルクは、クンツの逃走を知らずにそう叫んでいた。はるか後方に布陣しているカジミールには援軍の依頼を再三再四しているのだが、カジミールは、側近のピオトルをアプスベルクの元に遣わして、

「もう少ししたら援軍を送るから、持ちこたえろ」

 と、何とも当てにならない返事をするだけだったのである。

(む……? 何だ? 砲煙の向こうから馬蹄ばていの音が……)

 クンツ隊が逃げ帰って来たのだろうか。アプスベルクがそう思った直後、ようやく砲煙が晴れて、接近しつつあった物の姿が現れた。

 それは、辺境伯軍の突撃部隊を全滅させたニュルンベルク軍の荷馬車隊だった。荷馬車隊は輪形陣を解き、弱った辺境伯軍に大打撃を与えようと突進して来たのである。

 激しい砲撃によって士気が大いに下がっていた辺境伯軍の兵たちは、鉄の装甲の荷馬車にひき殺され、馬に蹴り殺され、火縄銃やいしゆみによって撃ち殺され、生き残った者はさんを乱して潰走した。

 ゲッツ隊とクリストフ隊が戦場に駆けつけたのは、ちょうどこの時だったのである。



「あれ? お前、クンツじゃねえか! おい、こら、逃げる気か!」

 戦場のすぐ近くまで来た時、ゲッツは、生き残った傭兵十数人を引き連れて逃走中のクンツとばったり出くわした。

「ゲッツ、クリストフ。この戦は負け戦だ。俺は命が惜しいから逃げるぜ」

「命が惜しいから逃げるだと? お前は騎士だろ。そんな情けない言葉、死んでも口にするな」

「相変わらずクリストフは優等生だなぁ。あれを見ろよ。傭兵隊隊長のアプスベルク様が率いる本隊までもが、鉄で覆われた荷馬車に追いかけ回されて、潰走しちまっているんだぞ。どう戦えって言うんだ。俺は、荷馬車になんかひき殺されたくないぜ」

 クンツが、辺境伯軍の騎士や傭兵たちが荷馬車に殺戮さつりくされていく地獄のような光景を指差しながら言うと、老騎士タラカーが「くっくっくっ」と笑った。

「目の前に勝機が転がっているというのに、逃げるとはもったいない。それでは、手柄を全部友だちに取られちまうぜ」

「ああん? 何だ、この老いぼれは。どういう意味だ」

「俺は盗賊騎士のタラカーという者だ。さんざん各地で荒らし回っているから、あんたも名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。まあ、俺のことはどうでもいいさ。あの荷馬車の戦法のことだ。あれは、輪形でしっかりとつながっている時はまさしく鉄の要塞と化す。だが、輪形陣を完璧に築く前に攻撃をされたら、意外ともろいのだよ」

 年の功と言うべきか、数え切れないほどの戦を経験してきたタラカーは、荷車城塞ワゴンブルクの弱点を熟知していた。今まさに、荷馬車隊は退却する辺境伯軍を追撃するために輪形陣を解いており、荷車城塞ワゴンブルクを撃破する絶好の機会なのである。

「なるほど。さすがはタラカーの親父だ。やっつけ方が分かったら、恐れる必要はねぇ。者共ものども、出撃だ!」

 ゲッツが長槍を天にかざしてそう吠えると、家来のトーマスやハッセルシュヴェルト、カスパールら傭兵たちが「おおーっ!」と吠え返した。クリストフも剣を抜き、「お前も来い、クンツ」と言った。

「あの荷馬車隊の攻略方法があるというのなら、付き合ってやってもいいが、やばくなったら俺は逃げるぜ」

「ああ、逃げればいいさ。ただ、お前が尻尾しっぽを巻いて戦場から逃げ出した話をお前の愛しいイルマ殿に面白おかしく伝えてやるが、それでもいいのかい?」

 ゲッツがからかってそう言うと、クンツは「わ、分かったよ。逃げねぇよ」と動揺した。クンツは、クリストフの従妹いとこのイルマに惚れていて、クリストフに何度も「イルマを嫁にくれ」と頼んでいるのだが、クンツの軽薄けいはくな人間性に不安を感じているクリストフはなかなか首を縦に振らないのである。

「クンツもやる気になってくれたことだし、さあ行こうか!」

 ゲッツ隊、クリストフ隊、クンツ隊は、一人ひとりが距離を取り、突撃を開始した。固まらなかったのは、こちらの兵力が敵になるべく多く見えるようにするためと、敵陣後方のカルバリン砲に砲撃された時に一発の砲弾で生じる被害を最小限にするためだった。

「あっ! 新手だ! 敵の新手が現れたぞ!」

 辺境伯軍を追撃していたニュルンベルク軍の荷馬車隊は、ゲッツたちの接近に気がつくと、これを迎え撃つべく、進軍を止めて荷車城塞ワゴンブルクの陣形を完成させようとした。

(思いの外、手際がいい。このままだと、すぐに鉄の要塞ができちまう)

 輪形陣を作るべく迅速に動く荷馬車たちを見て、ゲッツは、

「ハッセルシュヴェルト! 御者ぎょしゃを撃て!」

 と、叫んだ。

 いしゆみの名手ハッセルシュヴェルトは、言われるまでもなくそのつもりで馬上から狙いを定めていて、ゲッツが命令したほぼ一秒後に矢を放った。

 ハッセルシュヴェルトの矢は、隣の荷馬車と今にも連結しようとしていた荷馬車の御者の喉元のどもとに突き刺さり、その男は御者台ぎょしゃだいから転げ落ちた。荷馬車を引っ張っていた馬たちは、自分たちを操っていた御者が死ぬと、

「朝から働かされてばかりで疲れた。これでせいぜいしたぜ」

 そう言わんばかりにピタリと立ち止まり、荷馬車は停止したのである。そして、急停止した荷馬車に、後ろの荷馬車が激突、さらに後方の荷馬車がまたもや激突と、玉突き事故が発生した。

「何をやっている! 早く陣形を整えるんだ!」

 玉突き事故に巻き込まれた荷馬車の一つで、この荷馬車隊の指揮をとっているらしき男が御者台に立ってわめき散らしていた。荷馬車隊の目前にまで迫っていたゲッツはその男の存在に気づき、

「お前が指揮官か!」

 そう叫びながら槍を遮二無二しゃにむに突き出した。指揮官は「なめるな!」と吠え、ゲッツの槍を剣ではね返したが、馬鹿力なゲッツの一突きは予想以上に強力で、剣を握っている指揮官の右手はビリビリとしびれた。そこに、ゲッツに続いてクリストフが襲いかかり、指揮官の剣を槍で叩き落とした。

 ゲッツは指揮官のそばにいた御者を突き殺し、今度こそ指揮官にとどめを刺そうとした。しかし、荷馬車の鉄の壁の内側から火縄銃が数発火を噴き、その一発がゲッツの馬に命中したのである。

 馬は鳴き声も立てずに絶命して倒れ、ゲッツは地面に放り投げられた。

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