最終話 しばしの別れだ
戦後処理について、語らねばならない。
マクシミリアンは、ゲッツの助命嘆願に応じ、ヘルゲらボヘミア兵の命を助け、解放した。ケヒリの言葉通り、マクシミリアンはボヘミア王との関係を考慮し、寛大な処置を下したのである。
だが、ピーンツェナウアー以下の捕縛された将兵たちは違った。
「反逆者たち四十二名を死刑に処す。この命令に異を唱える者があれば、余自らその者に平手打ちをする」
と、命じたのだ。ピーンツェナウアーは、涙を流して王に命乞いしたが、マクシミリアンは許さなかった。ここで反逆者たちを見せしめに殺さねば、今後もこのような反乱が起きてしまうからだ。
「せ……せめて、故郷の老いた母にひと目だけ会わせてください」
処刑台に引きずられて行く時にピーンツェナウアーがそう哀願すると、マクシミリアンは、一瞬、昔可愛がっていたこの男に憐みの目を向けた。
実は、クンツがクーフシュタイン城に運ぶための食糧を確保するために襲った街に、ピーンツェナウアーの母が住んでいて、彼女はクンツの傭兵に家ごと焼き殺されていたのだ。
「……そなたの母は、先月に病死した。あの世に行けば、会える」
マクシミリアンがそう告げると、ピーンツェナウアーはぼう然となり、そのまま処刑台に連れられて首を刎ねられたのであった。
処刑はなおも続き、ループレヒトの遺臣は死ぬ覚悟ができている者が多かったが、ピーンツェナウアーの部下たちは首と胴体が離れる瞬間まで命乞いを続けていた。
「…………」
処刑を見届ける王の横顔を見た側近のエーリヒは心を痛めた。誰よりも人の死を悼む心を持つマクシミリアンが、この残酷な処刑を実行させている。本当は、全員助けたいはずだ。
「もう、いいんじゃねぇのかな。辛そうだ」
処刑を見守っている将兵の中で、そう呟く声が聞こえた。それは、ゲッツだった。彼の視線の先には、マクシミリアンがいた。殺される側だけでなく、殺す側の王も辛いとあの男は分かっているのだ。
(止められるのは、側近である私だけだ)
十七人目の反逆者が処刑された時、エーリヒはそう決断し、
「王様、これ以上はおやめください」
と、マクシミリアンに言上したのである。
マクシミリアンは、エーリヒをしばらく見つめると、
「命令に逆らう者は、平手打ちにすると言ったはずだ」
と言い、手を振り上げた。
そして、そっとエーリヒの頬を撫で、微笑みながら一筋の涙を流した。
結局、マクシミリアンは反逆者全員を殺せず、二十五人を助けたのだ。帝国の安定のために非情にならねばと思いながらも、それを実行できなかったのである。しかし、それが王様の良さだとエーリヒは信じていた。
かくして、ランツフート継承戦争は終結し、ランツフートの継承権はミュンヘン公アルブレヒトに渡った。だが、狡猾公はせっかくバイエルン領の大半を手に入れたのに、その四年後にあっさりと死んでしまうのである。ゲッツの「尻なめろ」発言に激昂して大量に鼻血を噴き出したのが寿命を縮めた原因だったかどうかは、知らない。
また、敗者であるプファルツ選帝侯も、奇しくもアルブレヒトと同年に病死した。彼の孫でゲッツたちに助けられたオットー・ハインリヒとフィリップは、ローマ王によって故ランツフート公の遺領をプファルツ・ノイブルク領としてわずかに与えられ、オットー・ハインリヒは後にプファルツ選帝侯となる。
継承権をめぐる勝者も敗者も戦争があった四年後に死に、結局、最後に勝ちを得たのは誰なのか……という話になるが、この戦争を通して王としての指導力を発揮し、戦争を終結に導き、帝国の諸侯たちに王者としての実力を認めさせることができたマクシミリアンかも知れない。
マクシミリアンは、狡猾公とプファルツ選帝侯が死んだ年に、ローマでの戴冠式をしないまま皇帝宣言をすることになる。
さて、その後のゲッツについてだが、もちろん、母マルガレータとの約束通り、ドロテーアと共に故郷ヤークストハウゼンに行き、母にドロテーアを紹介した。
マルガレータは、ハキハキと物を言うドロテーアを気に入り、ゲッツとドロテーアを連れて、シェーンタール修道院で故キリアンに「ドラ息子に嫁ができたよ」と報告した。この時、ゲッツは、父の義足が入った箱の横に、自分の右手を入れた木箱を置き、
「我が右手よ、今までありがとう。しばしの別れだ。俺が死んだ時は、共に我が墓で眠ろう」
と、右手に別れを告げたのであった。
「さて! 父上への報告も済んだし、いよいよ俺たちの結婚式だな。たくさんの人を呼ぼう。ラインハルト殿や伯父上たち、ノイエンシュタインのおじさんはもちろん、ジッキンゲンやフルンツベルク、他にも多くの友人たちを呼んでパーッと行こうぜ。ボヘミアに帰っちまったヘルゲは来てくれるかなぁ……」
ヤークストハウゼン城の居館でドロテーアや子分たちにそう話しながら、ゲッツは子どもみたいにウキウキしていた。
盗賊騎士ゲッツ一味の幹部であるトーマス、ハッセルシュヴェルト、カスパールと、下っ端だがゲッツにいつもついて離れないエッボは、(はしゃぎすぎだろ……)と少々あきれていた。しかし、
「残念だけれど、結婚式は中止だよ」
と、マルガレータが物凄く不機嫌な顔で部屋に入って来ると、浮かれた空気は一変したのである。
「え!? は、母上、それはどういうことだよ!」
「どうもこうもないよ! お前が連れて来た、大飯食らいの傭兵たちに食べさせる食費のせいで、この城はすっかり赤字なんだよ! キリアン様が蓄えた財産も底を尽きかけようとしているのに、百人近い傭兵にただ飯を食わせる余裕なんてないんだ! このままじゃ、結婚式を挙げることなんてできないよ!」
「金がないから結婚式ができないなんて、情けなさすぎる!」
ゲッツは青ざめてそう叫ぶと、鋼鉄の義手をはめ、剣を手に取り、
「ドロテーア。ちょっと結婚式のための金を稼いでくる」
と、キョトンとしているドロテーアに言ったのである。
「え? 稼ぐって、どうやってですか? あっ、まさか……」
「ニュルンベルクに私闘を仕掛け、がっぽり金を頂戴してくるぜ!」
ゲッツは満面の笑みでそう言い、ぶちゅっとドロテーアの頬に接吻をした。ドロテーアは、恥じらっている場合ではない。
「や、やっぱり! あなたはまたそんな危険なことを……って、ゲッツ殿!? 待ちなさい、ゲッツ殿! 半年は右腕を養生させると約束したではありませんか!」
ドロテーアが止めるのも聞かず、ゲッツは部屋を飛び出して行った。「やれやれ、仕方ねえなぁ」と言いながら、ゲッツの子分たちも主人の後を追う。
ドロテーアが夫を追いかけて居館の外に出た時には、ゲッツは愛馬シュタールに跨り、傭兵たちを率いてヤークストハウゼン城を飛び出した後だった。
盗賊騎士の花嫁は、ぼう然と立ち尽くしたまま、義理の母と共に結婚式のための金を稼ぎに行った夫を見送るしかなかった。
「は、義母上、よろしいのですか?」
「あははは。あのドラ息子は本当に自由人で困るよ。あの子の好きにさせるしかないね。ただし、男が好き勝手やった時は、女が後でちゃんと躾てあげないとね。ゲッツが帰って来たら、一緒にきつ~くお仕置きをしましょうね」
この後、鉄腕ゲッツは、ドロテーアとの結婚のために、ニュルンベルクの荒くれ傭兵たち相手に大暴れして、「ざまぁ見やがれと」ばかりに意気揚々、大金を持ち帰って来る。
ただし、そこまではゲッツの目論み通りだったのだが、ヤークストハウゼンに帰還した後に母と嫁にさんざんお仕置きされて、か弱い(?)女二人に泣かされる運命までは予想していなかったようである。
--完ーー
あとがき
『鉄腕ゲッツ』、これにて完結です。最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
この作品は、実在した鉄腕の騎士ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンを主人公にしていますが、物語の開始時のゲッツにはまだ右手があります。なぜ最初から鋼鉄の義手を出さなかったのかというと、主人公ゲッツが利き手を失うという戦士として致命的な重傷を負いつつも立ち直って鉄腕の騎士として復活する「再生の物語」を書きたかったからです。
作中、ゲッツはクンツに「お前は何のために生まれてきたんだ」と問いかけられます。右手を失ったお前の人生は終わったも同然ではないかと。
打ちのめされたゲッツですが、愛と誇りを取り戻すために再起し、鋼鉄の義手を身に着けて戦場に帰還します。
現代の私たちも、大きな挫折を味わい、自分が信じていた正義や価値観、それに才能を世間に否定され、「お前の人生、いや、存在そのものに価値なんてないんだ」というレッテルをはられてしまうことは多々あります。私にもそんな経験はたくさんあります。自分という人間がとても小さな存在に感じられ、何もかもあきらめたくなることも……。
でも、そのまま心を腐らせてしまっては駄目なんだと思います。
他人に否定され、自分までもが自身を否定してしまい、そのまま終わってしまう人生なんて悲しすぎる。
欠点だらけでも、他人に劣る部分が多くても、それでも自分には光るものがある。きっと、誇れる何かを持っている。そのことに自分を含めてまだ誰も気づけていないのだ。だから、自分という人間をあきらめてはいけない。
再起不能なほどの挫折を味わっても、他人に評価されなくても、命ある限り自分の可能性を信じて生きていかなければいけない。私はそう思うのです。
「俺の人生はまだ終わっていないぞ!」
血反吐を吐きながらも鉄の手で戦い、戦士として再生した鉄腕ゲッツ。私もかくありたい。そして、この小説を読んだ人たちにも人生への希望を持って欲しい。そういう想いを込めながら、物語を書きました。
完結まで読んでくださった方たちの心にゲッツの不屈の生きざまが刻まれ、ほんのちょっとでもみなさんの人生の糧になることができたのなら、これ以上の幸せはありません。
ここまでお付き合いくださった皆さん、本当にありがとうございざいます。
それでは、またどこかで!




