第5話 ぷるんぷるん……!
ピオトルとの喧嘩の顛末を語り終えると、ゲッツは、
「俺は、どうせ騎士として主君に奉公することもまともにできないはみ出し者なんだ。それに、立派な騎士になれと言われても、俺たちは新しい時代に取り残された古臭い貴族じゃねえか。帝国の経済を動かしているのはニュルンベルクみたいな帝国自由都市だし、ローマ王が戦場で重宝しているのはランツクネヒトと呼ばれる傭兵たちだ。俺たち騎士はこのまま立ち枯れていくのを待つだけだ。だったら、俺は自分のやりたいように生きたい」
ナイトハルトになげやりにそう言ったのである。
騎士の時代はすでに終わりを迎えつつある。その認識をナイトハルトも薄々持っていたため、ゲッツの言葉に「うっ……」と唸ったが、すぐに頭を振り、こう言った。
「やりたいように生きるというが、お前はただ無頼をきどって、限りある人生の時間を浪費しているだけではないか。このままでは、お前は何の志もなく生き、何も得ることなく人生を終えてしまうぞ。たとえ我ら騎士の時代が終わりを告げようとしていたとしても、騎士としての誇りだけは失ってはならぬ」
「俺には分からないんだよ、騎士とは何なのか。何を守り、何のために戦えばいいのかが分からないんだ」
ゲッツとナイトハルトがそう言い合っていると、居館の外の中庭で怒鳴り声や品のない笑い声がするのが聞こえてきた。かなりの人数が城の中庭で騒いでいるらしい。
「な、何だ? 何事だ?」
ナイトハルトが狼狽していると、凶悪な人相の騎士がどかどかと荒々しい足音を立てて、ゲッツとナイトハルトがいる居館の広間に入って来た。しかも、三十数人の傭兵たちを引き連れていて、どの男たちもタラカーの傭兵に負けないぐらい凶暴な顔つきをしていた。
「よう、兄貴。久し振りだな。おお、ゲッツもいるのか」
「ふ、ふ、ふ、フリッツ! お前、何をしに来た!」
自分の居館に荒くれ者どもが勝手に上がりこんで来たことに激怒したナイトハルトは、頭の血管が切れそうになるほど興奮して叫んだ。フリッツと呼ばれた傭兵たちの首領は、
「そうカッカするなよ、兄貴」
と、ヘラヘラと笑った。
このフリッツという男は、ゲッツのもう一人の母方の伯父である。昔からテュンゲン一族の厄介者で、手のつけられない乱暴者だった。幼い頃までは父の愛情と母の厳しい躾で行儀良く育ったゲッツに、喧嘩のやり方を教えて、荒くれ者にしてしまった張本人なのだ。
フリッツも、タラカーと同じように各地で私闘を行ない、盗賊騎士として悪名を轟かせていた。ただ、タラカーと違うのは、強者であろうが弱者であろうが、「気に食わねえ」と思ったら見境なく喧嘩をふっかけ、徹底的に敵を叩きのめす大人げない男だということだ。
「兄貴。数日、ここを私闘のための俺の根城に使わせてもらうぜ」
「ば、馬鹿者! まだそのような違法行為をやっているのか! ゲッツもそうだが、お前もいい加減に私闘をやめろ! 私闘は、もはや我ら騎士の特権ではないのだぞ!」
ナイトハルトの言う通りで、私闘は、一四九五年にヴォルムスで開かれた帝国議会で禁止されてしまっていた。これまで騎士たちはおのれの誇りをかけた争いや領土問題などを自力救済として実力行使で解決してきたが、ヴォルムスの帝国議会で発令された永久平和令により、「全ての問題は裁判で解決すべし」ということになったのだ。
ちなみに、その当時、ゲッツの父キリアンの従弟であるコンラートはブランデンブルク辺境伯の顧問官として、帝国議会が開かれているヴォルムスに来ていた。十五歳のゲッツは、コンラートのお供としてヴォルムスに赴き、永久平和令が成立した――つまり、騎士の特権が消えてしまった歴史的瞬間に立ち会っていたのであった。
ただ、私闘を悪用するタラカーやフリッツのような盗賊騎士が各地で跋扈しているうえに、騎士たちの模範となるべき諸侯たちも他の諸侯やニュルンベルクなどの大都市を相手に私闘を繰り広げていて、ナイトハルトのような真面目な男か、戦う力のない貧乏騎士ぐらいしか永久平和令を守っていなかったのである。
「永久平和令なんて、糞くらえだぜ。おい、連れて来い!」
フリッツがそう怒鳴ると、後ろのほうにいた傭兵が「へい!」と返事をして、縄できつく縛られた少女をゲッツとナイトハルトの前に引っ張って来た。
少女は恐怖で体を震わせながらも、悔しそうに唇を噛み、激しい怒りと憎悪を込めた目でフリッツを睨んでいる。なかなか気の強そうな娘のようだ。しかも、かなり上等な服を着ているから、どこかの城の姫様かも知れない。
「明日、この娘の兄と私闘をやる。ゲッツ、お前も協力しろ」
フリッツにそう言われ、ゲッツは「女を人質に取ったのかよ」と眉をしかめながら少女を真正面から見た。すると……。
ドクン、とゲッツの心臓が跳ねたのである。
太陽のきらめきのように輝く金髪、蒼く澄んだ美しい瞳、薔薇のように赤い唇、絹のごとくきめ細やかな白い肌……。
世界中のどんな芸術品も、彼女がその横に並べば、霞んでしまうだろうとゲッツは大真面目に考えた。そして、ゲッツが何よりも声を大にして叫びたかったのが、
「この女……ぷるんぷるん……! ……おっぱいが、でっけえーーーっ!」
ということだった。ゲッツは、おっぱいが大好きだったのである。
ちなみに、本当に声に出してしまい、ゲッツは美少女に睨まれてしまった。