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鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
終章 鉄の手と愛の温もり
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第44話 俺たちはろくでなしなんかじゃねえ

 その日の昼過ぎ。重砲じゅうほう五門が、マクシミリアンの元についに到着した。

 城攻めを行なっていた帝国軍の兵たちは、王の命令により城から退き、この帝国の秘密兵器が火を噴く光景を見物しようとマクシミリアンの本陣に集まっていた。

「ふむ……なるほど。これは良い大砲だ」

 大砲をぶっ放して日頃の政務や軍務のストレスを解消するという趣味を持つマクシミリアンは、我が前に並ぶ大口径の重砲たちを満足げに見つめると、一門、一門を指差して、

「トルコの女帝」

うるわしのカトル」

「ブルグントの女」

「すばらしきガチョウ」

「オーストリアの起床信号」

 と、言った。そして、「どうだ?」と問いたげに諸将の顔を見回したのである。どうやら、大砲たちに名前を付けていたようだ。ネーミングセンスは、あまりいいとは言えなかった。

「……あの、王様……。そろそろ砲撃を開始しましょう」

「うむ。……あっ、待て、エーリヒ。にやらせてくれ」

 マクシミリアンは、砲弾を両手で抱えると、「すばらしきガチョウ」と名付けた大砲に装填そうてんし、砲撃手に「撃つがよい」と命じた。

 そして、とうとう、ランツフート継承戦争の終焉しゅうえんを告げる砲撃の大轟音だいごうおんが、クーフシュタインの天と地を震わせたのである。

 「すばらしきガチョウ」の砲弾は、最強の防御力を誇る要塞の城壁に神の怒りの鉄槌てっついのごとく炸裂さくれつし、城壁を粉々にした。

「す、凄い! 今まで傷一つつけられなかったのが、嘘のようだ!」

 帝国軍の諸将は口々に驚きの声を上げたが、籠城軍の将兵たちは帝国軍の十倍以上は驚愕きょうがくし、

「砲弾ではなく、天から隕石が降って来たのではないか!?」

 と言い合って周章狼狽しゅうしょうろうばいした。

 しかし、「すばらしきガチョウ」に続いて、「トルコの女帝」、「美わしのカトル」、「ブルグントの女」、「オーストリアの起床信号」も次々と火を噴き、クーフシュタイン城に砲弾が飛来すると、籠城軍は「これは帝国軍の砲撃だ!」とようやく理解したのである。

 クリストフやケヒリたちは、全くなすすべがなく、城壁や城壁塔、城門がその自慢の分厚い壁を打ち砕かれて崩壊していく光景をぼう然と見守ることしかできなかった。

 城内で最も堅固な大きな塔(ベルクフリート)でさえ、破壊の鉄の雨による被害をまぬがれることはできず、塔に無数の穴を作り、砲撃がやむ日暮れ間近にはついに屋根が吹っ飛ばされてしまったのである。

 マクシミリアンは、日没までの三時間半ほど、休むことなく砲撃を続けた。夜になって攻撃を停止した頃には、クーフシュタイン城は廃墟と言っていいほどボロボロになっていた。



「明日、夜明けとともに総攻撃をかける。ジッキンゲン隊は公子たちの救出を最優先して行動し、フルンツベルクのランツクネヒト隊は精鋭の兵士を選抜して公子救出隊の手助けをせよ」

 砲撃を終えた後、マクシミリアンがそう指示すると、フルンツベルクは、

「ははっ! この命に代えましても任務を遂行します!」

 と言って王にひざまずいた。ジッキンゲンも真似していちおう跪いた。

 そんな時、集まっている将兵の中からゲッツが進み出て来て、ローマ王にこう言上したのである。

「その公子救出作戦に我が隊を加えていただきたい」

「……しかし、ゲッツよ、その手で大丈夫なのか」

 マクシミリアンが、ゲッツの右手を指差してそう問うた。

 ロルフ親方の最高傑作である鋼鉄の義手は、現在故障中で、ロルフが必死こいて修理中だったのだ。

 今のゲッツがつけている代わりの義手は、最初に使っていたあの試作型の鉄の手だった。この試作型義手は、いちおう指を手動で動かして剣も握ることができるのだが、ボタンを押して指を開く仕掛けは施されておらず、義手をはめて固定する部分はひじではなく手首の切断部だったのである。当然、この義手で剣を振り回せば、右腕への負担は計り知れないものがあるだろう。

「ご心配には及びません。朝までには、義手の修理は完了します」

 ロルフ親方の腕を信用しているゲッツは何の心配もしておらず、そう答えた。

「ならば、そなたも公子救出隊に加わることを許可しよう」

「ははっ。ありがたき幸せ」

 ゲッツが公子救出作戦に志願したのは、ループレヒトの遺児たちのそばにはドロテーアがいると思っていたからだ。ローマ王からの作戦参加の許可を得たゲッツは、辺境伯軍の陣営で待機していたタラカーたち仲間の元に戻り、

「明日こそは最終決戦だ。俺は、ドロテーアを城から救い出し、結婚式を挙げる。俺の結婚式に出席したい奴は、絶対に死ぬなよ!」

 と、自分の傭兵たちとタラカー一味に言った。傭兵たちは、

「結婚式なんて、俺、初めて招待されるぜ」

 などと笑い合い、はしゃいだ。すると、偶然そばを通りかかってゲッツたちの会話を耳にしたポーランド騎士のピオトルが、フンと鼻でせせら笑い、

「ろくでなしの盗賊騎士が結婚だと? お前みたいなあぶれ者の騎士の妻にさせられる女は哀れだなぁ。せいぜい、お前が可愛がっている傭兵たちに祝ってもらえよ。こいつら傭兵も、住む家すらない世間の爪はじき者のろくでなしなんだ。主従でお似合いじゃないか」

 そう言ってゲッツたちを馬鹿にしたのである。

「何だと、てめえ! ぶっ殺すぞ!」

 喧嘩っ早いカスパールが、鼻息荒くそう怒鳴ると、ゲッツが「まあ、待てよ。別に怒る必要なんてないさ」と言い、右の義手で制した。そして、フッと笑い、仲間たちにこう語りかけたのである。

「この野郎の言う通り、俺はたしかに貴族社会からあぶれちまった盗賊騎士さ。怒りっぽいし、後先考えずに揉め事ばかり起こすし、おっぱいが大好きなスケベだよ。お前たちも、一癖や二癖どころか、数え切れないくらいの欠点を持つ荒くれどもだ。けれどな、他人にどう言われようとも、俺たちはろくでなしなんかじゃねえ。このポーランド野郎に、俺たちの何が分かるというんだ。『俺には、俺の良さがある』と自分が胸を張ってそう言えて、仲間が分かっていてくれたらそれでいいじゃねえか。こんな馬鹿にろくでなしと言われて怒るな」

「べ、ベルリヒンゲン! き、貴様ぁ……!」

 ピオトルは激怒したが、ゲッツはピオトルなど気にもせず、仲間たちを引き連れて自分の陣所へと帰るのであった。



 その夜。

 幕舎で一人、ゲッツは右手首の切断部に巻いていた包帯をほどいていた。十日に渡る激戦とクンツとの決闘で鉄腕を振るい続けたため、切断部の皮膚が破けてきていた。包帯は真っ赤に染まっている。痛みもだんだんひどくなり、この三、四日はまともに眠れない夜が続いていた。これ以上の酷使を右腕に強いると、使い物にならなくなるかも知れない。

「あと一日だ。明日の戦いが終わるまでは、もってくれよ。そうしたら、しばらくはゆっくり休ませてやるから」

 ゲッツがそう呟きながら新たな包帯を巻こうとしていると、タラカーが幕舎に入って来た。

「よう。ポーランド人の騎士に挑発されて、さっきはずいぶんと大人の対応をしたじゃないか。迷いを振り切ったのか、ゲッツ」

 そう言い、タラカーが自分の横に座ると、ゲッツは苦笑した。

「いいや、なかなかそういうわけにもいかないみたいだ。クンツを取り逃がした時、俺はハッセルシュヴェルトに八つ当たりしちまった。それは、俺がクンツに浴びせられた侮辱の言葉を今でも気にしているせいだ。迷いというのは、振り切ったと思っても、追いかけて来るんだな。無我夢中で走り続けないといけねえ」

「生きるとはそういうことだよ、ゲッツ。……ハッセルシュヴェルトも自分の迷いと戦い続けているのさ。あいつは、十年前、親友と些細ささいなすれ違いから喧嘩になって、その友人に短剣で刺し殺されそうになったんだ。それで、自分の身を守るために必死に抗い、気がついたら剣を奪って親友を殺してしまっていた。友を殺害してしまったハッセルシュヴェルトは故郷にいられなくなり、各地を放浪していて偶然あいつの住む街にいた俺の傭兵となったんだよ」

「……そうか。ハッセルシュヴェルトにそんな過去があったのか。だから、俺にクンツを殺させまいとしたんだな。クンツを殺したら、俺が必ず後悔すると思って……」

「みんな、それぞれに迷いと闘って生きている。お前さんに『戦場では迷いを捨てろ』と偉そうなことを言った俺も、迷い苦しみ続けた人生だったよ。……俺は、若い頃、死の恐怖に駆られて、戦場で親友を見捨てて逃げてしまってな……。何であの時、引き返して共に戦わなかったんだといつも自分を責めていた。そして、兄からも騎士にあるまじき卑怯者と罵られ、父の領土を一つも分けてもらえず、心が荒んだ俺は気が付いたら盗賊騎士に成り果てていたのさ」

 タラカーはそう語りながら、ゲッツの包帯を巻く作業を手伝い始めた。その指先を見つめたゲッツは、

(タラカーの親父の指、こんなにも細かったかな?)

 そう思った。今まで一度もタラカーのことを老人だと感じたことがなかったのに、今夜はやたらとタラカーが弱々しく見える。

 タラカーは、ゲッツの包帯を巻き終えると、話の続きをした。

「ほとんど成り行きで盗賊騎士になった俺だが、裏切ってしまった友に罪を償いたいと思わぬ日はなかった。だが、あいつに合わす顔がない。……だから、罪滅ぼし代わりに、行き場を失って俺を頼ってくる奴らを傭兵にして自分の息子のように可愛がり、あいつらの居場所になってやろうとしたんだ。しかし、俺も老いてしまった。盗賊騎士タラカー様もそろそろ引退の時が来たようだ。……なあ、ゲッツ。頼みがあるんだよ。ハッセルシュヴェルトやカスパールたち、俺の可愛い子分どもをお前さんに託したいんだ。お前が、あいつらの親代わりになってやって欲しいんだよ」

「き、急に何を言い出すんだよ。あんたはまだまだ戦えるって」

「急な思いつきで言っているわけじゃない。ずっと、お前さんに俺の子分を託せる日が来ることを待っていたんだ。そして、その時が来た。お前さんは、世間からあぶれ、お前さんを頼って集まった自分の傭兵たち一人一人の人生を背負ってやる覚悟をしたんだろ? ……だから、そのついででいいんだ。タラカー一味の傭兵たちも俺の代わりに背負ってやってくれよ。あぶれ者の孤独を理解し、世間から馬鹿にされて人間扱いされない奴らをろくでなしではないと言い切ったお前さんなら、みんなの親代わりになってやれるはずだ」

「…………」

 ゲッツは、出会った頃に比べてずいぶんと老け込んだタラカーの顔をじっと見つめた。

 なぜ、決戦前夜の今、タラカーはこんなことを言い出したのか。そう考え、何だか嫌な予感が胸をよぎったのである。漠然とした、嫌な予感が。そんな話は戦いが終わってからゆっくりしようぜと、ゲッツは言いたかった。しかし、今ここで返事をしてやらないと、タラカーを悲しませるような気がして、

「分かったよ。背負う人間の数が少し増えるだけだからな。……ただし、隠居してもいいから俺のそばにいてくれよ、タラカーの親父。あんたがいなくなったら、もう一度父を失ったみたいで寂しいぜ」

 と、答えるのであった。すると、タラカーは瞳を急に潤ませた。

「ああ、いるさ。お前さんや、ハッセルシュヴェルト、カスパール……みんなのそばに俺はずっといる。これからも、ずっとな……」

(タラカーの親父が泣くところなんて、初めて見た)

 これまで自分が背負い続けていたものをゲッツに託して安堵したのか、それとも、父のように慕ってくれるゲッツの気持ちが嬉しかったのか。タラカーの頬を伝う涙を無言でき取ってやりながら、ゲッツは(やはり、不安だ……)と感じるのであった。

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